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魔術師の閉鎖試験  作者: あしべ
少女の花冠
31/35

海道【2】

「気にするな、深みに嵌るぞ。」


 相良のこの一言に認識を共有する三人。

 お互いに彼の話は話半分に右から左に受け流す事にした。それに、なんといっても彼の実力に感謝している。彼がどんなに非常識な存在であっても慈悲の心で受け入れるのである。

 もっとも、そんな相良やクレナイは完全に自分のことを棚にあげていたりするのだが。

 一番この話で愚痴っても良いリミカはというと、純真な彼女はただただビックリしていただけであるからして二人が考えているような押し付けがましい慈悲の心(笑)は持っていなかったりする。

 とまあ、なんやかんやあったが東のルートもなんのそのと先へと進む一行は、たまに遭遇するグリーンモンキーやレッドバット、はたまた浅いところで遭遇するのは珍しいウッドウルフらを精神安定……もとい道中の安全とパーティでの戦闘経験を積むために見敵必殺の要領で倒していた。

 そして事態が動きだしたのはふらりと現れた生に……レッドバット四体のグループの最後の一匹を相良が袈裟切りにした時だった。

 ふと、ジソウが立ち止まった。


「よっし。蝙蝠の殲滅完了だね! ……ん?」


 唐突に立ち止まったジソウに気がついたクレナイは、今度はなんですか私たちはもう(精神的な意味での)ライフポイントが底を尽きかけてるんですけど! と心中で叫びつつも、まずは彼の次の行動を窺う。身内に警戒しすぎ、とか笑っていられないのである。


「なんか、誰か分からんけど、不確定モンスター三体に追っかけられてる……NPAかな、この反応は。どうす」

――ピロン

「る? って、とりあえず確認すっか。」


 例によって報告音がその場にいた全員に聞こえたのでやっかいごとかなぁと思いながらジソウはノソノソとウインドウを開く。


「まあ予想付いてるけどねっと。」


 そう言ってジソウはウインドウを展開させて報告音の原因を探す。


「ふむ、どうやら急いだ方がいいみたいだな?」


 モンスタードロップを確認していた相良が誰より一足早くウインドウを開いていた事もあり、報告音を確認するとそう言って顔を引き締めた。

 それぞれもウインドウを開くと、そこに記載してあったのは『緊急クエスト発生!』と『少女を狂獣から救え』という文面だった。内容はそのまま『森の中を逃げ惑う少女が獣の手に掛かる前に助け出せ』というシンプルなものだ。


「わっ、ジソウさんのと関係ありますよね?」

「でしょうね。タイミングよすぎるもの。」

「どうする、ジソウ?」


 もう少し詳しく状況を教えてくれよとクレナイは思ったが、リミカの言葉に同意する。相良がパーティーのリーダー兼クエストの発見者であるジソウに答えは分かっているが、尋ねた。


「もち、女の子は須らく助けるのが漢ってもんよ!」

「私は? 私ぐらいだったら?」

「……助けるよ?」

「何で間が空いたのよ!」


 一瞬悩んだジソウはそうがなり立てられたので、その遣り取りを見て苦笑するリミカへと逃げた。


「リミカは今から全員に支援できる?」

「いつものであれば一人二つぐらいは大丈夫です。」

「いつもの?」


 少し気になる言い方をするリミカに疑問を投げかける。


「はい、新しい魔法で、長時間続くものが使えるようになりました。ただ、MPの都合上多くは使えないですが。」

「それを使ったらもう余力なさげ?」

「いえ、短期支援であればあと何回か。【流動】だけなら全員分何とか掛けられるって感じです。」


 はっきり計算して断定できないのは、HPMPバーはあっても詳しく数値でステータスを確認できない弊害である。

 無駄に細かいところまで魔法を操作でき融通が利く反面、感覚で判断する部分が多くなってしまっていてさらに判断は難しくなっている。魔法職はそういった管理をデリケートにこなす必要があったこともβテストで衰退する原因にあったのかもしれない。

 しかし、リミカがその感覚を上手く掴んでいた。そのお陰で、どこまで出来てどこからが出来ないかぐらいは把握していたので適当なことは言わない。彼女は努力の人である。


「分かった。まあ、一回目で追いつけるでしょう。それよりも余力は残したいし、短いのを相良とクレナイにかけて。長時間のはリミカ自身に。俺は自前でやるよ。相良とクレナイも効果切れた後は各自で何とかしてくれ。」

「はい!」

「了解。」

「が、頑張る!」


 次々と話を決めてゆくジソウと気を引き締める一同。

 救出作戦である。クエストからして少女をモンスターから救い出す必要があるのは明白。ゲームだからといって余裕かますのも愚かだろう。緊急クエストと言うほどだ、ありがちなクエストのタイムリミット表示といった安心設計が無いので見極めがシビアである。

