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第56話:猛き獅子と雌虎、そして「旦那」の誕生

5年前の回想シーン。聖王国での混乱、ガルドとラウラの解放、そしてアリシアとの劇的な出会い。

今から15年前――フィンと出会う5年前の物語である。

 舞台はヴァルガルド帝国ではない。エリュシオン大森林に隣接し、古くからの伝統を重んじる小国家「アルトリア聖王国」の王都だった。


当時、森から溢れ出した高濃度の魔素は、ついに聖王国の首都にまで到達していた。大気は澱み、見えない毒に侵された市民たちは暴徒化し、平和を謳歌していた都は一夜にして混乱の極致へと叩き落とされた。

 この未曾有の事態に際し、聖王国の貴族たちは、ある決断を下す。

「穢れた魔素を祓う聖なる戦いに、罪人や奴隷を混ぜるなど神への冒涜である」

 選民思想に近い彼らの強烈なプライドは、娯楽として飼っていた剣闘士奴隷たちを戦力に加えることを良しとせず、混乱の中で彼らを一斉に解き放ったのだ。


その解放された奴隷の中に、二人の圧倒的な獣人がいた。


一人は、黄金のたてがみを揺らすライオン獣人、ガルド。

 背中には、鉈のように分厚く、重厚な鋼の長剣を二本背負っている。

 もう一人は、しなやかな四肢と鋭い斑点模様を持つ女虎獣人、ラウラ。

 二人は闘技場で命を削り合う「決勝戦」を戦うはずだったが、国の崩壊によってその機会を奪われていた。ガルドはラウラを単なる獲物ではなく、己の命を預けるに足る対等の戦士として認めていた。


「……決勝戦がお預けになったのは残念だが、自由の風は悪くないな、ラウラ」

「ふん、あんたの首を獲るのは別の機会にするよ、ガルド。今は……この騒ぎを抜けるのが先だ」


二人が王都の外縁、森へと続く街道に差し掛かった時、悲鳴が上がった。

 魔素の混乱に乗じた野党の群れが、逃げ遅れた旅人の馬車を包囲し、略奪を行っていたのだ。


「……おい、ラウラ。獲物だ」

「言われなくても。奴隷の鎖が外れた直後に、あんな下衆な真似を見せられるのは反吐が出るね」


ガルドが背中から二本の分厚い長剣を引き抜く。それは剣というよりは、鋭利な刃を持つ鉄塊に近い。ガルドが地面を蹴ると、その巨躯からは想像もつかない速度で野党の群れに突っ込んだ。

 一振りで野党の武器を叩き折り、二振りで防具ごと敵を薙ぎ払う。隣ではラウラが風のような速さで敵の懐に潜り込み、鋭い爪と短剣で急所を突いていく。


だが、野党の数は予想以上に多かった。十数人の増援が現れ、二人が馬車を守るために立ち止まらざるを得なくなったその時――。


「――そこまでだよ、野良犬ども!」


頭上から、陽光を反射する眩い閃光が降り注いだ。

 真っ赤な髪をなびかせ、実家の家宝である巨大な大剣を軽々と振り回す少女。若き日のアリシア・アークスハイムである。彼女はまだ『エクスカリバー』を手にする前だったが、その大剣から放たれる斬撃は野党たちの戦意を挫くには十分すぎるほど苛烈だった。


「加勢するよ、獣人の戦士たち! 腕は確かなようだけど、数は力だ。効率的に片付けようじゃないか!」


アリシアの大剣が旋回し、野党の包囲網を紙細工のように切り裂く。

 ガルドは、自分たちに物怖じせず、むしろ「効率」を説くこの少女の戦いぶりに、思わず笑みをこぼした。

「……ほう。この状況で増援とはな。いいだろう、小娘!」


「小娘じゃない、アリシアだ! あんた、その二本の鉈みたいな剣、見かけ倒しじゃないね!」


三人の戦士が背中を合わせる。ガルドの重厚な破壊力、ラウラの神速の刺突、そしてアリシアの豪快な大剣。

 ものの数分で、野党の群れは這々の体で逃げ出していった。


静寂が戻った街道で、アリシアは肩に大剣を担ぎ、ガルドをまじまじと見上げた。その視線には、獣人への差別など微塵もなく、ただ純粋に「強者」への敬意があった。


「あんたたち、行く宛がないなら私のところへ来ないかい? ちょうど、家督を継ぐ前に自分の腕を試すための『組織』を作ろうと思ってたんだ」


ガルドは長剣を鞘に収め、鼻で笑った。

「俺たちは自由になったばかりだ。人間に使われるのはもう御免だ」


「使われる? 違うよ。私は共に戦う『対等な仲間』を探してるのさ。あんたのその腕、腐らせるには惜しいだろう? ……それに、なんだかあんたを見てると、どっしり構えてて頼りがいがある。まるで、ずっと前からこの荒野を仕切ってる『旦那』みたいだね」


アリシアが何気なく口にした「旦那」という言葉。

 ガルドは眉を寄せ、困惑したようにたてがみを掻いた。

「……旦那だと? 冗談はやめろ。俺はただの放浪者だ」


「いや、決めたよ。今日からあんたは『旦那』だ。ちょっと年上っぽいし、落ち着き払ってるしね。……嫌かい?」


アリシアの屈託のない笑顔と、その眼差しに宿る真っ直ぐな意志。

 ガルドは溜息をつき、しぶしぶと首を振った。

「……勝手にしろ。だが、俺は安くないぞ」


そのやり取りを見ていたラウラの表情が、パッと明るくなった。

 彼女は、ガルドが人間にこれほど早く心を開く(あるいは諦める)姿を見るのが初めてだった。


「……旦那、か。あはは、いいじゃない。確かにあんたには、剣闘士なんて狭苦しい場所より、このお節介な令嬢の横で『旦那』面してるほうが似合ってるよ。……気に入った、私も乗るよ。よろしくね、アリシア」


「ラウラ、お前まで……」


「いいじゃない、旦那。今日から私たちは《鉄の梟》、最初の一歩だ!」


これが、後に大陸最強と謳われる傭兵団《鉄の梟》の、真の始まりだった。

 アリシアが家宝の大剣を手に、ガルドとラウラという二人の猛獣を従え、まだ見ぬ未来の王、フィンを待つための場所を作った日。


15年前のこの出会いが、1100年の時を超えた運命のへと繋がっていくことになる。

ガルドとラウラの絆、そしてアリシアが「旦那」と呼び始めたきっかけを、彼女の直感的な性格を活かして描写しました。

ガルドの二本の厚い長剣、ラウラとの対等な関係、そしてアリシアの家宝の大剣。設定を精査し、物語の継続性を確保しました。

次回、第57話。成長したフィンが、この「鉄の梟」の創設メンバーたちと共に、10年後の新しい任務へと赴きます。

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