東へ
デスゲームではないとは言っていたが俄かに信じ難いといった見解を少なくない人数のプレイヤーたちは持っている。というのも、これも、アニメや漫画、小説で一度有名になったジャンルの仕様である『デスゲーム』の影響であった。ゲームでの死が現実での死に繋がるといった内容だ。VR技術が開発された当初、その手の話が再燃し有名なものは映画化もされた。若干、不謹慎だから止めてくれという声も上がったが、売り上げは上々であったのは、なんにしても注目度があったということを示している。
だからだろうか、多くの人間は知っている。脱出不可能なんていう状況が件の物語の重要なファクターであったことを。その流れで、どうしても、同時にデスゲームも再現されているのではないかと勘繰ってしまうのだ。
また、信じられない層を後押ししているものに、何かしらダメージを負うと、現実の何十分の一程度だが鈍い痛みを発生するシステムがあった。現実感を持たせ、不用意な感覚を育てないためと採用されたシステムなのだが、こうして痛みを発生させることが出来るのだから死ぬような細工も出来るのでは、という考えに結び付かせてしまうとは皮肉な事であった。
もちろん、大丈夫だろというプレイヤーもいる。むしろ大多数がこの考えだが、じゃあそれを死んで検証してよ。なんて言われると、万が一取り返しが付かないことになったらなどという考えが働き、証明する事に二の足を踏んでいた。
実験のため死にましたなんて真っ平ごめんであり、死ねば生き返られるなんていう酷く頭の悪いゲーム脳はいなかった。まあ、これ自体ゲームの話なので複雑ではあるが、現状が不明なのだからもしかしたらを考えて慎重になるものだ。
まぁ、一番の原因はあの胡散臭いローブ姿のゲームマスターだとか責任者だとかの神崎が悪い。普通に何時も通りなサラリーマンスタイルで宣言していればこのような混乱は無かったのだろう。
また、意味ありげに外部との接触が図れない状況。出られないだけならまだしも外部のネット接続が出来ないのでは、どうしても安全だなんだといわれていたのに現にこうして閉じ込められた事もあり、完全に信用することなど出来なかった。
よって、一部の攻略組を名乗る押せ押せのプレイヤーを除いて、安全策をとって難易度の高いルートなんてものは選ばず、安全な初心者向けの戦闘慣れするためのフィールドで行動するしかないのであった。
実際、デスゲームなんて無かったと気が付くのは、下手を扱いた仲間から無事に死に戻りの確認がされるまでの短い足踏みでしかないのだが、まだ閉じ込められて1日経ってもいないので、まだ少しばかり時間が必要である。
しかし、悪い話だけでは無い。
こんな状況だからこそ一人行動をする人間は少なかった。
宴会が行われたのもただ単にゲームやり放題だわっしょいだけではなく、不安を紛らわせる為や仲間を作る足掛かりのためであったのである!
決して、ただお祭り気分ではしゃぎたかったのではないのだ、彼らは!
はしゃぎたかったのは確実だが、そこはしっかりと計算された行動を……いや、深く突っ込むのはよそう。それは彼らの名誉を守るためではない。……事実だからだ!
まぁ、なんにせよ、VRでMMOという敷居を下げる事に成功し、筋金入りか理由の無い者以外は大体、気の会うもの同士でパーティーを結成出来たのであった。
閑話休題
つまり何が言いたいかというと、要するに、ソーンは昨日とほとんど変わらない光景だってことである。
観光客程度に、モンスターの多い海岸には降りず、海道から景色を眺める者がちらほらいた。
モンスターが出るようになる場所までは足を踏み入れず、とりあえずロータリーで。というヘタレた様子である。
ただ、そんな彼らを尻目に臆せずズカズカと砂浜に足を踏み入れたり、海道を奥へと進んでいく者たちがいると、それはそれで何か声をかけたそうにしていた。
ではジソウたち四人はどちら側のプレイヤーであるかといえばもちろんズカズカ奥へと突き進む側である。
ただ、他の突き進む者たちとは異なる事がある。ではその異なるものとはなんであろうか?
