第5話:動き出す災厄
王都の喧騒から離れた場所――。
深い闇に覆われた『魔の森』。
静寂を切り裂くのは、猛獣の咆哮だった。
「ブルーオオオオオン!!」
象ほどもある巨大なイノシシの魔物が、猛スピードで森を駆け抜ける。
地響きを立てて突進する巨獣の先には、一人の女性が佇んでいた。
だが、彼女はすぐ近くまで迫る死の気配には一切の興味がないのか、
退屈そうに、あさっての方角――勇者が誕生した王都の方角を眺めていた。
「……ふーん。異世界からの召喚者、ねぇ」
無視されたことに激昂したイノシシが、
その鋭い牙で彼女の華奢な体を貫こうとした瞬間。
凄まじい衝撃音が響いた。
だが、吹き飛ばされたのは彼女ではない。
女性が、邪魔な小枝でも払うかのように振るった細い腕。
その指先から異様に伸びた爪が一閃されると、次の瞬間には
イノシシの巨躯は無残な肉塊へと変わり、辺り一面を鮮血で染め上げた。
わずかな月明かりに照らされたその姿は、あまりにも禍々しく、そして美しかった。
頭には捻じれた角、背中からは夜の闇に溶けるコウモリのような翼。
そして毒を孕んだサソリのような尻尾。
神話に語られる『悪魔』そのものの姿をした彼女は、指についた返り血を、
艶めかしく舌で舐めとった。
「あまり興味はないのだけれど……。暇つぶしに、王都まで出かけて
『味見』しちゃおうかしら?」
月夜に響く、冷たく甘い声。
ぺろりと舌を出し、彼女は闇の中へと音もなく消えていった。




