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魔術師の閉鎖試験  作者: あしべ
少女の花冠
35/35

ルブール村【1】

大変遅くなりました。


『アシュリーッ!』


 村に着いたジソウを待ち受けていたものは大質量の急速な接近反応だった。

そしてなにやら豪雷の如き爆音が二度三度と辺りに響く。その音がジソウの腕の中でスヤスヤ眠る者の名に非常に酷似するものだったが、ジソウには分からなかった。

ただ、迫ってくる大質量の何某が発した声だろうということぐらいは分かる。要するにかなり拙い展開だ。

ジソウは顔をやや恐怖にゆがめながら身構えた。

気配察知が示すそれの反応は確実に人族のものとは到底思えない。今にも「何コレ死ぬイベントですか!」と叫びそうであった。流石に空気を読んでジソウはグッとその言葉を飲み込んだ。

――つっても、違うにしても、村にそんな存在が侵入しているなんて確実に異常事態でしょ! なに、俺らプレイヤーがトリガーなの、そうなの? 一難去ってまた一難とか。ぶっちゃけありえない!

 『気配察知』と『勘』のアーツの合わせ技は優秀な感知を可能にしていた。これによって向かってくる存在の大きさと移動の速さ、そして危険度をまざまざと伝えられることになったジソウは、その親切な心折設計にハートがブレイク寸前であった。

隣にいるゲイル達がエマージェンシーレベルの咆哮を聞いたというのに、何故こんなにも普通に雑談していられるのかが分からない。

――こういうところはゲーム準拠かよ!

声を大にして運営に異議を申し立てたかった。


「あ、あの。ジソウさん?」


 リミカに声をかけられ、「ああー死に戻りかなぁ。村人の方々面倒事持ってきてごめんよー。」と良い感じに諦めていたジソウの意識を戻させた。

一方、ジソウの心配をよそに村の様子はいつも通りだった。やや人が端によって行くぐらいである。自然な動きだったのでジソウたちは気がつかなかった。


「おーい、ジソウさーん?」


とうとう地鳴りが聞こえてくる状況でジソウは覚悟を決めた。

リミカの声が遠い。無視されてムッとしているリミカには気がつかなかった。

だが、錯乱していたせいで絶望的なまでに時間がない。斥候役として冷静さを失っては完全にアウトである。故に探知が遅れた。気がつけばもうすぐそこまで迫っている。視線を路地に向け、次に上へと向けた。

 ――うっそだろ。その狭い所通ってくんのかっ? いや、まさか、上っ!


「速い! やばい、やばいのが上から来るぞ、みんな気をつけ」

『アシュリーは無事かァァァァァァ!』


狭い路地から窮屈そうに一つの巨大な塊が咆哮を上げて飛び出してきた。同時にドンガラガッシャンと色々なものを蹴り飛ばしている。

 そして馬鹿みたいな大音声がそれから発せられた。

それはどこかで聞いたような言葉を発していたような気もするのだが、プレッシャーにやられたジソウ達はよく聞き取れなかった。

そもそも、音の暴力とでも言っても過言でない咆哮を遮蔽物のない至近で受けたのだ。それは体の芯をビリビリと震わせた。

リミカはその強大なプレッシャーに当てられ、ビシリと固まってしまう。むしろ、すぐに立ち直った相良とジソウ、そしてクレナイの三人が異質である。プレッシャーの中に敵意を感じなかったこともあるのかもしれない。ともあれ、早々に一人が脱落した。


「……ういえええ? じゃ、ジャイアントって、巨人とか遭遇早くね!? ゴー相良ゴー! 引きつけるぞ。当て逃げゴー!」

「応!」

「あっ、ちょっとまて!」


 チルが何か呼び止めようとしていたが相良の踏み込みの方が速かった。

 だが、ターゲット取りのための当て逃げ宣言をするジソウと、それに素早く応じようとした相良は、建物の影から飛び出してきたそれの姿をはっきりと捉えたとき、思わず動きを止めた。

なぜならばそこには、身長三メートル近い体格の筋骨隆々強面スキンヘッドが荒い息遣いをしながら臨戦態勢でいたからだ。

――別に俺は化け物退治屋ってわけじゃないんだがなぁ。

思いながら急制動を掛ける相良。

さしもの相良に冷たい汗が背中を伝う。間合いが違いすぎてどう行くべきかが思いつかなかった。というより、相手の力量がかなり高いのである。それが一瞬で理解でき、足が止まった。

ごくりとつばを飲む。

ジソウは唐突な強敵とのエンカウントで慌て、判断力がとても鈍っていた。引きつけるぞと言ったは良いが、次のビジョンが浮かばない。そして、自分がアシュリーを抱いたままであることを失念していた。

