第7話:鉄の梟の夜明け、そして団長アリシア・ヴァルト
焚き火の揺らぎと、眠る少年
夜の焚き火が静かに揺れていた。
炎は赤く、時折ぱちりと音を立て、
その光がフィンの小さな寝顔を照らしていた。
フィンはまだ眠っている。
その寝顔を見つめながら、アリシアはふと目を閉じた。
(……あの頃の私は、守りたい、守るべきものを守れなかった)
無表情のまま、胸の奥に微かな痛みが走る。
かつて武門で名を馳せた名門の家に生まれた令嬢。
だが、その人生は“令嬢”という言葉から最も遠かった。
代を経るごとにいつしか父は争いを嫌い、母は病弱。
家を守るため、幼いアリシアは先祖が家を起こした家宝の大剣を握った。
先祖代々の遺伝子、血のなせる業なのか
気づけば誰よりも強くなっていた。
ある日、アリシアに政略結婚が持ち上がった。
相手は隣国の皇太子。
隣国には度々、アリシアの国は侵略され領地を削られて劣勢だった。
一時の和平のため。今では何の役にも立たないアリシアの家に屈辱的な命令が下ったのだ。
初対面の日、アリシアは皇太子を見て思った。
(……弱い)
彼は威厳を保つ為か尊大な物言いをするが、アリシアを見るたび怯え、
手を握られただけで震え、
剣の稽古を見ただけで腰を抜かした。
そして決定的だったのは――
「……その……胸は……もっと控えめな方が……」
次の瞬間、アリシアの拳が彼の顔面にめり込んだ。
婚約は破棄。
家を自分が守ると心に誓っていたものが一瞬で崩れ去った。
アリシアは家を出奔した。
流浪の末、アリシアは戦場で生きる道を選んだ。
その強さは瞬く間に噂となり、
腕利きの戦士たちが集まった。
こうして傭兵団《鉄の梟》が誕生した。
アリシアは団長として、
どんな戦場でも先頭に立ち、
仲間を守り、敵を退けた。
だが――
心の奥には常に影があった。
(……あの家を、守れなかった)
ある時、アリシアたちは依頼を受け、
とある勢力の城へ進軍した。
勝敗はアリシア側にすでに決し、降伏勧告の使者として敵の城に入った。
その中心にいたのは、かつての婚約相手だった人物。
彼は国王が病に伏せてから摂政として権力を握り、
アリシアの家はすでに降伏していたが、“反逆者”と決めつけ、アリシアの家を攻め滅ぼしたのだった。
その戦を仕掛けた張本人だった。
玉座の間での再会。
「久しぶりだな」
「ひっ……貴様……!」
「剣を抜け」
「わ、和睦の使者ではないのか」
近衛兵がが数人かつての婚約者の折衝の前に剣を抜き立ちはだかった。
瞬間、アリシアの大剣が風を裂いた。
一閃。
元婚約者もろとも兵士たちとともに胴体を切り離した。
静寂。
アリシアは呟いた。
「……これで終わりだ。あの時殴るだけで無くこうすべきだったな」
アリシアは焚き火を見つめながら、
眠るフィンの髪をそっと撫でた。
(……抱きしめたい……!
でも……折れる……!)
アリシアは深く息を吐いた。
「……フィン。
お前はもう一人じゃない。
私たち《鉄の梟》がいる」
その時、ガルドが静かに近づいてきた。
「団長。報告がある」
「どうした」
「耳飾りを集めながら周囲を調べたが……
森に“人馬の足跡”があった」
アリシアの目が細くなる。
「数は?」
「少なく見える。
だが――」
「見えるが?」
ガルドは焚き火の光の中で、
深刻な表情を浮かべた。
「複数の人馬が、同じ足跡を踏んで行進していた。
少人数に“偽装”している」
「……なに」
「足跡の一つ一つのへこみが深い。
あれほど統率が取れた行軍をする集団といえば……
俺は一つしか知らない」
アリシアは息を呑んだ。
「……まさか」
「そうだ。
高度な訓練を受けた精鋭部隊。
俺が知る限り、この大陸であれほどの統率を誇るのは――
“帝国第一騎士団”だけだ」
アリシアは焚き火を見つめたまま、低く呟いた。
「帝国……
なぜ彼らが、こんな辺境の亜人の村を……?」
「わからん。
だが、これはただの襲撃ではない。
“計画された殲滅”だ」
焚き火の音が、静かに弾けた。
アリシアは眠るフィンを見つめた。
小さな胸が、規則正しく上下している。
その寝顔は、あまりにも無垢で、
あまりにも儚く、
あまりにも守りたくなるものだった。
「……ガルド」
「なんだ」
「この子は……私たちが守る。
何があってもだ」
ガルドは静かに頷いた。
アリシアはフィンの髪をそっと撫でた。
「……フィン。
お前は今日、すべてを失った。
だが――
ここから始まる。
お前の新しい人生が」
焚き火の炎が、優しく揺れた。
フィンは眠り続けた。
それは――
サンテス族、唯一の生き残りである少年が、
歴史上初めて眠りについた奇跡の夜 だった。
そして同時に――
《鉄の梟》が“運命の子”を拾った夜でもあった。




