宿屋【3】
「も、もうリミカちゃんその辺で良いんじゃない? 相良君のライフポイントはもうゼロよ?」
「え?」
「あ、精神的な? 意味でね。」
「そうですか。……ではまた今度、ですね。」
「次が、あるのか。」
戦慄の微笑み。当人以外は無意識に一歩引いていた。
乾いた笑みを浮かべる相良。
若干ホクホク顔のリミカ。
「決して、彼女がドの付くサの人という意味ではない……と思う。思いたい。」
「誰に話しかけているんですか?」
「いや、独り言ッス。」
実際のところ、話は逸れに逸れて、というか、相良の過去話にリミカが反応してそちらがいつの間にかヒートアップしていた。
相良は自分の過去話を積極的に話したいと思うタイプではなかったので大分疲れていた。
「ま、期せずしてみんな揃ったし、朝ごはん食べに行きましょ。あ、昨日は私が立て替えたんだから、後で男どもは宿代徴収するからね!」
「うー、クレナイさん。私も払いますよー。」
「いいのよ。これぐらい。お姉さんに払わせなさい。ただ、アクセサリーを頑張ってくれたらって打算もあるの。」
そう言ってウインクをリミカに飛ばすクレナイ。
「そ、そうですか? ……分かりました。お言葉に甘えますね。ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「君のは払いません。」
「それはエゴだよ。」
「いいえ、保護です。」
リミカに便乗しようとしたジソウだがクレナイにいとも簡単にあしらわれてしまった。
ぐぬぬ、と押し黙るジソウ。
それを見て、黙っていたら可愛い顔しているのに。クレナイは残念なものを見る目線を送りそう思う。
「じゃ、朝食を食べに行くとするか。」
「ですね。」
やり取りが終わったとみた相良はそう声をかけて少々ダルそうに宿屋に向かう。リミカは返事をするとその後をちょこちょこと付いて行く。
ジソウとクレナイもそれに習って軽口を交わしながら後を付いていった。
「いやー、食った食った。いいね。朝からカニ料理食べられるなんて贅沢だった。」
この宿屋、『コウノトリの木』は南の大通り、中央の噴水広場に近い場所にある。
実は、この宿屋は協会から売買の認可を得ている所である為、食材持込で宿屋代金が少し割引に出来たり、食材を売ったりする事も出来、尚且つ内装が整っており、飯も上手いときたのでかなりの人気があった。
βテスト時もほぼ満室状態が続いていた程だ。
のだが、クレナイは機転を利かしていた。あの騒ぎの中でもウインドウの便利機能の一つの予約機能を使い、見事に部屋を獲得していたのだった。
まあ、リミカと交流を深めているとき、宿屋の話になったお陰で気付いたのだから、さすがリミカさん、会話誘導余裕ですか。とゲス顔で言っておこう。
「俺には理解できかねる。」
「私もよ。」
何かを堪える様な顔で隣にいる二人をそれぞれが見る。
「もう少し身が引き締まっていて詰まっていれば良かったんですけどね。」
「まあ、こんな序盤で手に入る食材アイテムだしな。ランクEだし。」
「ですか。しょうがないですねー。」
一方でやや不満げに目の前の蟹の甲殻や脚、積まれたお皿をみてぼやく二人。
「「なんなのこいつら。」」
持込は果たして成功だった。気のいい宿屋の主人は割引をしてくれたし、料理をしてくれた。注文通り。
そう注文通りだ。
――誤解してもらうと困るが、相良とクレナイは別にカニ料理にモノを申しているわけではない。味は良かった。
問題はジソウとリミカの食べた分量だ。漫画でよく見た光景だった。まさか現実に目にするとは思ってなかった。
彼ら曰く、太らないんだから節制していた分食べる。だそうだ。だとしても限度があると言いたかったが幸せそうに食べるのを遮るのは憚られた。
結果、朝っぱらから山盛りのカニ料理を食べるのを見せられた二人は胸焼けを覚えた。
「……ふぅ。ではでは、腹もいっぱいになったことだし、今日どうするか話そうか。」
サービスのお茶を飲み、一段落したところジソウがそう切り出す。
すると彼の対面に座っていたリミカが手を挙げた。
三人はあれ、これって挙手制なの? と思わず口出しそうになったが、ノリのいい彼らはそれは飲み込み、このビックウェーブに乗ることにした。
「はい、リミカさん。」
「はい。えっとですね、まずはアーツを手に入れましょう。枠が増えましたし、それになにより、コリンクさんに新しく手に入ったアーツマテリアルを見てもらって、クエスト進行させましょう。」
「「あっ。」」
リミカの提案に男二人ははっとする。
クレナイは何のことだろうかと周りを見渡す。
「もう! 二人とも忘れてたんですか? 頼まれていたじゃないですか。」
リミカは頬を膨らませる。男二人はすみませんと身を縮めた。