ジソウの言葉に反応し、『ギョロン』というそんな効果音が聞こえてきそうな視線の動きで巨人はジソウを見遣った。

初めはジソウというよりはその腕の中の少女に視線がいっていたのだが、次の瞬間にはその上の、ジソウの顔へと移っていたので間違いではない。


「いいっ!?」


ブルリと体の芯から凍りつくような寒気が襲う。

巨人はズシンズシンと聞こえてきそうな確かな足取りでこちらに歩いてくる。


「ぎゃー! こ、こっちくるぅぅぅぅぅぅ!」


ジソウにとって予想外の展開。いの一番に狙われるとは思っていなかった。

しかし、何時でも動ける様身構えていたのが良かった。

もはやジソウは泣きそうである。危機感を前に脳が高速回転を始めた。

絶対的なその歩幅の差から普通に走ったのではジソウは逃げ切れないと即判断。それが出てきたときの様子を瞬時に思い出し、建物は破壊不可オブジェクトか何かなのだろうと当たりをつけた上で、右手の路地裏を狙っていくのがベスト、と考えた。

そしてその考えに従って一歩を踏み出す。

まさに神懸かった一連の流れだった。

むしろそこまで考えられて、何故もっと身近に目が向かなかったのかと小一時間問い詰めたいところではある。既に仕方のないことだが。


「ジソウ君、待っ――遅かったか。」


ゲイルはジソウを止めようとしたが、残念な事に彼は捕まらなかった。

 最も、ジソウは甘かった。想像を超える生物の跋扈する世界だということを目の前に実例を置いておいて、まだ考慮できていなかったのだ。仮にそれが考慮していてもどうしようもない存在である、という事は抜きにして。

その考慮してもどうしようもない存在の側の巨人はというと、ほんの少し目的アシュリー付属品ジソウの素早い行動に「ほう」と感心し、つかの間、一拍の後、グッと膝を深く屈めた。


「兄貴、彼は――」


ゲイルは巨人に話しかける。既に走り出したジソウを止める事は無理と判断し、ならば今にも飛び出していきそうな兄を止める為に。


『ハッハハ!』


だがそんな心配は無用だったらしい。いや、無用というよりも無駄の方が適切なのかもしれない。

ゲイルの声を遮るように、巨人は「分かってるぜ」とばかりに後ろ手に岩石の集合体のような手を握り親指を立てていた。

――本当か?

その場にいたほぼ全ての人間がそう思ったが、既に巨人は動いていた。

バネの様にしなやかで強靭に鍛えられた脚の筋肉に力を溜めた巨人は掛け声一発、矢のように跳ね飛んだ。

傍から見ていた者達はその綺麗な放物線に、おおと声を上げた。

完全に蚊帳の外になり、巨人とゲイルの遣り取りを見たことで余裕の出来たクレナイは「一体なんなのよ……」ともっともな感想を呟く。

その後ろでリミカは近くにいたチルから説明を受け、脱力し、相良は巨人の動きに「素晴らしい」と感嘆の声を上げていた。

 では我らがジソウはというと、もう二、三歩で目的の細い道に着くという所で――諦めていた。

ジソウの視界が一瞬翳った瞬間悟った。アカン駄目だ追いつかれた、と。

巨大な影の主を気配察知はちゃんと捉えていたが、知覚が出来ていても反応・対処が出来なければどうしようもないのであった。

影はそのまま自分の進行方向へと真っ直ぐもの凄いスピードで急接近し、軽々と頭上を飛び越え、目と鼻の先に着地した。


――ズズゥン。


砂埃を上げて少し先に降り立ったそれは間違えようもなく先の筋肉達磨の巨人。

たった一回の跳躍によってジソウを通り越した巨人。

まさに想像の上を行かれた。


「あーあーあー。」


 ともかく、アシュリーをどうにかしなければ。

ジソウは諦めの声を上げてはいるものの、腕の中の少女だけは助けると考えた。

救う手立ては何かないかと周囲を窺う。

間違えて持ってきておいて、素直に死なせるわけにはいかない。

――敵わなくとも俺がどうにかしなければ。全く、なんで一人で動いたかなぁ。

少々、自嘲を含む軽い口調ではあったが腕の中に掛かる重さを放り出すつもりは彼に無かった。実に立派な心意気である。

 ただ、傍からみるとただの一人相撲であることが残念さを醸し出していた。勘違いでこんな悲壮の決意を固めているジソウは残念を通り越して滑稽かもしれない。なにしろ、巨人にモンスターのマーカーは出ていないのだ。彼の技能を充分に使っていればすぐ気がつく。

別にアシュリーを抱えたままそこに突っ立っているだけで危険も何も無く勝手に話は進んだ。ジソウが少女を抱えたまま行動したことで、一見して、ただ無駄な手間が発生していた。むしろ、下手をしたら今のジソウは誘拐犯にも見えてしまう。

