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魔術師の閉鎖試験  作者: あしべ
少女の花冠
30/35

海道【1】

 少女とジソウ達が出会う時点より時を遡ること約三十分。

 道をただ歩いているだけですぐに気配察知の反応に掛かる元気なグリーンモンキーやらやんちゃなレッドバッド(赤い蝙蝠と言うわりに毒々しい赤紫色だった)を、ジソウが打根を投擲して釣ってはクレナイが試運転としてそれらを殴り蹴りと暴行を働き、倒す。

 そんな流れを三回ほどこなし彼女の動きを確認できた一向は、海道から綺麗な砂浜とぽつりぽつりと点在する昨日見た格闘家狼だったりマシンガンアロー三人衆だったりと色物なプレイヤー達のカオスな景色を見ながら、石畳で舗装されていないため馬車の車輪により溝が刻まれてデコボコしたただ広い道を中継地点の村目指し歩いてゆく。

 クレナイの情報とジソウ等の情報を照らし合わせると、何事も無ければ昨日の大量虐殺ポイントからさらに一時間ほど街道に沿って東に行けばその村にたどり着けそうである。

 しかしそれも当たり前だ。例外はあるが、通常は街と街が繋がる大きな街道は重要度は非常に高くなり、そうなれば整備していないはずが無く、盗賊などはもちろん誰彼問わず危害を与えるモンスターなどというものを無条件で蔓延らせる筈が無い。

 モンスターは同じように存在すれど昔あったRPGのような一歩街を出ればどこでもエンカウントする世界ではなく、どちらかというと人外による脅威ゆえに出来る限り一致団結してそれなりの秩序を整えた中世ヨーロッパで、ともすれば魔法や不思議生物が存在するためそれ以上に各国間で交通網の整備が行き届いている、である。それと海路が事実上死んでいるということも重要だ。これは近年の死活問題故に陸路の発展は急務であるのだから、尚更であった。

 という内情により安定した交通事情の確保のため、依頼を受けた戦士や掃除屋と呼ばれる一団が定期的にモンスターの駆除をしているだけではなく、長期的な対策として、道路脇にモンスターが嫌う匂い(その名もまんまの『嫌忌香』!)を発する物を埋め込んだ鉄製の小さい堤燈を先端に付けた鉄杭が立っている。

 ただ悲しいかな、最近はその例外が多く発生し多くの人が頭を悩ませている。

 というのも、街などの人の営みの多い場所を離れれば離れるほど街道上の嫌忌香をもろともしないモンスターが出現するという現象は今まで通りだったのだが、段段と人里近くの街道でもそんなモンスターが現れるようになってきたというのだ。学者や各地の有力者たちはその兆候によって起きる被害報告に日々苦悩しているが、原因究明には至っていない。

 だが幸いな事に、現段階では生態系に大きな変化はないし、砂浜や森の奥深くへ入り込まなければそこまで多くエンカウントする事は無い。

 そんななので、ジソウ達は、釣ってくる等と積極的に行動を起こさなければ、意外と道中稀に起こる近場でポップしたモンスターとの戦闘以外は、実にのんびり進行であった。

 それもこれも全てジソウの索敵能力が高い事に起因する。この策敵能力がかなり役立っているため不意打ちもなく、むしろ不意打ちをしている側に回れるのだ。

 現環境では斥候関係をここまで上げているプレイヤーはそういない。嘆かわしい事に、こういった小手先の技術が若干軽視されているのだ。

 そういう訳で、初心者にあるまじき余裕さで難易度が高いとされる東側ルートをジソウ達はさくさく進んでいる。

 そして、心にゆとりがあれば会話も弾むというものである。それを体現するかのように、現在、街を出て三十分は経ったというのに、SSスクリーンショットで見て以来、何度も「いいなぁ」と思っていた光景を前にしたクレナイがはしゃぎ通しであった。

