海道―ソーン―【1】
「うわー。きれーい!」
「おっ、これはすごいな。」
「これはなかなか。」
ジソウたち御一行は海道をモチーフにしたフィールド『ソーン』へと足を踏み入れた瞬間その景観に見とれた。
ソーンは青い空、白い雲、照りつける太陽、光反射する穏やかな水面というリゾートを忠実に再現したようなビーチと道幅は丁度二車線分の広さの道路そして背の高い木々が鬱蒼と茂る森林の構成である。
砂浜は丁度時間帯が昼を少し過ぎた頃なのもあり、これで真夏日のような気温であったならばバカンスの始まりだ、泳ぐぞ! と洒落込みたくなるであろう。
「しかし、ここが泳ぎのアーツを取って幾人ものプレイヤーが絶望した場所か……。」
しかし、砂浜や浅瀬は特に危険度は高くないが、目の前に広がるオーシャンブルー深くに踏み込めば即危険度が跳ね上がる魔窟なので注意が必要だ。
現在、アカプルコ近隣の海外産業が壊滅的な状態で、一度船を出せば、やれトビウオが一メートルほどまで成長したかのようなモンスターが超高速で飛来し船体を蹂躙し、やれ全長五メートルのウツボが網を食いちぎり、夜間はというと百の手という亡霊が船員を海へと引きずりこむなど、常に死と隣り合わせのとても漁に出る事が出来ないような状態だからだ。
「こんなに綺麗なのに、泳げないんですよね。」
「浅瀬で遊ぶ程度なら危険は無いらしいね。」
βテスターも勿論この現代日本では早々見られない素晴らしい海に感動した。そして泳ぎのアーツを手にしたものは裁縫職人に頼み込み水着を作ってもらうと遠泳を敢行する。
だが、浅瀬で出てくるモンスターが強く無いのは油断を誘う罠だった。
漁師の話で危ないから沖には絶対出るなという注意をただの定型文だと気にしなかったプレイヤーたちが悪く、漁の現状と出てくるモンスターの話も聞いていたがこんな序盤で登場するはずがないと楽観視してハイローズという世界と製作者を見くびっていたのが災いした。
『シームレス』
これがこのとき猛威を振るった要因である。
そう、フィールド同士でほぼ繋ぎ目が無いのだ。マップを確認すればフィールドを移動した事を確認できるが海のように景色が早々変わらない場所では認識する事は不可能で、まして、泳ぎながらマップを操作するなんて思いつかなかったはずだ。
そしてシームレスは、モンスターにも適用される。
海フィールドは特にそれが顕著らしく、出現するモンスターレベルが雑多になっている。
「そーそー、お前ら、『リアルジョーズ』見た?」
ジソウがそう呟いて身を震わせる。
「はい、ちょっとあれは泣きそうになりました。トラウマですよ。」
『リアルジョーズ』とはハイローズ関連のSSに上がっていたものである。
意気込んで遠泳に出た男女三人パーティーのβテスター達がトレースシャークという鮫型のモンスタ―一体に無残にも蹂躙されている場面を、本職がカメラマンだったという襲われたうちの一人がやけくそ気味に撮ったSSがそれだ。
最後のSSはまさに自分が食われる瞬間、大きく口を開けたトレースシャークの姿であった。ちなみに、トレースシャークはレベル40で平原に出る最弱のマッドスライムがレベル2、砂浜に出る最弱のサークルフィッシュでレベル5なのだからその強さは推して知るべしだろう。
そのSSがネットに上がりその衝撃画像が広まると、それまで海の危険さに直面して死に戻りしてもリゾート気分で泳ぎに出ていたプレイヤーですら自粛するようになっていった。
「まっ、海の中に入るつもり無いし。見るだけでも十分の場所だけどな。」
「……ジソウ、話はもういいか?」
「あ、悪い悪い。」
「いや。」
相良が戦闘体制は準備万端といった様子でジソウを促すように話しかけると、それに気がついたジソウとリミカも準備をした。
「じゃー早速、いってみますか!」
「はいっ。」
「おう。」
そう言ってジソウ達はモンスター除けが施されているので安全地帯となっている門前ロータリーから出て浜辺に足を踏み入れていく。ちらほらとソロや、二人三人で組んでいると思われるプレイヤーたちが思い思いの武器を手に戦っていた。
「やっぱ、人少ないな。予想が当たって良かったわ。」
「ですね。ただ、見た感じ、いいところ取られちゃってますね。とりあえずもう少し奥行きませんか?」
「そうだな。人の居ない所の方が動きの確認もしやすいし戦いやすい。」
「おっけー。観戦しがてら探索しがてら行くか。」
リミカの提案に乗っかり、広い砂浜を街から離れるように東へと歩いていく三人。
道すがら5つのパーティーとソロ一つと遭遇した。