……そう、それは何を隠そう、彼らがβテストを経験したことの無い初心者ばかりであるというところだ! しかも、下調べもほとんどしていない。ぶっつけ本番、出たとこ勝負な特攻野郎どもである。死に戻りが云々かんぬんは一応耳にしている上でもある。
本人たちにそれ(特攻野朗ども)を言えばそれぞれが否定しただろうが、何も知らないものから見たら確実に無謀なプレイヤー扱いであっただろう。
ゲームだから別段おかしなプレイではないのだが、現状ではそう思われる。ただ、幸いな事に、ロータリーに屯っている彼らは目の前を歩いてゆく特攻野郎4人組を知らないのだ。普通に実力のあるテスター組なのだろうなと見送るだけである。
「ね、ねぇ。さっき、すっごい見られたけどなんだろう、あれ。」
「いやー俺も分からないな。PKかと思って焦ったけどそんなんでもないみたいだしな。」
「ちょっと怖かったですね。」
「敵意は感じられなかったが、あまりいいものではなかったな。」
もちろんジソウ達は彼らの思考は理解できなかったので、ただ見られるという不気味な状況にうろたえた。
一応警戒をしつつロータリーから海道を進むこととなり、その分、自然と暗い雰囲気になってしまった。なんなんだよあいつらとジソウはイラッとしたが、海道を進むと敵の反応が森側にぽつぽつ確認できたので忘れる事にした。
「リミカ、はいいや今回。クレナイ、俺がモンスター引っ張るから戦ってみようか。」
「へ? 引っ張る? モンスター?」
「あそこに、多分サルかな? がいるから、俺が攻撃してこっちにおびき寄せるってこと。」
「なーるほど。ほんと、よく分かるわね。」
「ジソウさん。強化しなくていいんですか?」
「したら、倒しちゃいそうな感じがする。」
この感覚は勘のアーツのおかげか経験か。なんとなく前者な気がするジソウは、未だにこのアーツを把握し切れていないことに気付く。便利なことは確かなので深くは考えなかった。
「分かりました。」
「じゃ、いきますぞっと。」
手ごろな大きさの石をジソウは拾うと左足を大きく上げ、大きく右手を振りかぶると、ピッチャー第一球投げました! と呟きつつ道沿いにある木の一つに思いっきり投石をした。
それはジソウの思ったとおりの軌道を描き、ものすごい勢いで真っ直ぐに葉の中に突入したかと思うと、クリーンヒットのエフェクトと同時にギキーッという何かの悲鳴が辺りに響いた。
「スットラーイクッ!」
「まじでっ!?」
ジソウはガッツポーズをして嬉しそうに言い、相良とリミカはその威力と精度には慣れてしまっているので流石と褒めるだけだ。そして、一撃で、しかも急所に当てたことに驚きの声を上げたクレナイはというと――驚きの反応の後で、なんだか最近の私はただの驚き要員みたいじゃないかと思ってしまい、顔を引き攣らせた。
「あっかーん!」
「あ、死んじゃった?」
そいつは木の上にいたのを忘れていたジソウ。
緑色の毛むくじゃらが地面に落下して行き、何の受身も取らないそれは頭から地面へと接触すると、残っていたHPを散らしてしまった。
引っ張るとはなんであったのだろうか。少なくとも、投石だけでは倒していないのでなんと言う事も出来ない微妙な空気が出来上がる。
「次だ次。次はもう少し加減しろ。」
相良は切り替えるのが人一倍早かった。
木々が鬱蒼と繁り太陽の日差しがほとんど届かないせいで不気味に薄暗い、そんな中を小さい歩幅を補うために小さい腕を出来る限り大きく振り動かす事で少しでも距離を稼ごうとし、ただもう必至に足を動かし、ひた走る姿があった。
だが、その努力を無駄にするかのように、涙ながらに逃げ惑う幼く小さい者からするとそこら中に生える雑草は行動に制限の掛かるほど厄介な丈を持っていて、隙間が無いほど生い茂り、非常に、非情に、邪魔であった。
また追い討ちをかけるように、時々群生している葉の形の鋭い雑草は、逃走する際にボロボロになってしまった服では保護できていない素肌の部分を、小さく小さく切り刻んでいっては、二次性徴前の幼い体からただでさえ少ない体力を奪ってゆく。
