宿屋【1】
ようやく投稿です遅くなりました
相良の朝は早い。
いくら夜更かしをしようとも日が昇る頃になぜか目が覚める。
なんというのだろう、日の光の気配というのだろうか、それを体が察知すると自動的に目が覚めるのだ。
周りからはなんともうらやましいと言われたが、個人としては非常に厄介な体質だと感じていた。
だが、今回は違うはずだ。
そんな確信めいた思いが胸中に渦巻く。
なぜなら現在、相良が居るのは人工的に作られた世界であるゲームの中なのだ。
そこで浴びる日の光にいかような意味があろうか。
いかような影響を俺に与えようか。
成長? なにそれおいしいの? 俺にはもう十分である。
一応、この世界、太陽を見たり、暗いところから急に明るいところへ出たりすれば、現実のように「眩しい」と感じるように出来ているが、日の光を受けることで、暖かいと感じたり唇が乾いたり、肌が焼けるなんていうことは起きない。
――紫外線なんてなかったんや、この世界は!
――っと。落ち着け、俺。紫外線がないかどうかまでは断定する事は早計であるとしても、そこまで再現する必要は無いということだろうか。一々再現していたら容量やら処理が大変な事になるだろう。しかしそれは知らなくてもいいことである。
ここで大事なことは、光の気配が薄いということだ。もしかしたら自由に無生産に惰眠をむさぼる事が自分にも可能なのではないだろうか! という点だ。
――そうだ、俺は寝るんだ!
あほらしいといわれるかも知れないが、自分には重要な事項なんだ。
毎朝五時頃に目を覚ましては寒風摩擦をする祖父に言われた、あの『お前はおじいちゃんか?』という言葉の無念を晴らす!
「……ふむ。」
かくして、相良は目が覚めた。ボリボリと頭を掻きつつ思う。
いつも通り実にスッキリとした目覚めだ。ただ、詳しくは思い出せないが現実と夢がごっちゃになったなにやら変な夢を見た気がする。しかし体調は万全だ。昨日の疲れや酒も残っていない。
――今は何時だろうか?
家にいる感覚が抜け切っていないため、体を起こした相良は『慣れ』で時計があるはずのベッドから左の棚を見ようとしたが、そこに何も無かった。
「ん?」
そもそも、何故ベッドなんだ。家は布団だろう。一瞬頭が混乱しそうになる相良。しかし、ふと、ここが宿屋で自分とジソウが利用している一室だったことを思い出した。
視線を右に移すとジソウがもう一つのベッド上で、うつ伏せになり尻を持ち上げながら眠っていた。苦しくは無いのだろうかと思う彼の寝相。そして、それはとても見苦しいものであった。
昨晩はほとんど倒れるように寝てしまったので部屋を見ていなかったなと思い相良は、ジソウから周りへと目を移した。
だが特に見るようなものは無かった。いや、決して見る価値も無かったと言うことではなく、見る物自体が無かった。
テレビも冷蔵庫も電話も。はたまた、イスやテーブルなどの調度品すらない。このような殺風景な部屋を目にすると、やはりここが現実ではなくゲームの中であり、現在自分たちはそこに閉じ込められているのだと実感した。
「っと、そうではなかった。時計だ。」
もちろん部屋には時計もなかったのでメニューを開き、『ワールド』と書かれた欄を選択し、開く。
そこには世界の名前と今いる国の名前、現在地名や時間が表示されている。相良はその時間の部分に眼をやる。表示は二種類あり、一つはハイローズの時間で、もう一つは日本の現在時間だ。相良が見たのはもちろんハイローズの時間である。
『五時十五分』。そこにはそう表示されていた。
「なっ……」
頭を抱えて「なぜだっ!」と叫ぼうとして、ここは一応宿屋なのだし、こんな朝っぱらから大きな声を出してしまえば周りの迷惑になると理性が働いたため、すぐにその言葉をのど奥に押し込めた。難儀で律儀な性格である。ただまあ、ジソウだけなら恐らく止めなかっただろうが。
――後々にひょんなことで彼は知ることになるが、実は部屋毎に空間が隔離される仕様になっており、いくら騒いでも大丈夫なのである。ただし、侵入が不可能な完全に安全な密室と言うわけではなく、合法非合法に限らず扉と窓からは出入りできるので注意だ。
「ふっ、命拾いしたな。ジソウ。」
ちょっと彼は動揺しているようである。
今の自分の発言を頭の中で反芻して、自らのテンションの可笑しさに頭を抱えて自己嫌悪をした。
その後、深くため息を吐くと、完全に眠気が無い事を確認。ベッドより這い出て、壁に立てかけていたロングソードを掴み腰に括り付けると、そのまま宿屋の裏にある庭に出た。
「ふむ。清清しい朝だと言いたいが、あまりそんな気分ではないな。」
物干し台が入り口近くにあったので、とりあえずそこから離れ庭の中央辺りに立った相良は、そう呟きながらも入念に準備運動をして体を解し、次に肩幅まで足を開くとロングソードを下段に構え静かに瞑想を始める。
この瞑想は、幼い頃何か眠くなる事はないかと探していた時に師匠である祖父に尋ねた際に教えてもらったものだ。
当時、その理由を聞いた祖父は変な顔をした。しかし当時の小さい相良にとって重要な事であった。
