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魔術師の閉鎖試験  作者: あしべ
少女の花冠
32/35

海道【3】

「やっべ。」


 膝から崩れ落ち、ペタンと力なく俯いてしまう少女を目にして思わず呟く。


「えーっと、リミカ! あの子に『矢反らし』かけて!」


 一瞬一瞬が油断できない。ジソウはなまじ冷静な事もあり、何とか頭を回転させて有用な一手となるよう思いついた支援魔法を併走するリミカに伝えるが、彼女のMPはさっきので打ち止めだったのを思い出す。

 彼女も首を振って――ふと、ジソウは思い出した。

 さっき、いいもの拾ったじゃん!

 ストレージを開き、それを取り出す。


「リミカ、これ食え! MP回復!」


 リミカは何とかあの少女をクエストだからではなく一個人の感情として助けたいと考えていた。

 だが、こんなときどうしたらいいのか判断がつかなかった。

 ついてきたというのにいる意味のない自分に悔しい思いをし唇を噛む。結局ただ前に向かうことしか出来ていない。そんな自虐な考えに陥っていたリミカにジソウの差し出したものは願ってもないことであった。

 ……やっぱりこの人はすごいなぁ。

 リミカは一つ頷いて黄色い何かの実を躊躇なく口の中に放り込む。平行して矢反らしの呪文を検索する。

 そして二人は森から出る際に何かを通り抜けるような違和感を感じつつ、神秘的な空間へと踏み込んだ。


「【ターゲット】遍く風、反らし守れ【防風】っ!」


 リミカは森からその光差す空間へと飛び込むと同時に詠唱の為一度立ち止まり、少しでも魔法の射程を延ばすため効果を大きくするため、通常より多くMPを消費し呪文を完成させる。これで残りMPは一回分。

 【防風】でどうにか出来たとは思わないが、ジソウさんを信じよう。そして、他に何か私に出来る事がないか考えよう。そうリミカは気合を入れ直した。

 呪文の完成と同時に少女の周りに風のベールがふわりと被さる。


 ――どうか、あの子を守って!


 現状、祈るしか手立てはない。後はその身と残り一回の魔法で少女を守るのみだ。

 まだ戦う事に恐怖があるリミカは体が強張るのが分かる。しかし、助けられるのなら助けたいの一心で何でもやろうと奮い立たせる。また前へと進むため、一歩を踏み出した。


『周囲警戒!』


 リミカのすぐ後ろからドスの利いた大きな声。相良はこのとき【睨みつける】と【大声】、そして新しく手に入れていた【先制】を発揮させた。アーツの効果対象はもちろん狼どもであるが、言葉は先を行くジソウに向けている。

 リミカは突然の事に驚き振り返ろうとして、自分を抜き去って鋭く突き進む相良を見た。


「ぐらぅ!?」


 相良のその声はハンターウルフらに威圧という力を持ってしっかりと届いた。

 ハンターウルフは舐めきっていた。それまで矮小な人間が一匹、無謀にもこちらに向かっていることは分かっていたが、危険度が薄いと判断し無視をしていたのである。やってきたら返り討ちだと。

 しかし、後から来た大きな人間の存在感は無視できなかった。一瞬でも自分を怯ませる存在を見逃す事はここら一帯を縄張りとするプライド高き狼のボスとして看過できない。少女への意識をハンターウルフは迫る人間に移した。

 一方、ジソウはジソウで、追いつき、とりあえず間に合ったことで少し緩みかけた気持ちを相良の力強い言葉で引き締め直す。

 三体を相手にするならまだもう少し前へと出る必要があり、そしてそのために狼三体の動きを把握しなくてはならないので、一挙手一投足までも逃さないようグッと目に力を込め集中する。

 すると、唐突に鑑定眼が効果を発揮しその結果をジソウへと伝えた。


【ハンターウルフ 階級:リーダー 特殊技能:指揮・鉤爪】

【ハンターウルフ 階級:コモン 特殊技能:鋭い牙】

【ハンターウルフ 階級:コモン】


 今まで鑑定眼がモンスターに効果を発揮していなかった事もあり、効果があると知らなかったため、急に浮かび上がった情報に驚いたが、それよりも、そのモンスターの情報の方に目が行った。

 ハンターウルフ? 確かに見た目が違うけど、ウッドウルフじゃないのか、ここの森にいるのは。それに階級や特殊技能って……なんだ?

