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地獄に堕ち修羅道より回帰した最強少女は運命に抗い覆す  作者: 華洛
第一章:武士見習修了試験

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11話 禁術・牛頭天王

 武士でもない。

 陰陽師でもない。


 試験会場にいるはずのない、場違いな殺気をまとった男たちが、いつの間にか私たちを囲んでいた。


 着崩した着物。

 粗雑な得物。

 けれど立ち方だけは妙に隙がない。

 ただの山賊や野盗じゃない。

 人を斬ることにも、攫うことにも慣れている目だった。


「へぇ。こりゃ当たりだな」


 先頭に立つ男が、にやりと口元を歪める。

 下卑た笑みだった。


「試験中の見習いが二人。しかも片方は陰陽師か。運がいい」


「見ろよ、着物の質。どっちもいい家のガキだぜ」


「陰陽師の方は顔も上玉だ。こりゃ高く売れる」


「武士見習いも悪くねぇな。躾けりゃ兵にもなるし、女なら使い道はいくらでもある」


 喉の奥がひくりと引きつった。


 ヤクザ。

 そう判断した。


 表で生きられなくなった武士や陰陽師が、裏社会へ落ちることは珍しくない。

 罪を犯した者。

 家を追われた者。

 穢れに半ば呑まれ、もうまともな任に就けなくなった者。

 そういう連中が徒党を組み、裏で人攫いや密売、護衛崩れの殺しを請け負う。


 その中でも、こいつらは最悪の部類だ。


「武士見習いは高く売れるんだよ。大和のガキは黄泉の気を吸って育つせいか、躰が丈夫でな。国外じゃ兵士としていい値がつく」


 先頭の男が舌なめずりするように言う。


「陰陽師は術式ごと欲しがる連中もいるしな」


「記憶飛ばして売るか、札打って飼うか……どっちにしろ金になる」


「おい、あんま傷つけんなよ。商品価値が落ちる」


 ぞわり、と背筋が冷えた。

 嫌悪感で吐き気がする。


 けれど同時に、頭は妙に冷えていた。


 この辺りには、さっきまで試験官たちがいた。

 監督官も、結界も、術式陣もあった。

 そこをかいくぐって、こんな連中が見つからずにここまで来られるはずがない。


 なら、来た道はひとつ。


(下から来た)


 現世境からではない。

 もっと下。

 少なくとも根国側から上がってきたと考える方が自然だ。


 しかも、黄泉比良坂の路は複雑だ。

 複数ある支路を迷わずここまで辿り着いたということは――


(試験官の中に、内通者がいる)


 胸の奥が冷たくなる。

 最悪だ。


《神奈さま。霊力を練ろうとしないでください》


 太公望の声が鋭く響いた。


(え)


