夜へ②
六月も初旬を越え、梅雨の本番を迎えようとしている。
昨日から降り続いていた雨は、今朝やんだと思いきや、午後にはまたぶり返した。霧のような、遠慮がちな雨は、降っては止んでを繰り返し、合間に許された日照が街の温度をじわじわと底上げしたため、言葉にもならない不快な空気が、行き交う人々の肩を緩慢に包んでいる。
宵の時刻となり、街は夜の入り口に立っていた。曇天の空のもと、ネオンや看板の明かりが、湿気に滲んだ街を照らし始めている。すれ違う人々の顔が、どれも暗くぼやけて感じられた。うつむき、下を見て、降る雨を努めて見ないようにしているようにも思えた。
安っぽい傘の下で、亮はビニール越しの空を見上げた。ひしめき合い流れ落ちる雨粒の向こうに見た空は、一面に霧を吹いたように白んで見えた。
高い湿度が暑さを際立たせている。どうしてこんなに不快な季節があるのか、などと考えながら、亮は背に貼りついたシャツを引き離し、ぱたぱたと肌を扇いだ。雨が降るのはいい。暑くなるのも仕方がない。だがせめてどちらかだけにして欲しい。
いつものように御毛沼の街を徘徊する亮に、以前と異なるところがいくつかある。ひとつは、制服のままではなく、私服に着替えている点だ。
ある店に出入りするようになってから、そうするようになっていた。その店は、中学の制服を着たまま赴くにはあまりに相応しくない店だったのだ。いつもほかに客がいないので、人目を気にする必要はないかとも考えたのだが、やはりどうにも居心地が悪い。あるいは、かつてあった日常を大きく踏み外した己にいまだ慣れぬ心が、何かスイッチを入れ替えるような作用を必要としていたのかもしれない。そこで、駅で着替え、荷物はすべてコインロッカーに預けて、街を歩くようになった。
そして最も大きく異なるのが、徒然の徘徊がある目的を得たことだった。
といって、どこかの場所に向かっていく、ということではない。当てもなく街をさまようのは変わらない。ただその足は、ある人物たちとの邂逅を求めて、道を撰ぶようになっていたのだ。それというのは、ほかならず、龍胆とその仲間たちである。
あの始まりの夜、亮はむろんこっぴどくやられた。制服のあちこちを破られ、血と泥だらけになり、口唇を切りまぶたを腫らしたその姿は、さすがに誤魔化せるものではなく、母に見咎められ、説明を求められたとき、亮は隠さず事実を述べた。母はしきりに心配と叱責の態度を見せ、かつ通院を勧めたが、亮は取り合わなかった。実際にはかなり無理をしていたのだが、亮が普段の生活ぶりを演じたこともあってか、次第に母は諦めて何もいわなくなった。
父の反応は、意外なことに何もなかった。亮は、母親を心配させるなと、また説教を繰り返されるのかと想像していた。
「喧嘩くらいはあっても仕方がない。見たところ負けたようだから、卑怯なことをしたわけでもないのだろう。ならば放っておけばいい」
のちの母の言葉によるとそのようなことをいっていたそうだが、直接の態度になんらの変化はなかった。先日の、「早く帰るか、連絡を」という注意を重ねられることはあったが、怪我とその原因については何もいわれなかった。
ともに食卓を囲みながら、亮は父が何もいおうとしないことと、そして、自分がその場にいることを以前ほどには不快に感じていないことを、奇異に思った。不快でないどころか、わずかにではあるが、心地よくさえあったのだ。顔中の傷を見せ付けることが、誇らしいもののように感じられる瞬間もあった。どうしてだろうか。不思議に思いながらも、亮は闘いの証を隠すことはしなかった。
それから十日ほどは、亮は真っ直ぐに家へ帰る日々を送った。それは、父の注意を聞いたからではなく、再び龍胆に見えることを避けたかったからでもなく、単に、体中が痛くて満足に歩くことも出来なかったからだった。
口内のあちこちに切り傷があり、ものを食うのにも難儀した。上口唇は倍ほどにも膨れ上がり、左のまぶたは腫れ上がって視界のほとんどを塞いでいた。殴られたか蹴られた拍子かはわからないが、額には左眉の上部からまぶたにかけて、ちょうど眉の横線と交差して十字を作るような、深い裂傷もあった。さいわい鼻梁だけが深刻なダメージを免れており、原形を留めてはいたが、しばらくはとうてい見れた顔をしていなかった。
