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華には修羅がある~修羅道より回帰した令嬢は運命を覆す~  作者: 華洛
第一章:武士見習修了試験

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10話 禁術・心魂縛潜影


 ああ、楽しい。

 楽しい。

 楽しい!


 愛染明王を振るい、瘴気でできた妖魔たちを斬り伏せていく。

 やっぱり私は、戦っているときが一番好きだ。

 余計なことを考えずに、ただ目の前の敵と、自分の動きだけに集中できる。


《神奈さま。無意識でしょうけど、霊力を愛染明王に流しすぎです。刀身が持ちません》


 おっと。


 太公望に注意されて、私は霊力を少しだけ絞った。

 基本的には太公望が霊力コントロールを補助してくれているけれど、感情が高ぶるとその限りではないらしい。


 ふと、パートナーの鏡を見る。


 ほとんどの妖魔は私が斬っていた。

 けれど鏡は、ただ後ろで見ているだけじゃない。

 私が狩りやすいように術を流し、妖魔の動きを誘導してくれていた。


 だから、思った以上に戦いやすかった。


 ――いや、違う。

 ただ戦いやすい、だけじゃない。


 呼吸を合わせるまでもなく、自然と噛み合う。

 私が踏み込めば、その一歩先を空けるように術が走る。

 私が斬りやすい位置へ、妖魔が追い込まれていく。


 まるで、こうして一緒に戦うのが初めてじゃないみたいに。


 でも、鏡のような陰陽師と一緒に戦った記憶は――……ない。

 ない……はず。


 どうも鏡と会って以降、妙な違和感に襲われる。


「須佐さん。ちょっといい」


 近くにいる妖魔を一通り退治し終えると、鏡が話しかけてきた。


「なに?」


「……月夜見系列の家から、なにか術式を受けてたり、した?」


「は?」


 思わず真顔で聞き返してしまった。


 いや、いきなりそんなことを言われても。

 私は前世も、今世も、月夜見家と関わった覚えなんて――


 そこで、また記憶が鈍く霞んだ。

 思い出そうとした部分だけ、誰かに指でなぞって消されたみたいに曖昧になる。


「ないと……思う。私は高知を出たことはなかったし、そもそも月夜見家の分家は高知にはいないはずだから、会ったこともないよ」


 まだ辿生したばかりで、記憶が曖昧なところもある。

 だから今ひとつ確信は持てないけれど。


「どうして、そんなことを聞くの?」


「あ、わ、私は月夜見家分家の端の方だけど、一応、月夜見家形式の術式が使えるの」


「へぇ。奇遇だね。私も素戔嗚家分家の端の方なんだ」


「そうなんだ。それでね、戦いをサポートしている時に、妙に須佐さんへ術の掛かりが良かったんだ。まるで月夜見家分家筋かと思ったほど」


「……」


 どう返すべきか、分からなかった。


 確かに鏡のサポートは、とてもやりやすかった。

 まるで、魂がどう動くべきか知っているような感覚だった。


《此は修羅道無限回廊からずっと神奈さまの精神にいて、チェックをしてますが、現時点での異常や干渉は確認できません》


 太公望のメディカルチェックで異常がないということは、私は健康体ということだ。

 でも、鏡の言うことが気になるのも事実だった。

 私も時々だけど違和感を覚えることが、鏡と行動を始めてから何度かあった。


「……水月さん。月夜見家の端の方ってことだけど、術式は解除できる?」


「え」


「どんな術式か分からないけど、知らない術式が躰に施されているのって気に食わないから」


 前世で私の心臓には、【終極・万象滅却】の発動地点として術が施されていた。

 仮に守護系の術だとしても、気持ち悪いことには変わりない。


 眼鏡のレンズ越しに、見透かすような瞳で私を見る鏡。


「たぶん……解除は可能です」


「なら、やっちゃって。この先は幽世路。不安を抱えたまま下りたくない」


「分かりました」


 鏡は袖から四枚の符を取り出すと、私の四方へ浮かべた。

 両手を使い、素早く印を結ぶ。

 綺麗で、流れるような印。

 その姿は――……。


「『解除』」


 鏡の右手が私の胸元に触れた。

