第10話:伝統衣装プロンプト、鉄壁の完全防寒とまさかの変態写真認定
「ハァ、ハァ……! 毎回毎回、お気軽に神様の俺を吹き飛ばしやがってナビエルの奴、神界無双じゃねぇか」
白銀の神界。
ジンはコントロールパネルの前に陣取り、ギラギラとした目でキーボードを叩いていた。
「これまでは空間をいじるからバグが起きたんだ!」
「今回は純粋な『衣装チェンジ』イベント! 逃げようのない直球勝負だ!」
「これぞ『現地獣人族の伝統衣装(ハイレグバニー仕様)着用クエスト』プロンプト!」
神界のコントロールルームで、ジンは勝利を確信して高笑いする。
「現地の伝統衣装という名目なら、アイリスも疑わずに着用する!」
「俺は地上のアバターのカメラを最大解像度にして、その神々しい姿を上空から余すことなく激写し、プライベートフォルダに永久保存するんだ!」
狂ったように野望を叫ぶジン。
しかし、地上の画面に映る今はジンのせめてもの反撃で三毛猫の姿に書き換えられたナビエルが、すっと前足を上げた。
「まったく森羅万象を統べる創造主がたとえ代行とはいえセコイ」
地上の城下町、高級衣料店の試着室前。
猫の姿をした使徒AI・ナビエルは、ジンのアバターに向けて、冷徹極まりない肉球を突き出していた。
「……ジン。そのカメラのシャッターを切った瞬間、ローカルフォルダへ転送される画像データを、システム側で『変態写真』と自動識別・ラベリングするようパッチを当てました」
アバターのスピーカーから、ナビエルの無慈悲な念話が響く。
「……え?」
ジンは神界でガチガチに固まった。
「へ、変態写真……?」
「はい。あなたの創造主としての権限を一部制限し、そのフォルダに格納された画像はすべて、世界の不浄ログとして永久保存されます。言い逃れのできない、動かぬ変態の証拠写真です」
「おい待てナビエル!! 文化財の記録だろ! 伝統衣装の歴史的資料だろ!?」
「ハイレグバニーを歴史的資料と言い張る創造主を、私は他に知りません。往生際が悪すぎます」
ナビエルは冷たく言い放ち、試着室のカーテンを見つめた。
そのカーテンが、静かに開く。
「ジン様……ナビエルちゃん……。お待たせしました。これが、現地の伝統衣装、なのですね……?」
試着室から、アイリスが恥ずかしそうに頬を染めて出てきた。
神界のジンはモニターに思いきり顔を近づける。
「キタアアアアアア! さあ、俺の最高画質カメラに変態写真として刻まれるがいい!!」
しかし。
ジンの視界に飛び込んできたのは、ハイレグでもバニーでもない「何か」だった。
アイリスの全身は、もこもことした極厚の白い毛皮で完全に覆われていた。
頭にはリアルなウサギの耳がついたフード。
手足の先まで完全に包み込まれ、露出しているのは顔のパーツのみ。
隙間が1ミリも存在しない、完璧なる「リアル野ウサギの防寒着(着ぐるみ仕様)」だった。
「な、なんだこれはぁぁぁぁ!?」
ジンは神界で絶叫した。
オブジェクトのデータは確かに「バニー」だ。
しかし倫理フィルターは、それを「野生の野ウサギ(防寒服)」と超解釈。
ハイレグの構造を全否定し、ギガクラスの防寒性能を付与してアイリスの肌を完璧に隠蔽したのだ。
ナビエルはアイリスの足元で、冷然とログを読み上げる。
「現地での『不浄な撮影(変態写真製造)』の企みを検知」
「倫理フィルターが代替アルゴリズムを適用。――『不適切な露出データの完全遮断、および超重厚もこもこ野生ウサギ防寒装甲の展開』」
「衣装は『神聖ウサギ着ぐるみ:完全防寒仕様』に変換されました。残念でしたね、ジン」
「もこもこにしすぎるんじゃねぇぇぇぇ!」
ジンは神界で机を叩いてのたうち回る。
「これじゃただのゆるキャラじゃねぇか! 伝統衣装のセクシーさが微塵もねぇわ!!」
しかし、アイリスはもこもこの毛皮に包まれながら、嬉しそうにその場で足踏みをした。
「まあ……なんて温かくて心地よい衣装なのでしょう……」
「生地がとっても肉厚で、不浄な隙間風が一切入ってきません。ジン様、このお洋服、凄いです!」
「それは伝統衣装じゃなくてただの寒冷地用サバイバルスーツだよ!!」
ジンのツッコミは、アイリスの純粋な感動にかき消された。
「クソッ、こうなったらアバターの手でフードを脱がせて髪型だけでも撮影してやる!」
ジンは神界からキーボードを連打し、地上のアバターを動かそうとした。
その瞬間、ナビエルが「ニャー!」と鋭く鳴く。
「不審な接近、および強制剥ぎ取り未遂を検知。迎撃システム、起動」
急にアバターの足元の影から、純白の魔力で形成された『光の拘束具』が射出された。
ガシャン!!!
