第8話:お泊まり密室プロンプト、鉄壁の神聖二段ベッドとまさかの完全隔離
「クソッ……! 前回の『光学的不可視化演出』は完全に計算外だった。
だが、今回の俺は一味違うぞ!」
白銀の神界。
ブルーライトに顔を照らされたジンは、狂ったようにキーボードを叩いていた。
画面に表示されているのは、地上に配置したジンの「無機質なアバター」が送ってくる高解像度のライブ映像だ。
「確かに俺はアラサー童貞
アイリスと直接同じベッドに寝るなんて心臓が爆発して死んでしまう……」
「だからこそ――俺は当事者になるのをやめた!」
ジンは神界のコントロールルームで、よだれを垂らさんばかりの勢いで叫ぶ。
「これだ! これなら俺は安全圏の観客!」
「地上のアバターのカメラを最大ズームして、
シングルベッドひとつという極限の密室に放り込まれたアイリスの無防備な姿を、
じっくりと観測して脳汁をドバドバ出せる!」
「題して『寝起きの無防備・添い寝』プロンプトだ!」
「おおアイリス、抱き枕を俺だと思ってギュッとしてハァハァしてくれ!」
開けっ広げな変態発言を連発するジン。
しかし、画面の隅に映り込んだ「ある存在」と目が合った瞬間、その背筋に極寒の戦慄が走った。
地上の宿屋の部屋、ベッドのすぐ横。
そこには、気品漂う白い毛並みの猫の姿をした使徒AI・ナビエルがちょこんと座り、じとっとした冷徹な瞳でジンのアバターを凝視していた。
「……ジン。
神界のコントロールパネル経由で、あなたの脳内の汚物のような叫び声がログとして筒抜けです」
アバターのスピーカーから、ナビエルの冷たい脳内念話が再生される。
「私がいつも地上でアイリスのそばにいるのは、
あなたのそういう不穏かつ変態的な動きを現場で即座に検索し圧殺するためですよ」
「げぇっ! ナビエル!?」
ジンは悲鳴を上げる。
「お前なんで地上のベッドの特等席にいやがるんだ!」
「当然です。
あなたの薄汚い欲望からアイリスを守る盾、それが私鉄壁の倫理プロテクトです」
ナビエルはふいっと尻尾を揺らし、アイリスの足元に丸まった。
ジンの入力により、地上の宿場町の一角は急速に書き換えられていく。
外は土砂降りの雨。
室内は木造の小さなコテージの内部へと切り替わっていた。
部屋の中央には、約束通り、ポツンと一つのシングルベッドだけが置かれている。
ジンはあらかじめ、プロンプトに以下の制限を組み込んでいた。
『 部屋の総面積 = 6畳(極小空間)』
『生成される寝具の数 = 1(シングルベッドのみ)』
『空間を区切る障壁の生成を一切禁止する』
(これだ! これで部屋を分けることは完全に不可能!)
(敷布団をもう一枚出すようなバグはメモリ制限で処理落ちするはず!)
(勝った、今回は勝ったぞ!)
「ふわあ……すごいですね、ジン様……!」
ドアを開けて、アイリスが姿を現した。
修道女服の肩が雨で少し濡れ、恥ずかしそうに頬を染めている。
神界のジンはモニターの前で机を叩いて大興奮した。
「おいおいおい! 雨に濡れた修道女服! 水分を吸ってほんのり肌に張り付く布地!」
「最高かよ! さあ、そのままベッドに横たわって、俺の仕込んだ極上抱き枕をギュッとするんだ!」
「衣服の摩擦係数を最大にしろ!」
「アイリス、ベッドの枕元にある物体に触れてはなりません。不審なプログラムが仕込まれています」
ナビエルが鋭く鳴き、現場で即座に警告する。
「えっ? あ、はい……?」
アイリスが困惑しながらも、ふかふかの抱き枕にそっと手を触れた。
その瞬間だった。
パチパチパチ……!
不穏なスパーク音が鳴り響き、抱き枕の構造が劇的な変化を起こし始める。
綿の詰まった枕が、突如として縦方向へと急速に延伸。
パーツがガシャガシャと組み換わり、純白の魔力光を放ちながら、圧倒的な質量を持った人型の構造物へと進化を遂げていく。
「な、なんだこれはぁぁぁぁ!?」
ジンは神界で絶叫した。
オブジェクトの数は「1つ」のままだ。
しかし抱き枕は、アイリスが触れた瞬間に倫理フィルターと衝突。自立歩行が可能な「神聖ゴーレム」へと変形してしまった。
ガキィィィンと重々しい金属音を立てて起動し、ベッドの四隅をガッチリとガードするように立ち塞がる。
ナビエルは冷静に、その場でログを読み上げた。
「現地での不穏な走査を検知」
「創造主による遠隔からの視覚的ハラスメント、および変態的観測挙動と判定されました」
「倫理フィルターが代替アルゴリズムを適用。――『対象オブジェクトの防衛ユニット化による、自動警備領域の展開』」
「抱き枕は『神聖不審者排除ゴーレム:完全警備仕様』に変換されました。ざまあみろです、ジン」
「枕をロボットにして警備させるんじゃねぇぇぇぇ!」
ジンは神界で頭を抱えながらのたうち回る。
「画面がゴツい鉄屑で埋まってアイリスの顔が見えねぇわ!! どけ! そのメカどけよぉぉぉ!」
しかし、アイリスはゴーレムが発する聖なる光に包まれながら、ふかふかのシーツの上でうっとりとしていた。
「まあ……なんて心強い守護者なのでしょう……」
「不浄な気配が一切近づけない安心感があります……。ジン様、このベッド環境、凄いです!」
「それはベッドじゃなくてただの軍事基地だよ!!」
ジンのツッコミは、アイリスの純粋な感動にかき消された。
「よし、ナビエル、お前がそこにいるならアバターを直接動かしてゴーレムの隙間から覗き込んでやる!」
ジンは神界からキーボードを叩き、地上のアバターを一歩前進させた。
その瞬間、ナビエルが「ニャー!」と鋭く鳴く。
「不審なアプローチを検知。迎撃システム、起動」
ベッドの周囲に控えていた神聖ゴーレムの目が「ピキィン」と赤く輝き、アバターの両手両足をガッチリとホールドする『光の拘束具』を射出した。
ガシャン!!!
