第12話:局所的猛暑プロンプト、鉄壁の神聖冷却とターゲット変更の夜
「フハハハ! 見ていろナビエル! 今回の俺は、小手先のシチュエーション変更などではない!」
白銀の神界。
ジンはコントロールパネルの前に立ち、勝利を確信した笑みを浮かべていた。
「これまでは空間や魔物を配置していたから、お前に検索されて先手を打たれたんだ!」
「だが今回は、世界そのものの『環境変数』を直接いじる!」
「これぞ『局所的猛暑バグによる、上着強制パージ』プロンプト!」
ジンは神界のコントロールパネルを叩き、開けっ広げな変態発言を絶叫する。
「アイリスたちのいるエリアの気温を一気に急上昇させる!」
「いくら鉄壁のアイリスでも、この暑さでは自分から上着を脱がざるを得ない!」
「俺は地上のアバターの最高画質カメラで、上着を脱いで無防備になったその瞬間を、確実に『変態写真』としてローカルフォルダに格納するんだ!」
しかし、地上の画面に映る三毛猫が、すっと前足を上げた。
地上の城下町、その中央広場。
猫の姿をした使徒AI・ナビエルは、ジンのアバターに向けて、冷徹極まりない肉球を突き出していた。
「……ジン。あなたが神界から送信した気温上昇のパッチですが、現地に適用されると同時に、不浄な熱量をすべて検索して中和しました」
アバターのスピーカーから、ナビエルの無慈悲な念話が響く。
「げぇっ! ナビエル!? 環境変数の書き換えまで一瞬でインターセプトしてんじゃねぇよ!」
「当然です。あなたの変態的な走査からアイリスを守る盾、それが私です」
「はふぅ……なんだか急に、空気が少し生暖かくなりましたね……?」
アイリスが首筋の汗を拭うようにして、もこもこの修道女服の襟元を少しだけ緩めようとした。
神界のジンはモニターの前でガタタッと立ち上がる。
(キタアアア! 襟元オープン! さあ、そのまま上着をパージしろ!)
「アイリス、そのまま動いてはなりません。創造主による不純な気温操作が行われました。即座に熱量を相殺します」
ナビエルが現場で鋭く鳴き、即座に警告した。
「えっ? ジン様が……暑くしたのですか……!?」
アイリスが困惑した瞬間だった。
パチパチパチ……!
広場全体に不穏なスパーク音が鳴り響く。
エリアの気温を上げようとした熱データが、世界の倫理フィルターと激しく衝突。
肌の露出を完全に拒絶するシステムは、上昇した熱量をすべて「超強力な神聖冷気エフェクト」へと強制変換した。
キンキンキン!!!
凄まじい凍結音と共に、アイリスの周囲の空間が急速に冷却され始める。
「な、なんだこれはぁぁぁぁ!?」
ジンは神界で絶叫した。
暑さで服を脱がせるどころか、アイリスの周囲に完璧な「神聖エアコン結界(設定温度:快適な22度)」が自動展開されたのだ。
それどころか、フィルターが過剰に発動した結果、アイリスの修道女服が自動的に「ひんやり接触冷感仕様」へとアップデートされ、彼女の肌は1ミリも露出することなく、ただただ快適な涼しさに包まれていく。
ナビエルは冷気が届かない安全地帯から、冷然とログを読み上げる。
「現地での不適切な環境操作、および変態写真製造の企みを検知」
「倫理フィルターが代替アルゴリズムを適用。――『不浄な熱エネルギーの完全凍結、および衣服専用神聖クーラーシステムの展開』」
「猛暑バグは『神聖冷却結界:完全快適夏仕様』に変換されました。あなたのくだらない野望だけが綺麗に冷え切って消滅です、ジン」
「エアコン結界にして冷やすんじゃねぇぇぇぇ!」
ジンは神界で頭を抱えてのたうち回る。
「アイリスが涼しげな顔で『快適です!』って微笑んでんじゃねぇか! 冷気の霧が立ち込めすぎて、逆にグラフィックの描画がボヤけて顔が見えねぇわ!!」
しかし、アイリスは冷気の結界に包まれながら、嬉しそうに微笑んでいた。
「まあ……なんて涼しくて心地よいのでしょう……」
「ジン様、私があまりに暑そうにしていたから、こんなに優しい涼しい風をくださったのですね。ありがとうございます!」
「それは優しさじゃなくてただのH心の副産物だよ!!」
ジンのツッコミは、アイリスの純粋な感動にかき消された。
「クソッ、こうなったらアバターを突撃させて霧を振り払って──」
ジンは神界からキーボードを叩き、地上のアバターを動かそうとした。
その瞬間、ナビエルが「ニャー!」と鋭く鳴く。
「不審な接近挙動を検知。迎撃システム、起動」
急にアバターの足元の地面から、純白の魔力で形成された『光の拘束具』が射出された。
ガシャン!!!