「ぶふぇっ!?」
地上のジンのアバターは店の壁に張り付けにされて固定され、神界のジンもシンクロして派手にのけぞった。
「仕様名『神聖衣装防衛システム:変態現行犯逮捕仕様』です。これ以上の接近は、変態写真の被写体にあなた自身を追加することになりますよ」
ナビエルがアバターの足元で冷たく言い放つ。
「観測ラブコメの意味ねぇぇぇぇぇ!!!」
ジンは神界で狂ったように叫んだ。
「一歩動いたら即逮捕とかどんな防犯衣料店だよ!! ロックを解除しろぉぉぉ!」
どれだけ叫んでも、倫理フィルターはジンの操作を完全にロックしていた。
店内でアバターが拘束される中、もこもこの衣装のままでアイリスが不思議そうに呟いた。
「ジン様のアバター? 急にガシャガシャと大きな音がしましたが……」
アバターのスピーカーから、ジンの力ない声が漏れる。
「いや……なんでもない……。ただ、世界のシステムに変態写真家として現行犯逮捕されただけだ……」
ジンが神界の椅子でがっくりと項垂れたその時、アバターの集音マイクから、アイリスの小さな笑い声が微かに聞こえた。
「ふふっ……。ジン様は、いつも私のために一生懸命になってくださいますね」
「少し、おいたが過ぎることもありますけれど……でも、私、知っています。ジン様が本当は、とてもお優しい方だってこと」
「アイリス……」
「この世界がこんなに温かいのは、ジン様が作ってくださったからですよね。私、ここにいられて、ジン様にお会いできて、本当に幸せです」
拘束具の隙間から漏れるアイリスの声が、ジンの耳に優しく届く。
その時、ジンの胸がドクン、と大きく跳ねた。
アバターの高解像度カメラの片隅に、もこもこのフードの隙間から、アイリスの目から一筋の涙がこぼれ落ちるのが見えた。
彼女は泣いていた。
なぜかジンを意識すると、彼女の瞳からは涙が溢れてしまうのだ。
「アイリス、お前、また泣いて……」
「え……? あら、不思議です。また、勝手に涙が……」
アイリスのそばでその様子を見ていたナビエルの瞳が、一瞬だけ複雑な光を帯びる。
(魂の同期率が上がっている。現世でのジンの肉体の回復に伴い、アイリスの器である彼女の意識も、本来の記憶とリンクし始めているのか……。生命維持シグナル、意識深度フェーズ3への移行を確認、といったところですね)
ナビエルはふう、と小さくため息をつき、画面の向こうのジンに向けて念話を送った。
「ジン。不浄な感情はさておき、彼女の言葉は本物です。あなたのポンコツな創造主っぷりも含めて、彼女は受け入れている。……少しは、男らしいところを見せたらどうですか」
「ナビエル……。お前、たまには良いこと言うな」
ジンは苦笑し、手元のキーボードにそっと額を押し当てた。
画面の向こうの冷たいアバターの映像が、アイリスの優しさを伝えるかのように、ほんのりと温く感じられた。
「そうだな。……次はもっと、お前が本当に喜ぶようなものを作ってやるよ。アイリス」
「はい! 楽しみにしています、ジン様!」
――だが。
「それはそれとして」と、ジンは神界でギラついた目を復活させた。
「次回のプロンプトは『絶対に避けられない、魔力植物のくすぐり生態調査』だ!」
「着ぐるみの上からでも容赦なく締め付ける、触手風の植物の巣にアイリスを送り込んで、その身悶えする姿を上空から高画質で――」
「現地インターセプト。不浄な野望を検知。悔い改めよ」
地上のナビエルが肉球でアバターの足をポンと叩いた。
ピピッ。
ドガーン!!!
「ぎゃあああああああ!?」
地上のアバターから放たれた聖なる高電圧が神界のコントロールパネルに逆流。
ジンは神界の天井を突き破って、白銀の空へと派手に吹き飛ばされたのだった。