 だが、咆哮を上げ迫り来る人知を越えた巨大生物を前にして、はたして冷静になれるだろうか。それが自分を追いかけてきているというのに、場数も踏んでいないというのに。答えは否である。彼は物語の勇者ではない。

 ただ一方で、巨人はジソウの行動に感銘を受けていた。自分のこの格好が初見ではかなり恐ろしい部類だと理解している。それを前にして、目の前の小さな彼が冷静さを失うのも当然。当然であるというのに、なかなか良い動きをし、この巨体では狭いところは苦手と即座に判断して逃げ道を路地へと選択でき、そしてなにより最優先で娘を守る行動に出た。まだまだ甘いところがあるが、見どころを感じた。

 面白い人物を発見できたこと、そして娘が無事だった事で猛る気が静まっていった。

 ……この男、無茶苦茶な存在である。


「アシュリー、起きろっ! 寝てる場合じゃないっつうの!」


 ジソウは兎も角、腕の中の少女が一人で立ち上がれるようにしなければと思い当たり声掛けを行なった。だが、当のアシュリーはというと、憎らしい事に目をぎゅっと瞑り「いやっ」と言って抵抗した。

 可愛さあまって憎さ倍増である。口元がヒクつくのが分かった。

 いっそコイツを生贄に……ジソウは一瞬そう考えたが、いやいやと即座に振り払った。巻こんだのは自分である。暗黒面に落ちるのはまだ早い。小さい子に優しいジソウであった。

 交渉は続く。道を遮る巨大生物からジリジリ後ずさりながら「なっ、お願いだから」や「お姫様起きてください」とか「ふおおおおお」などと不毛な攻防をする。

 お荷物なアシュリーを捨てたいとかではなく、守るためである。

 だというのにイヤイヤと拒否され、ジソウに徐々にだが不穏な気が芽生え始めていたところ――


『アシュリー、手を離しなさい。』

「そうだそうだ! 是非あなたからもおね、がい?」


 見かねた巨人がそう助け舟を出した。思わずそれに乗っかってしまったジソウ。困惑である。

――えっと、そういえば、巨人が攻撃してきませんのですが、どういうことでしょう。しかも助け舟をも出してくれているのですが? あるぅえ?

 ぎこちない動きでジソウは視線を上げた。

 しかし、先ほどまでデデンと目の前に仁王立ちしていた恐ろしい強面の巨人は見当たらない。

 巨大生物の反応もない。

 ただ、巨人のいた場所にやや筋肉質で背が高めの男が立っていた。金髪でやや角ばった顔の輪郭で目力のあるチョイ悪親父風。

ちなみに上半身は裸で下はずたぼろのズボン姿である。ジソウは彼の格好をみて変態紳士がいる。そう思った。


「いやだもん。」


 ここでもぶれないアシュリー。ジソウの胸元にギュッと顔を押し付ける。

 その様子に変態紳士は頬を引き攣らせたが、落ち着くために大きく息を吐きながら皺の寄った眉間を揉み解した。


『アー、シュー、リー?』

「……はーい、パパ。」

「はへ?」


 ややもすれば変態紳士から発せられるその声は巨人のモノ。だが、ジソウにとってそれよりも気になったのは「パパ」という単語とつまらなそうに唇を尖らせて眉間に皺を寄せて返事をするアシュリーの姿だった。


「ぱぱ?」

「うん、パパ。」


 ジソウの質問にアシュリーはニヘラと笑いながら答える。心の中の小さいジソウが「どういうことだー!」と転げまわっている。


「パパって言うモンスター?」

「んーん、パパはパパだよ! 私のパパ。」

「お父さん?」

「そう、お父さん!」


 アシュリーはジソウの同じ内容の質問に嫌な顔もせず実に良い笑顔で答える。

 ジソウはまだ頭の中がハッキリしないので、顔を彼女の言う『パパ』に向けるとおずおずと話し掛けた。


「アシュリーのお父さん、ですか?」

『あぁ、――っと。』


 手を前にだして「待った」とジェスチャーする変態。あーあーと発声練習をしたと思えばアラ不思議、バリトンの実に耳あたりの良い声になった。


「そうだ。オレはアシュリーの父親だ。」

「はぁ……そうですか。」


 これだけ色々と肩透かしをさせられてしまえば、誰でもどうでもよくなってしまうものだろう。思いっきり肩を落としたジソウ。ただ律儀にもアシュリーを落とすことが無かったのは偉い。

 アシュリーはというと、そんなジソウを見て流石に慌てた。多分私のせいだコレと。多分も何もその通りである。ヒロイン的な快感に酔いしれて指摘をしなかったのだから。しかし、十歳児には有効な手立てが見つからなかった。

