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魔術師の閉鎖試験  作者: あしべ
少女の花冠
33/35

合流

一部不快に思うところがあるかもしれません。

ただ、後悔はありません。後悔はありません。

 少女は近距離から聞こえてきた人の声にびくりと体を震わせて意識を覚醒させた。


「あれ、え?」


 ズーンと重石が乗っかっているようなダルさが後頭部首辺りにこびりついていて気分が悪い。直前の記憶が飛んでおりただただ理由の分からない気持ちの悪さに顔を顰める。


「ぎゃっ、ぶるぁっ、どっふ! ……ぐえぇ。」

「ひゃん!」


 と、そんな時に突然人が奇声を上げて目の前に転がってきた。

 ビックリして思わず悲鳴を上げる。

 同時に一気に先ほどまでの記憶が甦った。


「あ、ああ、ああああああ……」


 恐怖が甦り体を震わせる。歯が無意識にガチガチと音を立てる。

 ――だめだめだめ、鳴らないで音を立てないで!

 止めたいが、どうしようもなく音を鳴らしてしまう歯が憎かった。震えるの止まってとぎゅっと体を抱きしめる。


「ぐぬぬ、う、うごかにぇ。にゃんてこっひゃ。」


 少女の耳にそんな間抜けな声が聞こえてきた。そんな声に拍子を抜かれてポカーンとした後、今度は疑問で頭の中がいっぱいになった。

 あれ、私生きてる? 何故自分は無事なのだろう。目の前に見える人の背中は誰なの。ここは何処。何故何故何故……


『犬ども、お前らの相手は俺だっ!』


 上手く働かない頭へと唐突に、悲鳴も上げられなくなるほどに身を竦めさせる、そんな苛烈な声が飛んできた。

 それはとんでもない怒気を孕んだ一喝である。

 その『声』が怒りを含んでいることも我が身を竦ませる程の力を持っていることも確かだ。現にあの恐ろしい狼の一体がキャインと情けない声を上げていた。しかし、少女自身は、不思議とそれ以上に恐怖を感じなかった。むしろ、先程までの狼への恐怖が少し緩和されるような感じもする。


「ふわっ?」


 やや気分が高揚してゆく。感じたことの無い気分。

 そして、狼の唸り声が遠ざかっていった。


「うへ、しゃがりゃないふ。たひゅかった。」


 男の一喝のお陰でようやく少女の脳が活性化してきたようだ。転がっている男の聞き取り難い言葉を理解した。

 ……この人は助けに来てくれた人なのかも。うん、絶対そうだ! 私、助かったんだ!

 人がいる、私は助かった。これだけの情報さえあればまだ幼い少女は無邪気に精神を安定させる事が出来た。幼いが故に精神が純粋であり、変に疑うことなどせず、無駄な磨耗をしないで済んだ。

 なにはともあれ、生きている。ペタペタと体のあちこちに触れ、何か異常が無いか確かめた。

 だが、少女はここで知りたくもない事実を知ることとなった。

 ……なんだろう、下半身が冷たい。


「つべたい……濡れてるぅ……」


 これは泣きたかった。小さくても彼女はレディである。

 一時恐怖によって意識呆然としていたのだし、これはしょうがない事であるが、そんなこと関係がないのである。少女はボッと火がつくように顔が真っ赤になった。失禁ガール。恥ずかしいメーターはぶっちぎり。


「お漏らしなんて。お、おお、お漏らしなんて、もう、かなり前に克服してるのにぃ。」


 誰とも知れない言い訳を呟くが事実は事実である。逃げられない。

 穴があったら入りたい、恥ずかしい、もうやだぁー。そんなことを考えるだけの余裕が出てきたことは非常に喜ばしい事である。それが必ずしも彼女にとって良いきっかけではなかったが。


「ううぅ……ひゃあ!」


 と、ここでハッとした。直ぐ近くには、なにやら「へループ」と叫ぶ男の人がいたのだ。

 そう、『男の人』がいるのだ。

 絶望だ。未だ白馬に乗った王子様を信じる純真な少女にはあまりにも残酷な現実。

 男の人にこんな姿を見られるなんてありえない。それも、恐らく自分を命がけで助けてくれたそんな男の人にだ。白馬にも乗っていないし、芋虫みたいにもぞもぞしているが、窮地に颯爽と助けに来てくれたことは本当だ。もしかすると私の王子様なのかもしれない。

 ああ、振り向かないで下さいお願いします。と少女は懇願する。一瞬たりとも、こいつ今死に掛けだし、いっそのこと殺るか? なんて物騒なことは考えてなんかいない。いないのである。

 あれ、でも待って? もし振り向いたとしてもこの人がオークのような不細工だったら……それは王子様な筈がない。うん、オークが私の王子様な筈がないよ。うん。オーク。この人はオーク。この人はオークっ!

