捜索隊
サブタイは近日変更予定です。急に変わっていたらそういうものとお考え下さい。
では続きの投稿です。遅くなりました。
「先程も言ったが、私が捜索隊リーダーの『狩人』ゲイルだ。で、この子がアシュリーの姉で『治癒師』ミリー。その隣の長身の男が『斧戦士』クル。その後ろのがクルの双子の姉である『土魔術師』のチル。最後尾で警戒している、あの髪の毛が逆立っている男が『森歩き』ジットだ。」
「私の名は相良と言います。後ろの小さい「小さいってゆーな!」がリーダーのジソウ。後ろにいる赤髪の女性がクレナイ。杖を持った女性はリミカです。」
ゲイルの紹介に返答する相良の口調が丁寧になっていたことに驚いたリミカとクレナイは思わず彼を見た。ジソウと相良二人の遣り取りはともかく、いつものぶっきらぼうな答え方ではなかったからだ。しかし、彼は基本的に目上の『敬える人』はきちんと敬う人間である。
ちなみに、ジソウは付き合いが長いため全く気にならなかった――というよりも、小さいと言われた仕返しに相良を蹴っ飛ばすことが重要だった。残念な事に、腕の中にアシュリーがいたため盛大に空振りに終わっていた。
「ほう? 君がリーダーではないのか?」
「人を率いるのはあまり性分ではないので。……それに、あまり厳つい奴が前に出るのも色々と、弊害がありますし。」
自分で言ってトラウマを思い出した相良の表情が引き攣り、はははと乾いた声で笑う。女子供の涙は彼にとっての鬼門である。
その後ろでジソウが忍び笑っていた。本当にコイツがリーダーでいいのだろうか甚だ不安である。
「そういう、ものか? まぁ、私が口を出すようなものではないか。」
ゲイルから言わせたら、他から舐められないように体格がでかく落ち着いており強者の風格ある相良がリーダーを張ったほうが良いのではと考えたのだ。だが、部外者である自分が他のパーティーの決定に下手に口出しをすることは憚れた。
ゲイルはならばと相良の言うリーダーのジソウに視線を向ける。それに気が付いたジソウと目が合った。彼は一瞬キョトンとしたが、ふと苦笑を浮かべた。なんだかこちらの心の声を聴かれた上で「気にしてませんよ」と言われた気がして、ゲイルはうろたえた。
あたりまえだが、そんなゲイルの心理など露知らず、ジソウは相良の肩を二度叩くと場を譲らせる。
「どうも、紹介に預かりましたジソウです。一応、ここのリーダーやっています、とはいっても暫定ですし、あまり意味ない役ですけど。今回は保護対象がいましたので俺よか、そこの厳ついフェイスの相良君が交渉役に適任かなと思いまして。いやー、しかし捜索隊の方と遭遇できて良かったです。心配が無駄になって良かったですよー。あははー。」
こちらからしたらそれが一番配慮された行動なのだがなぁとカラカラと一見アホな若者のように笑うジソウを見てゲイルは眦を下げた。そしてそのまま、彼の両手に大事に抱えられたアシュリーに目がいき、ゲイルはこれはしまったと思う。迅速にその引き締まった立派な体格をピンと張ると、深々と頭を下げた。
「この度は本当に助かった。危険を冒してまでアシュリーを助けてくれた事、本当に感謝している。捜索隊のリーダーとして、この子の叔父として、真、感謝の念で一杯だ。礼は後ほどしっかりとさせてもらおう。ありがとう!」
他の捜索隊一同は初めリーダーの突然の挙動に驚いていたが、慌てて彼の行動に続き深々と頭を下げた。とんだ礼儀知らず恥知らずになるところであったぞとゲイルは己を叱責する。
一方、ジソウ達はすっかり感謝だなんだのは忘れていたため大分と彼らの行動にうろたえた。だが、謙遜し感謝を素直に受けないのも彼らに失礼だと理解した相良が「当然のことをしたまでです」と応じ、ジソウらも気恥ずかしそうにしつつも穏やかな笑顔でそれを受けた。
「……ふむ、ではなんだ。ジソウ君の言うとおりここに長居するのも意味がない。早速私どもの村、ルブールへと案内しよう。アシュリーの無事を知らせなくてはな。」
