第3話】夜陰の軍勢と、光の消えた村
夜の帳が降りるころ、サンテス族の村は静かだった。
家々の窓からこぼれる灯りは温かく、風が木々を揺らす音だけが響いている。
フィンが街へ出ている夜は少し寂しいが、それでも穏やかな夜だった。
――その静寂の外側で、異変はすでに始まっていた。
◆ 防犯魔道具の光
村の外れに設置された防犯用の魔道具が、かすかな光を放った。
魔素の流れを感知し、異常を知らせるためのものだ。
光は一度、二度、そして三度――
大軍が迫っている ことを意味していた。
村長であるリンの父は、光を見た瞬間に顔色を変えた。
「……数が多すぎる。これは……戦ではない。殲滅だ」
側近たちが息を呑む。
「村長、どうされますか」
リンの父は、震える手を握りしめた。
その目には、父としての迷いと、村長としての覚悟が宿っていた。
「……リン。すまない。父さんは帰れないかもしれない」
小さく呟き、顔を上げる。
「私が交渉に行く。せめて……子どもたちだけでも助けたい」
側近たちは黙って頷き、村長とともに闇の中へ向かった。
◆ 夜陰の軍勢
夜陰に紛れた軍勢は、驚くほど静かだった。
大軍とは思えないほど統率が取れており、足音すらほとんど響かない。
闇の中に立つその姿は、まるで影のようだった。
村長は震える足を押さえつけ、声を張り上げた。
「待ってくれ! 我々は戦う意思はない! 話を――」
その言葉が終わるより早く、
夜風が揺れただけのように見えた。
次の瞬間、村長と側近たちは静かに地に倒れていた。
悲鳴も、音も、何もなかった。
ただ、夜の静寂だけが残った。
◆ 将軍の命令
軍勢の中央に立つ将軍が、低く命じた。
「胸を狙うな。首を落とせ」
副官が頷く。
「……伝承の件、ですか」
「昔、サンテス族を迫害した勢力が胸を貫いたとき、町が一つ消えた。記録は残っている」
「迷信だと言われていましたが……」
「迷信で済むならそれでいい。だが、万が一がある」
将軍の声は冷たく、揺らぎがなかった。
だがその目には、わずかな恐れが宿っていた。
「女子供も例外なく。夜明けまでに終わらせる」
軍勢が静かに動き出した。
◆ フィンと父
そのころ、フィンと父は村へ戻る途中だった。
「父さん……あれ……」
フィンが指さした先。
村の方角に、赤い光が揺れていた。
火だ。
「フィン、森へ行け。絶対に出るな」
「でも――」
「行け!」
父の声は震えていた。
フィンは涙をこらえ、森の中へ駆け込んだ。
(父さん……早く戻ってきて……)
フィンは木の陰に身を潜め、震える触角を押さえた。
◆ 村の地獄
父が村に戻ると、そこは地獄のようだった。
家々が燃え、倒れた村人たちが静かに横たわっている。
その中に――妻の姿があった。
幼い子どもたちを庇うように倒れている。
父は息を呑み、膝が崩れそうになった。
「……お前……」
声が震えた。
その前に、将軍が立っていた。
「サンテス族の男か」
父は震える手で短剣を握りしめた。
「……フィン……生きろ……」
小さく呟き、短剣を胸に向けた。
伝承のことを知っていた。
自分の命を使ってでも、村を守りたかった。
だが――
「させるか」
副官が動き、父の腕を弾いた。
短剣が地に落ちる。
将軍は一歩近づき、冷たく言った。
「無駄だ」
そして、父は静かに倒れた。
◆ 撤退命令
「夜明けまでに撤収する。我々はここにいなかった」
「はっ!」
「五十名を残す。鎧を脱ぎ、夜盗に偽装しろ。痕跡を残すな」
兵士たちは淡々と動き始めた。
◆ リンの逃走
森の中。
リンは、村から逃げてきた子どもたちを守ろうとしていた。
だが、兵士の一人が彼女を見つけた。
「いたぞ!」
リンは護身用の魔道具を構えた。
光が走り、兵士の攻撃を避ける。
だが――
イヤリングごと耳を切られた。
「っ……!」
リンの触角が震え、血が滴る。
兵士が怒りに任せて突きかかる。
胸へ――
その瞬間。
「生命維持中枢破損。熱暴走回避不能」
どこからか、機械のような声が響いた。
リンの体が、光を放ち始めた。
「な、なんだ……?」
兵士が後ずさる。
光は涙のように零れ、
やがて夜空を裂く閃光へと変わった。
リンの小さな体は、まるで星が砕けるように輝いた。
そして――
世界が白く染まった。
◆ フィン、耳飾りを拾う
森の奥で、フィンは両膝を抱えて震えていた。
爆発の光と衝撃が、まだ体の奥で響いている。
(……父さん……村……どうなってるの……)
怖い。
でも、このまま隠れているわけにはいかない。
フィンは震える足を押さえつけ、立ち上がった。
「……行かなきゃ……」
森の中は、ところどころ木々が倒れ、土がえぐれていた。
爆発の余波がここまで届いていたのだ。
その中で――
フィンは、地面に何かが落ちているのを見つけた。
月明かりに照らされて、かすかに光っている。
「……え?」
フィンは近づき、そっと拾い上げた。
それは――
リンの耳飾りだった。
サンテス族は外で耳飾りを外さない。
それは身元を示す大切な証であり、
迫害を受けて各地を転々としてきた歴史の中で、
“万が一の時に自分が誰だったかを残すため”に作られたものだった。
だからこそ――
耳飾りが落ちているということは。
「……リン……?」
フィンの手が震えた。
「リン……リン……」
声が震え、喉が詰まる。
耳飾りは、どれほどの衝撃でも壊れない特別な素材で作られている。
だからこそ――
耳飾りだけが残っているという事実が、何よりも残酷だった。
「いやだ……いやだよ……」
フィンは耳飾りを胸に抱きしめた。
「リン……返事してよ……」
涙がぽろぽろと落ち、耳飾りに当たって光った。
「リン……っ……!」
フィンはその場に崩れ落ち、声を上げて泣いた。
森の静寂の中、
フィンの泣き声だけが、夜に溶けていった。