「ぶふぇっ!?」
地上のジンのアバターはベッドの手前で張り付けにされて固定され、神界のジンもシンクロして派手にのけぞった。
「仕様名『神聖迎撃システム:変態現行犯逮捕仕様』です。安全圏から覗こうとしても無駄ですよ、このロリコン童貞創造主」
ナビエルがアバターの足元で冷たく言い放つ。
「観測お泊まりの意味ねぇぇぇぇぇ!!!」
ジンは神界で狂ったように叫んだ。
「一歩動いたら即逮捕とかどんな防犯部屋だよ!! ロックを解除しろぉぉぉ!」
どれだけ叫んでも、倫理フィルターはジンの操作を完全にロックしていた。
ゴーレムの重厚な装甲の向こう側、ベッドの上で、アイリスは不思議そうに呟いた。
「ジン様のアバター? 急にガシャガシャと大きな音がしましたが……」
アバターのスピーカーから、ジンの力ない声が漏れる。
「いや……なんでもない……。ただ、世界のシステムに現行犯逮捕されただけだ……」
ジンが神界の椅子でがっくりと項垂れたその時、アバターの集音マイクから、アイリスの小さな笑い声が微かに聞こえた。
「ふふっ……。ジン様は、いつも私のために一生懸命になってくださいますね」
「少し、おいたが過ぎることもありますけれど……でも、私、知っています。ジン様が本当は、とてもお優しい方だってこと」
「アイリス……」
「この世界がこんなに温かいのは、ジン様が作ってくださったからですよね。私、ここにいられて、ジン様にお会いできて、本当に幸せです」
ゴーレムの隙間から漏れるアイリスの声が、ジンの耳に優しく届く。
その時、ジンの胸がドクン、と大きく跳ねた。
アバターの高解像度カメラの片隅に、アイリスの目から一筋の涙がこぼれ落ちるのが見えた。
彼女は泣いていた。
なぜかジンを意識すると、彼女の瞳からは涙が溢れてしまうのだ。
「アイリス、お前、また泣いて……」
「え……? あら、不思議です。また、勝手に涙が……」
アイリスのそばでその様子を見ていたナビエルの瞳が、一瞬だけ複雑な光を帯びる。
(魂の同期率が上がっている。現世でのジンの肉体の回復に伴い、アイリスの器である彼女の意識も、本来の記憶とリンクし始めているのか……。生命維持シグナル、意識深度フェーズ3への移行を確認、といったところですね)
ナビエルはふう、と小さくため息をつき、画面の向こうのジンに向けて念話を送った。
「ジン。不浄な感情はさておき、彼女の言葉は本物です。あなたのポンコツな創造主っぷりも含めて、彼女は受け入れている。……少しは、男らしいところを見せたらどうですか」
「ナビエル……。お前、たまには良いこと言うな」
ジンは苦笑し、手元のキーボードにそっと額を押し当てた。
画面の向こうの冷たいアバターの映像が、アイリスの優しさを伝えるかのように、ほんのりと温く感じられた。
「そうだな。……次はもっと、お前が本当に喜ぶようなものを作ってやるよ。アイリス」
「はい! 楽しみにしています、ジン様!」
――だが。
「それはそれとして」と、ジンは神界でギラついた目を復活させた。
「次回のプロンプトは『絶対に逃げられない超狭小密室ラブコメ』だ!」
「ナビエルが割り込むスペースすら与えない、2人乗りの狭いエレベーター内にアイリスと現地のチャラいモブ男を閉じ込め、壁ドンされて慌てるアイリスを上空から高画質で――」
「現地インターセプト。不浄な野望を検知。悔い改めよ」
地上のナビエルが肉球でアバターの足をポンと叩いた。
ピピッ。
ドガーン!!!
「ぎゃあああああああ!?」
地上のアバターから放たれた聖なる高電圧が神界のコントロールパネルに逆流。
ジンは神界の天井を突き破って、白銀の空へと派手に吹き飛ばされたのだった。




