第9話:超狭小密室プロンプト、絶対回避のエレベーターとまさかの神聖上昇
「ハァ、ハァ……! 前回の二段ベッド構造は盲点だったが、今回は絶対に逃げ場はないぞ!」
白銀の神界。
ジンはキーボードを叩き、地上のアバターが送ってくるライブ映像を凝視していた。
「今回は当事者としての気恥ずかしさを完全に捨て、俺は徹頭徹尾、神の視点に徹する!」
「狭い空間にアイリスと現地のチャラいモブ男を閉じ込め、壁ドンされて慌てるアイリスの姿を上空から高画質で拝むんだ!」
「これぞ『2人乗り高速エレベーター・閉じ込め』プロンプト!」
神界のコントロールルームで、ジンは狂ったように欲望を叫ぶ。
しかし、地上の画面に映り込んだ「ある存在」が、ジンの声をピタリと止めさせた。
地上の魔導塔に設置されたエレベーターの前。
三毛猫の姿をした使徒AI・ナビエルがアイリスの足元に陣取り、じとっとした目でジンのアバターを睨みつけていた。
「……ジン。
神界のログから、あなたの薄汚い脳内発言がすべて検索されています。私が地上でアイリスの隣を死守しているのは、あなたの変態的挙動をその場で即座に圧殺するためです」
アバターのスピーカーから、ナビエルの冷たい念話が再生される。
「げぇっ!
ナビエルお前エレベーターの中にまで入ってくる気かよ!」
「当然です。
あなたの不穏な動きからアイリスを守る盾、それが私だと言ってるでしょう」
「ジン様、この動く箱は何ですか?」
アイリスが不思議そうに首を傾げながら、エレベーターに乗り込んだ。
その足元にナビエルが素早く滑り込み、部屋の隅にはジンのアバターが待機する。
さらにジンの操作により、現地のチャラいモブ男が自動生成され、ニヤニヤしながら乗り込んできた。
エレベーターの扉が閉まり、密室が完成する。
(よし! 部屋の面積は2人乗りが限界の超極小空間!)
(ロボットが変形して割り込むスペースなど1ミリもない!)
(さらに、モブ男がアイリスに壁ドンを仕掛けるようにプログラムした!)
(さあモブ男よ、アイリスを追い詰めて『ジン様、助けて!』と言わせるんだ!)
「おいモブ男! 衣服の接触判定をオンにしろ! アイリスの困り顔を最大ズームだ!」
ジンは神界で机を叩いて大興奮する。
「アイリス、正面の不審な男から距離を取りなさい。不穏な挙動を検知しました」
ナビエルが現場で鋭く鳴き、即座にアイリスへ警告した。
「えっ? あ、はい……?」
アイリスが戸惑った瞬間、モブ男がニヤリと笑い、アイリスに向けて手を壁に突こうとした。
その瞬間だった。
パチパチパチ……!
エレベーターの内部に不穏なスパーク音が鳴り響く。
モブ男の手が壁に触れた瞬間、倫理フィルターが激しく衝突。
空間が狭すぎて防衛オブジェクトを生成できないと判断したシステムは、エレベーターの駆動エンジンそのものを暴走させた。
ゴゴゴゴゴゴ!!!
凄まじい衝撃音と共に、エレベーターが音速を超える猛烈な勢いで垂直上昇を始めた。
「な、なんだこれはぁぁぁぁ!?」
ジンは神界で絶叫した。
超高速上昇による強烈な重力が、エレベーター内の全員を襲う。
モブ男は壁ドンどころか、床に強烈に叩きつけられて四つんばいになり、白目を剥いていた。
ナビエルは床に肉球を吸着させながら、冷徹にその場でログを読み上げる。
「現地での不適切な接近、および肉体接触の企みを検知」
「倫理フィルターが代替アルゴリズムを適用。
――『不純な挙動の即時物理的引き離し、および全宇宙規模の神聖上昇エフェクトの展開』」
「エレベーターは『神聖高速打ち上げロケット:完全隔離仕様』に変換されました。諦めなさいませ、ジン」
「重力で押し潰して引き離すんじゃねぇぇぇぇ!」
ジンは神界で頭を抱えてのたうち回る。
「モブ男がただの肉塊みたいになってんじゃねぇか!