 という可憐な見た目に反して彼女は奇天烈な現実逃避をしていたが。


「グラァルルルルッ!」

「はぁうっ。」


 現実逃避によって目の前のジソウが少女の中でオークであるという致命的な刷り込みが決行されるそんな寸前に、間一髪、ギリギリで現実に戻された。

 ――って、そんな場合じゃないでしょ、私のバカっ!

 遠くで一際大きく吠えた狼によって戻ってきた彼女はフルフルと頭を振って、変な妄想を吹き飛ばした。

 助けに来てくれた人たちが戦ってるんだ。

 そうと分かると、今度は様子を知るために周囲を見たくなってくるのが人情である。そうして、少女は恐る恐るといった様子で芋虫王子様(仮)より上へと視線を上げた。そうしてようやく助けに来てくれた人が四人いるらしいとわかった。もちろん、その中に自分の知っている人はいない。

 直ぐ近くでもぞもぞ動く芋虫の人とは別に、その奥、右の離れたところで狼二体と相対している剣を持った大きな男の人と赤っかな髪のよく分からないものを振るうきれいな女の人、その後ろに杖を持った小さくてかわいい女の人の姿が見えた。

 次に左の方に視線をずらす。すると私を追い掛け回していた狼のうちの一匹がピクリとも動かないで倒れているのが見える。


 え? 倒れてるの?

 ――ど、どどど、どうしようっ?

 倒れてるという事はまだ生きているんだ。モンスターは死んじゃうと『まそ』っていうのになるから、動かないだけのはまだ生きてる! 私じゃ、ううう、怖いし、どうしようもできないよぉ。

 ~~っ、そ、そうだ。とりあえず、この人に伝えよう!


 少女はそれから目を離すのも恐ろしかったが、なんとか発奮し、無理矢理視線を離すとガクガク震える足を引きずりながら、もぞもぞ動く芋虫の人、ジソウの元へと向かった。





 這い寄る存在。

 ふと、何とか体が動くようにならないかと奮闘していたジソウは背後からの「ズリッ……ズリッ……」という音と呼吸音を聞いた。

 体が満足に動かせない時に、なにこれマジかと慌てふためき、「もしや奴が生きていたのか!? 動け。動けよ! 何で動いてくれないんだよぉ! 動いてくれよぉぉぉ!」と心の中で叫んだ。芋虫が如き動きを加速させる。

 だが無常にも時は過ぎ、近寄る音は消え、直ぐ背後に気配を感じた。

 もうダメか。ふっと力を抜き全てを諦めたジソウに背後から可愛らしい声が襲いかかるっ!!


「――だ、大丈夫、ですか?」

「へ?」


 一瞬の静寂。

 ただ、ここには勝手な妄想でビビった、ヘタレなジソウがいただけだった。

 相良が残り二体を引き付けた後も動かない自身の状態に奮闘するあまり、近くにいた少女の声さえ聞いていなかったジソウ。

 後の悶絶。

 何が『もしや奴が生きていたのか!? 動け。動けよ。何で動いてくれないんだよ。動いてくれよぉぉぉ!』か。

 どこかの某有名アニメの情緒不安定型主人公のようなことを心中とはいえ叫んでいた。

 幸いなのは声に出さなかった事だ。本当によかった。しかし、思ってしまったことは事実。

 故に悶絶。

 だが悶絶途中でジソウは「いや待てよ。背を向けていたのだし分からなくても仕方ないのでは」と自己弁護に走る。

 もちろん、冷静であれば気配察知により、後ろ向きであっても彼は人かモンスターかを判断できるのでその考えはナンセンスである。

 しかし、既に心理的バリアは彼の思考を固めていた。

 仕方ないのである。何が仕方ないか分からないが、仕方ないのである。

 悶絶終了。


「あ、あのぅ……」


 悶絶終了と同時に再び聞こえた可愛らしい声。しかし、心配の中に若干の怯えが含まれていることが分かり、ジソウは申し訳なく思った。

 ……そうだよな、ハンターウルフに追っかけられていたんだもんな。こんな小さい子がだぞ。怖かったろうに。

 決して現在の彼女の心境に掠ってはいなかったが、彼はそう受け取っていた。

 人の心が読めない事は幸せである。

 ともかく、落ち着きを取り戻したことで声の主が目的クエストの女の子のものであると感づいたジソウは痺れがまだ残っていたが、何とか上体を起こして体裁を整えた。今更だが、格好付けたかったからだ。


