『新者の横道』【3】
「ね、ねえ! あれみて。日用雑貨が置いてある! 大通りには無かった生活感がここに! わっ、あれって子供服かな。や、小人族用の服か。あれ、ふふふふふっ。なにこれ、パンツに穴があいてる。尻尾がある種族用かな。最初から空いてるものなんだ、可愛い。って、その隣にあるのって額当て? 忍者っぽい。あはは、なにこれ、ここやばいね。君の言っていた通りだ。でも、職人の卵なんだよね、ここの人たち。なのになんでこんな日常的なものが置いてあるのかな。うわー、もう、なんかフリマじゃん。これもうフリマだよ。いや、彼らには失礼かもだけど!」
「そ、そうだな。」
クレナイの懇願により、二人は目的に直行ではなく露店を冷やかしながら行くルートとなった。クレナイの買い物だけだし、一時間後に再び集合とか余裕っしょ。そんな甘い考えである。足場の踏み場もない程に乱立している露店に四苦八苦しながら、その中の一つの露店の前で二人は騒いでいる。
それに、ジソウは既にどこで見繕うかの目星はついていたので、寄り道をする余裕があったのは確かだ。
しかし、彼女の必至の懇願に折れてしまったのは、失敗だったかもしれない。
「コレが本当のマシンガントーク。いや、そんな次元じゃねぇぞ……。」
「ん? 何か言った? って、うっわ。ジソウ君、みてみて。ほらあのアクセサリー。ごてごてした装飾。実用性、皆無! あはははっ、ゴージャス姉妹とかしか着けないんじゃない。私たちみたいな冒険者度外視した趣味一点物って感じかな。あ、でも、貴族のいる設定かー、ならありえるのかなー。」
「いや、何も言ってないけどさ、とりあえず失礼な事は言うんじゃないよ。」
「あっはー、そりゃそうだ。申し訳ない。」
ジソウは苦笑いしている店主の顔を見て、慌ててハイテンションで失礼な事を言い続けるクレナイを窘めた。
そして、全くこいつは……と思いつつクレナイの指摘した品々へ視線を移し、徐に鑑定してみたのだが、今度はジソウのテンションも上がることとなった。
「って、おい、クレナイ! お前が見つけた、あれ。水属性強化の効果ついてんだけどっ! うっそだろ、プラス修正値10%もつくとか! しかも額当て、所持品の重量割合軽減効果付だぞ!? あの露店意味わかんねぇ! なんだあの壊れ性能っ。あっ、でも壊れやすいつーか一撃でも食らえば壊れるのか? 値段が低いのはそのせいか。くっそ。惜しい。惜しすぎる。でも、お買い頃な値段。指輪は無理だけど、あの額当てなら……攻撃を額当てに当てさえしなければ、当てさえしなければどうとでもなるか。どうする俺、どーするよ俺っ!」
「あ、う、うん。そうなんだ。」
――どっちもどっちである。
「まいどあり。またよろしく。ジソウさん。」
「おーう、親方によろしく言っといてくれー。」
結局のところ喧しくも悩み抜いた結果、露店主とクレナイに若干引かれたりはしたが、ジソウは額当てを購入した。上機嫌なのもそのせいである。恍惚とした表情がなんとも気色悪い。歳不相応のショタ顔でなければ皆離れていったであろう。
北の山脈に生息する、ジソウらではまだ見ることすらできぬ上位モンスター『トリガーワイルド』の革から作成されたものだ。さっそく艶消しされたダークグリーンの額当てを装備したジソウは浮かれ放題だ。コスプレでもなければ額当てなど着けるなんて出来ないので、そういった意味でもテンションは上がるものである。
「ふん、ふふふふーふんー」
「……上機嫌だね。」
今は、若干熱狂の波が引いたクレナイを連れて目的の露店へ向かっている最中だ。
「そりゃそうでしょ。プレイヤー以外にも職人との繋がりが出来るなんてねぇー。」
ジソウはクレナイにそう答えると額当てを撫で、ニヤニヤ笑っている。
そう、ジソウが上機嫌なのはもう一つ理由がある。それは、製作者の職人見習い、ゴッヅと知り合いになれたことだ。
彼には購入の際、非常に喜ばれた。まさかこれが売れるとは思っていなかったらしい。
というのも、情けない事に、ゴッヅ自身はこの装備品の真価を分かっていなかったのだ。
腕が未熟なお陰で素材は高価だが製品としては最低品質。修行の一環で、何とか作ったはいいが、売り物にはならないなと自分の腕の無さに落胆していた。