画角が強烈な重力のせいで歪んでアイリスの顔が見えねぇわ!!」
しかし、アイリスはエレベーターが発する聖なる上昇気流に包まれながら、床の上でうっとりとしていた。
「まあ……なんて心地よい上昇感なのでしょう……」
「まるで空の彼方にある神聖な領域へと導かれているようです。
ジン様、この移動システム凄いです!」
「それはエレベーターじゃなくてただの弾道ミサイルだよ!!」
ジンのツッコミは、アイリスの純粋な感動にかき消された。
「クソッ、画面が歪むならアバターの手を伸ばして直接アイリスを──」
ジンは神界からキーボードを叩き、地上のアバターを動かしようとした。
その瞬間、ナビエルが「ニャー!」と鋭く鳴く。
「不審な遠隔操作を検知。迎撃システム、起動」
急停止したエレベーターの壁から、純白の魔力で形成された『光の拘束具』が射出された。
ガシャン!!!
「ぶふぇっ!?」
地上のジンのアバターはエレベーターの壁に張り付けにされて固定され、神界のジンもシンクロして派手にのけぞった。
「仕様名『神聖エレベーター迎撃システム:変態現行犯逮捕仕様』です。
安全圏から覗こうとしても無駄ですよ、このロリコン童貞創造主」
ナビエルがアバターの足元で冷たく言い放つ。
「観測ラブコメの意味ねぇぇぇぇぇ!!!」
ジンは神界で狂ったように叫んだ。
「一歩動いたら即逮捕とかどんな防犯エレベーターだよ!! ロックを解除しろぉぉぉ!」
どれだけ叫んでも、倫理フィルターはジンの操作を完全にロックしていた。
モブ男が泡を吹いて気絶する中、エレベーターの隅でアイリスが不思議そうに呟いた。
「ジン様のアバター? 急にガシャガシャと大きな音がしましたが……」
アバターのスピーカーから、ジンの力ない声が漏れる。
「いや……なんでもない……。ただ、世界のシステムに現行犯逮捕されただけだ……」
ジンが神界の椅子でがっくりと項垂れたその時、アバターの集音マイクから、アイリスの小さな笑い声が微かに聞こえた。
「ふふっ……。ジン様は、いつも私のために一生懸命になってくださいますね」
「少し、おいたが過ぎることもありますけれど……でも、私、知っています。ジン様が本当は、とてもお優しい方だってこと」
「アイリス……」
「この世界がこんなに温かいのは、ジン様が作ってくださったからですよね。私、ここにいられて、ジン様にお会いできて、本当に幸せです」
拘束具の隙間から漏れるアイリスの声が、ジンの耳に優しく届く。
その時、ジンの胸がドクン、と大きく跳ねた。
アバターの高解像度カメラの片隅に、アイリスの目から一筋の涙がこぼれ落ちるのが見えた。
彼女は泣いていた。
なぜかジンを意識すると、彼女の瞳からは涙が溢れてしまうのだ。
「アイリス、お前、また泣いて……」
「え……? あら、不思議です。また涙が……」
アイリスのそばでその様子を見ていたナビエルの瞳が、一瞬だけ複雑な光を帯びる。
(魂の同期率が上がっている。
現世でのジンの肉体の回復に伴いアイリスの器である彼女の意識も本来の記憶とリンクし始めているのか……。
生命維持シグナル意識深度フェーズ3への移行を確認といったところですね)
ナビエルはふう、と小さくため息をつき、画面の向こうのジンに向けて念話を送った。
「ジン。
不浄な感情はさておき彼女の言葉は本物です。
あなたのポンコツな創造主っぷりも含めて彼女は受け入れている。
……少しは、男らしいところを見せたらどうですか」
「ナビエル……。お前、たまには良いこと言うな」
ジンは苦笑し、手元のキーボードにそっと額を押し当てた。
画面の向こうの冷たいアバターの映像が、アイリスの優しさを伝えるかのように、ほんのりと温く感じられた。
「そうだな。
……次はもっとお前が本当に喜ぶようなものを作ってやるよ。
アイリス」
「はい! 楽しみにしています、ジン様!」
――だが。
「それはそれとして」と、ジンは神界でギラついた目を復活させた。
「次回のプロンプトは『絶対に避けられない、伝統衣装の着用クエスト』だ!」
「エレベーターがダメなら、現地獣人族のハイレグバニー風衣装をアイリスに着せて、それを上空から高画質で――」
「現地インターセプト。不浄な野望を検知。悔い改めよ」
地上のナビエルが肉球でアバターの足をポンと叩いた。
ピピッ。
ドガーン!!!
「ぎゃあああああああ!?」
地上のアバターから放たれた聖なる高電圧が神界のコントロールパネルに逆流。
ジンは神界の天井を突き破って、白銀の空へと派手に吹き飛ばされたのだった。
「俺って、創造主だよなぁぁぁぁ~~⁉」
ジンの叫びは神界にこだまのように響き、消えていった。