 無論、ジソウも『見るだけ』なら素晴らしいその光景に飽きる事はやはりない。だが彼女が大興奮な様子を仕方ないなぁとニヒルに笑いながら、やや上目線で対応していた。ヒドイ奴である。


「もーっ! ほんと、どうして泳げないの! こんな綺麗なビーチなのに!」


 そして、例に漏れず、やはり最後はそう締めくくられた。

 彼女の言葉には皆、苦笑するしかない。リミカとクレナイはお互い大いに共感したのか両手を取り合って盛大に溜息をついた。このまま自殺特攻しないか不安である。美少女二人で入水自殺とか嫌なニュースでしかない。ただ街のポータルに戻るだけであってもだ。

 ……文句は運営に出すしかないが、きっと思いは届かないだろうな。

 相良は遠くを見つめてそう呟いた。もしそれで届くのなら既に改善を少なくても一万回はされているはずだ。


「いやいや、泳げるよ? 試しに逝って来ればいいじゃん!」

「それ、行って来いの意味違うよね、絶対!」


 ジソウはクレナイの陳情を無視し、中腰で両の拳を握ると応援という名の死亡遊戯への誘いを熱くする。


「出来る出来るやれば出来る絶対出来るビーチは目の前泳げるきっと泳げる絶対泳げる諦めるな絶対泳げるそこでどうして躊躇するんだ君なら絶対出来る一歩を踏み出すんだ諦めるな頑張れば絶対でっぶふぉあぁっ!」

「うるさい! 熱くなんないわよ! 何処の世界に魚介類の餌に態々なりにいくアホがいるのよ!」


 躊躇無く後ろ回し蹴りをジソウの腹部に炸裂させるクレナイと、最近こういった突っ込みは食らう事が様式美ということに気が付き、避ける事を止めたジソウ。

 目に見えて減るHPはプライスレスである。

 傍目にそれを見る相良は現実に戻ってもこの遣り取りをクレナイが持っていくこと無い事を祈るばかりであった。


「やはり知っているか。」

「そりゃそうよ。」

「そうですよねぇ。結構衝撃的な画像でしたもんね。」

「ちなみに、サメは軟骨魚類といってだっおっふ!」


 さきほど蹴り飛ばされたというのに、戻ってくるなり懲りずに上げ足にもならない無駄知識を挟み込もうとし、ローキックをケツに叩き込まれるジソウ。


「な、何故今蹴られたし!」

「う、うっさい。流れよ流れ!」

「ふふっ。」

「あ、ちょっとリミカちゃん、今笑った!」

「い、いいえ、そんなことは……」


 突然の矛先の転換に慌てて否定したリミカではあったが、今のを笑い度外視しての行動としたら『それなんてジャイアニズム?』なので、一向に謝る必要はなかったりする。

 残念美人を地で行くクレナイ。COOLではなくKOOLだ。彼女のトレードマークである燃えるような真っ赤な赤毛もなんだかくすんで見える。


「まあ、そこでいじけてるリアクション芸人はほっといて「誰がリアクション芸人ぎゃぶ!」」

「だあっとれい。」


 ジソウは噛み付くクレナイのデコを逆水平チョップにて迎撃し、デコがデコがと両手で額を押さえて唸っているクレナイを放置して話を続ける。立場が入れ替わり立ち代りで目まぐるしいが、無駄に息が合っていると感じられる。

 しかし何故喧嘩にならないのか不思議でいっぱいなリミカ。


「ま、かなりクレナイさんがこのスタイルにマッチングしていると確認できたのは良かったな。で、どうだい、ここらでバスターソどぅーんふっ。」


 やめればいいのに所々で茶化そうとするジソウに最後まで言わせないクレナイの手刀が決まる。【素手】や【蹴り】によるアーツの突っ込みは制限解除があるので通常倍率でダメージを与える事が出来る。言ってしまえば武器だ。つまりそれは相良のアイアンクローも同等ということで、共にエグいダメージを対象に与える事が出来る。