だが、作品を親方に見せるとただ一言露店売りに出すように言われてしまう。親方の意図は分からなかった。しかし逆らうなんて見習いの程度で出来るはずも無く、ジソウが来るまでは未熟ゆえに自分に恥を掻けというのかと悔しく思っていたという。
鑑定力をおろそかにしてきた自分が本当に恥ずかしいと話す彼はなかなかジソウとクレナイに印象的だった。
ジソウはそんなゴッヅと彼の親方とやらに興味を持った。また、ゴッヅも購入者のことを聞いとけと親方に言われていたのを思い出し、渡りに船とばかりにお互いに自己紹介と握手を交わした。
「なんか、理解した気がするわぁ。」
「なにが? ……って、まあいいか。目的地に到着いたしましたので聞かなかったことにしときます。ほい。俺はここに連れてきたかったのだよ。」
思いのほかゴッヅと話して時間がかかってしまったので、先にジソウの行くつもりだったところへ向かうことにした。
そして二人の着いた先の露店は他のところと比べると品揃えがだいぶ危険な代物ばかりであった。分かりやすい刀剣の類は少なく、どう見繕っても暗殺者御用達みたいな感じである。
「……おおー。これまた、マニアックだね。」
何か言いたそうな表情で、クレナイは露店の品揃えを見て目を細める。
「トーセン。今日も来たったでー。」
「おぉー、ジソウだぁ! どうよ、使い心地はぁ。」
「もう、バッチシ。」
気心知れた仲のように「いえーい!」とハイタッチをかます二人。
クレナイは完全に置いてきぼりを食らっている。和気藹々な男どもである。
「クレナイ紹介する。こいつは打根の製作者のトーセンだ。トーセン、こいつは俺の仲間のクレナイだ。」
「どうもぉ、よろしく。いんやー、えらい美人を連れてきたなぁお前。仲間かぁ。コレじゃぁ、ないんだな?」
下世話に小指を立ててジソウに問うこの男は、妙に間延びした口調が特徴的な、坊主頭で目じりの垂れた優男の名はトーセンという。そして、ジソウの言うとおり、彼の使用している打根を作った鍛冶見習いである。
ジソウが手を振り苦笑しながら、「ないない。」と言うと、そっかぁと言って真面目な顔で何度も頷いた。よくもまあ女性からしたらとても嫌なやりとりを目の前で堂々と出来るものである。
「いや、私は別にいいんだけどさ、他の女の子には絶対やらないでよ、それ。」
「ああ、そりゃまあな。」
「そりゃまあなって、なんだ。そりゃまあなって……」
自称『大人の女』クレナイはただそう呟くだけに留める。眉間をピクピク震わせ、口元がヒクついているのは、正常な反応だろう。理性が勝った。
ココに至ってバカ男二人はヤバイと気がつき、話は即逸らすべきであると判断。分水嶺の見極めは重要であった。
「で、き、今日は何のようだぁ?」
「えっとだな。い、いやね、クレナイの装備をここで用意しようかと思ってさ。」
「この人も投擲武器使うんかぁ? だけど、そりゃちっとばかしバランス悪くねぇか。オススメはできんぞぉ?」
「あー、そこは大丈夫。ほら、俺はコレが欲しくてね。」
強引に話を逸らすがそこは鍛冶屋の男トーセン。その手の話での頭の回転は素晴らしいようで、ジソウに忠告をする。だがそれをよそに、ジソウは露店に並ぶ商品の中から鉄扇を二つ手に取るとクレナイに見せる。迷い無い行動から、その場しのぎではない事は確かなようだ。
「えっ、扇子なんてどうすんのよ? それで私、戦うの?」
いぶかしげな目をジソウに向けるクレナイ。綺麗な桔梗模様の入った、大き目な鉄製の扇子としか彼女には判別つかなかったからである。
「あれ、クレナイは鉄扇しらない?」
「鉄扇?」
「まあ、本来の鉄扇とは違って、これはファンタジー仕様の全部金属で出来た扇子だけどな。これは昔、刀を使う事が出来ない様なところで護身用として取り入られたものなんだわ。ま、昔は扇っても、紙を張ってなかったらしいけど。全部鉄のこれなら点だけじゃなくて面でも使えそうだな。」
嬉しそうにクレナイの質問に対し、解説を始めたジソウ。それにクレナイは話半分に聞き流し、トーセンは感心するように頷いている。両極端な反応である。
