表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地獄に堕ち修羅道より回帰した最強少女は運命に抗い覆す  作者: 華洛
第三章:天敵

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/44

40話 デート


 地上へ戻ると、空気がまるで違った。

 幽世路の冷たく淀んだ気配はなく、代わりに春の夜の匂いがした。

 少し湿った風。

 遠くから聞こえる人の声。

 街の灯り。

 ついさっきまで死と隣り合わせの場所にいたせいか、そんな当たり前の気配が妙に眩しく感じる。


 よさこい稲荷神社の前に、一人の少年が立っていた。

 蒼天さまだ。

 街灯に照らされた横顔は静かで、けれど私たちの姿を見つけた瞬間、その表情がわずかに変わった。

 特に、私を見た時に。


「神奈」


 短く名前を呼ばれる。

 その声だけで、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなる。

 さっきまで源嵐お父様と斬り合っていたのに、蒼天さまの前に立つ方が別の意味で心臓に悪いのは、なんだか納得がいかない。

 蒼天さまはすぐにこちらへ歩み寄ってきた。

 その視線が、私の肩口や腕、服の裂けたところを順に追っていく。


「……ひどいな」


 低い声だった。怒っているわけじゃない。

 でも、抑えた心配が滲んでいる。


「見た目だけです。深いダメージはありません」


 そう答えると、蒼天さまは少しだけ眉を寄せた。


「見た目だけで済む格好には見えない」


「そこは……まあ、うん」


 否定しづらい。

 実際、見た目はかなり酷い。

 終極・万象滅却で傷をつけられたところは塞がらない。

 緊急処置で樒が縫ってくれてはいるけど、服は裂けているし、土埃もついているし、髪も乱れている。

 自分でも、あまり見られたい姿じゃない。

 蒼天さまは何か言いたげに私を見たけど、そこで樒がひょいと割って入った。


「蒼天さま、神奈さまのことお願いするッス。私は風臥さまへ報告があるッスから先に帰ってるッス」


 輝夜も静かに頷く。


「神奈さま。私は朔影が気がかりですので、樒さんと一緒に帰ります」


「……そうだね。分かった」


 晴明に指摘されて動揺していた朔影。

 私から何か言うことではないし、あとは朔影の気持ち次第だ。

 輝夜は一瞬だけ私を見て、それから蒼天さまへ視線を向けた。


「蒼天さま。神奈さまを、よろしくお願いします」


「ああ」


 短い返事。

 でも、それだけで十分だった。

 樒はくるりと踵を返しかけて、ふと思い出したようにこちらを振り向く。


「そうそう、神奈さま。蒼天さまに御守を渡してるッスから安心するッス」


「……御守?」


 ぴたりと動きが止まった。

 樒はニコニコしている。

 その笑顔が、ものすごく嫌な予感しかしない。


「じゃ、そういうことで!」


「待って樒」


 呼び止めるより早く、樒は輝夜を巻き込むようにしてさっさと行ってしまった。

 輝夜は去り際、ほんの少しだけ困ったような顔をしていた。

 あれはたぶん、止めるのを諦めた顔だ。

 残されたのは、私と蒼天さまの二人だけ。

 沈黙が落ちる。


(……御守)


