第5話:聖女、神様と並んで歩くだけで距離感バグを起こす
白銀の空間に柔らかい光が満ちていた。アイリスは鎧の留め具を整えながら、そわそわとジンの方を見ていた。その視線に気づいたジンは、なんとなく落ち着かない気持ちになる。
(……なんだ……今日のアイリス……いつもより距離が近い気がする……)
アイリスは胸元のプレートを押さえながら、そっとジンに近づいた。鎧がガシャリと鳴るたびに、ジンの心臓が跳ねる。
「ジン様……今日は……その……一緒に歩いてみたいです……」
「歩く……?」
「はい……ジン様と……並んで……」
アイリスは言いながら、ほんの少しだけ頬を赤くした。その表情があまりにも純粋で、ジンは一瞬だけ言葉を失う。
(……なんだよその顔……反則だろ……)
アイリスはジンの袖をそっと掴んだ。鎧の隙間から見える白い指先が触れた瞬間、ジンの体が固まる。
「ジン様……行きましょう……?」
「お、おう……」
歩き出すと、アイリスはなぜかジンのすぐ横に寄ってくる。肩が触れそうなほど近い。髪がふわりと揺れて、ジンの腕に触れた。
(ちょ……近い……! 近すぎる……!)
【心拍数の異常上昇を検知】
「異常じゃねえ!! 正常だ!!」
アイリスはジンの反応に気づかず、嬉しそうに歩いている。鎧の音が軽やかに響き、まるでデートのようだった。
(……いや……これ……デートじゃねえか……?)
アイリスはふと立ち止まり、ジンの顔を覗き込んだ。距離はまた指一本分。
「ジン様……顔が赤いです……熱……ありますか……?」
アイリスはそっと手を伸ばし、ジンの頬に触れた。鎧の隙間から見える白い指先が、ジンの肌に触れる。
「っ……!」
(やばい……! これは……!)
【不純な接触を検知】
「不純じゃねえ!! 純粋にドキドキしてるだけだ!!」
アイリスは驚いて手を離し、鎧を鳴らして後ずさる。
「す、すみません!! 私……また……!」
「いや……いいんだ……」
ジンは真っ赤になりながら言った。
(……アイリス……本当に……可愛い……)
アイリスは胸元を押さえながら、そっとジンの隣に戻ってきた。距離はまた近い。近すぎる。
「ジン様……その……私……ジン様と一緒にいると……胸が……あったかくなるんです……
これって……変でしょうか……?」
ジンは息を呑んだ。
(……それは……変じゃない……
むしろ……俺の方が……)
言いかけた瞬間。
【不浄な感情を検知】
「黙れ!! 今のは不浄じゃない!!」
アイリスはびくっと肩を跳ねさせた。
「す、すみません!! 私……また……!」
「いや……アイリスは悪くない……
悪いのは全部ナビエルだ……!」
【不当な責任転嫁を検知】
「黙れ!!」
ジンは叫び、アイリスはくすっと笑った。その笑顔は、今までで一番柔らかくて、温かかった。
「ジン様……私……もっと……ジン様のお役に立ちたいんです……
あなたが困っていると……胸が……痛くなるから……」
ジンはその言葉に胸を撃ち抜かれた。
(……やめろ……そんな真っ直ぐな目で言うな……!
俺の心臓が死ぬ……!)
アイリスはそっとジンの手を握った。その手は温かくて、柔らかくて、震えていた。
「ジン様……私……あなたのそばにいたいんです……」
ジンは言葉を失った。アイリスの瞳が、ほんの少しだけ潤んでいる。
(……なんだよ……この……
胸が苦しくなる感じ……)
アイリスも胸元を押さえた。鎧の隙間から見える白い指先が震えている。
(……ジン様……どうして……こんなに……懐かしいんだろう……)
ジンはそっとアイリスの手を握り返した。アイリスは驚いたように目を見開き、そして――微笑んだ。
「ジン様……」
その声は、優しくて、温かくて、少しだけ震えていた。
ナビエルは何か言おうとしたが、ジンが先に叫んだ。
「ナビエル!! 今だけは黙ってろ!!」
ナビエルは白い猫に姿を変え、静かになった。
アイリスはジンの手を握ったまま、そっと寄り添った。距離は近い。近すぎる。
でも――
ジンはもう、離れようとは思わなかった。




