第8話:葛藤
佐藤が連れ去られた後の謁見の間は、重苦しい沈黙が支配していた。
叫びすぎて体調を崩した国王は、椅子に深く沈み込み、忌々しげに空を睨んでいる。
クラスメイト全員の鑑定が終わると、残されたのは担任の教師一人だったが、
彼は「異世界の事情を説明する」という名目で大臣に連行されていった。
騎士団長がクラスメイトたちの前に立ち、
「本日はこれまでにし、明日から訓練を開始する」
と説明を始めたが、それを国王の一喝が遮った。
「訓練などと悠長なことを言うな! さっそく明日から『魔の森』に向かわせろ!」
「陛下、いかに強力なスキルを持つ召喚者といえども、
まだ基礎も出来ておらぬ子供たちですぞ!」
あまりの無理難題に、騎士団長が苦言を呈する。
「……あの、『魔の森』というのは?」
鳴海輝が代表して尋ねると、騎士団長は同情の混じった表情で答えた。
そこは王国の東に位置する原生林。強力な魔物が生息し、
並みの人間や動物であれば、足を踏み入れて一分と持たずに四肢をもがれて食われる
「死の領域」であると。
その説明にクラスメートたちは青ざめ、女子生徒の何名かは泣き出した。
「陛下、せめて武器の扱いやスキルの訓練なしでは、
我ら騎士といえども彼らを守りきれませぬ!」
「ならば今すぐ訓練を始め、明日には魔の森の攻略を始めれる程度に仕上げておけ。
……余は休む」
吐き捨てるように言い残すと、
国王は王子たちに支えられながら立ち去った。
騎士団長は苦渋に満ちた表情で数名の部下に何かを囁いた。
その騎士たちは、密かに持ち場を離れて動き出した。
*
一方、薄暗い地下牢に放り込まれた佐藤は、意外にも冷静だった。
「……いい『時間』が、できたな」
幸いなことに、兵士がキャリーケースとバックパックを牢まで運んできてくれた。
中身を検分した兵士は、それが金目の物ではなく「ただの紙束(同人誌)」ばかりだと知ると、
興味を失って荷物を乱暴に投げ込み、近くで監視を始めた。
石造りの牢獄の薄暗さは、皮肉にも「読書」に没頭するには最高の環境だった。
実際はこれからどうなるか見当もつかない。
その底知れない不安を、佐藤は「現実逃避」という名の読書で塗り潰したにすぎないが。
数時間後。
静寂を破ったのは、コツン、コツンと響く硬い足音だった。
揺れる蝋燭の灯に照らされて現れたのは、数人の騎士たちだ。
「……召喚された少年だな。出ろ」
ふと牢屋の外を見れば、先ほどまで監視していた兵士が床で気を失っている。
逆らえば自分もああなるてことか?。佐藤は素直に従うことにした。
「あの……俺、これからどうなるんですか?」
「遅くとも明日には、お前の首と胴体は永遠にサヨナラすることになる。
国王は本気だ。……だから今夜中に逃がしてやるが、命の保証はできん。
…あと、その荷物は逃亡の邪魔だ。捨てていけ」
騎士の冷徹な言葉に、佐藤は今日一番の根性を見せた。
ベルトを駆使してキャリーケースを無理やり背中に固定し、バックパックを前に抱え込む。
「無理です。これは命より大事なものなんで。そ
れに……コミじゃなくて、『あっち』じゃこの重量での移動なんて日常茶飯事ですから」
呆れたような視線を向けられたが、騎士はそれ以上何も言わなかった。
城内の警備が薄いルートを通り、外に停めてあった幌馬車へと佐藤を押し込む。
「顔を出すな」
注意され、佐藤は荷物の隙間で丸まった。
幌馬車が走り出すと、舗装されていない道の振動でお尻が痛む。
「どれくらいかかるんですか?」
「しっ、静かにしろ」
怒られ、やることもないので目をつぶることにした。
やがて幌馬車が止まると、騎士に「降りろ」と促された。
そこは、太古の息吹を感じさせる鬱蒼とした深い森だった。
日本の樹海だなんてまだ生易しいように思える。
自分よりも何倍も太い木々が隙間なく生えており、歩くことすらままならない。
呆然と見ている佐藤に向かって、
「ここは『魔の森』だ。足を踏み入れれば最後、生きて出ることは叶わないと言われている
……すまないな」
鎧を鳴らして騎士が告げる。
「だが、決して無駄死にはするなよ」
それだけを言い残し、彼女たちは背負いきれないほどの罪悪感を置いて、幌馬車を走らせた。
実はこの騎士たちは、何度も国王に佐藤の解放を進言していた。
だが王は聞き入れず、あまつさえ「明日の朝一番に見せしめの極刑に処す」と言い出した。
正義感の強い騎士たちは、密かな反発として佐藤を逃がすことにしたのだ。
だが、街中ではすぐに見つかってしまう。
そこで、明日の勇者たちの訓練場所を確保するという「前乗り任務」のついでに、
彼を森へと放流したのだ。
夜の帳が下りた魔の森。
「……王族はクソだけど、騎士さんはいい人だったな。でもこれ……マジでどうしよう」
星の光すら届かない原生林の中に、佐藤は一人、取り残された。