 ひやりとした冷たさが走る。


 次の瞬間、全身に激痛が走った。


「っ、あ、――ッッ!」


 膝が折れる。

 息が詰まる。

 身体じゃない。もっと奥だ。

 骨でも肉でもなく、存在そのものを内側から引き裂かれるみたいな痛みだった。


「あっ、あぁ、――っ……ぅぅあああ!」


 躰が前へ蹲るように倒れ込む。

 その瞬間、背中から何かが剥がれる感触がした。


「――うそ。これは禁術・心魂縛潜影っ。ありえません」


 鏡は驚いたように、私から後ずさった。


 視界が白く弾ける。

 頭の奥で、何かが軋む。

 記憶の底を爪で掻き回されるような、不快な感覚。


《神奈さま!》


 太公望の声が響く。


 首を回して背後を確認すると、そこには淡く揺らぐ女性の魂魄体があった。


 輪郭は曖昧で、霧みたいに透けている。

 けれど女だと分かる。

 長い髪。細い肢体。

 どことなく鏡に似て――違う。そうじゃない。

 似ているのは水月鏡じゃなくて、月光輝夜だ。


《神奈さま! 申し訳ございませんっ。あまりに同化していたため、それが正常状態だと誤認していました》


 ああ……そうか。

 太公望と出会ったのは修羅道無限回廊だ。

 もしその時点で寄生されていたのなら、その状態こそが太公望にとっての正常だったということだ。


《よくも――此に恥をかかせてくれた挙句に、神奈さまの精神に潜むなど、万死すら生温い》


 普段の太公望からは想像もつかないほど、剥き出しの怒気だった。

 霊力が乱れる。

 躰の全身に霊力回路が浮かび上がるほどだった。


《最短最速で剥がします。神奈さま、少しだけ耐えてください》


 魂が砕けるような痛みが全身を襲う。

 俯せになっていた躰が仰け反り、虚空に向けて手を伸ばした。


「須佐さん!」


 伸ばした手を鏡が掴んでくれる。

 きっと治癒の術式だろう。

 掴んだ手を通して霊力が躰に流れ込んでくる感覚がある。

 少しだけ痛みは和らいだけれど、痛いものは痛い。


 分離した魂魄が、ふらりと宙へ浮く。

 そのまま、吸い寄せられるように鏡の方へ向かった。


「え……?」


 鏡が目を見開く。


 魂魄は、抵抗する間もなく彼女の胸元へ吸い込まれた。


 その瞬間だった。


 鏡の身体がびくりと震える。

 掴んでいた私の手を離し、立ち上がると、ふらつきながら後退した。

 眼鏡の奥の瞳が大きく揺れ、呼吸が乱れる。


「……っ、ぁ……」


 何かを見ている顔だった。

 今ここではない、どこか別の光景を。


 その表情が、みるみる青ざめていく。


「ちが……う……そんな、わたし、は……」


 呟きは掠れていた。

 自分に言い聞かせるみたいに、何度も何度も首を振る。


「ごめん……なさい……」


 その目には、怯えと、罪悪感と、どうしようもない混乱が浮かんでいた。

 そして意識を失ったように、後ろへ倒れ込む。


 倒れる先には、運悪く石がある。

 あれに無防備な頭を打ったら――。


 まだ微かに痛みが残る躰を引きずって、私は慌てて鏡の身体を支えた。

 普段と違って、きちんと受け止めきれなかったせいで、鏡の眼鏡がずり落ちる。


「……は」


 眼鏡が落ち、その顔が露わになった。


 忘れるわけがない。

 この顔を、私は絶対に忘れない。


 今まで不思議なくらい、こいつの顔と記憶だけが思い浮かばなかった。

 けれど今は、鮮明に思い出せる。


「月光、輝夜!」


 落ちていた愛染明王を拾い上げ、振り下ろそうとした瞬間、腕が止まった。


(太公望! 止めないでよ!)


《神奈さま。神奈さまと此は精神が繋がっていますので、神奈さまの怒りも伝わってきます。しかし、今ここで彼女を殺せば、扉間閂との約束を破ることになるのではないでしょうか。それに――予期せぬ者共が来たようです》


 太公望に言われて、周囲を確認する。


 武士でもない。陰陽師でもない。

 試験会場にいるはずのない、場違いな殺気をまとった男たちが、いつの間にか私たちを囲んでいた。




読んでいただきありがとうございました。

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