番外編3 祝福の日
王都防衛戦から一年。
ノード領はかつてないほどの活気に包まれていた。
領都の広場には色とりどりの花が飾られ、人々の笑顔が絶えない。
その理由はただ一つ。
サンとクリスティナの結婚式だった。
「サン、緊張してる?」
花嫁衣装に身を包んだクリスティナが微笑む。
白いドレスの裾が揺れ、その姿はまるで天から舞い降りた妖精のようだった。
対するサンは正装を着ているにもかかわらず、落ち着かない様子で頭を掻いた。
「だ、だってよ……こんな大勢の前だぞ?」
「ふふっ」
クリスティナは思わず笑う。
かつて奴隷として怯えていた少年は、今では領民たちに慕われる立派な青年になっていた。
それでも彼女の前では出会った時のまま。
それが嬉しかった。
「大丈夫。私が隣にいるから」
そう言われた瞬間、サンの肩から力が抜けた。
「……そうだな」
二人は見つめ合い、自然と笑顔になる。
式場の最前列では、サラがすでに涙を流していた。
「うぅ……大きくなったわねぇ……」
「まだ始まってもいないぞ」
隣でアルフレッドが苦笑する。
だが、その声もどこか震えていた。
サラは目元を拭いながら言った。
「だって、あの二人がよ? サン、あんなに小さかったのに……」
「そうだな」
アルフレッドは静かに頷いた。
奴隷市場で出会った日のことを思い出す。
痩せ細り、未来に希望を持てなかった姉弟。
あの日、自分が手を差し伸べなければ、今ここにはいなかったかもしれない。
だが逆だった。
救われたのは自分の方だったのだ。
失った妻と娘の悲しみで止まっていた時間を、サラとサンが再び動かしてくれた。
アルフレッドの目に、わずかに涙が浮かぶ。
サラはそれを見逃さなかった。
「伯爵様も泣いてるじゃないですか」
「……泣いていない」
「泣いてます」
「泣いていない」
「泣いてます」
二人は顔を見合わせ、そして笑った。
やがて司祭の前で、サンとクリスティナは誓いを交わす。
「病める時も健やかなる時も、共に歩むことを誓いますか?」
「誓います」
二人の声が重なる。
会場中から温かな拍手が湧き上がった。
その音はいつまでも鳴り止まない。
クリスティナは客席の方を見る。
そこには涙ぐむサラ。
誇らしそうなアルフレッド。
そして笑顔の領民たち。
失ったものは戻らない。
それでも――。
新しい家族は作れる。
新しい幸せは育てられる。
彼女はそう学んだ。
サンがそっと手を握る。
「どうした?」
「ううん」
クリスティナは首を振った。
そして、心からの笑顔を浮かべる。
「幸せだなって思っただけ」
サンも笑った。
「俺もだ」
青空の下。
鐘の音が鳴り響く。
アルフレッドとサラは誰よりも大きな拍手を送った。
ちょうどその時、ノード伯爵領の空に大きな虹がかかっていた。
それはまるで天からの祝福のようだった。
また同時に、2人が始める北方領地の経営の未来を暗示するかのようでもあった。
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