というよりも、目の前のこの男の所為でそんなことを考えるようになったのである。ジジイ呼ばわりは子供の相良に結構な影響を与えていたのである。
一方そういった事情なぞ知らない祖父からしたら、そんなのは精神科にでも行っとけと言いたいところではあった。あったのだが、なにより可愛い孫の相談であった。仕方ない考えてやろうではないかと思い直し、悩んだ挙句、祖父は今の彼が行なおうとしている『瞑想』を提案した。
彼は言った。『コレはひっじょーに眠くなるぞ。瞑想というのはただの睡眠導入作業だ。やると俺は寝る。だからお前も寝る』と。
なんと無茶苦茶でテキトウな事を言う人なんだ全く。と、今なら思うが、その時は小さな幼子であり、また大好きな祖父の言葉でもあるので何も考えなかった。
それならばと、幼い相良は祖父の手ほどきを受け素直に実行した。
しかし、一向に眠くなる事は無かった。
相良はこれもダメかと落胆したが、傍らで祖父は相良の集中力に驚嘆していた。物静かだが意志の強い子だと常々思っていたがここまでだと思っていなかった。
祖父はそれ以降、修行の一環に取り入れるほどになった。幼い相良には眠れないなら動くわけでもないし、なんの意味もないじゃないかと半ば嫌々であったが、師匠の言葉は絶対なので従った。
――ピロン。
「ん、なんだ?」
小一時間ほど深く深く集中し、気を静めていた相良の脳内に軽快な音が響き、ふと嫌な予感がした相良は、開いているかどうか分からない糸目と称される(ほとんどジソウしか言っていない)細い目をスッと開いた。
「……ああ、これか。」
思考が鋭敏になっていた相良はすぐ原因に思い当たった。そして称号が増えていないかを確認したのだが、何も無かった。
何も起きていない事に、なんだと肩透かしを食らったが、再びジソウの時を思い返し、次はアーツのストレージを見ることにした。するとそこには取った覚えの無いアーツがあった。
【瞑想】
――系統『感覚』
『思考を加速し一点に集中せよ。静かなる感情は精神をより高みへと昇華させる。』
効果・知力小上昇、状態異常耐性小
技・体感時間上昇
「は?」
アーツ『瞑想』の詳細を見る。状態状耐性とは随分と良い効果だと思いながら、次の表示が出ていたので無意識に読み進めてみたのだが、そこで目が点になる相良。
何度か目を擦り、何かの見間違いじゃないかと瞬きをするも、表示は変わらない。ということはそういうことである。
「ちょっと待て、ちょっと待て。これは? とりあえず……装備か。」
技を詳細表示しようとするが灰色のまま何の反応もしない。では装備をしてからかと考え付いたので実行する事に。逸る気持ちを抑えつつ、ついでとばかりに枠が8個のアーツ盤への入れ替えを行うことにした。前のアーツ盤はストレージへしまっておく。
一つ一つアーツマテリアルを嵌めていき、最後に瞑想のアーツマテリアルを填め込み、盤自体も装備する。
――ピロン。
「ぇえっ?」
動揺に追い討ちをかける無慈悲な祝福音。相良が情けない声を上げる。
「こ、今度は一体なんだ?」
いったい何が起きているのか、理解不能な状況、立て続けの報告音にいつもの調子を奪われる。とりあえず何か変化が無いかをチェックしようと思い立つ。
――が、
ピピピッ。ピピピッ。
立ったところでこれである。強制的にウインドウが立ち上がり、文字がそこに表示された。
『NEW! 技の解放』
すると直後にWM、要するに全プレイヤーに向けて運営側からのメッセージが届いた。
「あぁもう、くそっ。しようがない。毒を食らわば皿までか。」
意を決すると相良はメッセージを開く。なんだか嫌な予感がヒシヒシとしてくるが、無理矢理それをどこかに追いやって、もう気にしないこととした。なるようになれだ。
『プレイヤー・相良が【技】の存在を発見、獲得しました。これにつきまして、今まで封印されていた各種【技】の解放が行われます。以降、特定のアーツマテリアルや土地、人物、アイテムなどにより技の継承が可能となります。また、【技】の解放によって伝承者・探求者と呼ばれるNACが出現します。彼らと特殊な関わりを持つことによって様々な恩恵をプレイヤーの皆様にもたらすでしょう。ハイローズを冒険する際にそれらはとても役に立つはずです。是非ともお探ししてみてください。』
「おいおい。名前が公表されるのかコレ。」
ゲーム内で名前が知れ渡ると思うと頭が痛くなってくる相良。
「しかし、技はあったのか。封印って言い回しが気になるが……恐らく初期で手に入るアーツにも技があるものもあるのか。表記されていなかっただけで。俺みたいな奴が瞑想のようなアーツを手に入れ装備する事で初めて、技が今みたいに一般にも解放されると。えぐいな。」
そう相良は推察した。恐ろしい事に相良の考えはかなり良い線をいっていた。
一方、開発部の面々は一日も経たずに【技】が解放されるとは思ってもいなかったので、システムから報告があった瞬間、何人かは驚きで二度見をしては硬直し、何人かは信じずスルーし、ハイローズの世界をモニターで監視していた男は嬉しそうに無精ひげを擦った。
その後、報告が本当だと開発部内で確認されると何人かは崩れ落ちていたとかいないとか。まあ、余談である。