 樒がそんなまともなものを、わざわざ蒼天さまに渡すかな。

 いや、渡さない。断言できる。

 こういう時の樒は、従者兼護衛役のくせに妙な気を回して、だいたい余計なことをする。

 私はじっと蒼天さまを見た。


「蒼天さま」


「なんだ」


「樒から渡された御守、見せてください」


 蒼天さまが、ほんのわずかに視線を逸らした。

 その反応だけで確信する。

 何かある。


「……別に、今見せるようなものじゃない」


「余計に怪しいです」


「怪しくはないぞ」


「樒が渡した時点で怪しいです」


 私は一歩、蒼天さまへ詰め寄った。

 蒼天さまは普段ならそう簡単に気圧される人じゃない。

 でも今は、なぜか少しだけ困った顔をしている。


「出してください」


「神奈」


「出してください」


 自分でもちょっとしつこいと思う。

 でも、ここで引いたら絶対に後悔する。

 樒の仕込みを放置する方が怖い。


 蒼天さまはしばらく黙っていたけど、やがて小さく息を吐いた。


「……怒るなよ」


「内容によります」


「それはたぶん無理だ」


 そう言って、蒼天さまは懐から小さな包みを取り出した。

 一見すると、たしかに御守っぽい。

 でも、よく見ると全然違う。

 というか、見覚えはある。前世では何度か見たし、使ったこともある。けれど、今世で実物を見るのは初めてだった。

 薄さ0.001ミリと書かれた箱。

 そこに書かれていた文字を認識した瞬間、思考が止まった。


「…………」


 蒼天さまも黙っている。

 春の夜風が吹いた。

 遠くで誰かの笑い声がした。なのに、この場だけ妙に静かだった。


 私はもう一度、手元のそれを見る。

 見間違いじゃない。

 どう見ても避妊具だ。

 顔が、一気に熱くなる。


「し、樒ぃぃぃ……!」


 思わず低い声が漏れた。

 怒鳴りたい。

 今すぐ追いかけて頭をはたきたい。

 でも、それ以上に今は蒼天さまが目の前にいるのが最悪だった。

 あの従者、本当にろくでもない。


「……その」


 蒼天さまが珍しく言い淀む。


「俺も、渡された時は御守だと聞いた」


「でしょうね!」


 そうじゃなかったら困る。

 蒼天さまが自分でこんなものを持ち歩いていたら、それはそれで心臓に悪い。

 私は包みを押し返すように蒼天さまへ返した。

 でも、返した瞬間に「いや返すのも変では?」と頭の中が混乱する。

 受け取るのも変だし、返すのも変だ。

 どうすればいいの、これ。


「……私は何も知りません。蒼天さまは、樒から何も受け取っていない。そういうことで問題ありませんよね?」


 葛藤の末、私はそう絞り出した。

 蒼天さまは一瞬だけ目を丸くして、それから小さく笑った。


「分かった」


 その笑い方が少しだけ柔らかくて、余計に顔が熱くなる。

 駄目だ。

 今の私は完全に調子が狂っている。


「……笑わないでください」


「笑ってない」


「今、笑いました」


「少しだけだ」


「笑ってるじゃないですか……」


 自分でも声が弱い。

 さっきまで源嵐お父様と斬り合っていた人間の声とは思えない。

 でも、蒼天さまの前だとどうにも調子が狂う。


 蒼天さまはそれ以上その話題を引っ張らなかった。

 たぶん、気を遣ってくれたんだと思う。

 ありがたい。

 今は本当にありがたい。


「少し歩くか」


 蒼天さまがそう言った。


「近くに城西公園がある。夜桜が綺麗だ」


 私は一瞬だけ迷って、それから頷いた。


「……はい」


 よさこい稲荷神社を後にして、私たちは並んで歩き出した。


 夜の空気は少しひんやりしていて、火照った顔にちょうどよかった。

 高知城の傍らへ向かう道は静かで、街の灯りがやわらかく地面を照らしている。

 隣を歩く蒼天さまとの距離が妙に意識されて、さっきの御守の件を思い出しそうになるたび、私は慌てて別のことを考えた。

 でも、完全には無理だった。

 思い出すたびに顔が熱くなる。

 最悪……。


 やがて城西公園へ着くと、そこにはライトアップされた桜並木が続いていた。

 夜の闇の中に、淡い花の色だけが浮かび上がっている。

 風が吹くたび、花びらがはらはらと舞って、光を受けて白く瞬いた。


「……綺麗ですね」


 思わず、そんな言葉が口をついた。

 昼間の桜も好きだけど、夜の桜はまた別だ。

 闇の中に花の色だけが浮かんで見えて、どこか現実感が薄い。

 さっきまで幽世路にいたせいか、なおさらそう感じる。


「ああ」


 蒼天さまも桜を見上げたまま、小さく頷いた。


「満開には少し早いが、それでも十分だな」


「そうですね」


 会話は続いているのに、どこかぎこちない。

 さっきの御守――いや、避妊具の件が尾を引いているのもあるし、蒼天さまとこうして二人きりで並んで歩くこと自体、やっぱり少し落ち着かない。

 しかも、隣にいるのが蒼天さまだと思うと、余計に意識してしまう。

 沈黙を埋めるみたいに、また風が吹いた。