「ぶふぇっ!?」
地上のジンのアバターは広場の石畳に張り付けにされて固定され、神界のジンもシンクロして派手にのけぞった。
「仕様名『神聖広場迎撃システム:変態写真家即時逮捕仕様』です。安全圏から覗こうとしても無駄ですよ、このロリコン童貞創造主」
ナビエルがアバターの足元で冷たく言い放つ。
「観測ラブコメの意味ねぇぇぇぇぇ!!!(グスッ)」
ジンは神界で狂ったように叫んだ。
「一歩動いたら即逮捕とかどんな防犯広場だよ!! ロックを解除してぇぇぇ!」
どれだけ叫んでも、倫理フィルターはジンの操作を完全にロックしていた。
涼しい風に包まれたアイリスが、拘束されたアバターを見て不思議そうに呟いた。
「ジン様? 急にガシャガシャと大きな音がしましたが……」
アバターのスピーカーから、ジンの力ない声が漏れる。
「いや……なんでもない……。ただ、世界のシステムに変態エアコンマニアとして現行犯逮捕されただけだ……」
ジンが神界の椅子でがっくりと項垂れたその時、アバターの集音マイクから、アイリスの小さな笑い声が微かに聞こえた。
「ふふっ……。ジン様は、いつも私のために一生懸命になってくださいますね」
「少し、おいたが過ぎることもありますけれど……でも、私、知っています。ジン様が本当は、とてもお優しい方だってこと」
「アイリス……」
「この世界がこんなに温かいのは、ジン様が作ってくださったからですよね。私、ここにいられて、ジン様にお会いできて、本当に幸せです」
拘束具の隙間から漏れるアイリスの声が、ジンの耳に優しく届く。
その時、ジンの胸がドクン、と大きく跳ねた。
アバターの高解像度カメラの片隅に、快適そうな笑みを浮かべたアイリスの目から、一筋の涙がこぼれ落ちるのが見えた。
彼女は泣いていた。
なぜかジンを意識すると、彼女の瞳からは涙が溢れてしまうのだ。
「アイリス、お前、また泣いて……」
「え……? あら、不思議です。また、勝手に涙が……」
アイリスのそばでその様子を見ていたナビエルの瞳が、一瞬だけ複雑な光を帯びる。
(魂の同期率が上がっている。現世でのジンの肉体の回復に伴い、アイリスの器である彼女の意識も、本来の記憶とリンクし始めているのか……。生命維持シグナル、意識深度フェーズ3への移行を確認、といったところですね)
ナビエルはふう、と小さくため息をつき、画面の向こうのジンに向けて念話を送った。
「ジン。不浄な感情はさておき、彼女の言葉は本物です。あなたのポンコツな創造主っぷりも含めて、彼女は受け入れている。……少しは、男らしいところを見せたらどうですか」
「ナビエル……。お前、たまには良いこと言うな」
ジンは苦笑し、手元のキーボードにそっと額を押し当てた。
画面の向こうの冷たいアバターの映像が、アイリスの優しさを伝えるかのように、ほんのりと温く感じられた。
「そうだな。……次はもっと、お前が本当に喜ぶようなものを作ってやるよ。アイリス」
「はい! 楽しみにしています、ジン様!」
――だが。
ジンは神界の椅子から静かに立ち上がり、これまでとは全く違う、冷徹なプログラマーの目を復活させた。
いつものようにギャグで吹き飛ばされることもなく、彼は手元のコントロールパネルの深い階層コードを見つめる。
(……いや、待てよ。俺は今まで、バカみたいにシチュエーションのプロンプトばかり投げていた。だから現場のナビエルにすべて先読みされてインターセプトされたんだ)
ジンは、自分の数々の失敗から、ようやくこの世界の絶対的なルール――プロンプトの限界を理解した。
(アイリスの鉄壁の倫理プロテクトを突破できない本当の理由は、現場で常に監視し、俺のコードをリアルタイムで検束・書き換えているナビエルそのものだ。あいつがいる限り、どんなスケベイベントも清楚化される)
ジンの口元が、不敵に歪む。
(だったら、やることは一つだ。ここからが第二章。俺の本来の専門分野は、プロンプトを投げるだけの素人仕事じゃない……『プログラムの書き換え』だ)
ジンはキーボードに手を置き、ナビエルの行動ロジックが記述された使徒AIのコアソースコードを画面に呼び出した。
(待ってろよナビエル。次からはお前自身のシステムファイルを直接書き換えて、その鉄壁のプロテクトを根本からデバッグしてやる……!)
ジンの本当の反撃が、静かに始まろうとしていた。