「え、クエストって何のこと? まだ旅団の窓口準備中ってなっていてクエスト受けられないって話じゃ?」
クレナイは困惑していた。今の話の通り、昨日の時点では、運営の「まずは外に出てこの世界を感じて欲しい」という作品愛に溢れる思惑から旅団の受付でクエストが出来ないようにしてあったのだ。当然、現在それは解除してあるが。
「んー、まあ、アーツ屋のお使いクエストみたいなのかな。店主のコリンクって人と話していたら発生したんだよ。パーティー組んだし、クレナイにも出てんじゃね。見てみて。」
「……ほんとだ、あった。もう、新規で何かあったら項目になにか表示して欲しいわー。」
ウインドウを開き、クエストを確認すると、不満げな顔でクレナイはそう零した。
その言葉に一同は同じ事を思っていたので一様に頷く。
「それには同意。読めば分かると思うけど、そういうことですわ。」
「了解。ごめん話逸らして。」
「大丈夫だ。いつもの事だ。」
薄く笑う彼の表情には何か哀愁を感じられた。
しかし、誰も何も言わないが恐ろしい。彼はこの話題において孤独である。
「はっはっは。じゃあ、アーツの調整が終わったらこのメンバーでどれだけ戦えるかを慣らしに昨日と同じとこいくって感じでオッケー?」
何事も無かったかように普通に話題転換をするジソウ。
それにリミカはそうですねーとのん気に相槌を打つ。
しかし、何かを思い出したのか、「あっ!」と声を上げるものがいた。クレナイだ。
「そういえば、君たち。昨日は東で蟹をひたすら狩ってたんだって?」
昨日、リミカとの会話を思い出した彼女はそう尋ねる。だが、腕を組み、表情は硬い。
というのも、彼女はリミカの話を聞いたときに覚えたこの阿呆な男どもへの怒りを思い出したのであった。
「そ、そうだけど?」
「そうだけど、じゃないって。東? テスターでもないのに、しかもよりによってなんで蟹なのよ。普通狙わないわよ。魔法に敏感で、総力で潰しにかかってくるって知らなかったの?」
そんなわけないよね? といった圧力がヒシヒシと伝わってくる。
だが、実際にそんなわけであったことが解っていながら、の問いかけである。
「……知らなかったな。」
「はぁ?!」
相良はチラッとリミカを見てから視線を下方に向け、申し訳なさそうに首を掻いた。
クレナイは少し追い込む意味を込めて強く反応をする。隣のリミカの肩がビクッと震えて申し訳ないと思ったが表情には出さないように努める。
相良に視線を向けられたリミカは何がどうか分からなかったが、この突然の雰囲気の変化にオロオロするばかりである。
「昨日話を聞いたよ。君たちは男だし、なんだか戦うって事に慣れてるみたいだから別にいいんだけどさ、彼女の事をパーティーに入れたって事を考えずに、さらにはこれから戦う相手のことも知らずに、よく無茶をしたもんだよね。何か理由あるの?」
「それはだな…。」
「特別な理由は無いよ。」
試すようにそう尋ねるクレナイ。
相良が詰まったところで助け舟というわけでもないが、ジソウが被せた。そして続ける。
「あれは俺がテンション上がっていた所為でもあるし、もともと相良と俺の取り決めで、何がいるかを見るぐらいはいいけど調べはしないっていう一種の縛りをしていた所為で起きた事だ。」
「そんな、私も調べて無かったですし!」
私も悪いんですとリミカはそう言う。
「うん、そうだね。でも、難易度が少し高いって事を俺は知っていたのに、あのときそこに行こうと俺が決めただろ? 要はあのとき俺がパーティーのリーダーみたいなものだったんだよ。結果、仲間を危険に晒したわけだ。」
「え、あれ。で、でも、私も了承しました。話して決めた事で誰が悪いとかはっ!」
頭の中がグルグルしてきながらも、どうにか彼一人が悪者にならないように言葉を紡ごうとするリミカではあったが、彼自身で否定してしまうのだからどうしたらいいのか分からなくなってきてしまう。
こういった、揉めたときを経験したことがほとんど無い彼女は生来の優しさで動いてしまう。
「ありがと。でも、あのときは俺に責任があったんだ。所詮ゲームだし、死んでもペナルティーを受けて町に戻るだけだけど、団体行動を取っていたわけだし、安全を考えたプレイは必要だ。それに抑えられているとは言っても少なからず痛みを伴うしね。」
結果、そう言われてしまうと、うぅ~と黙り込むしかできなかった。
それを見てジソウは思わずふっと頬を緩ませた。
「だから俺の顔を立てると思って“今”は謝らせて。」
「うぅーん。わ、かりました。」
「ごめん、ありがとう。」
肩を落とし、居心地が悪そうではあったがリミカは頷く。とりあえず納得する事にした。
それを見て聞きわけのいい子で助かるわーと微笑むジソウ。
「ふーん。私は、いい考えだと思うよ。うん。俺が悪い、ごめん。これが出来るのって必要な事だよね。」
