第10話:純白の翼、深紅の爪 ― ハーピィー族ルミナ
フィンが眠る焚き火のそば。
アリシア、ガルド、リッカが語り合う輪から少し離れた場所で、
白い影が静かに翼を畳んでいた。
ハーピィー族の少女――ルミナ。
純白の羽毛が朝露を受けて淡く光り、
その姿はまるで天使のように見える。
だが、その足先にある“爪”は――
鋭く、強靭で、岩を砕き、鉄兜を握り潰す。
あどけない顔立ちと、
戦場で恐れられる凶暴さ。
そのギャップこそが、
ルミナという戦士の本質だった。
ルミナは上空からの偵察を得意とする。
純白の翼を広げれば、
空中を縦横無尽に飛び回り、
急上昇・急降下を自在にこなす。
その速度は、
人間の弓兵が矢を放つより速い。
そして――
敵を掴んだら最後。
鋭い爪が肉と鎧を貫き、
がっしりと捕まれた者は身動きできず、
そのまま上空へ連れ去られ、
地面へ叩き落とされる。
戦場では“白い死神”と呼ばれた。
だが、ルミナ自身はそんな呼び名を嫌っていた。
「わたしは死神じゃないよ。
ただ……守りたかっただけ」
その言葉には、
深い悲しみが滲んでいた。
ルミナはよく言う。
「わたしより、両親の方がずっと強かったよ」
良心――
それはルミナの父と母のこと。
ハーピィー族は魔族ではないが、
かつて魔族軍に所属していた。
ルミナの両親は魔族軍の精鋭で、
前線で戦い続けた誇り高い戦士だった。
ルミナはその背中を見て育った。
空を切り裂く翼。
敵陣を翻弄する速度。
仲間を守るために飛ぶ姿。
ルミナにとって、
両親は“空の英雄”だった。
しかし――
その誇りは、ある日突然奪われた。
魔族が火薬を開発した頃。
まだ不安定で、扱いも危険だった。
火薬玉――
花火玉のような球体に火薬を詰め、
ハーピィー族に上空から落とさせる兵器。
ルミナの両親は、
その実験部隊に配属された。
だが――
火薬玉は空中で暴発した。
ルミナの目の前で。
空が赤く染まり、
純白の羽が散り、
両親は空の彼方へ消えた。
その瞬間、
ルミナの心は壊れた。
「……魔族なんて……大嫌い……!」
幼いルミナは泣き叫び、
そのまま里を飛び出した。
森の中を、
ルミナは泣きながら飛び続けた。
空は広いのに、
どこにも行き場がなかった。
木々の間をすり抜け、
枝にぶつかり、
羽を傷つけながら、
ただ飛んだ。
やがて力尽き、
森の地面に落ちた。
「……もう……どこにも……帰れない……」
その時だった。
森の奥から、
重い足音が近づいてきた。
アリシア率いる《鉄の梟》の一行だった。
ルミナは人間を見た瞬間、
敵意をむき出しにした。
「近づかないで!!」
純白の翼を広げ、
鋭い爪を構える。
アリシアは無表情のまま言った。
「……子どもか」
「子どもじゃない!!
わたしは戦士だ!!」
ルミナはアリシアに飛びかかった。
その爪は、
岩を砕き、鉄兜を握り潰す。
アリシアの胸に向かって――
「団長!」
ガルドが飛び出した。
ガルドは左腕を前に出し、
ルミナの爪を受け止めた。
ミシミシ……ッ!
爪がガルドの腕に食い込む。
普通なら骨が砕ける。
筋肉が裂ける。
腕が吹き飛ぶ。
だが――
「……ふん」
ガルドは微動だにしなかった。
ルミナの爪が震える。
「な……なんで……!?
わたしの爪は……鉄兜だって……!」
「団長は団の心臓だ。守るのは俺の役目だ」
ガルドは静かに言った。
その声は、
怒りでも、威圧でもなく――
ただの“優しさ”だった。
ルミナはその瞬間、
胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……強い……
この人……すごく強い……!」
それは恐怖ではなく、
尊敬と憧れだった。
アリシアはルミナに手を差し伸べた。
「行く場所がないなら、うちに来い」
「……わたし……
人間は……嫌い……」
「うちは人間だけじゃない。
獣人も、亜人も、魔族もいる。
種族なんて関係ない」
ルミナはガルドの腕を見た。
自分の爪が食い込んだままなのに、
ガルドは痛がる様子もない。
その姿が、あの強かった両親、強さと優しさへのあこがれと似たものをガルドに感じた。
そして、人間もいるが様々な種族がいるこの集団は確かにルミナにはここ疎開場所は無いのかもしれない。
ルミナの心を決めた。
「……行く……
けどここに入ると決めたわけじゃない……!」
そうは言ったが、しばらくして団のいごごちの良さを否が応でも感じずにはいられなかった。
こうしてルミナは、
《鉄の梟》の一員となった。
焚き火のそばで眠るフィン。
ルミナはそっと翼を広げ、
フィンを包み込んだ。
その翼は、
戦場では敵を切り裂く武器だが――
今は、
小さな少年を守るための“羽毛布団”だった。
「……大丈夫だよ、フィン。
わたしがいるからね……」
ルミナの声は、
夜の風よりも優しかった。
ルミナはフィンの寝顔を見つめながら、
胸の奥に不思議な感覚を覚えていた。
(……この子……
なんだろう……
すごく……大きな何かを持ってる……)
それは恐怖ではなく、
期待でもなく、
ただの“直感”。
だが、ルミナは知っていた。
ハーピィー族は、
空を飛ぶ種族は、
“風の流れ”に敏感だ。
そして今――
フィンの周りには、
確かに“風が集まっている”。
(……この子は……
きっと……空より高く飛べる)
ルミナはそっと微笑んだ。
「……フィン。
わたしの両親より……
もっと高く飛べるよ……きっと」
夜明け前の空に、
純白の翼が静かに揺れた。