無数の傷跡から血を滲ませながら見ていられない程痛々しい様相であるが、死の恐怖から逃れるために足は決して止めることは出来ない。
今、後ろを確認している暇は無い。しかし、何か恐ろしい者がいることは分かっている。自分の荒い息とは違った複数の獣の息遣いが後ろから聞こえてくるのだ。
決して隠そうとしていないその息使いから、完全に狙いを定められていることを理解させられる。
自分は狩られる側であることを。
ともあれ、今は恐怖に顔を歪めながらただ奔る、走る、ハシル。それしかない。
止まったが最後、終わる。そんな気がしてならない。理不尽な恐怖に押しつぶされ既に怒りなんて湧かなくなっていた。ただただ恐怖が先にたつ。
「た、っけて、だれかっ。」
この発してみたはいいが擦れ切っていてほとんど意味を成さない、悲鳴というよりはただの呟きにしかならないそれは、背後の、獲物の恐怖を感じることこそ最上の喜びとでもいうかのように喉を鳴らす獣どもを悦ばせることにしかならなかった。
「ガァアア!」
「ひうっ!?」
背後から時折こうして追い立てるような声を上げられると、足を止めることは無いが反射的に身を竦ませてしまう。
幼く経験が少ない身にはこの声の意図は察する事が出来ない。まあ、このままでは理解する必要はないのではあるが、そもそも、遭遇のときに見せ付けられた最初の一撃で彼のものとの実力差は歴然で、であるのに何故まだ自分がこうして逃げていられるのかが良く分かっていない。よく分かっていないが、逃げるしかないのである。
そう、コレは追跡者にとって、ただの狩りの『訓練』でしかないのだ。ただ、獣の習性ゆえに生きながらえているだけで、最初から最後まで自分の生殺与奪の権利を握られている事実、それがあるだけである。恐怖に押しつぶされた精神は、徐々に磨り潰されていく。
即座に殺されないだけまだ幸運なのだろうか。気まぐれな延命に喜ぶべきなのだろうか。
もう疲れちゃったよ……そんな諦めの考えが足を止めようとさせていたところ、不意に光の差す光景が視界に入った。
「あっ、なに、あれ。」
もしかしたら、もしかしたら助かるかも!
何の解決になっているわけではないのだが、薄暗い森の中を走るしかない現状で事態の変化というものは、それが儚い幻想でしかなくとも、幼い小さき者には大きな希望に感じられた。
少しだけ、ほんの少しだけ足に力が戻る。――だが、現実はそんな甘いものではなかった。
「……な、んでっ! ……もう、やだよぉ。」
雑草を掻き分け足を動かし、目標とした光差す場所へとようやっとの思いで辿り着き足を踏み入れたのだが、そこには救いなど無かった。とはいえ進行方向を変更するわけにも行かない。
目の前の草むらをガサガサ掻き分け、幼い逃亡者はその姿を暗い森から光の中へと飛び込み現す。
年の頃は10に満たないのではないか、やせ細った輪郭からは正確な判断は出来ないのだが、肩まで伸びた金髪は変な癖の無い美しいもので、森の中を疾走したため白い肌は薄汚れてしまっているが、それでも青い瞳の映える可愛らしい少女であった。
「死にたくないよぉ。」
だがそんな可愛らしい彼女の口から零れ出る言葉は悲痛な叫び。
そして、一度は止まった涙が再び溢れ出す。
もう足を動かす気力が切れてしまった。膝を付く事は無かったが、足取りはよろよろと幽鬼のように遅々とした速度になってしまっている。
もう足を止めて死を覚悟するほうが楽になれるだろうか。
とてつもない無力感が襲う。
……こんな状況で無ければ、鬱蒼と繁った木々が途切れ、太陽の光が燦々と降り注ぐここは、この薄暗く深い森からしたら異質な空間ではるが、神秘的である。
その中央には朽ち折れた元巨木が一本、恐らくこの空間を作る前の住人。彼が雄雄しく聳えていた時代、それはもう、立派であったのだろう。朽ちて尚、そう想像出来るほど不思議な存在感を放っているのだから。
だが、この少女とそれを追う者にはそんなことは意味無いのである。
