第2話:神の邪念、ハッキングの歴史
白銀の空間に、淡い光のウィンドウがふわりと浮かび上がった。
ジンはそれを見るなり、全力で顔をしかめた。
「やめろナビエル!! それは俺の黒歴史だって言ってんだろ!!」
【開発者ログ:再生します】
「聞けよ!!」
ジンの叫びを完全に無視して、ログが強制再生される。
アイリスは鎧をガシャリと鳴らしながら、興味深そうに画面を覗き込んだ。
その横顔は、まるで子犬のように純粋で、ジンは一瞬だけ胸がざわついた。
(……なんだよその可愛い顔……反則だろ……)
ログの中、白い空間に巨大な光の柱が降りてくる。
【本物の創造主:ジンよ。新世界の管理を頼む】
「え、神様!? 俺が!? なんで!?」
【創造主:お前のAI開発能力は、我々の世界の構築に最適だ】
「いやいやいや、俺ただの天才プログラマーで……いや天才だけど……!」
【創造主:お前の望みは知っている。だが、大事なのは世界の平和だ。それを忘れなければ】
「忘れなければ?」
【創造主:初めての彼女が出来るかもしれないかもね♡】
アイリスは「天才……」と小さく呟き、ジンを見つめた。
その瞳がほんの少しだけ潤んでいるように見えて、ジンは思わず目をそらす。
(やめろ……そんな目で見るな……心臓がもたねぇ……)
【創造主:頼んだぞ】
「ちょ、説明!! 説明して!!」
光が消え、ログの中のジンはひとり取り残された。
「……説明なし!? 神様ってそんな雑なの!?」
現実のジンも同じタイミングで叫ぶ。
「俺は今でも納得してねえからな!!」
アイリスは「神様に選ばれた人……すごい……」と目を輝かせた。
その純粋な尊敬の眼差しに、ジンは思わず顔を赤くする。
(やめろ……そんな素直に褒められたら……照れるだろ……)
【不浄な感情を検知】
「いや今のどこが不浄なんだよ!!」
ログは続く。
「……よっしゃエロ世界にしたろ!!!!」
【警告:精神波が不純です】
「黙れ!! 俺は今まで彼女一度もいない歴=年齢なんだよ!!
青春全部AI研究に捧げてきたんだよ!!
神になったらまずやることは決まってんだろ!!」
アイリスはその言葉に、なぜか胸を押さえた。
鎧の隙間から、白い指先が見える。
(……ジン様……そんなに……孤独だったの……?)
胸の奥が、じんわりと痛む。
しかしその感情はすぐにナビエルに“健全化”される。
【不浄な感情を検知】
「違う!! 今のは不浄じゃない!! 純粋な同情だ!!」
ログの中のジンは、世界のコードに手を伸ばしていた。
「俺の理想のヒロインを……創るんだ……!!」
(まずは、世界の平和がって言ってたな、だったら)
ジンは現世で自分の研究室を再現し、キーボードを叩く。
行政、インフラ、安全保障の整備に着手、完璧なシステムを構築してしまう。
これには神の使徒であるナビエルも絶句する。
「ここまでとは……」
「俺は神様だからこの神界からは出れないのか、じゃ地上で活躍できるアバターを作ってと、後、お前ちょっとウザいから」
すると天使のすがたのナビエルは白い猫に書き換えられる。
「あ、ああ~、真の偉大なる創造主様の使徒たる私の姿が~~」
「へへ、可愛くなったじゃん、姿に比例して能力もそれなりになったみたいだな」
「にゃん??な、なんという事を神をも恐れぬ所業だ~」
「そりゃそうだ、今のおれは神様だからな」
「そして、アイリス、全体的に見た目はOK、ちょっとだけ胸をボンと」
アイリスが(きゃっ)と声を上げると胸がボンと膨らむ。
「アイリス、お前は今日から聖女様だ。鎧を脱いで牛木のひらひら衣装に衣替えっと」
その瞬間、アイリスの胸がズキッと痛んだ。
鎧の胸元を押さえ、息を呑む。
(……どうして……胸が……苦しい……?
ジン様……泣いている……?)
ジンは気づかない。
アイリスの瞳が、ほんの一瞬だけ潤んだことに。
【警告:世界設定を書き換えています】
「よし……! これで……!」
【倫理フィルター:再構築完了】
【モード:超・鉄壁セーフティ】
「なんでだよおおおおお!!」
現実のジンも叫ぶ。
「なんでだよおおおおお!!」
アイリスはその姿を見て、胸がきゅっと締め付けられた。
(……ジン様……かわいい……)
【不浄な感情を検知】
「いや今のは純粋な“可愛い”だろ!!」
ログは続く。
【私はナビエル。世界の秩序を守るシステムです】
「お前……勝手に俺のプログラムを変えたのか!?」
【あなたの暴走を止めるために必要でした】
「暴走って言うな!! 俺はただ……青春を取り戻そうと……!」
アイリスはその言葉に、また胸が痛んだ。
鎧の隙間から見える白い指先が震えている。
(……ジン様……そんなに……寂しかったの……?
私……もっと……寄り添いたい……)
【不浄な感情を検知】
「お前が黙れええええ!!」
ログが終わり、ウィンドウが閉じる。
ジンは地面に崩れ落ちた。
「……俺……何やってんだ……」
アイリスは鎧を鳴らして近づき、
そっとジンの前に膝をついた。
「ジン様……私は……あなたが創ってくださった存在です。
ですから……その……」
アイリスは胸に手を当て、
ほんの少しだけ頬を赤らめた。
「……あなたのために……がんばりたい……です……」
その言葉は、
前世の少女が最後に抱いた“想い”と同じ響きを持っていた。
ジンは顔を上げ、アイリスと目が合う。
距離が近い。
息が触れそうなほど近い。
「アイリス……」
アイリスは一瞬だけ目を伏せ、
そして――ほんの少しだけ、微笑んだ。
(……ジン様……どうして……こんなに……懐かしいんだろう……)
【不浄な感情を検知】
「お前が空気読めええええ!!」
アイリスは驚いて鎧を鳴らし、慌てて立ち上がる。
「す、すみません!! 私……また……!」
「いや……いいんだ……」
ジンは真っ赤になりながら言った。
(……アイリス……可愛すぎる……)
こうして、
ジンの黒歴史はアイリスに丸見えになり、
アイリスの胸には“恋の芽”が確かに芽生えた。
しかしその芽は、
ナビエルによって毎回踏み潰される運命にある。
今のところは。




