第2話】城内の調理場と市場、そして迫る影
城門をくぐると、石畳の道がまっすぐに伸びていた。
人々の声、荷車の軋む音、香辛料の匂い――城壁外とはまるで別世界だ。
フィンは父の後ろにぴたりとつき、上着の裾をぎゅっと握った。
背中の羽が緊張で縮こまり、イヤリングの奥で触角が小さく震える。
「大丈夫だよ、フィン。すぐ終わる」
父の声は優しい。
それだけで、少しだけ胸のざわつきが和らいだ。
◆
案内されたのは、城内の調理場だった。
扉を開けると、温かな湯気と香ばしい匂いが一気に押し寄せてくる。
「おお、来たか!」
たくましいひげを生やした大柄の料理長が、満面の笑みで迎えてくれた。
「フィンも一緒か。えらいぞ!」
大きな手で頭を撫でられ、フィンは思わず目を細めた。
料理長は奥から小さな包みを取り出し、フィンに渡す。
「ほれ、クッキーだ。お前のために焼いたんだぞ」
「……ありがとう、ございます」
フィンは端の椅子に座り、嬉しそうにクッキーをかじった。
甘い味が口いっぱいに広がり、思わず触角がピクッと動く。
カシャ、カシャ……
イヤリングが小さく鳴った。
その音に気づいた若い厨房の男たちが、怪訝そうにこちらを見た。
「……サンテス族かよ」
「なんで城に入れてんだ?」
「料理長、あいつら相手にしてんのかよ」
「どっかの魔物とまぐわって生まれたって話もあるしな」
「だとしたら、魔物じゃねえか」
フィンの手が止まった。
胸がぎゅっと縮む。
触角が震え、イヤリングがかすかに鳴った。
その瞬間――
ゴツンッ!
「いってぇ!」
料理長の拳骨が若い衆の頭に落ちた。
「バカ野郎! 口を慎め! フィンは客だ。文句があるなら俺が相手になるぞ!」
若い衆は頭を押さえながら、慌てて視線をそらした。
フィンは小さく息を吸った。
胸の痛みが、ほんの少しだけ和らぐ。
◆
「お前ら、この箱を運ぶのを手伝え!」
料理長の号令で、若い衆が黒い鉄の箱――魔道冷蔵庫を調理場に運び込む。
「料理長、これって何なんです?」
「これは冷蔵魔道庫だ。サンテス族の魔道具は全部手作りの一品ものだぞ。市場に出したら十倍以上の値がつく」
料理長は父に代金を渡し、深く頭を下げた。
「いつも助かる。これで食材が長持ちする」
「こちらこそ、いつも良くしていただいて」
父が頭を下げると、料理長は照れくさそうに鼻を鳴らした。
◆
調理場を出ると、父がフィンに言った。
「さあ、市場に行くか」
「うん!」
フィンの触角が嬉しさでピクピク動き、イヤリングが小さく鳴った。
市場は活気に満ちていた。
色とりどりの布、香辛料、果物、アクセサリー……
フィンの目はきらきらと輝いた。
「リンに似合うエプロン、どれがいいかな……」
布屋の店主が笑顔で声をかける。
「おや、かわいい子だね。妹に買っていくのかい?」
「えっと……友達に……」
フィンは頬を赤らめ、触角がピクッと動いた。
イヤリングがカチャリと鳴る。
「この白いのなんてどうだい? 刺繍も入ってるよ」
「これ……かわいい……」
フィンは迷わずそれを選んだ。
さらに、こっそりとリンに似合いそうなイヤリングも買った。
(これ、喜んでくれるかな……)
胸が温かくなる。
◆
そのころ。
サンテス族の村を一望できる、遠く離れた丘の上。
鎧を着た大規模な軍勢が、村を見下ろしていた。
風が吹き、旗が揺れる。
兵士たちは無言で、ただ村を見つめている。
「……目標はあの村だ」
指揮官の低い声が、冷たく響いた。
「殲滅せよ」
その言葉は、風に乗って静かに消えていった。