 それに「失敗イコール少女の死」の可能性が大きいため、実感は薄いが流石に見逃せるようなものではなかった。

 リアリティを追求したところが多い『ハイローズ』のことだから尚更何があるかも分からない。

 ジソウの要望に応えるためリミカは杖をしっかりと両手で握り、複数の対象に目を向けて支援魔法を唱える。

 ちなみに、複数のターゲット化は【ターゲット】のアーツを鍛えていると出来るようになった芸当である。今は一度の詠唱で三人までなら捕捉できる。もちろん、ターゲットの数だけ消費MPは上がっていくが、現時点で複数対象に掛けられる魔法が見つかっていない事を考えると非常に優秀なコンボといえる。


「【ターゲット・脚】総て駆ける力、纏い解放せよ【流動】」


 相良とクレナイの足に敏捷の支援が掛かると共に今度は自分への呪文を詠唱する。


「【ターゲット・脚】纏え! 纏え! 纏え! 地と風と水の精霊よ、地を這う我らに加護を【流転】」


 詠唱が完了すると地面から青い光の紐が三条ほど現れ、リミカの脚を保護するかのように絡みつき、そのまま固定される。

 体感で二割ほどMPが減ったように感じられた。残りMPから考えて、短いのを後二回といったところか。

 それとは別に、リミカはこの体から何かが抜けていく感覚に慣れそうに無いなぁと顔をしかめる。

 熟練度が上がれば消費が減るのだが……


「『天駆けるには重力に捕らわれない軽さを、地駆けるには力を殺さない俊敏さを、風を纏いて今一時、我一陣の風となることを風の精シルフィードの名の下に、自在と成す』走駆そうく!」


 ジソウはというと、リミカが支援魔法をかけている隣でウインドウを操作し、メモ欄を半透明状態で表示してそこに書いてある一文を詠んだ。

 詠唱を完成させるとジソウの周囲から風が沸き、体が不可視の風に包まれる。そして心持ち体が軽くなった。


「……それが風魔法? 良く呪文覚えたわね。」

「いやー、呪文さえ何とかなればアシスト無しでも発動できるって聞いたらさ。でもまぁ、流石に一度に初級の3つしか持ってこれんかったわ。だから、今んところ手持ちの魔法はそれだけ。」


 閉鎖されて外出られないからなーと、ジソウは遠い目をする。


「ってことは、後二つも暗記してるの?! よくやるわぁ。」


 なにやら会話に齟齬を感じたジソウではあったが、そう言ってジト目で睨んでくるクレナイに対して「そんなに難しくは無いだろ」と返そうものなら、それでまたねちねち言われる未来が予想できたので、そんな暇も無いこともあって苦笑いで済ますことにした。


「ほらほら、話している暇があるのか? ジソウ、補助は終わったみたいだ。早く先導してくれ。」


 リミカの分が終わったところで相良がそうジソウを急かした。


「はは。俺の速さについてこれるかな?」

「厨二乙。」

「厨二乙!」

「ちゅ、厨二乙。」

「うわーん! 絶対引き離してやる!」

「いやいや、引き離したらアカンだろう。」


 リミカにも言われてしまったが、道化に走るおバカなジソウの自業自得である。そして、引き離すなどと言いつつも、走り出せばしっかりと所々にいるモンスターから、上手く避けるようにルートの先導を行っているジソウ。

 しかし、目を見張るべきは彼の使用している風の魔法だ。

 【走駆】の魔法効果はかなり高いようで、アーツ自体の熟練度は最低でも、他の高熟練度のアーツ群による基礎ステータス上昇も相まってか、支援魔法を受けた面々よりかなり余裕を持って先頭を走ることを可能としていた。

 走りながらもちゃっかり素人目には雑草にしか見えないが実は薬草になる草や木に生る食材アイテムの実、はたまた地面に落ちているただの石っころや何かの鳥の羽にいたるまで、定期的に毟ったり拾ったりと彼の余裕が見て取れる。

 ではステータスが高ければ誰でも走りながら採集が出来るのかといえばそうではなく、これもアーツをよく使えているからこそ出来る芸当だ。

 ただ何度でも言うように、二日目で、それを現段階最低速のリミカが付いてゆけるギリギリの速度に調整しつつ行っているのが可笑しいだけだ。

 一応は見習うべき手本である。

 後ろから彼を見ている三人は現実逃避を強いられた。


「……どんな感じ?」


 しばらく森の中を走ったところでクレナイが先頭のジソウに尋ねる。感知系のアーツを持っていないクレナイ達では何がどうなっているか分からないのだ。

 また、今現在の順番はというと、ジソウは言うまでもなく、その次点が敏捷のステータスに直結しているアーツを複数持つ相良がドワーフという重鈍な種族から想像できない速度で追随し、その後ろを戦闘に特化しているアーツ持ちでかつ支援を受けたクレナイが走り、最後はサポート魔法職のリミカとなっている。

