11話 禁術・牛頭天王
武士でもない。
陰陽師でもない。
試験会場にいるはずのない、場違いな殺気をまとった男たちが、いつの間にか私たちを囲んでいた。
着崩した着物。
粗雑な得物。
けれど立ち方だけは妙に隙がない。
ただの山賊や野盗じゃない。
人を斬ることにも、攫うことにも慣れている目だった。
「へぇ。こりゃ当たりだな」
先頭に立つ男が、にやりと口元を歪める。
下卑た笑みだった。
「試験中の見習いが二人。しかも片方は陰陽師か。運がいい」
「見ろよ、着物の質。どっちもいい家のガキだぜ」
「陰陽師の方は顔も上玉だ。こりゃ高く売れる」
「武士見習いも悪くねぇな。躾けりゃ兵にもなるし、女なら使い道はいくらでもある」
喉の奥がひくりと引きつった。
ヤクザ。
そう判断した。
表で生きられなくなった武士や陰陽師が、裏社会へ落ちることは珍しくない。
罪を犯した者。
家を追われた者。
穢れに半ば呑まれ、もうまともな任に就けなくなった者。
そういう連中が徒党を組み、裏で人攫いや密売、護衛崩れの殺しを請け負う。
その中でも、こいつらは最悪の部類だ。
「武士見習いは高く売れるんだよ。大和のガキは黄泉の気を吸って育つせいか、躰が丈夫でな。国外じゃ兵士としていい値がつく」
先頭の男が舌なめずりするように言う。
「陰陽師は術式ごと欲しがる連中もいるしな」
「記憶飛ばして売るか、札打って飼うか……どっちにしろ金になる」
「おい、あんま傷つけんなよ。商品価値が落ちる」
ぞわり、と背筋が冷えた。
嫌悪感で吐き気がする。
けれど同時に、頭は妙に冷えていた。
この辺りには、さっきまで試験官たちがいた。
監督官も、結界も、術式陣もあった。
そこをかいくぐって、こんな連中が見つからずにここまで来られるはずがない。
なら、来た道はひとつ。
(下から来た)
現世境からではない。
もっと下。
少なくとも根国側から上がってきたと考える方が自然だ。
しかも、黄泉比良坂の路は複雑だ。
複数ある支路を迷わずここまで辿り着いたということは――
(試験官の中に、内通者がいる)
胸の奥が冷たくなる。
最悪だ。
《神奈さま。霊力を練ろうとしないでください》
太公望の声が鋭く響いた。
(え)
《先ほどの禁術剥離の影響で、霊力回路がオーバーロードしています。今はまともに霊力を扱えません》
息を呑む。
試しに霊力を巡らせようとして、すぐに分かった。
駄目だ。
回路が焼けたみたいに痛む。
無理に通せば、そのまま内側から壊れる。
愛染明王を握る手に力を込める。
けれど、今の私じゃ霊剣としては使えない。
ただの刀として振るうしかない。
「おいおい、そんな怖い顔すんなよ」
リーダー格の男が、私の腕の中の輝夜を見て笑った。
「そっちの気絶してる陰陽師を置いていけば、お前だけは見逃してやってもいいぜ?」
「そうそう。荷物は軽い方が逃げやすいだろ?」
「姉妹でもあるまいし、他人のために命張るなよ」
「どうせ陰陽師なんざ、武家のお嬢ちゃんにとっちゃ使い捨てだろ?」
その言葉に、心臓がどくりと鳴った。
腕の中の輝夜は、まだ意識がない。
さっきまでの混乱が嘘みたいに静かで、呼吸だけがかすかに上下している。
長い睫毛も、白い頬も、伏せられた唇も、あまりにも無防備だった。
月光輝夜。
前世で私を操り、奪い、壊した女。
殺したいほど憎い相手。
なのに。
脳裏に浮かぶのは、憎悪だけじゃなかった。
『神奈姉さん!』
花が咲いたみたいな笑顔。
少し甘えるような声。
人前では澄ました顔をしているくせに、屋敷の中や二人きりの時だけは、輝夜はよくそう呼んだ。
髪飾りを見せに来た日。
お菓子を半分こしようと袖を引かれた日。
蒼天さまの話になると、互いに少しだけむきになって張り合った日。
夜更けまで他愛もない話をして、眠くなった輝夜が私の肩にもたれてきた夜。
虫が出たと庭で悲鳴を上げ、陰陽師のくせに私の後ろへ隠れたこと。
稽古で怪我をした私に、怒った顔で薬を持ってきてくれたこと。
閂と三人で叱られたこともあった。
誕生日を祝い合ったこともあった。
くだらないことで笑って、どうでもいいことで拗ねて、それでもまた隣に戻ってきた。
仲が良かった。
家のしがらみも。
華族の立場も。
御三家の分家だとか本家だとか、そんな面倒くさいものを抜きにして。
少なくとも、あの時間だけは本物だった。
家族だった。
扉間閂以外で、たった一人。
妹と呼べるくらい、大切だった相手だ。
だからこそ、許せない。
あの笑顔も。
あの声も。
「神奈姉さん」と慕ってくれた時間も。
全部嘘だったのかと、そう思ってしまう自分が、どうしようもなく苦しい。
憎い。
許せない。
殺したい。
でも、置いていけるわけがない。
感情がぐちゃぐちゃに掻き混ざる。
胸の奥で、怒りと憎しみと、喪失感と、どうしようもない執着が渦を巻いた。
もしここで置いていったら。
私はきっと、一生、自分を許せない。
たとえこの先、輝夜を自分の手で斬る日が来るとしても。
こんな連中に、こんな場所で、こんなふうに奪わせるなんて、絶対に嫌だった。
「……ふざけるな」
自分でも驚くほど低い声が出た。
男たちが、にやにやと笑う。
「お、怒った怒った」
「いいねぇ、その目。売る前に折りたくなる」
「現実見ろよ、お嬢ちゃん。今のお前、まともに術も使えねぇんだろ?」
「刀一本で何人相手にする気だ?」
図星だった。
だからこそ、余計に腹が立つ。
私は輝夜をそっと地面へ横たえた。
頭が石に当たらないように、無意識に自分の羽織を畳んで下へ差し入れてしまってから、そんな自分にまた腹が立つ。
立ち上がる。
愛染明王を握る。
そして、片手で印を結ぶ。
《神奈さま、やめてください》
太公望の声が、今度ははっきりと焦りを帯びた。
《それは禁術です。今の状態で使えば、戻れなくなる可能性が高い》
(知ってる)
《なら――》
(それでも)
止まれなかった。
霊力が使えないなら、別の力を使うだけだ。
瘴気を吸う。
取り込む。
喰らう。
人の身でありながら、妖へ堕ちるための術。
素戔嗚家に伝わる禁術。
「――牛頭天王」
瞬間、周囲の瘴気が私へ向かって流れ込んだ。
びきり、と身体の奥で何かが軋む。
皮膚の下を走る霊力回路が、青から赤黒く変色していく。
熱い。
痛い。
なのに、力が満ちる。
肺の奥まで瘴気が入り込み、それが霊力とは違う何か――妖力へと変わっていくのが分かった。
視界が、赤く染まる。
頭が割れるように痛み、取り込んだ妖力が牛の角を形成する。
《神奈さま!!》
太公望の叫びが遠い。
男たちの顔から、ようやく笑みが消えた。
「……おい、なんだそれ」
「角……?」
「ふざけんな、妖魔化か……!?」
知らない。
知るか。
ただ一つだけ、はっきりしている。
こいつらは、一人残らず叩き潰す。
輝夜を置いていく気なんて、最初からなかった。
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