「んっ、ううんっ。あーあー。よしっ。……うん、もう大丈夫だ。心配かけたね。状態異常も治ってきた。」


 それも何度も喉を鳴らし、声に痺れがなくなっていることをしっかり確認してから返事をするという念の入れようだ。さっきまでの情けない声ではなかった。そして、自分の信じるイケメンボイスを意識し少し盛っていた。さり気なく、今までの奇行を状態異常のせいにしているところも味噌だ。

 ……なんというか、未だ仲間が戦っているというのに、である。だが、責められたとき彼は恐らくこう言うだろう。『これが信頼というものさ』と。その後どうなるのかは知らない。

 ちなみにどうしてジソウが止めを刺されずに済んだのかというと、相良が裂帛の気合で以ってハンターウルフ二体を釣ったあとも、ジソウから引き離すように【大声】や【睨みつける】といったヘイトを稼ぐアーツをフル稼働にして立ち回り、プレッシャーをかけ続けていてくれたお陰である。

 集中する二体の攻撃を回避し受け流し攻撃し威嚇しと、完全にハンターウルフの意識が自分へと向かうように行動を縛り続ける相良。彼が行動する度にハンターウルフたちのヘイトは鰻登り。

 その実績は計り知れない。本来、始まりの街周辺では出現しないランクのモンスターを相手取ったにしてはありえないほどに安定し、クレナイはまだしも、リミカまで安心して経験を積む事が出来ていたのだから。

 これも一種のパワーレベリングなのだろうか。まさに相良は女房役の鑑であった。

 相良はジソウに切りかかっても許される。


 ――閑話休題。


 ジソウの生き残りの理由はともかく、今は二人に視点を戻そう。

 なんといっても、少女は勇気を出したのだ。

 正直、もう泣きそうだった。ただでさえ漏らした姿を見られたくは無かったというのに、あまつさえ起き上がってきた男はオークなどではなく、予想以上に綺麗な顔をしていたのだから。本当にため息をつきたかった。自然と言葉も硬くなり、詰まってしまう。


「あ、ああの、私、えと、えっと……」

「よしよし、落ち着きな。大丈夫、もう心配は無いよ。」


 ジソウは目の前の少女が震えていることに気がつき頭に手を乗せると宥めるように優しく言う。少女は始め、急に頭に手が乗せられたことでビックリし、そしてこの男の人は何か勘違いしてるのではと思ったのだが、その実、彼女の心は優しい声に安心し、自然と目からぽろぽろと涙が零れた。


「え、えとえと、あの、あれ? ぐすっ、あれれ、なんだか、えっと、おかしいな。えっど、ほんと? もう、大丈夫なの? う、ぐずっ。ふえっ、わだじ、わだじ、じんじゃうと、もうだめだっと……」


 ――あう、違うのに。ほんとは違う事伝えなくちゃいけないのに。口が、口が違うことを? あうあう、なんだか涙がいっぱいでちゃうぅ。

 俯いた少女は優しく頭を撫でられているのが分かるとさらに安堵からの涙が溢れた。自分の考えと実際の行動の違いに軽く混乱しつつ、しかし、頭を撫でられるのが心地よく、ジソウの胸へと顔をうずめ、更に泣く。


「あー、うんほら。よしよし、もう大丈夫だからな。怖かったな。よく頑張ったな。」

「ふ、ふぇぇぇえ、ぐじゅ、ふ、ふぇ、んぐっ、んえっ。ごわかったです! わたし、こわかっだです! うわああああんっ!」

「よーしよしよし。おっと、そうだな。頑張ったな。」


 予想以上の号泣に焦りつつなんとか落ち着くようにと声をかけ続けるジソウは、気恥ずかしさからまいったなぁと苦笑しつつ相良たちに目を向けた。

 どうやらコモンの方がいなくなっていたので倒したようだ。一回り大きいリーダーを相手に、相良たちが獅子奮迅の戦いっぷりを見せている。ジソウは手持ち無沙汰だったのでなんとなく実況をいれながら眺める事にした。