 色々と疑問に思う項目が出てきて気になるところではあったが、時間も無い。それはとりあえず、参考にはさせてもらうが後ろに放って置くことにする。

 偶然であるが、上手い具合に方針が立った。そう、まず先に狙うのは特殊技能持ちでリーダーのハンターウルフだ。


「ちょっと、あんたら足早、っ?!」


 ようやくクレナイもこの広場に踏み込み、そして朽木の下にペタンと座る少女と狼を目にして息を呑んだ。

 まだ相良もクレナイもリミカも遠い。頭一つ先を行き、さらに飛び道具をも持っているジソウが最も有力であるがこの状況、少しも油断は出来ない。


「くそっ。」


 そして、考えを読んだかのように一匹が動く。

 なんと、脅威となりえる彼らを無視して技能持ちの方のハンターウルフ・コモンが少女の方に向き直ったのである。

 挑発が効かない? あいつだけ?

 思うところがあったが、ジソウは切迫した状況であり、これ一時保留とした。長考が取れる画面越しの切った張ったの戦闘がなんと楽な事か。

 それよりもコレで優先順位を変更せざるを得なくなった。上位者を先に何とかしたかったのだが、まさに然うは問屋が卸さないであった。

 とはいってもこちらも『まぁ何とかなるでしょ』精神の強心臓の持ち主、ジソウであるからして、優先順位を変えることに躊躇う事は無かった。

 そもそも、前提からして異なる。ここは『安全に倒す』が正解ではなく、『少女を救う』が正解なのだ。プレイヤーである自分が身を賭す事に何の躊躇いもない。

 そしてなにより、


「だっしゃーっ! イエスロリータ、ノータッチ!」


 ――だ。

 この世の真理を彼は知っている。何よりもまず優先されるのは『少女の命』だ。今のジソウは、彼女らの笑顔を守る紳士なのであった。

 とまあ、そうであるかそうでないかは別として、ジソウは少女を守るべく、標的を目標射程距離に収めたところで、自分の身の安全は一切の考慮なく、最大威力を持たせるために歩幅を上手く合わせ、腰に腕に捻りを加え全力で打根を射出する。 その速さや威力は連発できないものである。一種の捨て身であった。だがそれ故に、いつもの比ではなく、彼から視線を離していたハンターウルフでは避ける事は敵わない。

 周りの動きと咄嗟の野生動物の勘で回避行動はとろうとしたが、それも虚しく打根は胴体に思いっきりめり込んでいった。


「ギャウンッ?!」


 さらにクリティカルが発生し、接触箇所が鈍く光る。

ということは弱点部位を攻撃できているということである。これがジソウの紳士力のなせる業――


「「「空気読め!」」」


 ただし、通じる世界(世間)が狭いことは否めない。

ジソウは目の前に迫るハンターウルフ・リーダーの爪を目にしながら嘆息した。

 空気をぶっ壊すのが俺の仕事なんです。頼まれてないけど。甘んじて狼さんの爪の一撃、


「喰らわないんですけどねっ! ハハッ!」


 投擲した体の捻りを利用し更に半回転するとジソウは逆の腕を脇腹に当て手甲を盾にした。ジソウには見え(・・)ていた。ここに爪が来ると。


「グルァア!」

「グヌッ!」


 ジソウの予測は的中であった。吸い込まれるように手甲へとハンティングウルフ・リーダーの爪が突き出される。

 ザシュッと革を裂く音が聞こえるが、ジャストガードの成功。ダメージを軽減。がしかし、予想以上の衝撃がジソウの体を襲い、体が硬直した。


「ぎゃっ、ぶるぁっ、どっふ!」


 無理な体勢で防御し地に足が付いてなかった事もあり、ゴム鞠のようにごろごろと地面を跳ねるジソウ。技能持ちはもっと注意しなければならないのだと痛みをもって知る。


 ……あれっ? ヤバイ、まだ体が動かない。次きたら今度は避けられないぞっ!?


 絶体絶命の危機に焦るジソウ。立ち上がろうとしても体が言う事を利かないのである。

 焦りに焦るジソウはこのとき気が付かなかったが、状態異常の痺れ(中)に掛かっていた。

 これは一定以上の衝撃を受け、尚且つ一度にHPの三分の二程のダメージを負うと起こる状態異常であり、効果は一時的に動作が困難になるというものだ。

 余談ではあるが、これの対処法は無数に存在する。特に顕著なのが戦闘系のアーツであり、例を挙げると【○○の心得】のアーツに隠し要素として【痺れ軽減】という耐性が付いていたりする。

 勿論、ジソウが持つアーツにはどれ一つそんなものは付いていない。


「へ、へループ! ヘルプミー!」



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