㉖媛鉄西宮駅「別れの快速特急」
㉖西宮駅
まだ外は暗いけど目が覚めてしまった.
そんな時,扉の開く音がして誰かが出て行ったような気がした.
隣を見ると桜川がいない.
スマホの時計を見てもまだ3:30だ.
10分ぐらいして桜川が帰って来た.
もう一回布団に入ったので声をかけた.
「ねぇ,どこ行ってたん?」
「美波起きていたの? っていうかばれた?」
「どこいったん?」
「駅で切符を買ってきた. 綾奈と桜の.」
「乗車券なら自分で買う言いよったよ」
「あぁ,乗車券じゃなくて…2人が気に入っていたから快速特急券買ってきたの」
「まだあいていたの?」
「うん2人並べるのはコレが最後だった.」
「へぇ~ 2200系?」
「うん.Super seat Plasをしっかりと」
「桜川すごいっ.」
「ありがとう」
「まぁおやすみ」
「うん.おやすみ」
再び目が覚めたのはもう日が昇った7時過ぎ.
かすかに阪急電車の音が聞こえる.
隣を見ると,また桜川がいない. 綾奈もいない.
どこだろうと思ったら台所に2人ともいた
「美波おはよう.」「おはよう.」
2人が一気におはようって言ってきたので返すのに戸惑ってしまった…
綾奈は朝ご飯を作ってくれてるんだろうけど,桜川は?
手伝いにしてはてきぱきと迷い無く動いている.
炊飯器のご飯にお酢をかけ,しゃもじで混ぜてる?
おすし屋さんのように酢飯(と思われる)を握っている.
朝から握り寿司?
と,なんだか甘がらい良い香りがしている.
鍋から茶色いものを取り出して開く.
慣れた手つきでご飯を中に詰めている.
あ!!!いなり寿司だ~.でも何でいなり寿司なんだろう… 朝からすしは似合わない
桜川の家の朝ごはんはいなり寿司が定番なの?
「桜川,ずいぶん手馴れとるね?それ朝ごはん?」
「いいや,綾奈と桜が電車の中で食べるお弁当にと思って.」
「あ,媛鉄は遠くにいくのに車内販売ないし,駅弁も売ってないもんね.」
「だね.まあ,乗る前にコンビニで買ってもいいいだろうけど」
「あげも炊いたの?」
「うん.初日の買い物の時にすしあげを買っといたんだ~.」
「綾は桜川の作った料理が一度食べてみたいって言ってたけんね.」
綾奈が横でVサイン出した.
「あ,いっぱい作ってるけん,僕らも後で食べよう?」
「美波の分もあるの? 嬉しい! 食べる食べる.」
いなり寿司が数十個できあがった.すごい眺めだ.美味しそう.
桜川は使い捨て容器にいなり寿司を半分詰め,その横に今度は酢飯だけを詰め始めた.
今度はなに?
なんだかわからないけど,葉っぱをのせて…サーモンみたいなものを敷き詰めた.
「コレはなに?」
「富山で有名なんやけど…ますのすし.」
「桜川…葉っぱとますが逆だよ.葉っぱで包んでるでしょ?まぁ,いいけど.」
綾奈が指摘する.
「え?そうだっけ?綾奈は物知りだよね.こ,これが,お,俺流なんだよ」
「どもってるし… しかも俺ってなんだ. 間違えたって素直にいいなさい」
綾奈が半眼でにらんだ.この二人も面白い.
「ま,普通電車のシートでお弁当を食べるのも勇気いるけど,面白い経験になりそうだね.」
「え?普通で帰るの?桜川…」
桜川が目で止める.言うなって!
ごめんごめん,あの快速特急券はサプライズ企画なんだ.
8時を過ぎ,桜ちゃんを無理矢理起こして朝ごはんを食べた.
今朝は洋食.綾奈のご飯は本当に美味しい.
「これ.二人へのプレゼント」
桜川が切符を差し出した.
「え?快速特急券?」
「座席見てよ.」
「え!?これって…」
桜ちゃんが一気に目が覚めたような顔をして驚いている.
「またあの素敵なシートに座れるの?すごい!」
「ありがとう桜川! いいの? こんなのもらって.」
「うん.夏の思い出のお礼.お弁当もはい.Have a nice trip.」
「お弁当?え?まさかの手作り?」
桜ちゃんが信じられないって顔で弁当を見つめている.