ゲイルの言葉にジソウ達は頷くと混合パーティーのリーダーをゲイルとし、ジソウ等は自分たちの特技を伝え隊列の構成をゲイルの指示の下に組み替えてルブール村へ向けて出発する。手馴れた様子でささっと隊列編成を組み替えるゲイルにジソウは感動した。
「手馴れてますね。」
「いやいや、このぐらい。」
「九人の編成ですよ? 経験値が違うなぁやっぱり。」
「はっはっは。褒めても何も出てこんぞ。それよりもしかし、本当に君たちのような気の良い旅人に助けてもらって運が良かった。半ば諦めていたからな。」
「いやぁ、相良の言う通り、当然のことをしたまでですよ。」
「……全く、人の気も知らんですやすや寝とるのぉ。」
ゲイルはそんな恐らくミリーと同じ年頃の男と、その男にひっしとしがみ付いて離れない姪の顔をおじいちゃんのような柔らかい相貌で見た。それはとても嬉しそうな表情だった。
ただ、もう一人の身内であるミリーは大事な大事な妹を抱えているのが男であることに気が気ではないようだ。今すぐにでも最愛の妹を取り返してやりたい。そんなことを考えていたりする。ジソウの軽薄な悪印象がどうしても拭えないのだ。
だがミリーにとって残念な事に、アシュリーはどうやっても謎の握力でジソウの服から手を離さなかったし、ならば彼女の目を覚まそうとするも、親族間で有名な『アシュリーの眠り』はそう言われるだけあった。熟睡中の彼女はちょっとやそっとでは起きない。
さりとて、無茶をしようとすればゲイルによって隔離される事が分かっているので泣く泣く平和的解決を試みるしかなく、ないのだがそれではやはりというかその全てが失敗に終わった。
ジソウとしては目の前で繰り広げられた見た目大人しそうな地味可愛い女の子の必死さに気持ちをどんよりとさせられていたのだが、妹にフォーリンラブなミリーはそれに気が付かず、ぐぬぬと悔しそうにして肩を落とし引き下がっていった。
「……なんだったんだ、マジで。」
かなりドン引いているジソウと周囲はなんともいえない目で彼女を見ていたが、それに気が付かないアシュリー狂いのミリー。その姿にシスコン極まってんなーとジソウは恐れ戦いた。お漏らしを風魔法で内々に処理したのは正解だったかもしれない。主に自分の身の安全の為に。
ジソウは視界外から感じるミリーの視線に身を震わせつつこれを打開できるような展開は何か無いかと考えた。彼女の一方的な恨みがチリチリとジソウを焦がす。
「ううん。い、いやー、ほんとよく起きないなー。この子はー。」
そんなジソウを哀れに思ったクレナイが助け舟を出そうとしたのだろう、完全に棒読みでかつ不自然なタイミングではあったが、アシュリーを覗き込むとそんなことを言った。
「ん、まあ、そうですね。確かに。」
ぎこちないながらそれに同意するリミカ。その言葉に内心『キターーーーーッ!』と叫び、喜びが漏れた輝く目をして飛びつくジソウ。同意するように頷くと口を開いた。
「だよなだよな。言うなら、『眠り姫』アシュリーって感じ。」
ジソウは必死に会話を繋げるべく即座に思いついたことを口に出した。少々自信ある例えだったのだろう、ドヤ顔なのがウザイ。まあしかし、あながちテキトウな台詞でもない。涎を垂らして寝ている顔から気品さなんてものは感じられないが、幼いながらも整った顔と繊細な金の髪と、見てくれは御伽噺に出てくるどこぞのお姫様のような可憐さである。
――だらしねぇ顔してっけど。
「うにゅあう!」
「あ、こんにゃろ。襟で、涎拭きやがった!」
ジソウの心を読んだかのようなタイミングで、不安定な頭の状態を嫌ったアシュリーはグイッと謎の唸り声を上げて上体を上げるとジソウの襟元に寄り、そしてついでとばかりに無慈悲にも口下を擦りつけたのだった。
一方、後ろではミリーがよくやったわアシュリーとガッツポーズをしている。
「まったく……つーか、どんだけ再現率高いんだよ。涎を襟で拭くとか、突っ込みどころ満載じゃねぇか。」
子供のしたことに一々怒りの感情が湧かない程度に子供好きなジソウだったおかげで行き場のないなんやかんやは、今更ではあることを分かりつつ、このゲームの開発への賞賛を伴った呆れへと変換した。