左肩は痛くて上がりもしない。わき腹に広範な肌の変色があり、上体をよじる度にそこに激痛が走る。腰部に異物を挿し込まれたような感覚があって、一歩を踏む度に、関節の鳴る嫌な音がした。そして首筋に、二の腕に、背中に、内股に、ふくらはぎに、つまりは身体のほとんどに、突っ張るような痛みが長く残った。
どこも骨を折っていないらしいことが不幸中の幸いだったが、しばらくは床を起き上がるのも憂鬱なほどに体中を痛みが蝕んでいた。そんな体では、街をうろつくことなど出来ようはずもない。すれば、毎日の登校と帰路以外のほとんどの時を自室で過ごすこととなり、自然と、亮はそのうちの多くを思惟に費やした。
ある激情、すなわち自身への憤怒は、ひと暴れしたのちに霧散してしまっていた。完全な敗北ではあったが、悔しさや屈辱はほとんどなかった。元より、相手への勝利を目的にした喧嘩ではなかったのだ。己に克つためには、敗北の見えた勝負であったほうがかえってよかった。それでも逃げなかったという事実こそが、克己の証明となるからである。だから解消こそすれ、憤懣や苛立ちがなお沸き立つようなことはなかった。
龍胆について。体を休めている間、亮はそのことを最も多く考えていた。
はじめのうちは、いまさらの立腹があった。わけもなく殴られた屋上での一件に関してである。直後には自らへのそれが勝っていて感じられなかった怒りが、冷静になって思い出すにつれて、やりようもなく込み上げてきたのだ。思えばそれも当然のことだった。よくよく考えるまでもなく、なぜ殴られなければならなかったのか、まったくわからない。ハーモニカのメロディについて尋ねたことがおそらく何かの切っ掛けになったのだろうが、それが何故あの結果に繋がるのか、考えるだに理不尽でならなかった。
だがいまさらのその怒りも、長続きはしなかった。とにかくも一端の決着をつけたあとのこと、ということもあってか、どれだけ腹立たしいとも、それはまるで遠い過日の出来事のように思われて、実感が乏しかったのである。
それに代わったのが、そもそもの、龍胆という男への興味だった。
彼はいったい、どういう人間なのだろうか。屋上での一件ですら、やがては、何が彼にそうさせたのかと、興味の対象へと変わっていった。
その暴力性、爆発性。相反する、奇異ですらある落ち着き。不可解な動機、不合理としか思えない言動、したたかな機知、仲間に見せる無邪気な笑顔、他者の存在を認めないかのような、傍若無人ぶり。そして不思議なメロディと、ハーモニカ。
互いに共存しあえない、としか考えられない特徴を、龍胆は一つ身にして具えている。では何故、矛盾なくそれらが一個の人格として成立しているのか?それとも、矛盾しつつ、存在しているのだろうか? 彼は、何を心の柱として生きているのだろう? どのような欲望を己の根幹としているのだろう? あの不思議な、美しいメロディはいったい何だったのか?
ベッドの上で傷を癒しながら、少ない材料を元に、亮は悶々と考え続けた。しかし何ひとつわかるはずもなく、考えるにつれて新たな疑問が増えるばかりで、苛立ちやもどかしさは、尽きぬ興味へと姿を変えていくこととなった。その思惟にはもしかすると、「自由」という題目が、常に伴っていたのかもしれない。
ようやく痛みの癒えたころ、亮はまたぞろ御毛沼の街をうろつき始めた。
はじめのうちは、目的を持っているわけではないつもりだった。しかし幾日も経たぬうちに、亮はそうではないことを認めざるを得なくなっていた。気づいたのである。以前と違い、敢えて人通りの多いところを撰んでいること、角を曲がる度に、何かを探して視線が泳いでいること、つまりは、龍胆に遇いたがっているということに。
更なる龍胆との邂逅には更なる危険が伴う、それは充分に予想できたのである。おそらく龍胆の認識の中では、屋上での亮と公園での亮は一致していない。彼の側からすれば、亮の行動もかなり理不尽なものに思えたに違いないのだ。となれば、また出会ったとして、何をされるかわかったものではない。何の恨みもない相手に対してあれほど残虐になれる、彼はあの「暴風」なのである。
それは充分にわかっている。しかし自分は、遇いたがっている。それが、亮は不思議でならなかった。
