第1話 耳飾りの道
お読みいただいてありがとうございます。長いお話になる予定です。よろしければどうぞお付き合いください。
焼けた土の匂いと、冷たい金属の音。
一族の生きた証である「耳飾り」を拾い集める少年の指先に、読者の皆様も触れるような感覚で読んでいただければ幸いです。この絶望の果てに何が待っているのか。物語の幕が開きます。
「……あ」
喉の奥から、ひび割れた音が漏れた。
フィンはふらふらと、焼けた土を踏みしめる。
涙で視界は歪み、鼻を突くのは嗅ぎ慣れた森の匂いではない。
――鉄が焼け、肉が焦げ、すべてが灰になった「死」の匂いだ。
「みんな……嘘だよね……?」
震える声は、夜の静寂に吸い込まれて消えた。
村の入口に立った瞬間、フィンの足が止まる。
そこには、月光を跳ね返す小さな「光」が落ちていた。
ひとつ。
またひとつ。
そして、その先にも。
まるで村へ続く道が、銀色の涙でできているかのようだった。
「……っ」
フィンは膝をつき、最初の一つを拾い上げた。
指先に伝わるのは、夜気に冷やされた金属の、凍るような冷たさ。
「……おばさんの」
丸くて、優しい色の石がついた耳飾り。
いつも「お腹空いてないかい?」と、内緒でお菓子をくれた、あの人のもの。
次に拾ったのは、細長い銀の耳飾り。
「……おじさん……」
道具の直し方を教えてくれた、無骨で温かい手。
さらに進むと、小さな、本当に小さな耳飾りが転がっていた。
「……トマ……」
昨日まで、泥だらけになって一緒に追いかけっこをしていた親友。
フィンは耳飾りを拾い上げるたびに、その名を、記憶を、手繰り寄せるように呟いた。
「……ミラ……」
「……カイ……」
「……レナ……」
声が震え、嗚咽が言葉を断ち切る。
サンテス族は、外で耳飾りを外さない。
それは不眠の種族として「自分が何者であるか」を証明する、魂の一部。
迫害の歴史の中で、いつか命が尽きたとき、せめて自分が誰であったかを仲間に伝えるための、最後の『証』。
だからこそ――。
これが道に落ちているということは。
その主がもう、この世にはいないという残酷な答えだった。
村の中心へ進むほど、耳飾りの数は増えていく。
家々は炭化した黒い骨のように突き立ち、風が吹くたびに灰を散らして、フィンの頬を撫でる。
それはまるで、村人たちが最後に残した、音のない悲鳴のようだった。
「どうして……どうしてこんなことに……」
そして、フィンは見てしまった。
村の広場、その中心に並んで落ちていた、二つの耳飾りを。
淡い青色の石がついた、母のもの。
繊細な金属細工が施された、父のもの。
「……あ、あぁ……っ」
心臓が、鋭い刃物で突き刺されたように跳ねた。
フィンは地面に這いつくばり、二つの形見を両手で包み込んだ。
「嫌だ……父さん、母さん……目を開けてよ……っ!」
耳飾りを胸に押し当てる。
けれど、そこからは心音も、温もりも聞こえない。
カチ、カチと、無機質な金属が触れ合う音が、静寂の中で不気味に響くだけ。
「みんな……いなくなっちゃった……」
夜の風が吹き抜け、灰が舞い上がる。
フィンの泣き声だけが、もう誰も眠ることのない村に、虚しく響き渡った。
――どのくらい、そうしていただろう。
耳飾りを抱えたまま、フィンは虚無の中にいた。
涙は枯れ、胸の奥には冷たい穴が開いている。
自分だけが、生き残ってしまった。
父も、母も、リンも。
守りたかった笑顔も、交わした約束も、すべては灰の下に埋もれた。
(……どこに行けばいいの……?)
問いかけても、答える声はもう、どこにもない。
ただ、手の中にある数十個の耳飾りが、重く、重く、少年の掌に食い込んでいた。
その時だった。
ザッ、と。
灰を踏みしめる、重い軍靴の音が聞こえた。
フィンは顔を上げられない。
またあの「殺戮者」たちが戻ってきたのか。それならいっそ、このまま殺してほしい。
だが、視界に現れたのは、血に汚れた兵士ではなかった。
「……生き残りがいたとはな」
低く、しかし凛とした女の声。
見上げれば、そこには夜闇よりも深い色をした大剣を背負う、一人の女性が立っていた。
「……あ」
フィンの触覚が、彼女から放たれる圧倒的な「強者の気配」を捉える。
彼女の背後には、異形の強者たちが控えていた。
「小僧。何をしている」
これが、フィンと最強の傭兵団《鉄の梟》との、血と灰にまみれた出会い。
そして、不眠の少年が「眠り」を通じて世界を書き換える、復讐劇の始まりだった。
第一話、最後までお読みいただきありがとうございます。
一族の証である耳飾りを拾い集めるシーン、執筆しながら私自身も胸が痛みました。
絶望の底に落ちたフィンが、この「鉄の梟」という型破りな大人たちと出会い、どう変わっていくのか。
もし少しでも「エモい」「続きが気になる」と思っていただけたら、評価やブックマークをいただけると、フィンが立ち上がる勇気になります。




