海道ーソーンー【2】
この場所には主に蟹型のモンスター、カタイガニが沸くポイントであるようだ。ワラワラとそこかしこに点在している。
体色は灰色、ごつごつとした岩肌のような甲殻を持ち見た目からして非常に硬そうだ。ただ動きは非常に緩慢で攻撃も鋏での大振りだけなので、焦らなければ余裕を持って闘うことが可能だ。
しかし、それは一対一の場合の話なのだが。
「ざっけんな! 何だこの数っ?!」
「ひ、ひっ!」
「ぐ、一撃が重い。リミカ、お前は俺の後ろに来い!」
「う。……は、はい。」
ジソウは四匹のカタイガニに囲まれ、相良も五匹を正面に相手取っている。
数的にはどっこいどっこいだが、ジソウは囲まれながらも攻撃を避け続けて、余裕が出来ると攻撃を返せている。
一方で、相良はリミカを背後に回し守りながら戦っているためあまり大きな回避行動を選べず、また遠心力を伴った重たい攻撃を真正面からは止めることが出来ないので、受け流さなければならなかったのでほとんど攻撃に移れない。
「くそっ。遅い。ステータスが低いからか。」
相良は舌打ちをせざるを得なかった。自分の体がこれ程思った通りに動かないことがストレスになるとは知らなかった。
外と中での運動性能の差が相良を苦しめる。
せめてリミカを遠くに逃がし、安全なところから相良たちが補助を得られればそれなりに戦えそうなものだが、こうなった原因が彼女の魔法使用によるリンクだと考えられたので、戦闘能力が低い彼女をおいそれと一人にさせられないのだ。
現状、逃げるのも多勢に無勢、相手の動きが遅いからといっても自らのステータスが難しいといっている。なんとか攻撃できているジソウが打開できればいいのだが、持久戦になるだろう。
「えっと、えっと、私は、ど、どうしたらいいでしょう。わ、私のせいで、私が……!」
この事態になった経緯だが、戦闘を始める前の準備としてジソウにリミカが腕力強化を施そうとした瞬間、周囲にいた九匹のカタイガニがノンアクティブ状態からアクティブ状態へと一気に変わり、一斉にリミカに襲い掛かってきた事から始まる。
「それは違う。」
「そ、うだ。全然リミカの所為じゃねーから。俺らだって、コレが魔法でリンクする特性あるなんて知らなかったし。」
どうやら魔法にこのモンスターはとても敏感のようだった。
一見して物理攻撃に強そうな外見であるため、その逆の魔法耐性は高くないのだと考えられれば、その分、魔法への警戒心が強いということに繋がるのだろう。
一度魔法を使えば最後、現在いるモンスターからヘイトをリミカが一気に集めるだけではなく、さらに周囲からカタイガニを集める事になってしまう。
とはいえ、誰もわからなかったんだといくらジソウが否定してもリミカは責任を感じてしまっている。
たった一人で、楽しいはずのゲームで、好ましくない負の感情を溜め込んでしまいそうになっている。それは駄目だとジソウは思う。
「まあ、見てろって。必ずどうにかしてやる。」
相良もその言葉に同意だ。そして、ジソウのその言葉を聞き、スイッチが入った。
「ぐっ。……そうだな。その通りだ。俺がどうにかしてやる。」
「ど、どうにかって、でもどうやって?!」
リミカは二人の心強く優しい言葉に泣きそうになった。
しかし、何も方策がないのにその言葉に容易に縋り、甘えてしまう程リミカは子どもではなく、このパーティーのお荷物でいる気などさらさら無い。これから一緒にやっていくのにお飾りや人形でいるなんて真っ平ごめんなのである。
……何か、何か自分にも出来る事を考えないと!