逢ってどうするというのか? 京谷のように、仲間になりたがっているのだろうか。純粋な興味であると自らが信じて疑わないこれは、実のところ、偽装された憧れに過ぎないのだろうか? それこそ、京谷のように。
何も起きない日々を過ぎ、疑問の対象がいつしか自分自身へと移っていた頃、あまりにも不意に、その邂逅はあった。
声を掛けてきたのは龍胆の方だった。彼のほうが先に亮を見つけたのだ。そしてそのときの彼の態度は、亮が想像していたどれとも違って、明るく屈託のないものだった。
亮の肩を叩きながら、龍胆はまるで旧知の友に声を掛けるように亮を仲間内へと誘った。その場にはあの公園で見た顔のいくつかがあったが、彼らは龍胆の態度とは対照的に、あからさまに亮を歓迎していなかった。それでも、かまわず龍胆は誘いを繰り返した。共に来いと、肩に置いた手を離さなかった。
亮は何もいえなかった。あまりにも突飛に訪れた願望の成就、予想のどれにもなかった奇異な展開、そして、龍胆は何故こんなにも朗らかに接してくるのかという疑問に、半ば以上、呆けてしまっていた亮は、強引な勧誘に、流されるように付いて行ってしまった。
行った先に、何があるのだろうか。状況に追いついた心は次第にそのような不安に取って代わられた。しかし、特に何が待ち受けているわけではなかった。コンビニへ立ち寄り、あの公園へ向かい、待ち合わせていた仲間たちと、そこでしゃべるだけ。
数人の少年と例の巨漢と少女との輪に、亮は紹介をされた。そのときになっても龍胆は亮の名前すら知らなかったので、自分でいった。反応はむろん芳しくなかった。その公園に居たのは、全員があの晩も同じようにここにいた者達だったのである。
とにかくも、一応は輪に加わった亮だった。しかし、話題の中心に、皆の視線の的に亮が居たのは、最初のそのときだけだった。以降は、亮は何もすることがなかった。
すぐに龍胆らは、それが常のことなのだろう、とりとめもない仲間内の会話に盛り上がり、亮を放って、手を叩いて笑い合い始めた。見知らぬ誰かの失態や、学校生活などの愚痴。色恋沙汰に、音楽やテレビの話。会話に入っていけるはずもなかった亮は、ただ輪の一番外側で何をすることもなく突っ立っていた。あれだけ熱心に亮を誘い入れた龍胆ですら、一度も振り向かない。つまりは、完全に捨て置かれて、所在なくただそこに居ただけなのだ。
いたたまれなくなった亮は、小一時間ほどして、腹が減ったことを口実に立ち去る旨を龍胆に告げた。ひょっとするとこれは、手の込んだ仕返しなのではあるまいか。ふとそんな考えが脳裏を過ぎったが、「そうか」と振り返った龍胆は、次の瞬間に、「じゃまたな」と笑いながら手を振った。
それはどういう意味だったのか。単に再会を期しての言葉だったのか。それとも、更なる「仕返し」を約束した陰湿な笑みだったのか? はじめから終わりまで、何もかもが不思議な夜だった。頭の上にはてなマークを激しく明滅させ、首を傾げて歩きながら、亮はその日は家に帰った。
それから何度も、同じようなことが続いた。
御毛沼の街のどこかでばったりと出会い、強引に誘われ、龍胆以外はあまり歓迎している様子もない輪の中へ、加わっていく。はじめのうちの数回は、やはり何をすることもなく放って置かれたが、幾度か回を重ねた頃には、亮は徐々に会話の中に加わるようになっていた。ようやく、亮に害意がないことを理解されたのだろうか。何度も顔を合わせていると、当然のこと、詳しい素性を訊ねられる。すれば、亮も訊ねる。そうしてやっとのこと、何とか気心の知れる仲となって行き、亮はグループ内の顔と名前を覚えていった。
例の巨漢は、名を八代春美といった。歳は、龍胆と同じく十四歳である。
この男は、亮に対する警戒心が相当に強かった。まともに口を利くようになったのもつい最近のことだ。というのは、どうやら八代春美は龍胆の「右腕」のような立場であるらしく、あまりにも奔放なボスを持って、グループを守る為にこれまで相当な苦労をしてきたらしいのだ。だから、外から来た者、つまり亮に対してはなかなか気を許そうとしなかったのだろう。
「右腕」と聞くと、いかにも知的な男を想像してしまう。しかし八代春美はそこから最も遠いところに居た。端的にいえば、京谷の言葉のとおり、「バカ」だった。
