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地獄に堕ち修羅道より回帰した最強少女は運命に抗い覆す  作者: 華洛
第一章:武士見習修了試験

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09話 ペア・水月鏡


 監督官が名簿を開く。

 受験者たちの間に、緊張が走った。


 名前が二名ずつ呼ばれると、前へ出ていく。

 一般枠である以上、武士同士で組まされるケースが多い。

 バランスを考えるなら陰陽師と組む方がいいのだけれど、そもそも一般枠に陰陽師はごくわずかだ。

 まあ、武士と陰陽師はあまり仲が良くないので、即席で組んだとしても、チームとして機能するかは怪しいところだけど。


 呼ばれた二人一組のチームを見ていると、様相はさまざまだった。

 顔見知りらしい者同士で安堵する組もいれば、露骨に嫌そうな顔をする組もあった。

 まあ、試験で組まされる相手なんて、だいたいそんなものだ。


「須佐花奈」


 おっと、周りを見ているうちに名前が呼ばれた。

 私は一歩前へ出る。


「――水月鏡」


 続けて呼ばれた名前に、ひとりの少女が前へ出た。


 年は私と同じくらい。

 黒髪を腰のあたりまで長く伸ばし、細縁の眼鏡をかけている。

 白と黒で彩られた狩衣を身に包んでいた。

 陰陽師は基本的に華族枠が多いので、一般枠で受けるのは珍しい。

 見た目に派手さはない。むしろ印象は薄い方だ。けれど、歩き方に無駄はなく、素人という感じはしない。


 私の隣に並んだ少女は、軽く会釈した。


「水月鏡です。よろしく」


「須佐花奈。よろしく」


 声も落ち着いている。

 一般枠の受験者にしては、緊張が薄い。

 いや、薄いというより、表に出していないだけかもしれない。


 なんとなく、その横顔をもう一度見た。

 眼鏡の奥の目は穏やかだけど、その瞳はどこか私を測るようでもある。


 ……どこかで会ったことがある、ような。


 ふと、思い浮かびかけた顔と名前があった。

 けれど、それは泡沫みたいにすぐ消えてしまう。


 たぶん初対面だと思うけど、なんだか妙な違和感がある。


(太公望……私の躰になにか不調はない?)