その心の声が聞こえたのか分からないが、相良はとんでもない事を言った。
「支援魔法だ。最初は俺に敏捷強化を、その次は腕力を強化だ。ジソウは俺に腕輪をよこせ。」
リミカは一瞬何を言われているのか理解できずに呆然としてしまうが、相良の早くしろという言葉と、何度目かのガリガリガリという鋏をロングソードが受け流す音が気を戻す。
だが、何を意図して行動の遅い相手であるのにわざわざ敏捷を強化しろと言っているのかが理解できない。ましてや、またモンスターを増やしてしまうのではないか――。
相良は躊躇するリミカをとりあえず後回しにすることにして、ニヤリと口の端を歪めると、ジソウに問いかける。
「こいつらなんぞ、俺には他愛の無いただの蟹だ。何十匹いようが敵じゃない。そうだろう、宗二?」
「っ! ああ。その通りだ。ほら投げるぞ、受け取れ!」
自信満々の相良の言葉にはっとしたジソウ。彼も意外と焦っていたようだ。こんな初歩的なことを忘れていた。
「リミカ、コイツの言う通り魔法を。相良を信じろ!」
相良は強い。こんな動きの悪い彼は現実世界では見たことが無い。
「は、はいっ! 分かりましたっ。」
リミカは覚悟を決めた。信じろという言葉も決定打になった。
やけくそではなく、これは信頼という。
「【ターゲット・相良】総て駆ける力、纏い解放せよ【流動】!」
「ぐ、ぐぬ。」
相良は大挙してリミカへ襲い掛かってくるモンスターの前に躍り出ると拙いながらもなんとか押し止める。
案の定、カタイガニはリミカが魔法を唱える前に行動を開始した。だが、そんなこと百も承知、相良が止めている間にリミカは臆することなく最後まで詠唱を言い切る。
敏捷を強化とはすなわち、ただ足の早さが上がるだけではなく、全ての挙動がスムーズに行えるようになる事である。
それは腕を振るう速さや脚を振る速さだけでなく、体を捻るときや口を動かすのにも反映される。
「軽い。」
相良は思った以上に効き目があったことに気付き、驚く。
これならばさきより二歩多く、一振り多く体を動かせる。位置取りはスムーズに取れ、紙一重の回避が取れる。比べ物にならないほど余裕を持たせられるだろう。本当にファンタジー様様だ。
しかし、ここで驚いているだけならば木偶も良いところ。そして彼は木偶ではない。
『お前らの相手は俺だ!』
相良は【睨み付ける】と【大声】の二重で挑発アーツをつけている。
まだほとんど使ってはいなかったので熟練度が上がっていないのだが、序盤のモンスターなので問題なく引き付けることに成功した。しっかりリミカの魔法発動のヘイトを上回っている。
「【ターゲット・腕】逆巻く力、収めよ静かに【パワーアップ】!」
『おら、かかってこい!』
さらに相良に腕力強化の魔法がかけられる。
敏捷と腕力強化、ジソウから受け取った腕輪の効果のおかげで鋏の大振りを危なげなく受け流す事が可能になり、攻撃に転じる事も出来るようになった。
これで四割か。カタイガニ六体を相手取りながら相良は己の感覚を探る。
これならば、先ほど二度の魔法発動によりさらに一体カタイガニが追加されたがさして問題はない。
むしろアイツは大丈夫なのかと、視線をジソウにやると、向こうでは三体と相手をしているのが見えた。いつの間にやら一体を倒していたようだ。
と、相良が思っているうちにもう一体をジソウは倒した。カタイガニが光になる。
今、あいつには腕輪が無いっていうのに、……これは負けていられない。
戦闘には自信が少なからずあった相良は後れを取っている事に対抗意識を燃やす。
「おーい、そっち大丈夫か? なんか俺の打根ちゃん、こいつと相性そこまで悪くないみたい。うおっと。つーか、むしろ良い?」
一方、相良にそのように思われているとは露にも思わず、戦闘中に余所見をしたため危なく胴に鋏をぶち当てられそうになり冷や汗をかくジソウだが、余裕がある。
というのも、これは打根が特殊な武器枠に入っている事が挙げられる。この武器は斬撃と投擲の二つが介在しているのだ。
ハイローズでは投擲で使われるものは基本、使い捨てで、単体攻撃力がそこまで高くない。
しかしその代わりにダメージ計算が他とは異なっていて、それは、当てる場所により一種の防御力無視のダメージを与える事が出来るというものだ。その場所というのは勿論、急所である。
ジソウはそのような詳しい仕様は知らないが、石ジャグリングでの成果の一つ、戦闘中でも投擲を無意識に自然に行えるようになっていたり、微弱ながらもアーツ【勘】による弱点へのリードがあったりしたおかげで、結果、目の前のモンスターを殲滅することに成功した。
「相良、こいつらの弱点は、鼻っ面っ!」
リードされているとは気付きはしなかったが、なんとなく気になるそこが他と明らかにダメージの通りが異なる場所である事は分かった。つまり、そこがどういった場所なのかにも気付いた。
ジソウは飛び込みざまに打根を一体のカタイガニの弱点に打ち込み、気をそらす。
「なるほど、そこか。」
相良はそれを聞くとすぐさま目の前一体の鋏を上に弾き、がら空きになった弱点部位に強化された腕力をフルに使い、強烈な一撃を食らわせた。
半分はあったHPのバーがその一撃でゼロになると、カタイガニは力が抜けたようにガシャンと崩れ落ち、そのまま光になる。
「……リミカ、まだ魔法はいけるか?」
「余裕です!」
「ジソウにも同じように補助をかけてくれ。」
「でも、増えちゃいますよ?」
「もういくら増えても大丈夫だ。」
「分かりました。じゃあ、ジソウさんいきますよ!」
「あいよー。」
リミカはそう強く返事をすると、ジソウに向かって支援魔法をかけた。「お、おお? こいつぁなかなか!」そんな声が聞こえた。どうやらお気に召したようである。
これでまた追加でリンクされてしまったが、もう安定したこの三人組からしたら、それはただのカモでしかない。
『来いよ。今日は蟹なべだ!』




