番外編 幸せすぎる伯爵家の午後
仲が良すぎる2人に、クリスティーナとサンがちょっとイタズラを仕掛けたら…
ノード伯爵家の朝は、以前よりずっと騒がしくなった。
食堂の長テーブルには焼きたてのパンとスープ。窓からは柔らかな陽光が差し込んでいる。
そして、その中央では――。
「サラ、今日は少し冷える。肩掛けを使いなさい」
アルフレッドが自らサラの肩へ上質なショールを掛ける。
「もう、大丈夫ですよアル」
「大丈夫ではない。お前はすぐ無理をする」
「それ、昨日も言ってました」
微笑むサラに、アルフレッドは真顔で頷く。
「昨日も今日も事実だからな」
その様子を見ながら、クリスティーナは紅茶をすすった。
「……朝からすごいね」
隣ではサンも半眼になっている。
「姉さん、あれ毎日なんですか?」
「最近さらに悪化したわ」
「悪化ってなんだ」
アルフレッドが即座に反応する。
クリスティーナは呆れ顔で父を見る。
「お父様、サラさんに甘すぎ」
「妻を大切にして何が悪い」
「限度があるの!」
サラは困ったように笑う。
しかし否定はしない。
なぜなら、夜も含めて夫婦仲は極めて良好だからだ。
むしろ良好すぎた。
夜更け、執務を終えたアルフレッドは必ずサラの部屋へ来るし、サラもそれを嬉しそうに迎える。
おかげで屋敷の使用人たちは、
“旦那様は奥様限定で理性が溶ける”
という認識で統一されていた。
ーーー
昼の伯爵執務室。
アルフレッドは恐ろしい速度で書類を片付けていた。
「東部の税率調整はこれでいい。冬季備蓄を優先しろ」
「はっ」
「国境警備は増員だ。最近、魔獣の動きがおかしい」
「承知しました」
仕事中のアルフレッドは冷静沈着だった。
隙もない、まさに名君。
だが…
扉がノックされ、サラが顔を出した瞬間。
「アル、お茶を――」
「サラ、立っていないでこちらへ」
仕事の手を止め、即座に隣へ座らせる。
しかも自然に腰を抱く。
「え、あの、お仕事中では……?」
「問題ない」
「あります」
秘書官が真顔で言った。
アルフレッドは無視した。
サラも満更ではないのでタチが悪い。
その日の夕方。
廊下でクリスティーナとサンは深いため息をついていた。
「……見てられない」
「もう夫婦というより新婚ですよね」
「再婚して何年経ってると思ってるの」
「止めます?」
クリスティーナはふっと笑った。
「いや。ちょっと仕返しする」
「仕返し?」
「私たちも恋人だって言って驚かせるの」
サンは目を丸くした。
「えっ!?」
「どうせお父様、慌てるでしょ」
「それは……少し面白そうですけど」
数分後の食堂。
アルフレッドとサラの前に、妙に緊張した二人が立っていた。
「……話があります」
クリスティーナが真面目な顔で言う。
アルフレッドの表情が引き締まる。
「どうした」
サンはごくりと唾を飲んだ。
そして。
「ぼ、僕たち……付き合うことになりました」
沈黙
そして数秒後。
「そうか」
アルフレッドは頷いた。
「よかったじゃないか」
「……え?」
クリスティーナが固まる。
隣ではサラがぱあっと顔を輝かせた。
「素敵です!」
「えっ」
「前から仲良しでしたものね!」
「いや、その」
「サン」
アルフレッドが立ち上がる。
恐怖が走る。
だが次の瞬間、彼はサンの肩に手を置いた。
「娘をよろしく頼む」
「えぇ!?」
「式は盛大にしよう」
「まだそこまで言ってません!!」
サラは完全に嬉しそうだった。
「家族が増えるみたいで幸せですね、アル」
「ああ」
アルフレッドは優しく微笑む。
「祝いを考えなければな」
クリスティーナとサンは顔を見合わせた。
((どうするのこれ!?))
しかし今さら「嘘でした」とは言えない空気だった。
――数週間後。
庭園で、ぎこちなく並んで歩く二人。
「……なんか、本当に恋人扱いされてますね」
「お父様、完全に信じてるし」
「姉さん」
「なに?」
サンは少し照れながら言った。
「……嫌では、ないです」
クリスティーナは目を瞬かせた。
夕陽が少年の横顔を赤く染める。
そして自分の頬も熱いことに気づく。
「……そう」
「はい」
沈黙。
風が花を揺らした。
遠くの窓からは、またアルフレッドがサラを抱き寄せている姿が見える。
「……原因あれだよね」
「間違いないですね」
二人は苦笑した。
だがその距離は、以前より少しだけ近くなっていた。