 ……おおっと、相良選手上手く立ち回りをしていますっ! 急な噛みつきも難なく避けておりますっ! クレナイ選手も負けじと、閉じた鉄扇をーーーーっ、うげぇ、喉にブッ刺したぁぁぁ! エグイです。って、おーっ! リミカ選手、持っている杖を振りかぶってぇー、なんとフルスイングで顔面をぶん殴ったぁーーーーっ。これは痛いっ! 痛烈な一げ……

 そんなのん気に少女の頭を撫でつつ実況していたジソウではあったが、不意に視界の右の方で何かが動く気配を感じる。


「っと、ごめんちょっと左に寄ってくれる? あ、逆逆。そう、俺の左肩のほう。よしそれでおっけー。……うらっ!」


 しがみ付く少女を言い場所に誘導すると、ジソウは徐にストレージから右手に二枚の手裏剣を取り出し、投擲した。


「ギャワンッ!?」


 投擲した手裏剣は真っ直ぐ飛び、今まさに昏倒より立ち上がろうとしていたハンターウルフ・コモンへと突き立った。ハンターウルフが甲高い悲鳴を上げる。ジソウの投げた手裏剣がドスッドスッと二つの鈍い音を立てて胴体に突き刺さり、残り一割あったHPを削り取っていた。

 それは光となって消えていく。

 結果、ストレージの中に狩猟狼の鋭牙と狼の毛皮、狩猟狼の肝が追加されていた。


「ひっ!」

「あ、ごめんごめん。アイツに止め刺しただけ。大丈夫、大丈夫。」


 ハンターウルフの断末魔にビックゥと肩を震わせた少女をどうどうと宥める様に背中を撫でて落ち着かせる。それに安心したのか、少女は無言で一つ頷くと意識が途切れるように寝てしまった。


「ありゃー、大分気張ったみたいだなぁ。……十歳位かな? むぅ、西洋人の顔立ちだとわかんねぇなぁ。」


 ジソウが少女の前髪を上げ、フニャっと緩みきった顔を覗き込んでそんなことを考えていると前方から声が掛かった。


「ちょっと、ノータッチは何処いったのよロリコンさん。」


 ちょっとお怒り口調のクレナイである。


「んあ? クレナイか。これは疚しい気持ちがないからいいの。そもそも、ロリータコンプレックスではないし。つーか、そっちは終わったのかお疲れさん。」

「ふーん。へーん。ほーう。」


 しきりに変な声を上げてジソウの顔を覗き込むクレナイだが、彼は努めて表情を変えないようにした。実際疚しい気持ちは無かった。少しも無かった。


「で、そっちは大丈夫だった?」

「……まあいいや。まあね、相良君がほとんど一方的にやってくれましたよーだ。でも見る度にスッゴイ納得のいかないような顔してるの。何でか分かる?」

「あー、この体がリアルの性能にまだ追いついていないんだよ、相良の場合。だから気持ち悪いんだろ。」


 なぜ当て付けのように言うのさ。とジソウは思ったが、指摘はしないでおく。代わりに質問に答えたのだが、クレナイは答えを聞くとあからさまに顔をしかめさせた。


「……それ本気? 私はむしろ、こっちの方が性能いいんだけど。」

「ほんとほんと。本人に聞いてみな、同じ様なこと言うから。」


 ジソウは手をヒラヒラ振りながら苦笑いでそう返す。それに対して少し考えた後、首を振る。


「いやー、やめとくわ。なんか怖いもん。」

「あはは。で、あそこでなんか歩いてっけど、相良とリミカはなにしてんの?」

「ここを見て回ってくるって。安全確認だってさ。あ、噂をすれば戻ってきたみたい。」


 なにやら話しつつ戻ってくる相良とリミカにクレナイが声を上げる。


「おつとめごくろー様です、親分。」

「誰が親分だ、誰が。」

「ぶふっ。」


 相良が到着したところでジソウが言うと陰でクレナイが噴出す。それをムッとした表情で見る相良だが一つため息を漏らすと再びジソウに目を向けた。

 ……えっ、何、俺のせい?