「――おっとっと。こらこら、うなぎかお前は。」
腕の中のアシュリーがおもむろにゴソゴソ動いて丁度良い位置からずれる。そのままでは気持ちが悪いのでジソウはよいしょと抱え直す。
「……ああそうだ。ゲイルさんに聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「ん、なんだ?」
聞こうとしていたことを思い出したジソウは前を行くゲイルに声をかけた。
「なんでアシュリーはこんな森の中を一人で歩いていたのかなと。こんな小さな子が一人で森の中歩いて、あまつさえハンターウルフに追っかけられるなんてありえないです、よね?」
この世界の一般常識が自分のものと同じかどうか判断がつかなかったのでやや疑問形になったが、概ね、これが普通のことではないのだろうと確信した上でそう尋ねるジソウ。しかし、ジソウが予想していた方向とは違う方から素っ頓狂な声が上がった。
「は、ハンターウルフだって!?」
その声の主は『斧戦士』のクルだった。
しかし、その長身の筋肉君は、姉のその手に握られた瘤付きの杖で「話の腰を折って邪魔するな」とフルスイングで殴られ強制退場となった。一見過激なやばい女と思われるかもしれないのでフォローしておくが、彼女もハンターウルフの名に動揺して思わず杖で殴ってしまったのである。偶然なので仕方が無いのだ。偶然手元に振りやすい杖があった、そんな不幸な事故だ。もちろん、そういうことなので弟の意味の分からない抗議の声は華麗にスルーされる慣わしである。
相良とクレナイは話題のそれが自分たちの相手にしたモンスターという事は察し付いたが、そんなに驚くほどのものだったのだろうかと疑問に首を傾げる。これも全て相良が完封してしまったおかげである。リミカはというと吹っ飛んだクルを心配して駆け寄っていたし、そもそも戦いに関して知識が薄いのでもっと共感できていない。
「あ、やっぱ不自然か。」
「ああ、普段こんな人里近くで出る奴じゃない。稀に群れを追い出された個体が現れる事があるにはあるが……。また、アシュリーがどうして追われていたのか、こちらも良く分かっていない。」
今回、身内の事であるのに恩人に何も説明できないことを不甲斐なく思うゲイル。
「ちょいとごめんよ。で、ジソウ君。そのアシュリーを追っかけてたっていうハンターウルフはどうしたんだい? ただ追っ払ったんだってなら、こう悠長な事をしてもいられないんだけど?」
チルは事態の深刻さを考え、割り込んでそう聞いてきた。ゲイルもそれに気が付くと気を引き締める。
「そうだ。チルの言うようにこれは刻一刻を争う事態だ。そいつらが村を襲う前に早く討伐せんといかん!」
ゲイルは先頭に立つ『森渡り』のジットに一度こちらに来るよう声をかけようとして、「あ、それならもう倒したから大丈夫ですよ?」というリミカの何気ない一言に口を大きく広げた状態で固まった。
「……はぁ?! た、倒したぁ?!」
「は、はい。三匹とも。」
え、何か変なこと言っちゃいましたか私、と戸惑いつつもなんでもないかのようにゲイル達にとっての爆弾をさらに投下する。
「さ、さささ、三匹? え、三匹?」
「え? ……え?」
クル再び混乱。チルはどうやらリミカの言葉が脳に届かなかったようである。
「それは、嘘じゃ、ないんだな?」
「ですよねー、やっぱ、このレベル帯のモンスターじゃないっすよねーあれ。」
いち早く復活したゲイルの真剣な眼差しに、軽薄な調子でジソウは返した。鑑定のお陰か、ゲーマーの経験のお陰か一番事態を理解していたのはやはりジソウであった。
「この辺りでそんなことを知らない者はいないは、ず? ああ、そうか君達は『星の探索者』なのか。」
ゲイルは不審な目つきをしたが、すぐ思い当たる節が見つかり一人納得したのか、なるほどと頷く。ジソウ一同はその単語を彼から、というよりはプレイヤー以外から耳にすると思っていなかったので不思議に思った。代表するわけではないが、クレナイがゲイルの言葉に反応した。
