第11話:溶解スライムプロンプト、鉄壁の神聖洗剤とまさかの純白仕上がり』
「フハハハ! 今回の俺は、プログラマーとしての次元をひとつ上げたぞ!」
白銀の神界。
ジンの目は、徹夜明けのデバッグ作業を乗り越えたプログラマー特有の怪しい光を放っていた。
「前回の『伝統衣装』は解釈の余地を与えすぎたのが敗因だ!」
「ならば今回は、不可抗力による衣服の完全消失を狙う!」
「これぞ『衣服の有機繊維のみを好んで溶解する特殊スライムの奇襲』プロンプト!」
ジンは神界のコントロールパネルを叩き、開けっ広げな変態発言を絶叫する。
「アイリスをダンジョンへ送り込み、現れたスライムに服を溶かされるハプニングを発生させる!」
「俺は地上のアバターのカメラを最大ズームにして、衣服が溶けていくその至高の瞬間を、ナビエルに邪魔される前に『変態写真』として網膜に焼き付けるんだ!」
しかし、地上の画面に映る三毛猫が、すっと前足を上げた。
地上の薄暗いダンジョン、その最深部。
猫の姿をした使徒AI・ナビエルは、ジンのアバターに向けて、冷徹極まりない肉球を突き出していた。
「……ジン。あなたが神界から送信したスライムのオブジェクトコードですが、現地に描画される前にすべて検索し、不浄な成分を書き換えました」
アバターのスピーカーから、ナビエルの無慈悲な念話が響く。
「げぇっ! ナビエル!? お前ダンジョンの探索にまでついてきてんじゃねぇよ!」
「当然です。あなたの変態的な走査からアイリスを守る盾、それが私です」
「ジン様、この先に強い魔力反応を感じます!」
アイリスが剣を構え、もこもこの修道女服を揺らしながら進む。
その足元をナビエルが並走し、後ろからジンのアバターがカメラを構えて追従する。
通路の奥から、ドロドロとした緑色の巨大なスライムが這い出てきた。
ジンは神界で身を乗り出す。
(よし、スライム出現! 衣服の溶解カウントダウン、スタートだ!)
「アイリス、正面のスライムに触れてはなりません。衣服の繊維を狙う卑劣なプログラムが組み込まれています」
ナビエルが現場で鋭く鳴き、即座に警告した。
「えっ? 服が……溶かされる……!?」
アイリスが顔を真っ赤にして身構えた瞬間、スライムが勢いよく飛びかかり、彼女の衣服に付着した。
その瞬間だった。
パチパチパチ……!
ダンジョン内に不穏なスパーク音が鳴り響く。
衣服の繊維を溶かそうとしたスライムの成分が、世界の倫理フィルターと激しく衝突。
露出を完全に拒絶するシステムは、スライムの溶解液を「超強力な液体洗濯洗剤」へと強制変換した。
シュワシュワシュワ!!!
凄まじい泡立ちと共に、スライムが柑橘系の爽やかな香りを放ち始める。
「な、なんだこれはぁぁぁぁ!?」
ジンは神界で絶叫した。
スライムはアイリスの服を溶かすどころか、高速で衣服の汚れを吸い取り、純白に洗い上げ始めたのだ。
それどころか、フィルターが過剰に発動した結果、衣服に「神聖柔軟剤エフェクト」まで付与され、服が物理的にふんわりと膨らんでいく。
ナビエルは泡の立たない安全地帯から、冷然とログを読み上げる。
「現地での不適切な露出、および変態写真製造の企みを検知」
「倫理フィルターが代替アルゴリズムを適用。――『不浄な溶解成分の完全中和、および衣類専用神聖クリーニングシステムの展開』」
「スライムは『神聖液体洗剤:完全抗菌消臭仕様』に変換されました。汚れと一緒にあなたの野望も消滅です、ジン」
「洗剤にして洗濯するんじゃねぇぇぇぇ!」
ジンは神界で頭を抱えてのたうち回る。
「スライムが健気に汚れを落として消滅してんじゃねぇか! 泡がモコモコ立ちすぎて、逆にアイリスの輪郭すら見えねぇわ!!」
しかし、アイリスはスライムの泡に包まれながら、嬉しそうに服の袖の匂いを嗅いでいた。
「まあ……なんて良い香りなのでしょう……」
「ダンジョンの嫌な臭いが一瞬で消えて、お洋服が真っ白ピカピカになりました。ジン様、この魔物、凄いです!」
「それは魔物じゃなくてただの全自動ドラム式洗濯機だよ!!」
ジンのツッコミは、アイリスの純粋な感動にかき消された。
「クソッ、泡が引く瞬間のスキマを狙って、アバターのシャッターを──」
ジンは神界からキーボードを叩き、地上のアバターを動かそうとした。
その瞬間、ナビエルが「ニャー!」と鋭く鳴く。
「不審な撮影挙動を検知。迎撃システム、起動」
急にアバターの足元の床から、純白の魔力で形成された『光の拘束具』が射出された。
ガシャン!!!