 とはいえ、ゲームらしく、スタミナが切れないのであれば走っている間は息が切れたり疲れでスピードが徐々に遅くなったりすることがないので、自然と雑談をすることになる。

 ジソウはクレナイに声をかけられるまでクエストの目標を追ったり採集やなんやかんやすることが多かったので無視をするわけではないが参加はしていなかった。

 なので少し寂しかったので彼女の質問は嬉しかったりする。じゃあ初めから手を止めろとけと言われると早く熟練度上げて合成したかったんだモノと反論するのがジソウである。面倒な人間であった。


「こっちのほうが足が速いみたいだな。つーか、追っかけられてるのが遅いんだが、なんつーか、それに合わせてんのか? モンスターが。趣味悪ぃ。」


 なんとなく想像が付いて胸糞悪くなるジソウ。他の三人もそれを聞き、嫌そうに顔を歪める。

 と、急に支援効果が切れだしたのか相良とクレナイのスピードが落ちだした。

 それに気付き、ジソウは声をかける。


「どうする、このままちょっと行けば捕まりそうなんだけど?」

「私の事は気にしないで。何とか付いてく!」

「俺はこのまま行ける。」

「おっけ、って、やばいかも、反応が止まった! 両者睨み合いって感じかもしれん!」


 数十メートル先で四つの反応が動かなくなった。両者はやや離れているが焦るジソウ。彼らに緊張が走る。もともと余裕なんて無かったが、更に急ぐ必要が出てきた。


「このまま真っ直ぐ! リミカ、筋力強化お願い!」

「リミカ、俺にもだ!」

「【ターゲット・腕】。逆巻く力、収めよ静かに。【パワーアップ】」


 ジソウの最低限の言葉に続いて相良からも要請が来た。リミカは時間が無い事が分かっているので返事を支援魔法で返す。


「ジソウ先に行け!」

「言われなくとも!」


 ジソウは強く一歩を強く踏み込み、一気にトップスピードに持っていく。こんな加速の仕方が俺でも出来るとはさすがゲームだと頭の隅で思う。

 目の前はただの直線であり、丈が腰ほどまである雑草が生えているが邪魔する木々や大きな藪は無い。

 そのため、ジソウの目には【遠目】のアーツのお陰で強化された視力で、暗い森の中でもクエスト目標が見えた。小さな女の子の背中だ。

 ふと、ジソウの後ろで「ヒャ」と小さな悲鳴が聞こえた。


「ひ、わひゃああああああっ?!」


 ジソウが後ろを振り向いて確認するよりも早く、悲鳴が近づいてきて、次の瞬間隣を大きな何かが通り過ぎていった。


「許せリミカ!」


 そう後ろから相良の声が届く。

 つまり、猛スピードで飛んでいったのはリミカであった。


「おいおい、二十メートル以上投げたのかよ。リミカ死ぬぞ?」


 ただし、ズベーッ! と頭からスライディングーーーッ! からの昇天っ! という大惨事はジソウの目の前で起きなかった。代わりに綺麗に着地するというウルトラCも無かった……似たような感じではあったが。


「きゃん! うあわわわわわわっ!」


 意識的にやったのかどうかは確認しないと分からない(しかしそれは絶対にないといえる)が、何とか悲鳴を上げて前回り受身の要領でゴロゴロゴローと転がりつつも、最後はその勢いでビョンと立ち上がるリミカ16歳女の子。

 美と付けて申し分無い、可憐な女の子はコレが仮想現実のお陰か泥だらけになるという事は無かったが、どういった演算が働いたのか、髪の毛はぼさぼさでローブがよれよれになっている。細かい演出が憎い。

 そんなリミカであったが先の光景が目に入るなり相良の暴挙に対する抗議の言葉や人間砲弾の恐怖なんというものはすぐさま頭から消え去った。ただ何かに引っ張られるかのように前を向き一生懸命足を進ませる。


「だ、大丈夫か?」


 ジソウは彼女に追いつくとそう声をかけたが、返事は返ってこなかった。彼女はとても真剣な顔をしていた。

 その表情に釣られてジソウも再び少女へと視線を向ける。

 それは痛々しい光景だった。

 小さな女の子は大きな朽ちた木を背にして全身を震わせている。自分の体より大きな狼のような風貌のモンスター三体に追い詰められ、絶望に今まさに崩れ落ちんとする場面であった。


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