「『星の探索者』ですか?」
「うん? どうしたそんな顔をして。『星の探索者』でなければ――何者だ?」
「いえいえ、『星の探索者』で合ってます。でも、それって一般的に知られてるんですか?」
クレナイの言葉はまさに皆の考えている事だった。
称号はプレイヤーにだけあるもので、ゲーム内の普通の住人に通じないだろうと思っていたからだ。しかしそれはクレナイだけに限ったものではなく、ジソウたち含め、ほぼ大部分のプレイヤーの認識であったりする。『称号』は製品版からの導入であり公式サイトでも触れていないのだ。これで変な先入観が植え付けられてしまっている。
こういうこともあり、つい先程にゲイルがした自己紹介に『治療師』やら『森渡り』などを名前の前に置いていることに目が向けば、と言うのは簡単だが、他に『狩人』や『斧戦士』のような見た目でもなんとなく分かるものが混ざっていたのだ、気が付くのはかなり難しいだろう。
「そうだな。教会に行けば神父様にその手のことを教わるから……大概の者は外界からの異邦人である『星の探索者』を知っているよ。」
「はー。そういう設て、じゃなくて、言い伝え? なんですね。」
彼らを目の前にして設定と言うのが憚れたクレナイは言い換えた。彼女もどうやら目の前で話をしている存在をゲームのキャラクターだと馬鹿にする事は出来なくなったようである。これが良い兆候なのか悪い兆候なのかは分からないが。
「言い伝え、か。若干違うな。なにせ今までも過去に何度かそのような存在がいたという事実が認められている。それらのお陰で色々と技術発展が齎されたと言うことだし、普通の人はその存在に対して好意的だ。勿論私も、アシュリーを救ってもらっただけに、神父様の話は本当だったのだとすんなりと受け入れられる。いやはや、時代の節目と言う奴に私は遭遇できたのか。ははは。いやぁ結構な事だ。」
はっはっは、と顎鬚を摩りながら笑うゲイルにクレナイはとりあえず、自分たちが変な目で見られることはないようだとホッと安堵の息を吐いた。また、結構重要な舞台設定をまさかこんな形で知ることになるとは思わなかったなぁと思う。
その隣で相良は「都合が良いといえば、都合は良いな……」とポツリと零した。
「……ふむ、よし分かった。ともかく話を戻そう。そうさなぁ。では一応確認のためにハンターウルフのドロップを見せてもらえるか? 奴らの討伐証明は、牙だ。一体につき一つ必ず出るはずだから、三つ見せてくれ。」
ジソウは分かったと頷いてメニューを操作し始める。
「しかし……こんな駆け出しがハンターウルフ三体を一度に相手して、死人を出さずに勝てるはずないモンスターなんだがなぁ。」
ゲイルはジソウが空中でなにやら操作しているのを待っている間、なんとなしに彼の手甲の切り裂かれた部分に目を向け、次に他のメンバーに視線を移してから、なにやら感心しているやら呆れているやらでそう呟く。
「あははは。確かに、そうだなぁ。『星の探索者』ってのはみんなこうなのか? いやー末恐ろしいわ。」
ジソウのそれ以外、誰も怪我所どころか装備が破損している様子も無いのだ。恐らく自分ではこうはいかないだろうと経験から分かっているジットは羨ましそうに言う。
しかし、これをクレナイが慌てて否定した。
「ちょちょちょ、ちょっと待って。私たち女子組は普通だって。そこの二人がおかしいの。ハンターウルフ、だっけ? それ、相良君一人で二体倒したようなものだったんだよ!」
その言葉に口をあんぐりと開けて相良を見るクル。言葉すら出ないようである。相良とジソウは「おかしい」と指摘されてなんとも言えない顔をしている。
「あんた達何なんだい、ホント。」
やれやれといった風に腰に手を当て額に片手をつく仕草が妙にはまっているチルは色っぽく息を吐く。
「いや、ふつーの冒険者ですって。ただの旅烏っす。今の拠点はアカプルコになるかな。あーまぁ、俺はともかく、相良は武芸修めてるから、始めたばっかでも結構な実力者になるか。」