《いえ。此が感じる限り、神奈さまは正常です》


 太公望がそう言うなら、問題ないのだろう。

 なら、この違和感はきっと気のせいだ。


「では、各班ごとに離脱符と識別札、指令書を受け取れ」


 監督官の指示で、私たちは前へ進んだ。

 離脱符は鏡が受け取り、識別札と指令書は私が受け取る。


 班ごとに整列し、術式陣の外周へ並ぶ。

 私たちは最後の組だった。


 第一陣が術式陣へ入る。

 監督官たちが一斉に印を結び、結界柱が低く唸った。

 空気が歪む。

 地面に刻まれた術式が淡く発光し、中心の空間が水面みたいに揺れた。


 受験者たちの姿が、その揺らぎの向こうへ沈むように消えていく。

 一時的に封印を弱め、黄泉比良坂へ接続する術式だ。


 十五分ほど時間を置いて、次の班が術式陣へ入る。


 山の霊気。

 結界の圧。

 幽世へ繋がる裂け目の冷たさ。

 全部が、皮膚の上を薄く撫でていく。


「緊張してる?」


 不意に、隣から声がした。

 鏡だった。


「――幽世路は初めてだから、うん、ちょっとは緊張してる」


 前世では散々潜った階層だ。

 初体験じゃないぶん緊張は薄れているけど、まったく緊張していないわけじゃない。

 黄泉比良坂では何が起こるか分からない。緊張せずに入るのは慢心だ。


 問いかけに返すと、鏡はほんの少しだけ口元を緩めた。


「そうは見えないよ」


 眼鏡のレンズ越しに見る瞳は、水鏡みたいにすべてを見通すような、そんな目をしていた。

 その目を、私は知って――……ない。


「須佐さんは、場慣れしてる感じがする」


「そう見える?」


「うん。少なくとも、初めて黄泉に入る人の顔じゃない」


 ぎくりとする。

 でも表には出さない。


「そういう鏡さんも、ずいぶん落ち着いてる」


「家で少し、そういう訓練を受けてるから」


 曖昧な答え方だった。

 踏み込ませないための言い方。

 私も人のことは言えないので、それ以上は聞かなかった。


「最終班、前へ」


 呼ばれて、私たちは術式陣へ進む。


 足を踏み入れた瞬間、空気の温度が変わった。

 現世の音が遠のく。

 代わりに、耳の奥で低い唸りが響き始める。


 視界が揺れる。

 重力の向きが一瞬だけ曖昧になり、足元が抜けるような感覚が走った。


 そして。

 次の瞬間、私は灰色の空の下に立っていた。


 黄泉比良坂上層――現世境。


 空は曇っているわけでもないのに、色を失っている。

 地面は乾いてひび割れ、ところどころに黒ずんだ草が生えていた。

 遠くには歪んだ木々が立ち並び、その向こうに薄い霧が漂っている。


 瘴気はまだ浅い。

 でも、現世の空気とはまるで違う。

 肺に入るだけで、身体の奥に冷たいものが沈んでいく。


「貴女たちが最後の班? ふぅん」


 転移した先には、鏡と似た色違いの狩衣を身に包んだ女性がいた。

 まるで値踏みをするような嫌な目で、私たちの全身を見てくる。


「ま、せいぜい頑張りなさいな。幽世路で神隠しに遭わないように、ね」


 それだけ言うと、女性は印を結び、姿を消した。


「なに、あれ?」


「ご、ごめんなさい。あの方は巽累さま。京都を守護する八卦家の一人で、その……プライドが陰陽師の中でも特に高い方たちで……」


 ああ、京華族か。

 京都は天皇陛下がおられる場所だから、華族の中でもとりわけ選民思想の強い家が多い。

 中でもああいう相手を、皮肉を込めて京華族と呼ぶ。


「鏡が悪いわけじゃないから、気にしないでいいよ」


「――はい」


 監督官から渡された識別札が淡く光る。

 黄泉比良坂には化けて襲ってくる妖魔もいるため、敵ではないと知らせ、同士討ちを避けるための道具だ。

 実力があれば化けた妖魔を見抜けるのだけど、武士見習には難しいので、そのためだろう。


 一緒に渡された指令書を開く。


 第一。指定地点 ―― 幽世路三階

 第二。対象妖魔討伐 ―― 子猿鬼

 第三。指定霊具回収 ―― 白嶺勾玉


「討伐対象は子猿鬼、ですか」


「まあ、負ける気はないけど、集団で来られたら面倒だね」


「はい」


 子猿鬼は低級鬼だ。

 昔話や物語に出てくる小鬼に近い。

 ただ、名前に猿とついているように、すばしっこくて、ただの子鬼よりも知恵が回る。

 それに子鬼よりも性質が悪く、迷い込んだ女を獲物として狙う。


 そんな相手を武士見習の少女たちの相手に選ぶとか、どう考えても嫌がらせに近い。

 しかも幽世路で、基本は集団行動している。

 私でなければ、負ける可能性だって十分にある。


「ここにいても時間が過ぎていくだけだし、そろそろ行こうか」


 私が言うと、鏡は頷いた。


「分かりました。足並みは合わせます」


「ありがとう。助かるよ」


 私たちは並んで歩き出した。


 現世境の地形は、見た目以上に足を取る。

 乾いた地面の下に空洞があったり、瘴気の溜まりが薄く膜を張っていたりするからだ。

 普通の受験者なら、最初の十分でかなり消耗する。


 けれど鏡は、思ったより足運びが上手かった。

 危ない場所を感覚で避けている。

 霊気の流れを読むのも、そこそこできるらしい。


 ……やっぱり、ただの一般受験者じゃないな。


《神奈さま》


(分かってる。けど、こっちも詮索しすぎない方がいい)


《賛成です》


 前方の木陰で、低級妖魔の気配が揺れた。

 犬に似た形の瘴気で躰ができた獣が二体。

 まだこちらには気づいていない。


「右をお願い」


「分かりました」


 短く言葉を交わし、同時に踏み込む。

 私は偽装した愛染明王を抜き、最小限の霊力で一体の首を断った。


 鏡は印を結ぶと、小さな火の鳥を生み出して飛ばした。

 火の鳥は音もなく瘴気の獣へ食らいつき、その身を内側から焼き尽くして消滅させる。

 ……綺麗な術式だ。


「やるね」


「そちらこそ」


 鏡はそう返したけれど、その視線は一瞬だけ私の手元に落ちていた。

 霊力の流し方でも見ていたのだろうか。


 そのまま先へ進む。

 灰色の風が吹き抜け、遠くで何かが鳴いた。


 試験は、まだ始まったばかりだった。



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