表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

第9話:現代知識で異世界無双?

 過ぎ去っていく幌馬車を見送りながら、深い森に取り残された佐藤がまず思ったのは、

 孤独という感情よりも「これからどう生きていくか」という切実な不安だった。

 

「……まずは、現状を確認しないとな」

 

 佐藤は地面に鞄を降ろした。

 中身は、コミケ用に買ったが食べる暇のなかったシリアルバーが6本。凍らせておいたが温くなったゼリー飲料。

 企業ブースで買ったパーカーとCD。そして、キャリーケースに詰まった戦利品――百冊超の同人誌。

 

「異世界で生き抜くには……知識が必要だ」

 

 佐藤はキャリーケースを漁り、戦利品の中から一冊の本を取り出した。

 

同人誌No.1:『サルでもわかるサバイバル術』

 

 表紙をめくると、力強い文字が並んでいる。

『明日起きたら世界はゾンビに溢れているかもしれない。

 隕石が降って文明が崩壊するかもしれない。

 そんな極限状況で生き抜くための知識が詰まった一冊――お手元にどうぞ』

 

「……これだ。今はまさに『隕石が降ってきた』レベルの緊急事態だ。どれどれ……」

 

 ページをめくると、切実なハウツーが並んでいた。

『最優先事項、水源の確保。一日500mlは確保しましょう。

水が最低3Lないと、数日で死亡率が上がります。

 川の水は10分は煮沸すること。ペットボトルがあれば濾過ろか装置が作れます。

方法は次ページのイラスト参照』

 

 ページをめくる。そこにはペットボトルを切り、小石、砂利、木炭、布を重ねる図解があった。

 佐藤はバッグからペットボトルを取り出す。

一本は幼馴染の加藤あやかがくれた夢の国仕様のもの。

 もう一本は、コミケ限定の萌えキャラが描かれたもの。

 

「……これを、切る、だと?」

 

 萌えキャラのボトルをじっと見つめる。

描かれた美少女が「私を切るの? そんなひどいことするの?」と訴えかけてくる気がした。

 

「……そもそも、カッターがないしな。まだ喉は乾いてない。うん、後回しだ」

 

 佐藤は同人誌をそっと閉じ、キャリーケースの奥底へ丁寧にしまい込んだ。

 

 次に考えたのは「住居」だ。携帯のライトで足元を照らしながら歩くと、

岩の隙間から湧き水が溢れている場所を見つけ、そのすぐ隣に小さな小屋を見つけた。

 しかし、長い間放置されていたのか、雨風を凌ぐことすら怪しい惨状だ。

佐藤は再び同人誌を取り出した。

 

同人誌No.2:『DIYの勧め 第1巻』

(帯:ネジすら触ったことのない素人でも、全巻揃えればログハウスが建てられます!)

 

「……夢がある。これならこの廃屋をリフォームできるかもしれない。

頼むぞ、知識の結晶……!」

 

 期待を込めて表紙をめくる。そこには太字でこう書かれていた。

『まずは以下の工具を、お近くの「ホームセンター」で揃えましょう。

電動ドリル、丸ノコ、インパクトドライバー、水平器……』

 

「……ないよ! 異世界にホームセンターなんて一軒もねーよ!!」

 

 佐藤は無言で本を閉じた。

 

 結局、コミケの雨天対策の黒いレインコートを深く被り、

廃屋の中へと足を踏み入れた。


「お邪魔します……誰かいませんか……」

 

 生活感は皆無。ドアは歪んでキィキィと鳴り、

壁の大部分は崩れて風が素通りしていく。

埃の積もった机と、寝ればギシギシと悲鳴を上げるベッド。

 

「……もう、疲れた。今日は寝よう」

 

 意識を手放そうとした、その時だった。

『ピンポーン』

 まるで宅配便が来たかのような、能天気なチャイムが脳内に響く。

 

『――通知。強制締め切り10分前です』

「……は?」

 

 誰もいない部屋に響く、無機質な自動音声。

 佐藤は慌てて起き上がり、「ライティング!」と唱えた。

 光の中から床にポトリと落ちたのは、真っ白な紙と羽根ペン、そしてインク。

 

「締め切り……ライティング……。何かを書けってことだよな?」

 

 もし書いたものが具現化するなら大当たりだ。

佐藤は藁にもすがる思いで、紙に『カッターナイフ』や『ペットボトル』の絵を描いてみた。

……だが、待てど暮らせど変化はない。

 

「……あてが外れたか。理屈がわからない……」

 

 とにかく何かを埋めなければ。

佐藤はギシギシ鳴る机に向かい、記憶を頼りに手を動かした。

 モデルは、王城にいた金髪の王女だ。

いずれ日本に帰る時、異世界の思い出を同人誌にしよう。

そんな現実逃避気味な情熱を込め、王女のスケッチを描き上げた。

 

 描き終えても、何も起こらない。

オリジナルのサインを入れても、当然変化はない。

(いったい何なんだ、このスキルは……)

 

『――締め切り1分前です』

 

 佐藤は頭を抱えた。その時。


『締め切りです。ペナルティを与えます』


「ぎゃっ!? 痛てえ!」

 

 冬場にドアノブを触った時のような静電気が全身を走る。

 だが、一瞬だ。


「……なんだ、この程度か。びっくりしたけど、耐えられないほどじゃ……」

 

 安心したのも束の間、無慈悲なアナウンスが追撃する。

『――なお、成果未達成が続くと、苦痛レベルが上昇します』

 

「ふざけんな! タチが悪すぎるぞこのスキル!

せめてどうやればいいのか説明しろよおぉぉ!!」

 

佐藤の叫びは、夜の森に虚しく消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