第9話:鼠王の参謀、夜に目を開く
焚き火の赤い光が揺れる。
アリシアとガルドがフィンの
そばで語り合う声が、静かな夜に溶けていく。
その少し離れた場所で――
長身で細身の影が、寝袋にくるまり“寝たふり”をしていた。
ネズミ族の参謀、リッカである。
寝息を立てているように見えるが、
耳はぴくぴくと動き、
口元の三本のひげ(ネズミ族特有の触角状の感覚毛)が微妙に震えていた。
(……ふんふん……なるほどねぇ……)
完全に聞いている。
アリシアとガルドの会話を、
一言一句逃さず拾っていた。
リッカはネズミ族の王族の血筋だ。
だが――
その風貌は王族の威厳とは程遠い。
長身で細身、
一見ひょろっとしているが、よく見ると筋肉は引き締まっている。
口元には三本のひげ。
ネズミ族の特徴だが、本人はこれを“チャームポイント”と言い張っている。
しかし、王族らしい気品は皆無。
むしろ――
女好きでおっぱい好き。
ナンパに熱心だが全然モテない。
これが参謀リッカの実態である。
リッカが《鉄の梟》に入った理由は――
アリシアの巨乳に惚れたから。
以上。
だが、ある戦いでアリシアが分厚い鉄の城門に体当たりし、
胸の形に鉄がへこんだのを見て悟った。
(……あれは武器だ。
おっぱいじゃねぇ。
岩石だ……!)
それ以来、アリシアを“女として”見ることはなくなった。
むしろ、
あれで殴られたら死ぬ
という恐怖の対象になった。
普段はやる気がなさそうに見えるが、
リッカの頭脳は超明晰だ。
戦略・戦術・地形・補給・心理戦――
どれを取っても天才的。
歴史に名を残す智将たちと並べても遜色ない。
だが、問題がある。
アリシアが突撃大好きで、ほとんど作戦を却下する。
唯一、ガルドが「団長、これは採用すべきだ」と言った時だけ、
リッカの作戦が採用される。
そして――
リッカの作戦が採用された時、
一度の例外もなく勝利する。
団員たちは密かにこう呼んでいる。
“鉄の梟の影の頭脳”
リッカの武器は鎖鎌。
団員の中でも知る者は少ないが、
リッカはネズミ族王家にだけ伝わる秘剣の達人だ。
国にいた頃は、
各国の武術大会を荒らしまわり、
“鼠王の剣鬼”と恐れられていた。
だが――
国を出てからは剣を振らなくなった。
理由は誰も知らない。
本人はこう言う。
「俺より弟の方が王様に向いてたからよ。
堅苦しいのは性に合わねぇし、邪魔になるし、
だから国を出た。それだけさ」
だが、誰も信じていない。
アリシアとガルドの会話が終わり、
二人が静かにフィンのそばに座り込んだ頃。
リッカは寝袋の中で、そっと目を開けた。
(……ふぅん。
ガルドの旦那も、姉御も……
本気であの子を守る気か)
焚き火の光が、リッカの瞳に映る。
(……寝むらぬ民の生き残り。
そして今は深い眠りについている……
あのあどけない少年……)
リッカは寝袋から半身を起こし、
フィンの寝顔をじっと見つめた。
(……なんだろうな。
あの子……ただの子どもじゃねぇ)
ひげがぴくりと動く。
(……宿命ってやつか?
俺は占い師じゃねぇけどよ……
あの子には、なんか……
とんでもねぇ“何か”がついてる気がする)
理由はない。
根拠もない。
だが、リッカの直感は鋭い。
戦場で何度も仲間を救ってきた“勘”だ。
(……あの子が目を覚ましたら……
鉄の梟は、きっと変わるぜ)
◆7 アリシアとガルドの会話に割り込む参謀
リッカは寝袋から抜け出し、
焚き火のそばに歩いていった。
「よぉ、姉御、旦那。
いい話してたみてぇだな」
アリシアが眉をひそめる。
「……寝てたんじゃなかったのか」
「寝てたよ?
耳は起きてたけどな」
「お前……」
ガルドが呆れたように言う。
「盗み聞きか」
「盗み聞きじゃねぇよ。
参謀の情報収集だ」
「同じだ」
「違うねぇ」
リッカは焚き火の前に座り、
フィンの寝顔を見つめた。
「……なぁ、姉御、旦那」
「なんだ、リッカ」
「この子……
ただのガキじゃねぇぞ」
アリシアとガルドが同時にリッカを見る。
「どういう意味だ」
「意味なんざねぇよ。
ただの“勘”だ」
リッカはひげを指で撫でながら言った。
「寝むらぬ民の生き残り。
しかも今は深い眠りについてる。
こんな奇跡、普通じゃ起きねぇ」
「……」
「俺はよ、王族の血なんざ嫌いだが……
王族ってのは“勘”だけは鋭いんだ。
代々、そういう血なんだよ」
アリシアが静かに言う。
「……で、お前の勘は何と言っている」
「この子は――
“何かを背負ってる”」
焚き火の炎が、ぱちりと弾けた。
「それが何かはわからねぇ。
だが、俺たちが思ってるより……
ずっとでけぇもんだ」
ガルドが腕を組む。
「……確かに、そうかもしれん」
「だろ?」
リッカは肩をすくめた。
「俺はよ、運命とか宿命とか、
そういうクサい言葉は嫌いなんだが……
あの子を見てると、どうにもそういう言葉が浮かんじまう」
アリシアはフィンの髪をそっと撫でた。
「……私もだ」
焚き火の前に、三人が並んで座る。
団長アリシア。
副団長ガルド。
参謀リッカ。
鉄の梟の“頭脳と心臓と牙”が、
一つの焚き火を囲んでいた。
「……姉御」
「なんだ、リッカ」
「この子……
守ろうぜ」
「当たり前だ」
ガルドも静かに言う。
「俺も同じだ」
リッカはひげを撫でながら、にやりと笑った。
「じゃあ決まりだな。
鉄の梟は――
この子の家族だ」
アリシアは微笑んだ。
「そうだな」
ガルドも頷いた。
「そうだ」
フィンは眠り続けている。
だが、その寝顔は、
さっきよりも少しだけ穏やかだった。
焚き火の炎が揺れ、
星が瞬き、
森の風が静かに吹き抜ける。
鉄の梟の三人は、
眠る少年を囲んで、
静かに夜を過ごした。
この夜は――
後にこう呼ばれることになる。
“鉄の梟が、運命の子を迎えた夜”
そして同時に。
“鼠王の参謀が、初めて本気で誰かを守ろうと決めた夜”
夜は、静かに更けていった。




