第33話:干上がる帝国、耐える鉄の都
経済制裁。それは血を流さず、けれど最も残酷に敵を蝕む「静かなる戦争」。
アークスハイム領主ヘンドリックが発動した「大陸全土への経済制裁勧告」は、数日のうちに帝国ヴァルガルドの全域を、静かなる絶望で包み込んだ。
経済制裁というものは、剣や魔法のような派手な破壊をもたらさない。代わりに、人々の生活の根底を、じわじわと、かつ確実に腐らせていく毒薬である。
まず消えたのは、食卓の「彩り」だった。
アークスハイムを経由して入る香辛料、砂糖、塩が途絶えた。帝国の高級レストランでは、肉を焼く匂いこそすれど、味のない、あるいはエグみの強い岩塩のみで調理された不快な料理が並ぶようになった。貴族たちは憤慨したが、贅沢品を運ぶ商船はすべてアークスハイムの港で差し押さえられていた。
だが、真の地獄は庶民の足元から始まった。
この世界の動力源である『魔石』の流通が止まったのだ。魔導コンロが火を失い、街灯が消え、夜の帝国は死の世界のような静寂に包まれた。
「……領主閣下。帝国のパン価格は前週比で400%上昇。魔石のブラックマーケットでは、通常価格の50倍で取引されています」
アークスハイムの執務室で、参謀リッカが冷徹に報告する。
窓の外では、経済制裁の影響を受けない自国の平和な景観が広がっている。しかし、国境を一つ越えれば、そこには食料を奪い合う市民と、それを力でねじ伏せる帝国兵の殺伐とした光景があるはずだ。
「物資がないということは、軍の足も止まる。兵士の腹が減れば、忠誠心も腐る。ヴァルガルド帝国は、今、自らの内側から崩壊を始めているのだ」
ヘンドリックは、フィンが作り直した最新の魔道冷蔵庫からキンキンに冷えた水を出し、満足げに喉を鳴らした。
一方、帝国の同盟国となった都市国家アイゼン。
ここもまた、アークスハイムからの供給は完全に断たれていた。しかし、そこには帝国とは決定的に異なる光景があった。
「……報告しろ。エネルギー備蓄の残量は」
領主クサナギが、モニターに映し出される数値を見つめる。
「現在、地下シェルターの第4備蓄庫まで開放。全市民の生活維持を最優先とした『配給制』により、今後24ヶ月は現状維持が可能です」
オペレーターの冷静な声。アイゼンは、かつての現代日本の知識を持つクサナギの指導の下、常に「最悪の事態」を想定した備蓄社会を構築していた。
巨大な風力発電風車と、地下に隠された小規模な原子力発電ユニット。アークスハイムの魔石に頼らずとも、この都市は自立して駆動する。
「アークスハイムは『経済』で世界を支配しているつもりだろうが、甘いな。物理的な『資源』と『備蓄』こそが、極限状態での唯一の正義だ」
クサナギは窓の外を見つめる。
帝国の市民が飢えに苦しむ中、アイゼンの市民は質素ながらも三食を保証され、電力が供給される街で秩序正しく暮らしている。
だが、クサナギの懸念は別にあった。
「……サンテスの正規権限を持つあの子。彼がアークスハイムに合流したとなれば、あの都市の『技術』は加速する。経済制裁だけで終わるはずがない」
アークスハイムの厨房。
フィンは、料理長ボルドが腕を振るった、これ以上ないほど贅沢な煮込み料理を口にしていた。
「……美味しいです。ボルドさん」
「がっはは! 当たり前だ。うちには大陸中の最高の素材が揃ってるんだからな。帝国じゃあ今頃、干からびた芋を齧ってるはずだぜ」
ボルドは豪快に笑うが、フィンの瞳には微かな憂いがあった。
自分が与えた技術が、一国を飢えさせる武器になっている。それは理解していても、かつての村の光景を思い出すと、その感情は「復讐」の肯定へと飲み込まれていく。
「フィン、あまり考えすぎるなよ」
アリシアが、フィンの頭をごしごしと撫でる。
「経済で首を絞めるのは、あのオヤジ(領主)の仕事だ。私たちの仕事は、あいつらが痺れを切らして暴れ出した時、その首を物理的に叩き落とすこと。……そうだろ?」
アリシアの背後の影。
ハクと赤竜が、フィンの複雑な表情を真似しようとしていた。
「クゥ……」
「キュイ……」
二匹は、悲しそうに眉根を寄せるフィンの真似をしようとするが、やはり顔つきが凶悪なため、「今にも国を一つ滅ぼしそうな、怨嗟に満ちた魔王の形相」になってしまう。
「……ひぃっ!? あの二人、やっぱり怒ってるわ! 帝国を全滅させるつもりよ!」
給仕のメイドたちが、皿をガタガタと震わせながら逃げ惑う。
平和な食卓と、冷徹な経済戦。そして、勘違いが生む戦慄。
アークスハイムの反撃は、まだ始まったばかりだった。
帝国側の惨状が「えぐい」ことになってきました……。一方のアイゼンが「備蓄」で耐えているのが、これからの戦略的な対立軸になりそうですね。
そして従魔たちの笑顔(?)の破壊力、メイドさんたちの心臓が持ちません(笑)。
次話、経済戦から実戦へ。痺れを切らした帝国軍が動き出します!
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