ふらふら中心の朽木へと歩く少女。
奴らはまだ姿を現し、飛び掛ってこないようだが、希望が失われた少女には、もうどうすることも考えられない。それに、体中は痛く、口の中は粘っこく気持ち悪いし、息も上がってしまっている。もう一度走り出す体力なんてこれっぽっちも搾り出せない。
「……みりー。ひっく、れいくぅ。ぱぱ。ぐずっ。まま。……ままぁ。」
絶望から思わず愛すべき家族の名を呼ぶ彼女。
フラフラと朽木に到達したところで、ガササッと背後の草むらから大きな音がした。
振り返ってみるとそこには可愛らしいウサギがぴょこんと、なんてことはなく、案の定土に汚れた太い毛むくじゃらな足が姿を現し、次いでこの森で最も警戒しなければならないと思われる存在が全容を現した。
「ひっ!」
あんな爪や牙で切り裂かれたら抵抗なんて全く意味は無く、一瞬で殺される。
明るいところでその全貌を目にした少女は、現実味の帯びた恐怖の象徴に、肩が、体が小刻みに震えだした。
短い思考で駆け巡るは何故母親の言う事を聞かずに森に足を踏み入れてしまったのかという事。
たとえそれが、大好きな母親の誕生日に花冠を作ってあげたかったということであってもである。後悔の言葉しか浮かんでこない。
少女が見つけた花は運悪いことにモンスター避けの範囲外に咲いており、導かれるように外に出てしまった。
そして、狡猾な獣はその時を狙っていたかのように背後を取っていた。逃げるとしても村へ行く方角は押さえられている。村から離れる方へと行くしかなかった。
村を出るとき誰にも気付かれなかったこともあり、この少女がこのような状況に陥っているなど誰にも想像も付かない。
「グルルルル。」
足を止めた獲物を確認した獣達は、遊びは終わりだと喉を鳴らす。
今までは恐怖を煽るように陰から背後からと完全には姿を現すことなく追いたて、現在その姿を暗がりから現した森の残酷な狩人は、薄汚れたくすんだ緑色毛皮で覆われた体を大きく震わせる。
種族名をハンターウルフといい、その名の通り姿形は狼のそれ。大型犬程の大きさで鋭い爪と牙を持ち群れで行動する。普通の獣と違うところはこうして弱者をいたぶるようにしながら自分の子供にハンティングの仕方を教える残忍な性格を持っているところか。
一匹ではそれほどでもないのだが、複数になると巧妙に連携をしだし、森の中でも一部の人型モンスターを除いて結構な上位になる。そして厄介にも、常に三匹以上で行動し、決して一匹狼だなんて愚かな個体はいないのである。
とまあ、そんな知識はこの少女にはないのだが、大きな口から覗く牙に、垂れる涎、耳に響く唸り声や濁った眼光といった要素だけで充分に彼女の心の臓を締め上げる。
「いや、っいやぁあああ!」
大きな悲鳴を上げたつもりだったが、恐怖で締まった喉は大きな声を発する事は許してくれなかった。掠れた、誰かを呼ぶには到底機能しない悲鳴がハンターウルフに届いただけだった。
にやぁ。
先頭にいた個体はなにやら周囲を警戒していたようで、その悲鳴に対して特に反応はしなかったが、少女は無駄に良い目のせいで見てしまった。付き従う後ろ二体の口角がなんだか嫌な感情を持ってして上がるのを。
――哂っている?
「ひぐっ。」
それに気が付くと息が詰まった。悪意に呼吸を忘れる。
そして非常に危機感を覚えた。
一思いに殺してくれるなんて甘いのではないか。あの牙で、爪で、一思いに殺してくれるなんてあの悪意のある哂いからは想像出来ない。
あいつらにそんな獣の常識なんて無いのかもしれないのでは?
もう、限界も限界であった。恐怖のリミッターは振り切れ、膝から崩れ落ち、漏らしてしまった。
震えすら起きず、力が何処にも入らない。意識も朦朧としてきた。しかし、その方がいいのかもしれない。
いっそのこと壊れてしまったほうが……
「【ターゲット・女の子】遍く風、反らし守れ【防風】っ!」
「周囲警戒!」
「ちょ、あんたら足早っ?!」
「だっしゃー! イエスロリータ、ノータッチ!」
「「「空気読め!」」」