いちいちに反応や動作が大きく、雑把で軽薄で、語彙も少ない。そのためか、浅黒い肌に厚い唇、隆々とした体格といった、まるで黒人ラッパーのようないかめしい風貌をしているのにもかかわらず、後輩にまでからかわれている。
そんなとき八代春美は、むろん怒るのだ。からかってきた後輩たちを、口汚く罵る。しかし決して手を出そうとはしないし、そして、何を根に持つこともなく、口汚く罵ったあとには、もう笑って話しかけていたりする。それを知るからこそ、当の後輩たちも気軽に戯れるのだろう。八代春美は、形はどうあれ、皆に愛されているようだった。結局は「いいやつ」なのだということは、はたから見る亮にもすぐにわかった。
いつも龍胆のそばに居る少女は、水町夏深といった。やはり同学年である。
変わった名は、作家のそれに由来して名付けられたものらしい。四人姉妹の末っ子であり、上の三人もそれぞれが同じように珍しい名前を持っているという。以前、興味を抱いて調べてみたところ、何とその内の三人は男性に由来する名で、女性の名はひとつしかなかった。顔写真を見ると、中には「汚いおっさん」も居たと、初対面で変わった名について訊かれると、水町夏深は決まって笑い話にする。らしいのだが、亮はその話を別の者から聞いた。というのも、彼女は八代春美以上に亮を警戒しており、いまだに口を利いたこともないのである。はっきりいえば、あからさまにではないが、しかし明らかに、亮は嫌われているようだった。
龍胆と水町夏深は、「恋人のような」関係であるらしい。ような、と但しがつくのは、そのような関係に至ったのが、水町夏深のあまりにも一方的でしつこく、粘り強く、諦めの悪い求愛の果てのことだったからである。
瑞々しく、ほのかな亜麻色をした長い髪。やわらかそうに丸みを帯びた頬。そのあどけなさが、何か得体の知れない力となって射る者を惑わす、大きな瞳。常に上向き、半分ひらいていて、何かを求め続けている口唇。未発達なはずの胸はすでに豊かに膨らんでいて、幼い挙動の度に小さく揺れる。ひと目するだけで肉感と体温の想像を掻き立てさせる手足は、その魅力を知らされないまま、いつも無防備に放り出されている。それはまるで、少年を狂わせるためだけに存在しているかのような、少女だった。
しかしその少女の心は、一人の少年のみに向けて注がれているのだ。彼女は龍胆のことを、まるで神か悪魔に対してそうするように、信奉している。だから、それを傷つけた亮のことを許せないのだろう。だが、当の龍胆こそが亮を誘い入れてしまったので、信徒として、渋々と従うほかはなかったのだ。
仲間の輪に亮が現れると、水町夏深はたちまち表情を暗くしてしまう。龍胆と二人で話し込んでいたりするとき、ふと気がつくと、あらぬ方向から彼女がじいっとこちらを見ていることが度々あった。そのたび、亮の胸中には小突かれたような感触と悪寒が走り、得体の知れない不安に襲われるのだが、どうすることも出来ないので、放っておくよりは仕方がなかった。
山田シンヤは、あの夜公園で亮が龍胆の前に立ちふさがったとき、いち早く不穏な空気を察して立ち上がったあの少年だ。彼は龍胆のことを真剣に尊敬しているようで、普段は無口なのだが、グループの問題などに際してはひとり真面目なことをいう。朴訥で愛想もよくはないが、芯の通った、男気のあふれる少年である。鍵原タケシと伊藤トシヒロは、龍胆よりも八代春美を慕っているようだ。底抜けに明るく、やんちゃで、二人がそろうと騒がしくて仕様がない。だがスイッチの入れ替えは明確で、やるべきことはやり、守るべきことは守る、如才のない少年らである。この三人が、龍胆らよりひとつ後輩だった。
彼らがグループの中心に居る面子で、龍胆と共に居ること、つまり亮と顔を合わすことも多い。気軽に話すようになると、龍胆を介さずとも街で声を掛け合うようになっていった。そしてその頃になって、亮は「デルフィ」というおかしな店に連れて行かれた。
酒を飲むような場所なのだろうとなんとなく想像していた亮の胸中には、未踏の地へ赴く際の、いくばくかの緊張があった。ところが扉を開けてみると、やはり想像のどれにもなかった光景があり、緊張などは困惑のため霧散してしまった。まず、ほかに客が居ない。店員の姿もない。けたたましい重低音が腹の底に響くほどに鳴っており、とにかく暗かった。龍胆は唖然とする亮にかまわずずんずん歩き、勝手を知った手つきで壁にあるつまみをひねった。たちまち店内が明るくなった。そして大声で食事の注文を叫ぶと、またずんずん歩いて、一番奥のソファ席へ向かった。そこに、不思議な女が居た。
