番外編2 クリスティーナとサン、2人だけの優しい時間
番外編、思ったより読んでいただけたので2話目を書いてみました。
もしよかったらどうぞ。
アルフレッドとサラが領地視察のため朝早く屋敷を出発した日。
広い伯爵邸にはいつもと変わらぬ活気があったが、その中心にいる二人には少しだけ緊張があった。
今日はサンとクリスティーナが屋敷の管理を任されているのだ。
もっとも、領地全体の運営を一日だけで引き継げるはずもない。重要な案件はアルフレッドたちが戻ってから処理することになっており、二人が担当するのは日常業務の確認と最低限の判断だけだった。
執務室ではクリスティーナが書類の山と向き合っている。
「この報告書は確認済み……こっちはサラ様に見ていただいた方がいいわね」
手際よく書類を整理していく姿は、すでに立派な領主補佐そのものだった。
一方のサンは、屋敷の中を見回っていた。
使用人たちに声を掛け、困りごとがないかを聞き、時には荷物運びまで手伝う。
誰に対しても分け隔てなく接するサンは、使用人たちからも慕われていた。
「サン様、お疲れ様です」
廊下で出会った使用人の一人が微笑む。
「うん、お疲れ様」
「そういえばお聞きしてもよろしいですか?」
「何?」
「サン様はクリスティーナ様とご結婚されると聞きましたが、いつ頃のご予定なのですか?」
何気ない質問だった。
しかしサンの肩がびくりと跳ねる。
「えっ!?」
顔がみるみる赤くなる。
「ぼ、僕は明日にでもしたいのだけど……」
「おお」
「クリスティーナ姉が忙しそうで……」
使用人は思わず苦笑した。
「それは、よくお話しされた方がいいですよ」
「話す……」
「はい。クリスティーナ様もきっと待っておられると思います」
その言葉が妙に胸に残った。
サンはしばらく考え込んだあと、小さくうなずく。
「……そうだね」
そして午後。
サンはお茶を淹れ、執務室へ向かった。
扉をノックすると、中から穏やかな声が返る。
「どうぞ」
入室すると、クリスティーナはちょうど書類から目を離したところだった。
「姉さん、お茶を持ってきたよ」
「あら、ありがとう」
香りの良い紅茶を受け取り、クリスティーナがほっと息を吐く。
その表情を見て、サンは少し安心した。
「だいぶ終わった?」
「ええ。あと少しで一区切りつくわ」
「それなら……午後に少し散歩しない?」
クリスティーナは目を瞬かせた。
「散歩?」
「うん。久しぶりに二人で」
ふっと微笑む。
「いいわ。楽しみにしている」
その返事だけで、サンの心臓は少し早くなった。
ーーー
午後。
執務がひと段落し、二人は伯爵邸の庭へ出た。
丁寧に整えられた庭園には季節の花々が咲き誇り、穏やかな風が吹いている。
並んで歩きながら、二人は他愛のない話を続けた。
昔のこと。
領地のこと。
家族のこと。
やがて庭の一角にある四阿へ辿り着く。
木陰に守られたその場所は静かで、二人きりになるにはちょうどよかった。
ベンチに腰を下ろしたところで、サンは急に黙り込んだ。
「サン?」
クリスティーナが不思議そうに首を傾げる。
サンは膝の上で手を握りしめた。
言葉がうまく出てこない。
それでも、今日こそは伝えたかった。
「姉さん」
「うん?」
「……いや」
サンは深呼吸する。
そして真っ直ぐに彼女を見た。
「クリスティーナさん」
クリスティーナの瞳が少しだけ見開かれる。
サンがそう呼ぶのは珍しかった。
「これからもずっと、いつまでもずっと一緒にいてくれませんか」
優しい問いだった。
クリスティーナは迷わず答える。
「もちろんそのつもりよ」
だがサンは首を振った。
「そうではなくて」
「え?」
「家族として」
「もちろん」
即答だった。
サンは困ったような顔になる。
「うーんと……」
耳まで真っ赤だ。視線が泳ぐ。
言葉が喉につかえて出てこない。
それでも勇気を振り絞る。
「……夫婦として……」
一瞬だけ沈黙が落ちた。
そしてクリスティーナは優しく微笑んだ。
「うん、もちろん」
その笑顔はどこまでも穏やかだった。
「よろしくね、サン」
サンは数秒固まった。
瞬きを繰り返し、ようやく言葉を発する。
「……あ」
「?」
「初めからそう答えてくれていましたか?」
クリスティーナは目を丸くし――
次の瞬間、堪えきれずに笑い出した。
「ふ、ふふ……」
肩を震わせながら笑う。
「もちろんそうよ」
「そ、そうだったの!?」
「だってサンの考えていることくらい分かるもの」
「うぅ……」
顔を覆うサン。
恥ずかしさで消えてしまいそうだった。
そんな彼の手に、そっと温かな手が重なる。
クリスティーナだった。
「でも」
彼女は優しく言った。
「ちゃんと言葉にしてくれて嬉しかったわ」
サンは顔を上げる。
夕陽に照らされたクリスティーナは、とても綺麗だった。
「ありがとう、サン」
握られた手を少しだけ強く握り返す。
「こちらこそ……ありがとう」
四阿を吹き抜ける風は穏やかだった。
二人は並んで座りながら、これから先の未来についてゆっくり語り合う。
その時間は、領地の発展や忙しい日々とは関係のない、ただ二人だけの大切なひとときだった。