――ま、色々簡潔じゃなかったけど。
そうは思ったが、野暮なので言わずにおく。これで逃げるような事ばかり言い出すような輩であれば無理矢理でもリミカを連れてここを出ていた。
結果、そんな必要は無かった。何様かと思われるかもしれないが目の前の男なら理解してくれるだろう。
「で、今はって?」
だが、気になった部分にメスを入れることは忘れない。何を言わんとしているのかは考え付いているが。ある意味礼儀のようなものか。
「いや、なんてことはないんだけど。」
そう言いつつ隣の相良の肩に手を置く。
「今の聞いた事を踏まえて、この先、俺とコイツはこのプレイ方針でやっていくことは確定なんだわ。もしそれが無理そうだと思ったなら今パーティー抜けてくれってこと。でも、それでも付いていきたいといってくれるなら、今後、大変であっても笑って欲しい。あ、意見は言うなってわけじゃないからな。退かぬ媚びぬ省みぬって精神じゃなくて、このパーティーの楽しみ方、みたいに捉えてくれ。」
「右に同じく。」
非常に簡単に同意されていい身分ですなとジト目を相良に送ったが、彼は目の前に視線を向けていたのでそれには気がつかない。
意味無く続けるのも虚しいと思ったのですぐにジト目攻撃は止める事にしたジソウである。
と、止めたところで、丁度リミカが勢いよく手を挙げた。
まだそれ続けるんすかリミカさん。なんともアホ可愛いな。と失礼な事を思いつつジソウは促した。
「はい、リミカ。」
「はい! えっと、私は大丈夫です! 昨日のアレ、大変でしたけど、すごく楽しかったです。これからもお二人と遊びたいです! ……あと、出来れば、クレナイさんとも一緒に、がいいです。」
ズッキューン。
もし擬音が表現されるのならばそれが正しい。
ハートを射抜かれる音だ。
上目遣いに妹系美少女に最初は勢い良く、そして次第に恥ずかしそうに語尾が弱くなっていくという流れを完璧にこなされたのだ。しかも天然に。
クレナイはそれを間近で、しかも自分に向けられた為、ほふぅと意味不明な声を出したかと思うと鼻辺りを押さえつつ顔を逸らした。
顔を見なくても分かる。彼女は今心中では、予期せぬ御褒美に感謝し、狂喜乱舞している事だろう。
「――ありがとう、リミカちゃん。さっきは雰囲気変にしちゃったけど、私もジソウ君達とゲームできたら楽しいかもって思ってる。」
ようやく話せる体制が整ったクレナイは少し間が空いていたことで不安そうにしていた彼女を宥めるかのような笑顔を浮かべた。どうやら、それは先の言葉もあり効果はあったようで、喜びの表情になっている。
それを見て、何ナノこの生き物。可愛すぎでしょと思いながらも、手を対面の男へと差し出す。
「ジソウ君、これからよろしく!」
「おう、よろしくな!」
ジソウは彼女の差し出した手を握り返し、堅く握手をした。
一方、それを見ていたリミカがソワソワしていた。どうやら二人の握手という行為が羨ましい様だ。
ジソウは隣の朴念仁のわき腹を付いてけしかけようと思ったら、その前に太く大きな腕がリミカへと差し出された。
その行動に思わず、ほぅと小さく声が漏れてしまったが、幸い相良には聞こえなかったようだ。
「リミカ、宜しく。」
「はい! よろしくお願いします!」
ただ、彼らしく、短く一言。
だが、リミカはそれに満面の笑顔で応じた。ただし、手の平の大きさにずいぶんと差があったので、両手で包み込むような形になった。
一方、同じく食堂にいた男だらけのパーティー
A「おい、あっちの席の飯の量見ろよ」
B「うっわ。やばい量のかに料理。いや、それよりオニャの子に視線送れし」
A「あ? って、なんだあの美少女と美女」
C「おいおい、人の顔をそんなに見るもんじゃ!?」
D「ビショウジョ? この世界だと大量生産品だろ?」
A「そうだな。そうそう。はははは」
B「二人もモノホンの可愛い連れとかあるあ……あんのかよ! おい、違和感ねーぞあれ」
C「な、なんだってー」
B「は、ははは。あれが、純粋種か」
A「嘘だろ。嘘だと言ってよばーにぃ!」
C「うっは。その美少女1がもの凄い綺麗に、しかし、猛スピードで平らげていきます」
D「あのチビも負けてないぜ!」
A「リア充、爆発しろ」
ABCD「「「「ぬわー!!!!! なんだあいつらイチャイチャしやがって!」」」」
A「手を握るとかマジギルティ」
B「くっそくっそ。羨ましくなんかないんだからね!!」
C「これは、晒し上げか? ん? 晒しちゃうか?」
D「氏ね! リアル充実してるとか、って、ここリアルじゃねえ。ざまぁ! ざまぁ……」
A「おい、バカやめろ。死にたいのか。」
B「うっう。おがあじゃーん。」
ピンポーン♪
『警告。言葉には気をつけましょう。』
「「「「ぐぬぬ」」」」