ジソウはそんな風に適当に説明しながら手元に取り出した牙三つをゲイルに手渡した。とりあえず見た目的にも只者には見えない相良に全部被ってもらおう作戦である。ゲームのキャラにまでチートキャラ扱いされるとは思わなかったとジソウは相良に合掌。
「おい、その合掌はやめろ。」
何を考えているのか予想が付いた相良はジソウの合掌をむんずと掴み潰しながら下ろさせる。
「ジソウ君、確かにハンターウルフ三体分の牙を確認した。確かのようだ。信じよう。」
「ありがとうございます。」
ジソウがなにやら痛がっている横で、相良がゲイルに感謝の言葉を述べる。
「ふむ。もし、あの子が何故この森に入っていったのか気になるようなら、我が家へ来るか? たいしたもてなしは出来ないが……」
ジソウの状態をとりあえず無視したゲイルはそう提案をしたが、案の定ジソウはそれどころではないので元凶がしょうがないなとばかりに応える。
「そうですね、ではお言葉に甘えさせていただきます。乗りかかった船の行く先は気になりますし。なあ、ジソウ。」
「ぐおっ?」
「ゲイルさんのお宅に今夜泊めさせてもらえるらしいぞ。」
「あ、ああ。ほんと? それ助かるわ。でもまだ昼過ぎだろ。宿決めるにもどうなるかわからんし気が早くねーか?」
ジソウに対して体罰厳しい相良ではあるが、ジソウがあまり追求しないので皆なかったものとして会話を進める。ゲイルはジソウの物言いにおや?と気になったのでそこを聞くことにした。
「なんだ、何か目的があったのか?」
「騎獣を手に入れようと思っていまして。」
「ほほう、デンタグルか。」
聞きなれない固有名詞が出てきて「でんたぐる?」と首を傾げるジソウ側のメンバー。
「なんだ、デンタグル牧場以外に騎獣を手に入れられるところはないぞ?」
「あっ、あーあーあー、なるほど。牧場の名前か。」
「おいおい、事前に牧場の名前ぐらいは確認しておくもんだぞ。確かにこの村の近くには牧場といえばそこしかないが。」
「あ、あはは。すみません。」
ゲイルの呆れたような言葉に気まずそうな表情を浮かべるジソウ。
現実では味わえないこのファンタジーにまだまだ浮かれていたようである。相良ですらこれなのだからもうどうしようもない、かもしれない。
そもそも、ここにいるメンバーでは旅行という旅行といえば庇護者有りきの物が大概だった。それも修学旅行だったり家族で田舎に帰ったり、バスツアーやある程度前情報ありの海外旅行ぐらいしか経験がない。
こういった無軌道で、しかも文化ランクが三も四も下になりそうな場所での旅行知識なんて乏しいどころか無いと言ってもいい。ともかくそれが分かっただけでも僥倖であった。これからはもっとその辺重視していこうとジソウは心に刻んだ。
「できれば今日中になんとかしたいなとは思っているんですが……」
「なるほどなるほど。では用事が済んだら来ると良い。」
「いいんですか? ……というより大丈夫なんですか?」
宿でもないのにキープするみたいでやや腰が引けてしまう日本人なジソウ。また、今日中に事を済ませられるのだろうか。牧場からすればアポなしの訪問でもある。
「構わん構わん。それほど遠くない。距離にしても片道一時間と言ったところか。」
「よかった! 意外と近いんですね!」
「当たり前です。村から遠くに作ってどうするんですか。不便なだけです。」
「こら、ミリー。」
リミカが安堵の声をあげるとそれに対してミリーは少し馬鹿にした風に口を挟んだのでゲイルが窘める。それにムッとした表情をすると再び黙り込んだ。
叔父は姪のいつもとは違った様子にどうしたのだろうかと困惑中である。アシュリーの事だからといっても普段ここまで聞き分けの悪い娘ではないのだがなぁと考えて顎鬚を摩った。
「まあ、というわけでそこまで遅くなることはなかろうと知っているからでもある。むしろその予定を無視してまでアシュリーを助けてくれたのだろう? いくらでも家を開けて待っていよう。」
「なるほど。」
「それよりも君達大丈夫なのか、騎獣は高いぞ。金はあるのか?」