「……いやぁ、ホントにジソウは良く見てんなぁ。」
「ん? 投擲武器屋に異質なもんがあれば気付くだろ。鉄扇自体は漫画……って、分からないか、とりあえず、知識としては知ってたからさ。」
「はぁー。君はそういうことほんと、よく知ってるよねぇ。」
「ぶぷっ。おばちゃん臭いな、その台詞。」
「うっさい!」
「すみませんっ!?」
余計な一言を付け足してしまうジソウは眉を吊り上げたクレナイの蹴りを尻に叩き込まれるのであった。結構ダメージが入ったようで焦っていた。
「いつつ。で、クレナイさん、ワタクシはそれを提案いたすのですが、どうでございましょうか?」
かなり態度を改めたようにみえて実はそうでもないジソウは彼女にそうお伺いをたてたのだが、些か不安そうな表情で現在手元にある鉄扇を彼女は見つめている。クレナイにちょっと押し付けになってしまったかと思い少々慌てた。
「や、別に気にしないでいいからな。ただこれとか似合いそうだなって思ってオススメしただけだし、気に入らなければ他に探そう。」
それにクレナイは首を振る。
「全然! 私もコレお洒落だし気に入ったよ? ただ、さっきやりたいようにやるって言ったけどさ、やっぱり迷惑かけたらどうしようって吹っ切れてなかった、みたいでさ。」
あはは、と力なく笑うクレナイ。ジソウも突然の告白になんと言えばいいのか悩んでしまう。
すると、そんな様子を頷きながら見ていたトーセンが口を開いた。
「至極真っ当な考えだなぁ。そして俺も、分かる。その気持ち。」
「どういうこと?」
「いんやぁ、俺もな、親方に修行を評価されて鍛冶の許可されたとき、失敗したらどうしようか悩んだもんよ。落胆されたくない、迷惑かけられない、なんてなぁ。」
トーセンは頭を太い指でボリボリ恥ずかしそうに掻きながらそう話す。
「で、あるとき、失敗したときに思わず言っちまったんだぁ。俺なんかが弟子じゃ迷惑じゃないですかってな。そしたら親方は俺をぶん殴ったあと、『やりてぇってバカみてぇに真剣な目をして俺に弟子にしてくれと啖呵切ったあれは嘘だったのか。嘘じゃねぇなら、ただ、やれ! 俺のご機嫌伺いするんじゃねぇ! 迷惑だぁあ? そんなこと思われてるってんが迷惑だ。勝手に俺の心ん中を決めつけんじゃねぇ!』って言って、もう一度特大拳骨のおまけ付きさぁ。」
その時の拳骨の威力を思い出したのか、若干頭頂部を摩って震えるトーセンはしかし、ギラギラした目をしている。意志とか覚悟だとか熱意をごちゃ混ぜにした、強い瞳だとジソウは思った。
「だからクレナイさん。『やる』んだよ。そんで、心配だとかごちゃごちゃしたもんはぁ、自分の心の奥底に抱えて『ただ、やる』んだぁ。自分で自分を認められたときに、それは全部晴れっからよぉ。」
ニッコリと恵比寿様の様な笑顔でトーセンは言い切った。その彼の言葉はストンとクレナイの心に落ちてきた気がした。
「『ただ、やる』か。うん、ありがとう。なんかバカみたいね、私。ジソウ君ありがとうね。なんだかイメージが固まってきたかも。……この鉄扇だけど、いくら?」
「いんや、お代はいらねぇよぉ。あんたにやる。」
「あ、えっ? でも、そんなわけにも……」
「先行投資だ。だったよなぁジソウ?」
なにやらにやっと笑うとトーセンはジソウに話を振った。
「ああ、そんなことも言ったっけ?」
そう軽く惚けるジソウにトーセンはハハハと笑う。
「まだ俺も見習いだが、職人が信じた男さ。その仲間だ。期待させてもらわぁ。」
「まいったねこりゃ。期待大だわ。」
お互い顔を見合わせると、はっはっはと大声で笑いあう男二人。
昨日今日なんて信頼に時間は必要ないのである。漢だった。直感である。
そして、それに巻き込まれたクレナイは結構なプレッシャーを感じていたりいなかったり。
「いた、いました! 武器見ていましたよ。全くもー。」
リミカはプリプリと『怒ってますよ、私は!』と聞こえてきそうな剣幕で相良の元へ戻ってきた。
これというのも、やはりジソウとクレナイというコンビがいけなかった。
一応、鉄扇をトーセンから譲り受けた後は、ジソウも投擲矢他数点を購入すると、親方に宜しくと言って特にグダグダせず立ち去っていた。
