水の中から月を見る⑩
ガソリンの問題がある。だからどうせ途中で断念することになるだろうと、実は内心で高をくくっていた。ところが、道中、皆がまさにその問題に直面していたとき、夏深が得意満面に数枚の札を取り出して見せ、太っ腹なことをいった。口にこそ出さなかったが、「何故ボウリングの話しで出さなかった」「余計なことしやがって」と、その場の誰もが思った。ひょっとすると龍胆も同じように考えたかもしれない。
真夏の夜の疾走は、初めのうちこそ涼しくて心地よかったが、あまりに長時間ともなると肌が乾ききってひりひりと痛んでくる。座りっぱなしの尻も、そのうちに自重に耐えられなくなってしまい鈍痛に悩まされた。景色に見覚えがなくなり、地名に馴染みがなくなり、都市を抜け峠を越え、案内も目的もないまま、それでも龍胆は先頭をひた走った。はじめは嫌々ながらに、半ばを過ぎてからはやけくそになって、亮らはそれについて行った。
途中、何箇所か海と呼べる場所があったのだが、それは港湾や道路や断崖など、つまり当初イメージしていたものとは違った景色だった。
「うわあ、うみだうみー」
「きれいだなあー」
皆の努力は報われず、龍胆はあくまでも砂浜を目指すといい張った。
夕食時に店を出てから日付が変わる頃まで、ひたすら西へ南へと向かい、三度の給油と休憩を経てようやくその場所にたどり着いたときには、皆、疲労と苦行からの開放感とで一様に呆けてしまっていた。ちなみに、最も「疲れた」という発言の多かったのは、終始龍胆の背に掴まっていただけの夏深である。
「桜崎」まであと数㎞、という道路標識を通り過ぎ、茂る緑に挟まれた坂道を下ると、海沿いを走る道へ出た。ゆるいカーブを描いて並ぶ防砂林の向こうには、夜目にも白く映える砂浜が広がっているのが見えた。
先頭を行く龍胆は、歩道に乗り上げてバイクを停め、砂浜を囲っている波よけへと続く階段を駆け上がっていった。皆その背を追い、歓喜の声をあげながら砂浜へ飛び降りた。眼前には、目指していたものよりも、より「海」であるところの光景が広がっていた。
夜の海は丸い月を頭上に携えて、きらきらと月光の道を反射させながら、深い紺青を湛えていた。見渡す限りの水平。波音は静か、奥深く荘厳で、踏みしめる砂は細やかに笑うようにきゅっきゅと鳴った。もし昼間に来ていたら、どれほどの光が、青々と網膜を染めるのだろうか。亮たちは、ようやくたどり着くことの出来た場所の景色が、望外に素晴らしすぎて、しばしその場に立ち尽くしてしまった。
しかしそれも束の間のこと。感慨に耽ることなど一分と耐えられない春美と後輩らは、嬌声をあげながらジーンズや靴を脱ぎ散らかし、我先と波打ち際へ飛び跳ねていった。都市に慣れ親しんだ少年らのことである、はしゃぐなというほうが無理な話なのだろうか。長旅の疲れもどこへやら、取っ組み合っては投げたり、掴んでは打っちゃったりと、後先考えずに身体中をびしょびしょに濡らし始めた。
亮はそれに参加しなかった。砂浜に座り込んで、その様子を微笑みつつ眺めていた。疲労もあったし、雄大な景色に圧倒されていたのかもしれない。十分ばかりはそうしていたが、服も脱がずに水と戯れる彼らの姿は、無謀だが実に楽しげで、ただ座っているだけでは堪えられなくなるほどに、次第に胸が引き寄せられた。ついには思い立って尻の砂を払った。
しかし、それでも冷静さを失えないのが亮という人間である。財布や携帯電話はもちろんとして、服も全部脱いでおこうと背後を振り返った。階段のところへまとめて置いておこうと考えたのだ。そのとき、一番下の段のところで、龍胆と夏深が、寄り添いあって静かに座っていることに、亮は気づいたのだった。