《先ほどの禁術剥離の影響で、霊力回路がオーバーロードしています。今はまともに霊力を扱えません》


 息を呑む。


 試しに霊力を巡らせようとして、すぐに分かった。

 駄目だ。

 回路が焼けたみたいに痛む。

 無理に通せば、そのまま内側から壊れる。


 愛染明王を握る手に力を込める。

 けれど、今の私じゃ霊剣としては使えない。

 ただの刀として振るうしかない。


「おいおい、そんな怖い顔すんなよ」


 リーダー格の男が、私の腕の中の輝夜を見て笑った。


「そっちの気絶してる陰陽師を置いていけば、お前だけは見逃してやってもいいぜ?」


「そうそう。荷物は軽い方が逃げやすいだろ?」


「姉妹でもあるまいし、他人のために命張るなよ」


「どうせ陰陽師なんざ、武家のお嬢ちゃんにとっちゃ使い捨てだろ?」


 その言葉に、心臓がどくりと鳴った。


 腕の中の輝夜は、まだ意識がない。

 さっきまでの混乱が嘘みたいに静かで、呼吸だけがかすかに上下している。

 長い睫毛も、白い頬も、伏せられた唇も、あまりにも無防備だった。


 月光輝夜。


 前世で私を操り、奪い、壊した女。

 殺したいほど憎い相手。


 なのに。


 脳裏に浮かぶのは、憎悪だけじゃなかった。


『神奈姉さん!』


 花が咲いたみたいな笑顔。

 少し甘えるような声。

 人前では澄ました顔をしているくせに、屋敷の中や二人きりの時だけは、輝夜はよくそう呼んだ。


 髪飾りを見せに来た日。

 お菓子を半分こしようと袖を引かれた日。

 蒼天さまの話になると、互いに少しだけむきになって張り合った日。

 夜更けまで他愛もない話をして、眠くなった輝夜が私の肩にもたれてきた夜。

 虫が出たと庭で悲鳴を上げ、陰陽師のくせに私の後ろへ隠れたこと。

 稽古で怪我をした私に、怒った顔で薬を持ってきてくれたこと。


 閂と三人で叱られたこともあった。

 誕生日を祝い合ったこともあった。

 くだらないことで笑って、どうでもいいことで拗ねて、それでもまた隣に戻ってきた。


 仲が良かった。


 家のしがらみも。

 華族の立場も。

 御三家の分家だとか本家だとか、そんな面倒くさいものを抜きにして。

 少なくとも、あの時間だけは本物だった。


 家族だった。


 扉間閂以外で、たった一人。

 妹と呼べるくらい、大切だった相手だ。


 だからこそ、許せない。


 あの笑顔も。

 あの声も。

 「神奈姉さん」と慕ってくれた時間も。

 全部嘘だったのかと、そう思ってしまう自分が、どうしようもなく苦しい。


 憎い。

 許せない。

 殺したい。


 でも、置いていけるわけがない。


 感情がぐちゃぐちゃに掻き混ざる。

 胸の奥で、怒りと憎しみと、喪失感と、どうしようもない執着が渦を巻いた。


 もしここで置いていったら。

 私はきっと、一生、自分を許せない。


 たとえこの先、輝夜を自分の手で斬る日が来るとしても。

 こんな連中に、こんな場所で、こんなふうに奪わせるなんて、絶対に嫌だった。


「……ふざけるな」


 自分でも驚くほど低い声が出た。


 男たちが、にやにやと笑う。


「お、怒った怒った」


「いいねぇ、その目。売る前に折りたくなる」


「現実見ろよ、お嬢ちゃん。今のお前、まともに術も使えねぇんだろ?」


「刀一本で何人相手にする気だ?」


 図星だった。


 だからこそ、余計に腹が立つ。


 私は輝夜をそっと地面へ横たえた。

 頭が石に当たらないように、無意識に自分の羽織を畳んで下へ差し入れてしまってから、そんな自分にまた腹が立つ。


 立ち上がる。

 愛染明王を握る。

 そして、片手で印を結ぶ。


《神奈さま、やめてください》


 太公望の声が、今度ははっきりと焦りを帯びた。


《それは禁術です。今の状態で使えば、戻れなくなる可能性が高い》


(知ってる)


《なら――》


(それでも)


 止まれなかった。


 霊力が使えないなら、別の力を使うだけだ。


 瘴気を吸う。

 取り込む。

 喰らう。


 人の身でありながら、妖へ堕ちるための術。

 素戔嗚家に伝わる禁術。


「――牛頭天王」


 瞬間、周囲の瘴気が私へ向かって流れ込んだ。


 びきり、と身体の奥で何かが軋む。

 皮膚の下を走る霊力回路が、青から赤黒く変色していく。

 熱い。

 痛い。

 なのに、力が満ちる。


 肺の奥まで瘴気が入り込み、それが霊力とは違う何か――妖力へと変わっていくのが分かった。


 視界が、赤く染まる。

 頭が割れるように痛み、取り込んだ妖力が牛の角を形成する。


《神奈さま!!》


 太公望の叫びが遠い。


 男たちの顔から、ようやく笑みが消えた。


「……おい、なんだそれ」


「角……?」


「ふざけんな、妖魔化か……!?」


 知らない。

 知るか。


 ただ一つだけ、はっきりしている。


 こいつらは、一人残らず叩き潰す。


 輝夜を置いていく気なんて、最初からなかった。





読んでいただきありがとうございました。

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