 さっきと今ので三割近くHPを持っていっている事からそれが分かるだろう。地味だが、育てていけば見た目以上に凶悪になっていく。

 一方、普通にアーツによる制限解除の無い素手のジソウの突っ込みは衝撃が通っても、システム的にほぼダメージが無い。流石に『ダメージ・1』なんてことは無いが……明確にHPが減少する様を見ることができる所為でアーツの重要性がより際立つというものであった。

 よって、俺も何か制限解除系採ろうかな……と彼は一考する。ただ、現在のアーツ盤の容量的にその余裕の無い事が非常に悔やまれるジソウだ。


「そういえば、ダンスを習っていたと言っていたな。」

「ん? そだね。家で結構VRを使って習ってたよ。時間加速が便利すぎて、そのお陰で色々手を出してたかなー。」


 このまま突っ込み合いしているとジソウがギャグで死に戻りしそうな気配が濃厚だったので相良がクレナイに話を振って修正を試みる。

 ただでさえ足が先に進まないので特にだ。

 クレナイは相良にそう答えてから、ちょっと待ってと告げると、ひーふーみーと指折り数えて最終的に8つを示した。

 なんのことだろうかと首を傾げる相良。ジソウは何の事だか気が付いたようだ。


「……八つもって、すげーな。そんなに手を出してたんかい。」

「いや、上級に達したのが8つ。それ以下のだったら合わせて13かな?」


 そうあっけらかんと訂正するクレナイ。

 ば、化けもんや、ココにも化けもんがおったでぇ……とジソウは相良をチラ見しながら戦慄した。もちろん、時間加速をせずにその界隈では有名でナイトメアレベルのアレな流派をこの歳で修めた相良と比較している。

 しかし、リミカからしたジソウも相当な変態レベルの性能を持っているのだが、自分の事には得てして気が付かないものである。

 恐らく、こういった面で今後、一番苦労する事になるのはリミカであろう。

 ただ、そんな未来の事は知る由もない彼女は素直に規格外なこの年上の『面白い』女性を褒めていた。


「クレナイさん、カッコイイです!」

「ふへへ。」


 リミカの素直な賞賛の言葉にデレッとした表情で女性がすべきではない変な笑いをするクレナイ。

 リミカに癒されすぎていて――いやむしろ天然天使に手の平で一人の女をコロコロ転がすリミカが末恐ろしい、のか?


「なるほど。たいしたもんだ。」

「ま、まあ、それなら体の使い方分かってるか。アーツの特性とか意味をよーく意識しながら動かしてみ。俺のジャグリングとかみたいに工夫すると良い熟練度上げできるよ。」

「ん、分かった。」


 ジソウのアドバイスになるほどと素直に頷くクレナイ。

 と、その横でなにやら意を決したように「はい!」と手を上げるリミカ。また生徒モードかと微笑ましく思う一同。ただ、質問内容は彼らにとってブラックでアンダーな場所であった。


「はい、リミカ君。」

「あ、はい! えっと、ちなみにジソウさんは、どのくらいアーツ育っているんですか?」


 とうとう聞いてしまったかといった顔をする相良。

 一応、何を購入しているかは既に確認が済んでいる。

 ただなんとなく、彼の行動を鑑みると、彼の所持しているアーツがどれだけ育っているか、聞くのが怖かった。あえてここまで話題に出さなかった部分だったのだ――


「あ、それ聞いちゃう? リミカ聞いちゃう? そっかー気になっちゃってたかー。だよねー。いや全然秘密なわけじゃないんだけどさー。いや、むしろどんどん見てって欲しいぐらいなんだけどさー。」


 ジソウ的にはいつ来るかいつ来るかと待っていたようで、とても面倒くさい絡み方をしてきた。


「ウザイ。」

「うざい!」

「っづお! ありがとうございます!」


 その手の業界の人ではないが礼儀として感謝するジソウ。挨拶のようなものである。

 決してイジメではない。相良の掴みからのクレナイの突っ込み(という名の腹パン)を流れるように決めたりしたが絶対に違う。ガクッと頭を垂れ、どこかジソウの目からハイライトが無くなり色褪せてはいるが、笑みを浮かべているので絶対に違う。