その中でも、火属性のファイアアローのタイミングを合わせて放っているのか、マシンガンのごとく途切れずに巨大な海亀、シーシェルの甲羅にぶつける凄まじい魔法使い三人組や、前衛と中衛の二人組の息がぴったりと合っていて、彼らより二倍のサークルフィッシュ四体を相手にしても受けと攻めの流れるような動きで各個撃破していくパーティー、素手でパープルシェルという紫色の二枚貝を持つモンスターの硬そうな貝殻に一撃で罅をいれ、三発目でぶち抜く荒業を見せたソロの狼獣人のプレイヤーなど、目を引くものが多く居た。
「へぇー。すっごいな。素手で殻を貫通してんぞ。」
「ハンマーとかで部位破壊なら聞いた事ありますけど、素手でも出来るんですね。」
「いや、あれは素手ではないな。バンテ―ジっていう武器を手に巻いているんだ。」
「バンテージって防具じゃないんですか、普通。」
「ここではナックル系の武器らしい。」
「……素手じゃん。」
いや、確かにそうだが、でも違うんだ。と、反論する相良にでもさーと食い下がるジソウ。リミカまでもどう見ても素手だといわれてしまい、相良が唸っていると唐突にジソウが小声になった。
「リミカ、補助。」
「【ターゲット・腕】。逆巻く力、収めよ静かに。【パワーアップ】。」
リミカがアーツのターゲットでジソウの腕を対象に取ると、早詠みの効果で呪文を簡略化してパワーアップの魔法をかける。
そして、ジソウはある木の上、葉で覆われて暗くなっている部分を見定め一歩踏み込むと、打根をリミカの腕力強化と腕輪の相乗効果でもって思いっきり投げた。
「うりゃ!」
「ギキーッ?!」
遠目のアーツのおかげか、暗いながらも輪郭は見えていたので器用強化の補助もあり、狙い違わず不意打ちの形で命中させることに成功した。
攻撃を与える事で木の枝に止まっていたグリーンモンキーという日本ザルを真緑にしたようなモンスターが落下してくる。
「グ、ギャア?」
「じゃあな。」
そう言っては、地面に落ちる直前にいつの間にか迫っていた相良は、袈裟懸けにロングソードの刃をグリーンモンキーの体に滑らせるように当てて切り裂く。
どうやらクリティカルが発生したようで斬った部分が鈍く光ったのが確認できた。そして、そのまま光の粒となってグリーンモンキーは消えていった。
ジソウの投擲で不意打ち補正が掛かり既に八割方ダメージを負っていただけに完全なオーバーキルで止めを刺したことになる。
リミカは少しグリーンモンキーが哀れに思えた。
「これで五匹目か。リミカの補助、すごい的確だよな。」
ジソウの言うとおり、グリーンモンキーを倒すのはこれで五匹目であった。
海道を歩いていると森の中に彼の気配察知に引っかかるのである。
まだ熟練度が低いので大まかな方向しか分からないが、勘と遠見のアーツのおかげで早期発見、投擲による不意打ち込みの遠距離攻撃が可能になり、安全に戦えている。
今のところノーダメージだ。
「アーツのターゲットのおかげですよ。」
「へぇ、なんで?」
「これ、予想した通り、これのおかげで部分強化ができるようになるみたいです。あと、部分強化のほうが消費MP少なく済むんです。大発見ですよ!」
「ほー、それはすごいな。」
また、ただ支援魔法を使うのと、部分的に支援魔法を使うとのでは精度と質が変わってくる。熟練度が低いのでまだ実感は出来ていないので気がつくことが無い。
「……しかし、ジソウの索敵能力は心強いな。不意打ちとノーダメージ、オーバーキルのボーナスで大分捗っている。」
相良はストレージの新規獲得アイテムを見ながらそう伝える。どうやら何か通常ドロップとは違うものが手に入ったようだ。
「なんかあったのか?」
「ああ、リミカにこれを渡そう。」
相良はストレージから取り出した簪をリミカに手渡した。
「えっと。えっと?」
「どうやらその簪は装飾品で、装備するとMPを10増やすらしい。俺には必要ないからな。」
簪を手にしてうろたえるリミカを目の前にして淡々と説明する相良。逆にジソウが不安になってくる。
「リミカ、プレゼントだってよ。良かったな。可愛い簪じゃん。」
「あの、えと、ププレゼント、あ、ありがとうございます!」
「ん? 気に入ってもらえたなら良かった。」
「は、はい!」
「男性からの初めてのプレゼント?」
「はい! って、あう。はい。」
なるほどどうやら異性から何かを貰う事が初めてで顔を真っ赤にしていたのだろう。ジソウはそういうことにしておいた。少しニヤニヤしているのは誤差の範囲だ。
「よーし、人も居ないみたいだし、もうこの辺でいいんじゃないか? 砂浜に下りてみようぜ。」
ジソウは砂浜に目をやってみると、丁度よさそうな場所だと感じたので、そう言って二人を促した。
リミカさんは女子中からの女子高育ち。




