第51話:観測者の帰還、あるいは「書き換えられた傷跡」
帰還した世界は、パラレルワールドとは違う。けれど、自分たちが知る「地獄」とも違う。フィンの力が引き起こした、強引で優しい歴史の融合。
黄金の光が網膜から剥がれ落ち、フィンが目を開けた時、鼻を突いたのは「冷たい土」と「硝煙」の匂いだった。
そこは、かつての魔王城――第一原子力発電所。しかし、フィンが知っている「死の要塞」ではなかった。
黒い結晶に侵食されていた壁面は、1100年の風雨に晒されただけの古びたコンクリートになり、周囲に漂っていた致死量の魔素(放射能)は、深呼吸ができるほどにまで浄化されている。
「……戻ったんだね、サンテス」
『肯定。座標・現在時刻ともに帰還成功。……ですが、マスター。周囲のログをスキャンした結果、重大な「矛盾」を検知しました』
フィンは傍らで倒れていたアリシアたちの元へ駆け寄る。
生命連結の負荷は、過去の世界で生成した医療ポッドによって癒えていたが、彼女たちの装備はボロボロのままだ。
「う……ん……。フィン、無事かい……?」
アリシアが重い瞼を持ち上げる。彼女が周囲を見渡し、最初に発したのは、安堵ではなく「違和感」への言葉だった。
「なんだい、これは……。空が、紫じゃない。……それに、あんなにひどかった傷跡が、まるで『古い怪我』みたいだ」
そう。フィンの目の前にある世界は、あの「お花摘み」と言って笑い合った平和なパラレルワールドではなかった。
確かに凄惨な戦争の爪痕がある。遠くに見えるアークスハイムの外壁には巨大な修復の跡があり、大地には兵器が通ったであろう深い轍が刻まれている。
人々の記憶の中にも、凄惨な戦いの記憶は鮮明に残っていた。
家族を失った悲しみ、帝国の侵攻、アイゼンの冷酷な支配。それらは「なかったこと」にはなっていない。
本来、過去の改変は未来に影響を及ぼさない。サンテスの理論上、フィンが過去で廃炉に成功したとしても、それは「別の並行世界」を作るだけで、自分たちがいた元の世界を救うことにはならないはずだった。
だが、現実は違った。
「今の世界」そのものが、強引に書き換えられていたのだ。
「……マスター。推測します。貴方の胸にある『生体核融合炉』……その無尽蔵のエネルギーが、タイムトラベルの瞬間に「因果の楔」として機能しました。貴方が過去で成功させた『廃炉』という結果を、この世界の歴史へ無理やり『接ぎ木』したのです」
その代償として、世界は歪んでいた。
1100年前の廃炉が成功したはずなのに、なぜか戦争は起きた。
魔素は薄まっているのに、なぜか魔族は存在する。
まるで、二つの異なる歴史が、一人の少年の想いによって無理やり一つに編み合わされたかのような、奇妙で、けれど決定的に「マシな」現在。
「……あ」
フィンの視線の先。
かつて管理人格アビスが鎮座していた場所には、朽ち果てた一台の防衛用ガーディアンが転がっていた。
その機体はボロボロで動かないはずなのに、フィンが近づくと、内蔵されたスピーカーから「ザーッ」というノイズと共に、懐かしい声が漏れた。
『……ィ、フィン……か……?』
「……お父さん!?」
父ガイル。
かつて帝都で「生きた部品」にされていた彼は、この書き換えられた世界では、1100年前の技術者たちの残留思念と共に、その意識をガーディアンへと転移させ、この場所でフィンの帰還を「10年」もの間、待ち続けていたのだ。
「サンテス……今、何年?」
『――西暦換算、帰還目標から10年が経過しています。マスター。貴方は今、2145年の大地に立っています』
1100年前の過去で「未来を創った」あの日から、この世界では10年の月日が流れていた。
フィンは、自らの身体を見下ろした。
ふっくらとしていた子供の指先は、長く、節くれだった大人のものへと変わり、背丈はアリシアを追い越そうとするほどに伸びている。
10年という歳月が、彼らを「かつての戦士」から「新しい時代の住人」へと変えていた。
「……行こう、みんな。10年後の、僕たちの家へ」
不眠の王として、そして一人の青年として。
フィンは、かつての敵も味方も、そして「書き換えられた悲劇」すらも抱きしめた新しい世界へと、一歩を踏み出した。
「過去を変えても未来は変わらない」というタイムパラドックスの定説を、フィンの圧倒的なエネルギーがねじ伏せました。
確かに悲劇はあった。けれど、救いはある。
そんな絶妙なバランスの上に成り立つ「10年後」の世界。
青年になったフィンの初仕事は、この歪んだ、けれど愛おしい世界を歩き直すことです。
次回、第52話。美青年へと成長したフィンと、ガーディアンになった父。再会した仲間たちとの「新しい日常」が始まります!
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