第58話:影の頭脳と、魔素(マナ)のインテリジェンス
小国家連合の最高会議と、参謀リッカの恐るべき大構想。帝国を「議会制」という鈍足の檻に閉じ込めた、影のインテリジェンス活動。
アークステリア近隣に点在する「小国家連合」。
各国の城塞都市を拠点とする領主たちが、一堂に会する最高会議が開かれていた。彼らは小規模ながらも独立を保つため、過度に他国を刺激しないよう「王」とは名乗らず「領主」と称することを不文律としている。
その円卓の傍らで、静かに眼鏡を拭う男がいた。《鉄の梟》の参謀、リッカである。
「……諸君。自国さえ守れれば十分、というその『善良な内向き思考』こそが、大国に各個撃破される最大の脆弱性であると、いつになったら理解するのかね」
リッカの冷徹な声に、領主たちが息を呑む。
リッカの持論は明確だ。国家の存立規模には限界があり、一つの巨大な統一国家になれば必ず人間の管理能力を超えて崩壊する。ゆえに小国家のままでの連合は正しい。だが、今の連携はあまりにも緩慢で、大国の食指を止めるには至らない。
「連合の課題は多い。だが、時間稼ぎの工作は既に終えてある」
リッカが不敵に微笑む。彼がこの数年、単身で進めていた「帝国工作」の全貌を知る者は、団長のアリシアですら存在しない。
リッカの工作。その鍵は、意外にも魔王城に眠っていた「管理人格アビス」との接触だった。
フィンと父ガイルが魔王城を浄化した際、リッカはガイルの持つ旧世代アクセスコードを密かに複製。アビスの残存機能にアクセスし、それを「超高度諜報演算機」として再定義したのだ。
この世界に地球のようなデジタル網はない。だが、リッカは媒体として「魔素」を利用した。
人間の生活圏に満ちる純粋な「マナ」ではなく、あえて希釈した「魔素」を通信媒体とし、さらにフィンから提供されたナノ技術を融合。人々の生活を阻害しない極薄の魔素膜を大陸全土に張り巡らせ、独自の諜報網――リッカ専用の「インテリジェンス・ネットワーク」を構築したのである。
「ギバザ、報告を」
影の中から、音もなくギバザが現れた。その背後には偵察のプロであるルミナ、そして隠密の長・ラウラの姿もある。
「……リッカの旦那の読み通りだ。帝国の旧貴族たちは、魔素を通じた『偽情報の氾濫』で完全に疑心暗鬼に陥った。そこに工作員を送り込み、民主化の種を撒いておいたよ」
リッカは、ギバザたちのマンパワーをCIAやモサドも顔負けの工作活動に投入した。
情報を統制し、時には貴族同士の不仲を演出し、時には民衆の不満を「正しい方向」へと誘導する。その果てに辿り着いたのが、あの「帝国議会制度」の導入であった。
「独裁は決断が早すぎる。だが議会制になれば、良識的な判断が生まれやすくなる一方で、決済行為は劇的に遅くなる。……侵略という『莫大なコストを伴う野心』を議会に通すのは、至難の業だ」
「皇帝は君臨すれど統治せず」。
この一文を帝国憲法にねじ込むため、リッカは魔素の網と、三人の実力者による直接工作を駆使し、大国の牙を抜いたのである。
最高会議の会場を後にし、リッカは待機していたフィンの元へ戻った。
2メートルを超える父ガイルのガーディアンが、ガシャンと重厚な音を立ててリッカを見下ろす。
『……リッカ。……お前、の、……やり方、は、……佐野、より、……陰湿、だ』
「最高の褒め言葉として受け取っておこう、ガイルの旦那。……綺麗事だけでは、フィンが望む平和な朝は来ない。泥を啜るのは、私の役割だ」
リッカは眼鏡の奥の瞳を細めた。
フィンが「生体核融合炉」という光の力を象徴するならば、リッカはその光が生む「影」を支配する者。
「フィン。帝国はしばらく動けない。……だが、東の『神聖教国』が不穏な動きを見せている。マナを信仰する彼らにとって、魔素を諜報に使う私のネットワークは、いずれ『異端』として衝突することになるだろう」
「……わかってるよ、リッカさん。でも、戦わなくて済む方法が一つでもあるなら、僕はリッカさんを信じるよ」
美青年へと成長したフィンが、真っ直ぐにリッカを見つめる。
リッカは一瞬だけ表情を和らげ、すぐにいつもの冷徹な参謀の顔に戻った。
「甘いな、マスター。……だが、その甘さを守るために、私は今日もアビス(悪魔)と踊るとしよう」
魔素の網が、音もなく大陸の闇を駆け巡る。
リッカの大構想により、歴史の歯車は今、決定的に「管理された平和」へと回り始めた。
リッカさんの「魔素を使った諜報網」という発想、彼の知性が際立ちますね。独裁を倒すのではなく、あえて「意思決定を遅くする」という合理的すぎるアプローチ。
ギバザ、ルミナ、ラウラの三人が実行部隊として動くことで、現代戦のような工作活動がファンタジー世界で展開されました。
次回、第59話。リッカが危惧した「神聖教国」の介入。
そして、平穏を乱す新たな「神の目」との遭遇。
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