 花びらが肩へ落ちる。

 その時、蒼天さまがふと足を止めた。


「神奈」


「はい」


「少し、こっちを向け」


 言われるまま顔を向けると、蒼天さまの手が伸びてきた。

 びくりと肩が揺れる。

 でも、その指先は私の髪にそっと触れただけだった。

 乱れていた前髪に引っかかっていた花びらを、蒼天さまが摘まみ取る。


「ついていた」


「……あ、ありがとうございます」


 たったそれだけのことなのに、顔が熱い。

 自分でも分かるくらい、変に意識してしまっている。

 蒼天さまは何でもないことみたいに花びらを指先から離した。

 白い花弁が、夜気に乗ってふわりと落ちていく。


「それと」


 蒼天さまは自分の上着を脱ぐと、私の肩へかけた。


「今の格好のままでは冷える」


「え、でも」


「遠慮するな」


 静かな声だった。

 押しつけるような強さはないのに、断りにくい。

 私は少し迷ってから、素直にその上着の端を握る。

 蒼天さまの体温が、まだ少し残っていた。

 それだけで、胸の奥が妙に落ち着かなくなる。


「……ありがとうございます」


「ああ」


 また少し歩く。

 桜並木の下を、二人でゆっくりと。

 夜の公園は静かで、遠くの街の音もここまで来るとだいぶ薄い。

 だからこそ、隣にいる蒼天さまの気配ばかりが近く感じた。

 さっきまであんなに恥ずかしくてたまらなかったのに、こうして蒼天さまと並んでいると、少しずつ力が抜けていく。


「神奈」


 足が、少しだけ止まりかけた。

 蒼天さまの声が、さっきまでより少し低い。

 真面目な話をする時の声だ。


「明日、私は京都へ帰る。その前に少し話しておきたかった」


 私は黙って蒼天さまを見た。

 街灯の光が横顔を照らしている。

 その表情は静かだったけど、迷いがないわけじゃない。

 言葉を選んでいるのが分かった。


「東京へ行くんだろう」


「……はい」


「本当なら、私も行きたい」


 その一言に、胸の奥が小さく揺れた。

 蒼天さまは前を向いたまま続ける。


「傍にいて、何かあった時に手が届く場所にいたい。そう思っている」


 夜風が吹く。

 桜の枝が揺れる。

 私は上着の端を握る手に、少しだけ力を込めた。


「でも、私は行けない」


 その声は静かだった。

 言い訳がましさはない。

 ただ、事実を言っているだけだ。


「晴明の件で、京都は今かなり不安定だ。父の移座の話まで出ている。そんな時に私が東京へ動けば、余計な意味がつく」


「……はい」


 それは分かる。

 蒼天さまは、ただの一個人じゃない。

 天皇家である天ノ宮家の人間で、次代を担う立場にいる。

 その人が東京へ行くというだけで、色々な思惑が絡んでしまう。


「それに」


 蒼天さまはそこで一度言葉を切った。

 何かを決めるみたいに、静かに息を吐く。


「私は、ただ心配しているだけじゃない」


 その言い方に、私は少しだけ眉を寄せた。

 ただの心配じゃない。

 じゃあ、何だろう。

 蒼天さまは、しばらく黙っていた。

 夜桜の下で、その沈黙だけが妙に重い。

 やがて、蒼天さまは低い声で言った。


「夢を見た」


「……夢、ですか?」


「ああ」


 蒼天さまは私を見ないまま、前を向いている。


「ただの夢じゃない。神奈の中にある天照の神力が、月夜見の神力を通して見せたものだった」


 息が止まりそうになった。

 胸の奥がざわついた。

 思い当たるものが、ないわけじゃない。

 たぶん【万華鏡雅叙苑】の一件だと思う。


「その夢の中で、私は神奈を救えなかった」


「……いえ。あの時の蒼天さまは、私を救ってくれました」


 首を振って否定した。

 確かに私は【万華鏡雅叙苑】で死んだ。

 でも、操られるまま凶行を行う私を、神具・天逆矛で時間停止することで止めてくれた。

 結果として周りの武士によって殺されてしまったのだけど……。


「あまり誇れる生き様ではなかったですけど、蒼天さまが天逆矛を使ってくれたお陰で、死に様は自分で決めることができました」


 左目に埋め込まれている自決用自焼瞳術【火之迦具土】。

 最後の最後で、私は己の意思を通す事が出来た。

 誇れるようなものでもない。

 それでも、【終極・万象滅却】で存在も因果も何もかも滅却される終わり方に比べれば、まだずっとましだった。

 少なくとも、自分で死に様は選べた。

 自分の意志で終われる。

 誰かを巻き込む前に、自分で幕を引ける。


 あの時の私にとって、それは救いだった。


 もしもあのまま発動して、蒼天さまや、あの場所にいた面々を殺してしまっていたら。

 たとえその後に私が死んだとしても、そんなものでは到底償いにならなかった。

 死んでも死にきれない、なんて言葉ですら足りない。

 だからこそ、天逆矛で止めてもらえたことには、今でも感謝している。

 あの一瞬があったから、私は最後の選択だけは自分のものとして掴めたのだ。


