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第3話:夢と魔法の王国と、魔法陣


東京駅、有名な赤レンガ造りの駅舎を背景に、

カラフルな集団が勢ぞろいしていた。

「夢と魔法の王国」の余韻に浸っているのだろう。

手いっぱいに荷物を抱え、ネズミや猫、カラフルな

ウサギの耳のカチューシャをつけた修学旅行帰りの

学生たちが、ぞろぞろと集合している。

各クラスが駅舎を背景に、最後の集合写真を撮っていくのだ。


 この修学旅行最後のプログラムが終われば、

全員で新幹線に乗り、地元に帰る。

そんな名残惜しさからか、生徒たちはおしゃべりに夢中だった。


「よし、全員揃ったな! 集合写真撮るぞ! 一列目は体育座り!」


担任の指示に従い、生徒たちが雑談しながら列を作る。

だが、並びを確認していた教師が、

ある一人の生徒がいないことに気づき、青ざめた。


「佐藤ー! 佐藤大輔ー! いるかー!?」


担任の怒声が響く中、人混みを割って一人の少年が姿を現した。

戦利品でパンパンになった巨大なキャリーケース。

重そうに背負ったバックパック。

そして、抱えきれないほどの「萌え絵」が描かれた紙袋を、

まるで赤子のように大事に抱えた佐藤大輔だ。

 

「ハァ、ハァ……すみません……トイレに行ってたら迷子になりまして……」

「よかった、佐藤いたのか! 心配しただろうが!!」

 

 安堵と怒りの混ざった教師の声が飛ぶ。


「うわ、見てよあの紙袋……。萌え絵? ヤバ……」


クラスメイトたちの冷ややかな視線と失笑が突き刺さる。


(……うん、まあ、そうなるよな。宅急便の受付があんなに長くなければ、

荷物全部送れたんだけど)


 佐藤は、コミケ帰りの電車の中でも同人誌に没頭していた。

 ビッグサイトから駅までのダッシュ、乗車率三〇〇%近い超満員の車内。

滝のような汗をかき、喉はカラカラだったが、自販機で水を買う手間すら惜しんで、

 彼はページをめくり続けていたのだ。


(いやあ、壁サークルの新刊、最高の出来だった。

名探偵な魔法少女ものなのに肉弾戦メイン……でも魔法陣のデザインやトーンの使い方が

秀逸すぎる。よし、もう一度最初からじっくり……)


 わずか十数分程度の乗車時間に対し、すでに三回は読み直していた。

だが顔を上げたときには、電車はすでに東京駅に到着しており、

車内には自分以外誰もいないことに遅れて気がつく。


冷や汗をかきながら慌てて集合場所についたときには、

既にクラスメイトたちは撮影直前の体勢に入っていた。


 担任に絞られながら、遅れた佐藤は列の一番後ろに滑り込む。

(時間もないし、後ろに置いておけば写真には写らないだろうな)

 彼は全財産であるキャリーケースやバックパック、

企業ブースの大きな手提げ袋をまとめて自分の真後ろに隠した。


「あ、あの……佐藤くん」


 丁寧に袋を置いていると、横から声をかけられた。


すらっとした長身で、モデルのようなスタイルの美少女、瀬戸綴せとつづりだ。

 ほとんど話したことのない女子生徒だが、

 修学旅行の班は同じだったはずだ。


「あ、えっ……何?」

「ううん、大丈夫。間に合わないかと思って心配したけど、よかった」

「……ごめん。自由行動のとき、勝手に抜け出して」

「大丈夫だよ。電車、すごい混んでたでしょ。噂には聞いてたけど……

りんかい線、ヤバかったよね」


 瀬戸の言葉に、佐藤は首を傾げた。


「えっ、京葉線じゃなくて?」

「あっ……」


 瀬戸が大声を出し、慌てて口を押さえた。

 数名がこちらを振り返り、彼女は恥ずかしそうにうつむく。

 コンプレックスの身長を隠すように、また猫背になった。


(りんかい線……? クラスメイトは全員、ディズニーに行ってたはずじゃ……?)


 佐藤が瀬戸の発言に違和感を覚えていると。


「大輔、大丈夫?」


 聞き慣れた鈴のような声がした。

 一番前で体育座りをしていた少女が、

 ひょこりと起き上がって歩いてくる。

 ウサギの耳のカチューシャをつけた幼馴染、加藤あやかだ。


「汗すごいよ。これ、あげる」

「えっ、ありがとう」

「別に。保健委員だから、脱水症状が気になっただけだし」


 胸元にペットボトルを押し付けられる。

 パーク内で購入したキャラクター付きのお茶だ。

佐藤のバッグにも、コミケ限定の「萌え絵」ペットボトルが入っている。


(価値的には、どっちのほうが上なんだろうな……)


 そんなくだらない比較をしていると、列の横から鋭い声が飛んだ。


「佐藤、遅刻したうえにお喋りか。少し静かにしてくれ」


 生徒会長の鳴海だ。佐藤は肩をすくめ、あやかに座るよう促した。

 あやかは名残惜しそうにこちらを一度振り返ってから、元の位置へ戻っていった。


 そしてざわつきが落ち着いたクラスメ-トたちの目の前には、

この修学旅行中同行していたカメラマンが立ち、レンズを構えた。

 その時だった。


「あれ? なにあれ、綺麗……」

「すごっ。プロジェクションマッピングじゃない? 流行りのやつ」


 クラスメイトたちが足元を指差す。

 石畳の上に、淡い光の紋様が浮かび上がっていた。

 キラキラした星座のような輝きは、

 形を変え、大きな円を描きながら動き始める。

 まるで複雑な象形文字のようだ。


(なんだか、魔法陣みたいだな。さっきの同人誌で、魔法少女が変身するときに

出てきた模様にそっくりだ……)


綺麗と言いながら、数名のクラスメートたちが写真を撮り始める。

「こらこら、スマホは仕舞え。 正面を向けー!」


 教師が注意し、カメラマンがカウントダウンを始める。


「では、撮りますよー! 3、2、1……!」


 シャッターが切られた瞬間。

 フラッシュとは比較にならない、

 稲妻のような白い光が視界を完全に塗り潰した。


「うわっ! なんだこれ!?」

「まぶしっ……きゃああああああ!」


 叫び声と、耳をつんざくような高音が響く。

佐藤は反射的に、自分にとっての「全財産」である

 キャリーケースとバックパックの取っ手を、

 力いっぱい握りしめた。


数秒後。  


フラッシュよりも強烈な光が収まる。

 カメラマンが液晶画面を確認すると、写真は無事に撮れていた。

 何人かは目をつぶってしまっているが、記念写真としては及第点だ。


(これは撮り直しか……?)


 そう思いながらカメラマンが液晶から顔を上げたとき。

 そこには、誰もいなかった。

 教師を含めた三十数名の人間は、陽炎のように、

 一瞬でその場から消え失せていた。


 カメラの液晶の中にだけ、すでにこの地球上には存在しない生徒たちの姿が、虚しく残されていた。

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