第57話:亡国の伯爵と、黄金の翼の再起
アークスハイム家のルーツと、亡命の真実。そして、平和な時代においてもそれぞれの役割を果たす《鉄の梟》の創設メンバーたちの今。
10年後の現在。アークスハイム伯爵邸のバルコニーから、アリシアは遠く連なる山脈を見つめていた。その視線の先には、今は地図から消えた故郷「アルトリア聖王国」がある。
かつての物語は、単なる「冒険」ではなかった。
15年前、エリュシオン大森林から溢れ出した高濃度の魔素は、隣国であった聖王国の首都を飲み込み、魔物の暴走と未知の病を蔓延させた。多くの貴族が、国庫の金と己の家族だけを連れて真っ先に逃げ出す中、アリシアの父であるアークスハイム伯爵だけは、その場に踏みとどまった。
「領民を見捨てて、何が貴族か!」
伯爵は私財のすべてを投げ打ち、商船や馬車をかき集めた。以前から貿易を通じて親交の深かった隣国「アークステリア」への亡命ルートを、自らの財力と人脈を駆使して切り開いたのだ。
聖王国は崩壊し、国民は散り散りになった。しかし、伯爵と共にアークステリアへ辿り着いた数千の領民は、今やこの地で新しい生活を営んでいる。その献身的な行動と経済的貢献が認められ、アークスハイム家はこの異国の地においても「伯爵位」の継承を特例で許されたのである。
――そんな父の背中を見て育ったからこそ、アリシアは《鉄の梟》を創設した。
「守るべき者のために、剣を振るう」という誇り。
「……何を黄昏れているんだい、団長」
背後から声をかけたのは、虎獣人のラウラだった。10年前のあの戦いを共に潜り抜けた彼女は、今や傭兵団の隠密・偵察部隊の長として、その鋭い牙を研ぎ続けている。
「ラウラか。……いや、ちょっと昔のことを思い出していただけさ。父様が領民を連れてこの国に来た時のことや、あんたや旦那と出会った頃のことをね」
「ふん。あの時、あんたが私たちを拾わなきゃ、今頃どこの野垂れ死にか、それともただの野盗になっていたか。……感謝してるよ、アリシア」
ラウラは、アリシアの隣に並んだ。かつての痩せ細った女奴隷の面影はない。今は《鉄の梟》の重鎮として、団員たちから畏敬の念を集める美しき猛虎。
「ところで、旦那……ガイルの旦那とフィンはどうしたんだい?」
「ああ、地下の工房だよ。新しい浄化装置の調整だってさ。……あのアンドロイドの親子は、放っておくと飯を食うのも忘れるからね」
屋敷の地下、1100年前の技術を再現するために作られた広大な工房。
そこでは、全高2メートルを超える重厚な鋼鉄の巨人――父ガイルが、巨大なレンチを手に、一本の配管と格闘していた。
『フィン。……この、継ぎ目、の、……魔素、シールド、が、……甘い。……やり直し、だ』
「わかってるよ、お父さん。でも、今は『核融合』の出力を抑えなきゃいけないんだ。昔みたいに魔王城(原発)を動かすわけじゃないんだから」
フィンは、青年らしい逞しい腕で、青白く光る導管を溶接していく。
隣で作業を補助するガーディアンの父は、時折、その巨大な金属の手で、フィンの白銀の髪を不器用に撫でた。
「お父さん、くすぐったいよ」
『……成長、したな。……あの時、……帝都の、……ポッドの、中、で、……聞こえていた、……お前の、泣き声、は、……もう、……しない』
ガイルの言葉に、フィンの手が止まった。
書き換えられた歴史の中でも、父が部品として扱われた屈辱の記憶は、父の中に刻まれている。それを乗り越えるために、今、二人は「人を救うための技術」を作っているのだ。
「――おーい! 飯の時間だよ!」
工房の入り口から、ガルドが豪快に声をかけた。
二本の分厚い長剣を背負ったライオン獣人の姿は、15年前の街道で出会った時と変わらぬ、圧倒的な頼もしさを放っている。
「旦那、ガイルの旦那も、さっさと上がってきな。アリシアがドレス姿のまま酒場を占拠しようとしてるぜ。伯爵令嬢があんな放漫な身体で暴れたら、邸中のメイドが泡吹いて倒れる」
「……はは、目に浮かぶよ、ガルドさん」
フィンは笑い、核融合の火を落とした。
亡国の痛みを背負いながらも、財力と誇りを失わなかった父。
その背中を見て育った娘、アリシア。
そして、時を超えて繋がった獣人の戦士たちと、一千年の進化の結晶であるフィン。
彼らがここにいる理由は、もはや「復讐」ではない。
壊れた世界を、一つずつ、自分たちの手で直していくこと。
不眠の王としての新しい任務。それは、10年後の新しい夜明けを、家族全員で迎えることだった。
アリシアの父である伯爵の、領民を想う「貴族の誇り」を描写しました。それがアリシアの行動原理にどう繋がったのか、そして聖王国崩壊という凄惨な過去が、今の平和をより輝かせています。
ガルド、ラウラ、そしてガイルパパ。それぞれの絆がより強固になった最終章の序盤です。
次回、第58話。帝国の議会制への移行と、参謀リッカの「政治闘争」。
そしてフィンを狙う、新たな(あるいは懐かしい)影。
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