「あ,ちなみに,乗車券は自分たちで買ってね.」
「うっわ,やっぱり桜川やった!!」
4人で笑い転げた.
「って,まずい.快速特急って10:05発だっけ?」
「うわ,あと30分しかない!急げっ!!」
桜川と美波で後片付け,綾奈と桜ちゃんは荷造り.
慌しく家を出て,早足で駅に向かった.
この快速特急は西宮が始発なので,もう電車はホームに止まっていた.
「セーフ.間に合った.」
「良かった…また会おうね!」
4人でそれぞれに別れを惜しむ.楽しかったなぁ.
発車メロディーが鳴り響き,二人が電車に乗り込む.
あ,思い出した!
「京都は盆地だよ!」
ドアが閉まる直前,叫んだ.
2人は一瞬不思議そうに顔を見合わせてから笑った.
二人が指定席に座り手を振っている.
見送る時ってなんか涙でちゃいそうになるよね.
ほとんど席の埋まった快速特急はすべるようにホームを出て行った.
2200系は騒音対策のため床下機器がすべてカバーで囲まれている
囲まれているというよりスカートを引き延ばしたイメージだ.
そういえば小田急の車両でも同じようなのがあると聞いたことがある.
「帰ろうか.」
媛鉄とは一味違う阪急が横を通り過ぎる道をゆっくりと歩いた.
部屋に戻るとさっきまでの賑やかさが嘘みたい.
なんか急に緊張してきたな…
桜川がお茶をいれてくれた.
美味しい.実は桜川も綾奈系? それともお茶がいいもの?静岡県産とか
なんだかほっこりしてきて,阪急電車を窓から眺めながら中学の思い出話が続いた.
あっという間にお昼になり,いなり寿司とますのすしを頂いた.
「桜川,とっても美味しいよ!桜川家の定番?」
「おばあちゃんの家に行って,帰るときはいつもおいなりさんをお弁当に持たせてくれて…それがすごく好きでね.母さんは滅多に作らないから,一人暮らしをはじめてから自分で作り始めたんだ. あ,ますのすしは思いつき.」
そうなんだ.いい話だね.
「ところで,美波はこのあとどうする?」
「そうだなぁ…次は美波の家にくる?」
「え,本当?じゃ,行ってみようかな~.これでお宅訪問全制覇だ~」
小学生か?はしゃぐ桜川を見て笑ってしまった.
再び媛鉄西宮駅に到着.券売機で切符を買う.
美波の家まで270円.
ちょうどホームに滑り込んできた2000系の各駅停車に乗る.
6両編成の2000系二次車は登場からもう4年.
4年前はまだ高校生で,電車なんて全く興味なかったのにね.
それにしても淡路島や四国でほとんど人のいない媛鉄と
京阪神で立っている人も結構いる媛鉄は差がありすぎる.
そんな瀬戸内海という境界線はとっぱらってほしいな.
いつか四国にも6両編成の通勤電車が走りますように.
「ずっと地下だね」
桜川が残念そうに言う.
「阪急に乗りたかった?」
「媛鉄のほうが便利だから別にいい.」
「あ,遠回りして,阪急で今津まで,阪神に乗り換えて三宮まで,三宮から媛鉄…」
「美波…? 僕はこのままでいいんだよ…」
しまった.また考えてしまった.
『まもなく 柳原,柳原です.』
「美波の家って神戸より少し西なんだね」
「ここも神戸市なんよ?」
「へぇ,神戸って広いんやね」
「松山の2倍は軽くある都市だからね」
「僕は松山のほうがいい街だと思う」
「んー. なんで?」
「だって神戸は高速道路もいっぱいあって景観わるいし.」
「まぁそれはしょうがないよね」
「松山は路面電車が走ってECOだし,道に緑が多い」
「あ. JRの松山駅も高架にはなっちゃったけど壁面緑化してるものね」
「国体が開かれたあとにみきゃんは1位になって愛媛県も名を上げてきているし.」
「そうだね」
「神戸は道がわかりにくい. 信号だってどこの信号かわからない.そう考えたら愛媛県がいい街だって思わない? 市役所にもかいてあるけれど」
「うん. 今度松山にいったら.県庁前で降りようね.」
あ,しまった.また桜川が困ったように笑っている.
電車の扉が開いて柳原駅に降りた.
家はここから歩いて5分.
270円切符を迷わず改札機に吸い込ませた.
せっかく桜川と過ごすんだから時間がもったいない.
いつもより脚が軽い気がした.