「ぶふぇっ!?」
地上のジンのアバターはダンジョンの壁に張り付けにされて固定され、神界のジンもシンクロして派手にのけぞった。
「仕様名『神聖ダンジョン迎撃システム:変態写真家即時逮捕仕様』です。安全圏から覗こうとしても無駄ですよ、このロリコン童貞創造主」
ナビエルがアバターの足元で冷たく言い放つ。
「観測ラブコメの意味ねぇぇぇぇぇ!!!」
ジンは神界で狂ったように叫んだ。
「一歩動いたら即逮捕とかどんな防犯ダンジョンだよ!! ロックを解除しろぉぉぉ!」
どれだけ叫んでも、倫理フィルターはジンの操作を完全にロックしていた。
泡が消え去り、新品同様に輝く服を着たアイリスが不思議そうに呟いた。
「ジン様のアバター? 急にガシャガシャと大きな音がしましたが……」
アバターのスピーカーから、ジンの力ない声が漏れる。
「いや……なんでもない……。ただ、世界のシステムに変態洗濯マニアとして現行犯逮捕されただけだ……」
ジンが神界の椅子でがっくりと項垂れたその時、アバターの集音マイクから、アイリスの小さな笑い声が微かに聞こえた。
「ふふっ……。ジン様は、いつも私のために一生懸命になってくださいますね」
「少し、おいたが過ぎることもありますけれど……でも、私、知っています。ジン様が本当は、とてもお優しい方だってこと」
「アイリス……」
「この世界がこんなに温かいのは、ジン様が作ってくださったからですよね。私、ここにいられて、ジン様にお会いできて、本当に幸せです」
拘束具の隙間から漏れるアイリスの声が、ジンの耳に優しく届く。
その時、ジンの胸がドクン、と大きく跳ねた。
アバターの高解像度カメラの片隅に、輝くほど綺麗になった服を着たアイリスの目から、一筋の涙がこぼれ落ちるのが見えた。
彼女は泣いていた。
なぜかジンを意識すると、彼女の瞳からは涙が溢れてしまうのだ。
「アイリス、お前、また泣いて……」
「え……? あら、不思議です。また、勝手に涙が……」
アイリスのそばでその様子を見ていたナビエルの瞳が、一瞬だけ複雑な光を帯びる。
(魂の同期率が上がっている。現世でのジンの肉体の回復に伴い、アイリスの器である彼女の意識も、本来の記憶とリンクし始めているのか……。生命維持シグナル、意識深度フェーズ3への移行を確認、といったところですね)
ナビエルはふう、と小さくため息をつき、画面の向こうのジンに向けて念話を送った。
「ジン。不浄な感情はさておき、彼女の言葉は本物です。あなたのポンコツな創造主っぷりも含めて、彼女は受け入れている。……少しは、男らしいところを見せたらどうですか」
「ナビエル……。お前、たまには良いこと言うな」
ジンは苦笑し、手元のキーボードにそっと額を押し当てた。
画面の向こうの冷たいアバターの映像が、アイリスの優しさを伝えるかのように、ほんのりと温く感じられた。
「そうだな。……次はもっと、お前が本当に喜ぶようなものを作ってやるよ。アイリス」
「はい! 楽しみにしています、ジン様!」
――だが。
「それはそれとして」と、ジンは神界でギラついた目を復活させた。
「次回のプロンプトは『絶対に避けられない、局所的猛暑バグ』だ!」
「世界の気温を急上昇させて、アイリスが自分から上着を脱がざるを得ない状況を作り出し、それを上空から高画質で――」
「現地インターセプト。不浄な野望を検知。悔い改めよ」
地上のナビエルが肉球でアバターの足をポンと叩いた。
ピピッ。
ドガーン!!!
「ぎゃあああああああ!?」
地上のアバターから放たれた聖なる高電圧が神界のコントロールパネルに逆流。
ジンは神界の天井を突き破って、白銀の空へと派手に吹き飛ばされたのだった。