龍胆が「ババァ」と呼び、八代春美が「七星さん❤」と目を輝かせ、水町夏深が「あの女」と陰口をささやくその女性は、新顔の亮をひと目見た第一声に、
「ぼく、ここに求めているものはないわ」
と、わからないことをいった。そのころ亮はまだ制服を着ていたので、それを指して、何か揶揄されたのだろうと思ったが、その女は、亮が店に居た間ずっと不思議なことをいっていた。龍胆と女は旧知の間柄であるらしく、まともな会話とも思えない会話を頻繁に交わしていたが、亮は、「ぼく」と頭ごなしに子供扱いをされたこともあってあまりよい印象を持たず、何も話さなかった。
それから何度も、この店へ連れ立った。というよりも、夕食を摂るときはいつもこの店を利用した。この店のオーナーであるらしい不思議な女は妙な方針を抱いているようで、どういう基準かはわからないが、「気に入った」相手からは一切の代金を受け取らないのだ。龍胆がその資格を有しているので、彼と共に行けば、何人でもご相伴に預かれることになる。そういうわけで、金のない中学生である龍胆らは、頻繁にこの店を利用した。個々に夕食を摂ってきたときなども、結局はいつもこの店に集まった。そしていつしか、亮もその顔ぶれに加わっていた。
約束を交わしたことは一度もなかった。「またな」と手を振り合って別れても、その再会はいつのことなのか、言葉のうちに含まれていたことはなかった。だが御毛沼の街をうろつけば必ずグループの誰かと行き当たり、彼らはいつも一緒に居るので、結局は龍胆とも出会う。そしていつものデルフィで、八代春美の極めて下手くそな嫌味を聞き、水町夏深の怖ろしい視線を感じ、騒がしい後輩たちに乗せられて、つまらない冗談をいう。そうして皆で盛り上がって、くだらなく笑う。
これはもう、「仲間」なのだろうか? そんなときふと、そう考えることがあった。
亮は、いつも否定した。遠慮や照れからではなく、自分はまだ部外者なのだという実感があったからだ。誰の住所も電話番号も知らないし、御毛沼の街以外で会ったこともない。第一に、彼らの方にこそまだどこかよそよそしい風情があって、その裏返しともいえる過剰な気の遣われ方などに接すれば、おのずと答えは出てくる。自分はまだ、街で見かける顔のひとつに過ぎないのだ、と。
それでもいつかは、本当の仲間に加わることがあるだろうか。このままどこかで、友情、とでも呼ぶべきものを結ぶ日を迎えるのだろうか? いわゆる「街の不良連中」は、亮が最も嫌うところの人種であるはずだった。だが亮の心と行動は、いつからともなく、確実にそんな願いを帯び始めていた。
偏見もあったのかもしれない。だが龍胆たちは、ほかの連中とは明らかに違って見えた。少なくとも、何も誤魔化していない、何も繕っていない。見栄や虚言も戯れの域を出ることはなく、言動に歪みがなかった。同様に考えもないのかもしれないが、それだけに皆、自らの欲望に真っ直ぐだった。そんな彼らと過ごすのは、それまでの何もない日常と比べて、あの退屈で平板な学校での日常に比べて、たまらなく心地よく、刺激的だった。いつしか亮は、当初の目的、龍胆を知るという目的も放り出して、ただ彼らに会うのを楽しみに御毛沼の街をうろつくようになっていた。会って何をするでもない、何の実りも、何の収穫もあるわけではないと十全に知りながら、今はそれでいいと、放課後を待つようになった。
自分はいったい何者なのか。
何を求めているのか、どこへ行くのか。
自由とは何なのか。
捨て去ったわけではない命題たちは、ときにベッドの上で、突然に燃え上がる。しかし、知らぬ間の眠りに落ち、朝に気づき、授業を聞き流して、放課後を待つ間に、それは心の中心にほのかな香りだけを残して、立ち消えるのだ。終業のチャイムが近づくごとに、亮の心はある一点へと向かって、形のない何かを求めて、まるで走り出さんばかりに傾くようになっていた。龍胆らに会うこと、退屈からの脱却。御毛沼の街へ、ただ夜へ、夜へ―