 相良の視線にアイアンクローが飛んでくるのではと身構えるジソウ。俺のせいも何もその通りである。


「どうだ、その子の様子は。」

「……何だそういうことか。うーん、疲れて寝ちったね。」

「ん? ああ、そうか。分かった。」


 ジソウの反応に訝しんだ相良であったが、どうせジソウの考える事なので気にしないことにした。


「どこか、怪我とかしてませんでしたか?」

「それもなさそう。……見た感じ。」


 ひょこっと相良の後ろから顔を出したリミカの問いかけに対して、小さいレディの名誉のため、漏らしている事は伝えなかった。ジソウの足は犠牲になったのだ。


「どうするのこの子。」

「どうするもこうするも。近くの村に連れて行くしかないっしょ。」


 皆にぐりぐりと頭を撫でられて時折「むむむっ」と唸る少女を眺めつつそう話すとそれに全員納得した。そもそもクエストはまだ終わっていない。


「そうだな。……よし、起こすのも可哀想だ、ジソウはその子を頼むぞ。とりあえずここから離れる。何があるか分からんからな。直ぐに出よう。」

「ですね。早く行きましょう。きっと、その子のお母さんが心配しているはずです!」


 リミカは今の自分と少女が重なり、一瞬悲しい気持ちになった。だが、なら尚更こんな小さな女の子をここで一人にさせておけないと自身を奮い立たせる。


「ちょっと待ってな。MAPで方角確認するから。ん? 人の気配があるな。捜索隊でも出てるのかもしれない。そっちに向かってみるか。」

「だといいんだけどね。」

「やめろやめろ。フラグみたいな事言うなっつーの。」


 クレナイの不吉な物言いに効果は無かったようで、少女を抱き上げたジソウを先頭にモンスターの気配を避けながら特に障害も事件も無く、件の人の気配へと近づいてゆくジソウ一向。

 距離が近づいてゆくと規則的な呼びかけが聞こえてきた。その呼びかけには時折、女性物の名前が混じるので、恐らくこの少女の名前なのだろう。


「……シュリー! アシュリー! ……たら返、をしなさー! 願い! アシュリー、この声が聞こえたら、ん事をしてー!」

「よし、捜索隊っぽいな。」

「相良君、お願い。」


 クレナイが相良に振り返りそう言うと、彼はそれに気がついて一拍溜める。

 ジソウはあっと思ったが、時既に遅し。相良の口からビリビリと空気を振るわせる大声が発せられた。

 間一髪、なんとか少女の耳を塞ぐ事に成功した。


「『おーい! 女の子は無事だぞ! こっちだぁ!』これでいいか?」

「ぅおいっ! よくねぇよ、あほ。この子が起きるだろうが。起きてないけど。……すげぇな。」

「あっちゃー、忘れてた。ごめんね。」

「っと、申し訳ない。」

「いや、まぁいいや、寝てるし。……お、向こう気が付いたみたいだ。こっちへ向かって来てる。一応何があるか分からんから警戒だけはしとこう。」


 少女の位置を直してからジソウは、三人が頷くのを確認する。


「なら、俺が前に立つか。」


 名誉挽回とばかりに相良がジソウの前に立ち先頭を買って出る。無いとは思うが、もし先制で向こうから何かされた場合に少女を守るためである。

 ジソウは意図が分かったので了承すると、彼の後ろから方向の指示を出す事にした。

 そのまま歩く事一分ぐらいだろうか、暗い森の中のため姿はおぼろげだが、両者がある程度確認できる位置まで到達する。

 そこで相良が一度足を止めると捜索隊(仮)の方から声が掛かった。


「すまん、確認するが、先程のは君たちか?」

「そうだ、我々だ。海道を行く途中で狼に追われる少女を保護した。今は疲労の為眠っている。先ほど、そちらの声が聞こえたので俺が返答させてもらった。」


 相良の返答を聞き、捜索隊(仮)の空気が柔らかくなる。その内の女性が一人は安心した事でへたり込んだ。


「ほ、本当か! アシュリー、アシュリーは無事なのか!」


 リーダーなのだろうか、年配の男性の声がそう尋ねる。


「ああ、この子がアシュリーかどうかはまでは分からんが、ところどころ擦り傷はあるものの無事だ。」

「じゃ、じゃあ、こっちに、」


 嬉しさがこみ上げたのだろう。捜索隊の一人の若い男が声を上げた。しかし、前に出てこようとするそれを相良が制する。足手まといがいることを考慮した相良の判断だ。


「待て、まずはそちらが何者なのかを名乗ってくれ。」

「し、慎重だな。」


 革鎧を纏った男がなにもそこまで、と苦笑いを返す。


「いや、むしろそちらの方が安心できる。私たちはルブール村の者で、これはアシュリーの捜索隊だ。私は隊のリーダーでゲイルという。アシュリーの叔父だ。こうして弓を持っているのは私が狩人をやっているからだ。……他の者についても必要だろうか?」