 ――とりあえずこんな都合の良い十歳児は地面に落とされても仕方がないような気がする。


「ううー、ジソウ、ごめんなさい。」


 ともかく、アシュリーは謝る事を選択した。自分のせいだと口にすることにした。しかし、いきなりアシュリーに謝られても困るのはジソウだ。ジソウとしてはアシュリーに振り回されたとは思っていないので、小さい子を不安にさせてしまったかと申し訳なく感じた。


「ん? ああーうん、大丈夫大丈夫。安心しただけだよ。よかったよかった。君は気にしなくて大丈夫。」

「……大丈夫か?」

「えーと、はい、大丈夫っす。」


 ジソウの力ない笑顔に変態紳士もといアシュリーのパパは無駄に追い込んでしまったかと冷や汗を流した。いや、いなくなってしまった娘の反応に昂ぶってしまったのは仕方がないではないか。そして巨人化したまま色々やらかしたのも態とではない。ああ、正直、このことが嫁に知られたらとても大変だとガクブルしてしまう。表面に出す事はないが。


「すまなかった。遅くなってしまったが、まず確認がしたい。君がアシュリーを助けてくれたのだな?」


 それに答えたのはアシュリーだった。意外と自己主張が激しかった。というのも、ジソウをフォローしたかった気持ちが前に出すぎただけだったりする。


「そうなの! 私の王子様がジソウなの!」


 瞬間湯沸かし器。

ジソウは後に自分の仲間に愚痴る時そういったという。


『娘はやらんぞぉっ!』


 お怒りの言葉と共に爆発的に体積を増やし、全身を赤黒く変色させた鬼が現れた。種族名『貴様に娘はやらん』である。巨人の先がまだあったらしい。悪鬼羅刹の如き風貌である。

 ついさっきまでの『パパ』、というより人としての面影が何一つ見られない。別の存在が『パパ』を上書き保存で塗り潰したかの様。――後、一回変身を残しているだろうか?

 ジソウは一瞬呆然とするも、すぐに本能的な恐怖により、しかしアシュリーを抱きかかえ守るようにして、縮こまりガタガタ震えた。

アシュリーは何故目の前のパパが怒っているのかが分からなかった。ジソウにぎゅっとされたことが嬉しさ反面、また迷惑を掛けてしまったと泣きそうになった。

『パパ』の方はというと、恐怖に駆られながらも咄嗟に我が娘を庇う様に行動したジソウに再度感心した。また、感心した途端に体がシュンとサイズが人間モードになった。実に体に悪そうな変化だ。


「すまん、怖がらせた。」

「パパのバカ!」

「ジソウ君、何も取って食いやしないから起きてくれ。」

「パパのアホ!」

「あの、起きてくれないか?」

「パパのマヌケ!」

「オレ、いや、私も少々取り乱してしまい、」

「パパのグズ!」

「グっ?! ……ジソウ君、一端皆のところに戻ろう。今回の顛末を聞きたい。」

「パパなんか、大っ嫌い!」

「だ、だいっ、嫌い? グフォオオ……」


 散々愛娘に罵られ、最後の「大嫌い」という必殺の言葉に致命的なダメージを負い、何かに貫かれたように胸を押さえ崩れ落ちる一人の父親。

その悲痛な声に、思わず何か男由縁のシンパシーを感じ取ったジソウが恐怖体験を乗り越え、手を掴むように伸ばしたまま抜け殻の如く固まる男に駆け寄った。

ジソウは支えるように背中に手を差した。必然的に男二人に挟まれるアシュリー。もういい加減下ろせよとは誰が思ったか。本人は満更でもないらしい。ジソウに引っ付いている。


「……ははは、まさか、オレが、娘に大嫌いと言われる日が来るとは、な。」


先程の地獄の底から這い出してきた悪鬼のような相貌と雰囲気を纏っていた男とは思えない。なんと弱弱しい姿なのだろう。ジソウはそう思った。

そして、何か茶番が始まりそうだなとも。意外と、頭と精神のクールダウンは完了していた何時も通りなジソウ。

 ――そういった路線ですね。分かりました!

 ジソウは茶番が好きであった。そして無駄なところで察しが良いのも彼という人間である。しかし、ここから先の遣り取りはもう誰も見ていなかった。

村の主要な道路で行われたこの茶番劇は迷惑以外の何物でもなかった。

昼時という時間帯的に人通りが落ち着いていたのが幸いである。だからこそ見学者がいなかったとも取れるが。

一方、アシュリーは空気を読んで、二人からいつの間にか距離をとっていた。ただ、ジソウに抱きしめられたときの感触を思い出して身悶えていたと追記しておこう。将来が不安な少女である。


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