08話 実技試験開始
SIDE: 月光輝夜
「はぁ……」
剣山の休憩所で、何度目かのため息を吐いた。
蒼天さまに連れられて、四国山脈一の霊峰・剣山までやってきた。
婚約者候補の神奈さまに会うためとのことだったけど……それだけじゃない気もする。
お母様が星読みをして、天皇陛下へ上奏してから、しばらくして今回の四国行きが決まったからだ。
……もちろん、婚約者候補の神奈さまに会いたいというのも、本当のことなのだと思う。
それが、少しだけ羨ましかった。
写真で見せられていたので、神奈さまの姿はひと目で分かった。
どうして私と同じ一般枠で受けているのかは分からなかったけれど、試験問題はすらすらと解けているようだった。
綺麗な人だった。
霊力も強い。
意思も、緋緋色金のように明るく、強そうで。
蒼天さまとも、きっとお似合い……。
胸元に、ちくりと痛みが走る。
だめ。
これは、だめ。
蒼天さまのことは好き。
でも、それは私には過ぎたる望みだ。
月夜見本家は、二度も天皇陛下を裏切った。
一度目は、天照さまと素戔嗚さまを裏切って伊邪那美へと傾倒したこと。
二度目は、玉藻前を愛し、魔人・晴明を誕生させてしまったこと。
月夜見本家を引き継いだ晴明は、そのまま本家とともに姿を消した。
残されたのは、分家の私たちだけ。
そのため分家である私たちは、私欲を捨て、国へ、天皇陛下へ奉仕することを義務づけられている。
だから、蒼天さまを好きだと思っていても、それを表に出してはいけない。
出してしまってはいけない。
蒼天さまが神奈さまを好きだというのなら、私はそれを心の底から祝福しないといけない。
月光家は……私は、太陽を支える影でいい。
『午後の実技試験を三十分後から開始します。華族の方は剣山本宮へ。一般の方は劔山本宮宝蔵石神社へ。それぞれお越しください。遅刻された場合は、どんな事情があれど失格となります。繰り返します。午後の実技試験を……』
場内放送が響く。
食べていたおにぎりをお茶と一緒に飲み込むと、私は手早く片付けを済ませ、試験会場へ向かった。
宝蔵石神社へ向かう石段の途中で、そっと眼鏡の位置を直す。
この眼鏡には、念のため認識阻害の術式を組み込んである。
術式は問題なく働いていた。
蒼天さまのように神具を持つ方か、月夜見の血筋を引く者でもなければ、そう簡単には見抜けないはずだ。
月光輝夜ではなく、水月鏡としてここにいる限り、余計な波風は立たない。
その先に、一般枠の受験者たちの列が見えた。
その中に混じる神奈さま――須佐花奈さまの姿を見つけて、胸の奥がまた少しだけ痛んだ。
けれど私は、その痛みごと飲み込んで、何事もない顔で列へ向かった。
SIDE: 素戔嗚神奈
昼の休憩を終えた受験者たちは、放送のあった宝蔵石神社へと集合していた。
大和の各地には、根のように黄泉比良坂が這い出している。
それを封じるため、霊脈の上に建てられたのが神社仏閣だ。
出雲にある黄泉比良坂の太元には、出雲大社と出雲鎮護幕府が置かれている。
午前の筆記を終えたことで、少しは空気が緩むかと思ったけれど、そんなことはなかった。
むしろ逆だ。
午後の実技こそが本番だと、誰もが分かっている。
宝蔵石神社には数人の陰陽師がいて、巨大な術式陣が展開されていた。
地面に刻まれた幾重もの円環。
その周囲を囲うように立てられた結界柱。
さらに外側には監督官たちが配置され、霊符と法具を手に待機している。
「午後の実技試験について説明する」
前に立った監督官の声は、よく通った。
無駄に目つきの鋭い陰陽師だ。午前の筆記でも見た顔だった。
「これより受験者は二人一組の班を編成し、黄泉比良坂上層・現世境へ潜行して、中層の幽世路へ向かってもらう」
ざわ、と空気が揺れる。
黄泉比良坂は大きく七階層に分かれている。
上層・現世境
地上と黄泉が接触し始めた境界領域。人里や旧街道の痕跡が残っており、まだ現実の法則が比較的強く残っている。
中層・幽世路
神隠しの道。空間が歪み、方角や時間感覚が狂い始める。
下層・根国
地下深く広がる常夜の国。古事記に語られる死霊世界に近く、妖魔の活動が本格化する。
ここから各地へ支脈として黄泉比良坂が地上へ伸びている。
深層・黄泉戸
黄泉国へ至る門。巨大な坂と石門、封印が点在していて、出てくる妖魔の強さも上がってくる。
深淵・穢界
穢れそのものが空間化した領域。瘴気・腐敗・呪詛が環境に融合しており、生存そのものが困難。
高位武士・高位陰陽師でも長期活動は難しく、滞在しすぎると穢れに侵食されてしまう。
奈落・禍津奈落
伊邪那美の怨念と呪いが満ちる大奈落。あらゆる妖魔はここから産まれ落ちると聞かされた。
最深部・黄泉国
伊邪那美の支配する、死と怨念と呪詛の国。世界法則そのものが地上と異なり、現世の常識は通用しない。
一等武士になれば、幽世路までは潜ることが当たり前になる。
とはいえ、幽世路はなかなかに厳しい。
時間と空間が歪んでいるため、穢界に次いで嫌われている階層でもあった。
また中層ということで、妖魔の出現率も高く、穢れの濃度も現世とは比べものにならない。
「試験内容は三つ。第一に、指定地点までの到達。第二に、道中に配置された対象妖魔の討伐。第三に、指定霊具の回収だ」
監督官は淡々と続ける。
「制限時間は四時間。班単位で評価を行う。片方が行動不能となった場合、その時点で失格とする。なお、緊急離脱符は各班に一枚ずつ支給する。使用した場合は減点対象だが、命を優先しろ」
……これ、だいぶ厳しくない?
私はどうとでもなるけど、他の受験生はまだ武士見習だ。
時間と方向感覚が狂う中で、途中に配置された妖魔討伐と指定霊具回収。
四時間という制限時間があるとはいえ、これは合格させる気があるのか疑わしくなる。
午前の試験のときも感じたけど、陰陽師側は一般枠を合格させる気がないんじゃないだろうか。
基本、華族枠に陰陽師は集まるので、一般枠に陰陽師はほとんどいないとはいえ、ゼロではない。
《神奈さま》
(うん?)
《花奈さま、です》
(あ)
危ない。
思考の中でも気を抜くなってことか。
《本日は目立たないことが重要課題ですので》
(分かってるよ)
たぶん。
「班分けは事前提出書類と適性をもとにこちらで決定している。呼ばれた者は前へ出ろ」
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