 リーダーのゲイルとしては相良の対応は好印象だったので丁寧な対応を心掛けた。また、この森にて狩人をしている彼は暗闇でもしっかりと見通すことが出来るのでジソウたちの様子を他の面子より理解していた。男二人女二人、配置からアシュリーを抱えた男をいつでも守れるようにしているのが分かり、それもあって素直に応じるべきであると判断する。


「それは大丈夫だ。ふむ、ではスマンがもう一つ。アシュリーというのがこの子本人か判断をするための、簡単な特徴を挙げてもらえるか?」

「そ、それなら私が!」

「今は止さないか、ミリー。」

「でも叔父さん! 妹のことなら私が一番!」


 ゲイルを押しのけるように一人の女性、とはいってもまだリミカよりも幼い外見のそれが出てきた。


「どちらでもいいのだが、早くしてくれないか? 出来るだけ早くこの子を安全なところで休ませたいのだが。」


 その遣り取りを見た相良はもういいかと警戒を若干緩めながらそう言う。すると、アシュリーの姉だというミリーは「じゃあ私が」とずずいと前に出て、やや誇らしげに説明を始めた。一方、ゲイルは額に手を付いて渋い表情でいる。


「アシュリーは十歳で肩まで伸びた絹糸みたいに細くて綺麗な金色の髪をしているわ。目の色は青。ふっくらとしたほっぺたに笑窪がかわいくて、でも、眉毛がきりっとしていて、そうそう、特徴的といえば右耳たぶと口元に双子の黒子があることかな。でもって声がとっても天使のように可憐なの! ……って、そうよ、声を聞かせなさいよ! そうすれば直ぐじゃない! あんた達本当は無事とか嘘付いてるんじゃむぎゅぎゅぐ!?」


 恍惚とした表情でジソウの抱えるアシュリーについて説明をするミリーだったが、次第に感情が昂ってしまったようだ。方向性が変わったところでゲイルが慌てて彼女の口を塞いだ。


「す、すまない! こらっ、だからお前は連れてきたくなかったんだ! アシュリーを見つけてきてくれた人に対して失礼だろう!」


 困り果てたといった様子のゲイルに正直同情を隠しえないジソウたち。確認しなくてももういいんじゃないかなとすら考えたが、一応、特徴的な黒子について聞いたのにそれをしないのもおかしいのでジソウと何故かクレナイとリミカまでもが口元と耳たぶを覗き込んでいる。結果、彼女の言うとおりの物を確認。

 ジソウの左右から「か、可愛いっ!」と黄色い悲鳴が上がった。ジソウは耳元で叫ばれ、思わずアシュリーを落としそうになるも、それでもやはり起きないアシュリーを見てこれが一番の特徴じゃないだろうかと思ったり思わなかったり。


「……分かった、そうか。恐らくアシュリー本人だとのことだ。すまない、事件性もあったので慎重にならざるをえなかった。」

「謝らなくていい。旅人が慎重なことはいいことだ。それに、大切に保護されている事も分かって安心だよ。感謝こそすれ文句を言う筋合いは無い。なあ?」


 ゲイルが後ろのメンバーに問いかける様に振り返ると、各々、そうだと口々に頷いている。


「理解感謝する。では、そちらに行こうか。……そちらの女性は?」


 ゲイルは「ん?」と首を傾げた後、相良の言葉の意味に気が付いた。口を塞がれたまま、ミリーが拗ねていたのだ。彼は豪快に笑いつつ手を離した。


「はっはっはっは! なるほどなるほど。もう大丈夫だ。先みたいに食って掛かろうとせんよ。アシュリーの恩人に襲い掛かるような馬鹿でもない。こいつはアシュリーが好き過ぎてな、少しばかり焦っていたのだ。そうだろ、ミリー?」


 その笑い声にミリーは首まで真っ赤にして俯いた。

 妹の恩人に失礼な事を言ってしまっただけでも赤面物だが、普段の気性がおとなしい方だったので皆の前で取り乱し妹自慢をやらかした事を意識して尚恥ずかしい。

 しかし、その様子を見て和んだ両陣営はようやく本当の意味で緊張を解くのであった。



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