また、その足で他の露店にてクレナイの防具となる胸当てとグローブ、蹴り強化のための魔獣骨を組み込んだブーツを揃えたりと、やることはやっていたのだが、興が乗った二人は、まだ時間があるからとそのままウインドショッピングへと洒落込んでしまったのである。
一方で、旅に必要な買い物が終了したリミカと相良は入り口に戻りそれぞれアイテム達を検品しつつ、二人を待っていたのだが――これが一向に帰ってこない。
時間もオーバーしているのに連絡もよこさないし、連絡しても返事がないのだから二人にリミカがお冠状態になるのはどうしようもなかった。
そして、「もー」という言葉が十を数えたとき、見かねた相良は、ようやく、じゃあ探しに行くかと申し出た。自分は慣れているが、だからといってただ待つというのも良いという訳ではないのである。彼も彼でマイペースである。
そうしましょうとリミカは相良の提案にのったが、ふと、二人で行ってしまうとすれ違いになると、リミカは考えた。ちょっとしたやりとりをした結果、哀れ、簡単に説き伏せられた相良は待機となり、リミカが捜索に出たのである。
そして戻ってきたと思えばこの様子だ。
ジソウが、「あははー」と悪びれも無く笑っているので相良はやれやれと嘆息した。とりあえず、『顔でブラーン』の刑を与えようと決めた。
「遅いぞジソウ。」
「なにゃすぷっ?!」
そして今、相良の手の平にはジソウの顔面がクローなアイアン状態となっている。また、容赦の無い彼はジソウでアーツを鍛える事も覚えてしまったようで、アイアンクローで掴んだままジソウの体を上げ下げしている。ちょっとしたホラー映像である。
「ごべんなさいっ! 遅ぐなって、ごべんなさいっ!」
『ガクガクブルブル』
くぐもった悲痛な声で謝るジソウと私にもコレが降るのかと思い戦々恐々として体を震わせるクレナイ。両名は心から反省したという。今後それが反映されたかは定かではないが。
「遅くなってごめんなさい。リミカちゃん、相良君。」
ジソウが吊るされている傍らで即効土下座謝罪をクレナイは行った。自分はこうなりたくないのである。自己保身が大切だ。
そもそも、相良は彼女にそんなことをするつもりはさらさらない。だが、無言で人の顔をむんずっと掴んで、身体強化のままに顔面ぶら下がり健康法を敢行する者を恐れない人はそうそういない。誰だって謝る。悪魔だってきっとそうする。
「分かった。大丈夫だ、俺はそれほど気にしていない。」
「それでっ?!」
驚愕の事実に驚きを隠せないクレナイ。と、リミカ。
「この馬鹿で慣れているからな。」
「ふ、触れないでおくわ。」
恐る恐るといった仕草のクレナイに相良はよく分からないとばかりに首を傾げた。
「もう、だから治らないんじゃないですか!」
「リミカ、そんな人を病気みたいに。」
「連絡の一つは欲しいです。」
「それについては何も言う事は無いな。確かに。」
どうやらリミカはへそを曲げてしまったようである。しかし、仕草の一つ一つが、どうも小動物が毛を立てているようにしか思えず、イマイチ締まりがでない。いや、ちゃんと悪かったと思っているのだが……ようやく解放されたジソウを加えてクレナイは、すみませんとただひた謝る。とりあえず、 即座に報告音のミュートは解除させられた。
「じゃあ、行きましょう。」
プンプン怒ってますモードのリミカがそう言ってずんずんと東門に向けて出発したので、その後をジソウ達は付いていく。
ただ、リミカには迷惑な話だが、あまり怖くは無い。むしろ微笑ましい。
そしてそのまま歩くこと数分。先に折れたのはリミカだった。会話がないのが悲しかったらしい。
「もう怒ってませんよ?」と振り向き、切なそうな表情でそんなことを言われた日には、もう、である。クレナイは「ごめんねー」とリミカの頭を撫でた。
最初はその子ども扱いにむぅと唸りはしたが、リミカはなされるがままに受け入れており、機嫌はどうやら良くなったようである。
よって、リミカを先頭にした、菱形の陣形は解かれ、元の四角形となったジソウ達は、道中で購入したものを分け合いながらそれぞれの買い物模様を話したのである。




