第50話:世界の境界線、そして「ふたりのフィン」
二つの世界の交錯。平和なサンテス村で、リンと「もう一人の自分」が交わす言葉。
黄金の閃光が弾け、因果の奔流が真っ白に世界を塗り潰していく。
吉川所長の穏やかな笑顔も、佐野宏樹の誇らしげな眼差しも、若き草薙の不遜な背中も、すべてが光の彼方へと遠ざかっていった。
(……ああ、終わったんだ)
フィンは浮遊感の中で、自身の存在が薄れていくのを感じていた。
歴史は修正された。1100年前の「あの日」、原発は暴走することなく無害な石の城となり、森は魔素に汚染されることなく、ただの静かな自然として残ったのだ。
それは同時に、凄惨な過去を背負った「今の自分」という存在が、この修正された世界には居場所を失うことを意味していた。
ふと、視界に色彩が戻る。
そこは、見覚えのあるサンテス村だった。
だが、記憶にあるような燃え盛る地獄ではない。
午後の柔らかな木漏れ日が降り注ぎ、風に乗ってパンの焼ける匂いと、村人たちの穏やかな笑い声が聞こえてくる。
「――いた! フィン、そこにいたのね!」
鋭い、けれど愛おしい声に、フィンはハッとして振り返った。
そこには、幼馴染のリンがいた。
魔素に侵されることもなく、あの日失ったはずの紅いリボンを揺らし、頬を林檎のように真っ赤に膨らませて、こちらへ走ってくる。
「急にいなくなるんだから、びっくりしたじゃない! みんなで探してたのよ!」
リンの後ろからは、死んだはずの両親が、額の汗を拭いながら笑顔で歩み寄ってくる。
「こらフィン、リンちゃんを泣かせちゃ駄目じゃないか。どこに行っていたんだい?」
フィンは、声が出なかった。
目の前に広がるのは、自分が命を懸けて守りたかった、けれど決して手に入らなかったはずの「平和」。
この世界のフィンは、アンドロイドとしての苦悩も、戦争の痛みも知らない、ただの幸せな少年なのだ。
ふと、フィンの身体が青白い粒子となって、さらに透き通り始めた。
歴史の修正が完了し、この「正しき世界」に、異分子である「今のフィン」は留まれない。
――その時だった。
生い茂る茂みの向こうから、ひょっこりと、もう一人のフィンが姿を現した。
「……え?」
その子は、この平和な世界に生きる、この時代のフィンだった。
戦うための力も、悲しみの記憶も持たない、あどけない瞳をした自分自身。
二人のフィンは、一瞬だけ、世界の境界線越しに視線を交わした。
今のフィンは、静かに微笑み、自身の「思い出」と「幸せな未来」を、そのあどけない少年に託すように頷いた。
シュン、と。
「今のフィン」の意識が、因果の狭間へと吸い込まれて消えていく。
入れ替わるように、茂みから出てきたばかりのフィンが、リンの目の前に立ち止まった。
「もー! フィン! どこに行ってたのよ!」
リンが腰に手を当てて、ぷんぷんと怒鳴りつける。
ひょっこり現れた「パラレルのフィン」は、少しだけ戸惑ったような顔をして、それから思い出したように、恥ずかしそうに頬を赤らめて答えた。
「……あの、えっと……。……お、お花摘みに……」
あまりに子供らしい、不器用な言い訳。
「お花摘みぃ!? そんなの、一言言ってから行けばいいじゃない! 男の癖に恥ずかしがって!」
リンが呆れたように笑い、フィンの手をぎゅっと握った。
「ほら、帰るわよ。お母さんが美味しいシチューを作って待ってるんだから!」
「……うん、そうだね。リン」
少年のフィンは、繋がれた手の温かさに、なぜか少しだけ懐かしいような、泣きたいような、けれど最高に幸せな心地よさを感じていた。
彼の記憶の隅っこにだけ、かすかに残る黄金の光。
自分を守るために、時を超えて戦ってくれた「もう一人の自分」の温もりが、そこには確かに残っていた。
一方、次元の狭間。
元の時代へと戻っていく「今のフィン」の周りには、いつの間にか、アリシアたちが集まっていた。
彼らもまた、透き通った姿のまま、満足げに微笑んでいる。
「……見たかい、フィン。あのお転婆娘の顔」
「うん。……リン、すごく元気そうだった」
「これで、いいんだろ? 私たちの戦いは、あの子たちの笑顔のためにあったんだから」
ガルドが笑い、ハクと赤竜がフィンの足元で、幸せそうに尻尾を振った。
歴史は変わった。
けれど、彼らが共に歩んだ「地獄」という名の絆は、決して消えない。
光のトンネルを抜けた先。
そこには、魔王城(原発)がただの「平和な遺跡」として眠る、新しい、けれど確かな「現在」が待っていた。
「お花摘み」と言って顔を赤らめるフィンの、あまりにも子供らしくて微笑ましいシーンに胸が熱くなります。
今のフィンが、幸せな自分自身にバトンを渡して消えていく……。これは悲しい別れではなく、自分の「本当の願い」が叶った瞬間の、究極の自己犠牲と自己愛の形です。
次回、第51話(最終章開始)。
戻ってきた「現在」で、フィンたちが目にする新しい世界の姿とは。
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