「金はないですね!」
「おおい、そんなはっきり言う事じゃねーからそれ!」
ジソウの言葉にビシッと腰の入ったツッコミをするクル。ただのモブかと思いきやなかなか良い動きをする爽やか筋肉君である。
「いやね、ちょっと当てがあるのだよ、君。――これなんだけど。」
ちょっとクルが面白い奴だと認識し始めたジソウがノリノリでピンク色の吉備団子、もとい『タネタネナタネ』を取り出す。
「『タネタネナタネ』じゃねーかそれ! そんな高級品何処で手に入れたんだよ!」
「企業秘密で。」
「き、企業? あーまあ秘密ってことなら、しかたねぇか。いや、全然仕方がなくないけどな!」
謎のテンションでノリ突っ込みをしたかと思うと、今度はうーんうーんと唸るクル。忙しいやつである。
「うーん、分かった! つーことなら、この俺、『斧戦士』もとい『牛飼い』クルと『調教師』チルの出番ってことだな!」
「へ?」
「よろしぐっ!」
ジソウは見た。
家政婦的なアレではない。彼は衝撃的だった、それを前にしたら少し前を歩きなんやかんや喋っていたクルが吹っ飛んでゆく光景すらどうでもよくなる。
「おい、どうでもよくねーよ! って、違うわ! ね、ねーちゃん何すんだよ。森歩いてるときは流石に勘弁してくれよ!」
それはスリットから覗く、艶かしくも均整の取れた白く綺麗な足。クルに繰り出されたヤクザキックは、それはもう熟練した動作で、軸足に重心をしっかりと乗せてからのナイスな角度まで持ち上がった蹴り足。それが打ち出され、そして即座に戻ってゆく。一瞬の、流れる時を痛感させられた。
――ああ、それはなんて一瞬の煌き……
「あ、こいつ話し聞いてない!」
「うるさい。静かにしてなさい。あんたは言葉と脳が足りないのよ。――ごめんなさいね、バカが弟で。あ間違えた。弟がバカで。」
クルはチルにとことん頭が上がらないようだった。魔術師なのに口だけでなく手も大分早い。「ふふっ」と微笑む彼女の見た目には騙されないようにしよう。ジソウは聞いていないようで聞いていたらしく、静かにそう心に刻んでいた。
「ひでぇ言い草だ……テッ!」
小さく誰にも聞かれないように呟いたつもりのクルだったが、姉にはそんなこと通用しなかったようで四つん這いの状態の尻をチルの杖が叩いた。
――刻む必要もないかもな、うん。
ジソウは心の彫刻刀を懐にしまった。
「んん。えーと、つまり私たち双子はデンタグル牧場の人間なのよ。長男と長女ね。で、どうやら弟はあなたたちの手伝いを申し出ているわけ。多分、それ持ってるからだろうけど、」
「その通り!」
懲りずにチルお姉様のお話を途中で遮って、良い笑顔でサムズアップするクル。彼は再び尻を手加減無しに叩かれていた。べちゃっと地面とキスをする筋肉の上に爽やかを乗せた青年。リミカもこれはこういう遣り取りなのだと理解し、手助けするつもりが全くなくなっていた。
「で、なんでまた? いや、これの使用法に詳しいなら助かるけどさ。」
クレナイも可哀想なそれは無視してチルに話しかける。
「そうねー、まあ、その話はとりあえず後にしましょ。もうすぐ村に着くわ。一通り終わった後でね。」
チルの言葉を聞いて前を向くと、正面から皮鎧を着込み、槍を持って完全武装した男を伴ってジットがやってきたのが見えた。斥候をしていた彼はさっきからひっきりなしに行ったり来たりしていた。どうやらようやく村に着いたようである。
「ねぇ、そちらのリーダーさんどうしたのかしら。さっきから突然、黙ったままだけど。」
「気にしなくて良い。バカなんだ。」
「そう……」
チルはススッとさり気なく近寄り先程から急に静かになったジソウについて相良に聞くのだが、彼は一言に纏めた。彼女も彼女でそれで納得できたのか、フフフと不敵な笑みを見せると自然に相良から離れた。
「いかんな。ああ、いかん。」
チルから何か感じ取った相良がそう零している一方でジソウはというと、今まで検討してこなかった事案『スリットのエロス』について考察していた。