 ただ、そんな光景を目の前に少しの間フリーズするほどドン引きしたリミカは、そういった文化に馴染みが薄かったようで終始困り顔をしていた。呆れたように笑って流してくれたのは救いだった。


「ご、ごほん。では、どうぞ。現在こんな感じになっておりますです。」


 恐縮した風に言ってからノソノソと準備をし、ウインドウを可視化する。


△△△△△


 所有者 ジソウ

 アーツマテリアル枠 8


投擲Lv30 気配察知Lv27 器用強化Lv35 遠目Lv26 勘Lv29

ステップLv10 風魔法Lv1 鑑定眼Lv29


 予備 工作Lv1


△△△△△


「……お前はいつから廃人になったんだ?」


 たっぷり十秒ほど時間をかけて相良からようやく飛び出した言葉はそれであった。何を失礼な事をと反論しようとしたジソウであったが(そもそもゲーム廃人に対しても失礼だ。ここまで人を捨てていない)、それを遮るように再起動を果たしたクレナイが叫ぶ。


「な、なんじゃこりゃあ!」


 高い声でそんな古いネタを持ってくるクレナイに、抗議の言葉が引っ込む。流石にジソウも普通に喧しい突っ込み程度と判別できなかった。伝わる人は彼らの年代ではない。とことんおっさん疑惑の深まるハーフである。

 それはさておき、リミカはというと、覗き込んだままの姿勢で、笑顔を貼り付けたまま固まっていた。


「おろおろ? 戦闘系のアーツじゃあるまいし、只管特定の動作を繰り返してればこの位いきますの事よ? ジャグリングに鑑定、遠見とかやろうと思えば平行して出来るし。勘がどれに作用しているのかが不明だったけど、なんやかんや一緒に上がってくれているのには助かったかね。」


 さらっととんでもない事を言ってのけるジソウに、ウザイの一言も出ないほどに三人は言葉を失った。

 なんなんだこの異常なまでのマルチタスク能力は……

 付き合い長い相良ですらドン引きである。コイツが自分と同じ人間なのかを疑った。


「お、おう。」


 相良が何とか長い付き合いのよしみで返事のような呻き声の様な言葉をなんとかひねり出すことが出来たのだが、これは奇跡的であろう。

 ふと、相良は思い出した。

 そういえば確かに、シュミレーションやRPGはともかく、シューティングに音ゲーと様々なジャンルのゲームにおいて発揮される、この男の飲み込みの速さと判断力の良さ、そしてなにより発想の自由さには度々驚かされていた。

 そして極めつけに、我が家の道場主である祖父の眼に止まるポテンシャルを持っている。何度か我が道場に来ないかと打診を受けているが、即答で拒否してはよくコブラツイストを祖父より受けていた。

 こんなところでようやく、この男が水面下でやっていた異質な事を理解することとなったのである。なんと才能の無駄遣いであることか。

 ……そういえば、何度か嫉妬の念を覚えたのだったか。

 それほど遠い過去のことではないのだが、ジソウの人柄のお陰でいつしか形骸化したその感覚を形だけ思い出してしまい、苦い笑いがこみ上げた。


「な、なんだこの空気。」


 なにやら周囲から感じ取ったジソウが狼狽える。生暖かい視線を三人から感じ、背筋がぞわぞわした。

 一方、意識せずともそんな視線をしていた三人は、底知れない触れてはならない片鱗を垣間見たこともあり全力でその言葉をスルーだ。

 アイコンタクトすら無しに一致団結してみせる相良とリミカとクレナイ。


「普段の生活にも活かせよ……」

「それを言わんでくれ。」


 聞こえない程度にボソッと呟いたつもりが、まさかジソウにそれを聞きとがめられ、らしくなく肩をビクッと震わせた相良がいた。




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