「しかし、私が間に合わなかったのは事実だ。他にできる術もあったはずだという後悔だけが残った」


 蒼天さまの声は静かだった。

 責める響きはない。

 けれど、その静けさの奥に、長く沈殿した悔恨があるのが分かった。


 私の内にある天照の神力は、蒼天さまに由来する。

 だからこそ、あの時の蒼天さまの後悔が、この世界の蒼天さまに流れ込んだのだろう。

 救えなかったという痛み。

 間に合わなかったという悔しさ。

 もっと別の道があったのではないかという、答えの出ない問い。

 それはきっと、夢なんて曖昧な言葉で片づけられるものじゃない。

 見せられた側にとっても、十分すぎるほど現実だったはずだ。


「蒼天さま。察していると思いますけど、今の私は未来――並行世界の魂魄が宿っている存在です」


「……」


 蒼天さまは何も言わなかった。

 たぶん、もう薄々は分かっていたのだと思う。

 私の言動の端々に、今の年齢の私だけでは説明のつかないものが混じっていることを。

 戦い方も、物の見方も、ときどき零れる諦めや執着も。


「蒼天さまとは、色々とあって恋人関係でした。――だからといって、それを意識しなくていいです」


 言いながら、自分でひどく欺瞞めいていると思った。

 意識しなくていい、なんて。

 そんなふうに言えるほど、私は割り切れていない。

 蒼天さまと一緒にいるだけで、心が安らぐ。

 隣に立っているだけで、どこか張り詰めていたものがほどけていく。

 こうして夜桜の下を並んで歩いているだけで、ずっとこのままでいたいと、そんなことまで思ってしまう。


 可能なら。

 できることなら。

 今世でも、付き合いたい。

 でも、それは私の側の事情だ。


 私にとっては前世の続きでも、蒼天さまにとっては、あり得たかもしれない未来の残滓でしかない。

 見せられた後悔や、流れ込んだ感情を土台にして関係を始めるのは、どこか違う気がした。

 それはたぶん、前世の蒼天さまにも、今ここにいる蒼天さまにも、不誠実だ。


「……そうか。少し安心した」


「蒼天さま?」


「神奈は向こう側の私と、今の私を同一視しているのではないかと思っていた」


 その言葉に、胸の奥がきゅっと縮んだ。

 そんなふうに不安にさせていたのかと思うと、少しだけ申し訳なくなる。


「そんなことは、ありません」


 はっきりと言い切った。

 もちろん、前世の記憶に引っ張られて、蒼天さまに少しドキドキすることはある。

 声の調子とか、ふとした仕草とか、真面目な顔で優しいことを言うところとか。

 そういうものに、前世の記憶が勝手に反応してしまうことはある。

 でも、それとこれとは別だ。


 ここにいる蒼天さまと、前世での蒼天さまは、同一であっても別の存在だ。

 同じ魂の流れの上にいるとしても、積み重ねてきた時間が違う。

 見てきた景色も、抱えている責任も、今ここで私に向けてくれる言葉も違う。

 それくらいの分別は、ちゃんとついている。

 私の中にある天照の神力が、どこまで蒼天さまに見せたのかは分からない。

 でも、少なくとも今ここで向き合っている相手は、夜桜の下で、私の隣に立っている蒼天さまだ。


「蒼天さま。前世の蒼天さまは、情熱的な愛の告白をされました。今度は私のほうから告白されるぐらい、良い漢になってください」


 少しだけ冗談めかして言ったのは、照れ隠しでもあった。

 これ以上真っ直ぐに言葉を重ねたら、自分の方が先に耐えられなくなりそうだったからだ。


「――ああ。精進しよう」


 蒼天さまは、真面目な顔のままそう返した。

 その返し方があまりにも蒼天さまらしくて、少しだけ可笑しくなる。

 でも、次の言葉は予想外だった。

 蒼天さまは、ふと思い出したように言った。


「ならば、次は神奈からキスをしてきたれて告白をしてくれるのだな」


「っゲホゲホ」


 思わず咳き込んでしまった。

 肺に変なところで空気が入った。

 たぶん私は、今ものすごく顔が赤い。

 夜でよかった。いや、夜でもたぶん隠しきれていない。


「天照の神力は、そんな場面まで見せたのですか!」


 半ば悲鳴みたいに問い返すと、蒼天さまは珍しく少しだけ言い淀んだ。


「あ、いや、私が神奈に告白した場面は、樒が……」


「樒!?」


 思わず声が裏返った。

 いやいやいや。ありえない。

 だって樒は、前世で顔を合わせたこともない。

 だから、私と蒼天さまの告白場面なんて知りようがないはずだ。


「死神として向こう側で調査するにあたり、スキル【過ぎし刻は未だ此処に】で観測したらしい」


「そ、そうですか」


 頭が痛い。

 どうやら樒とは、一度プライバシーについてとことん話し合わないといけないようだ。

 というか、話し合いで済むのだろうか。

 済まない気がしてきた。


「蒼天さま。樒はどこまで見せましたか」


「告白をして、生徒会室でする直前までだな」


「本当ですね!」


 思わず身を乗り出して確認してしまう。

 蒼天さまはそんな私を見て、少しだけ苦笑した。


「ああ。天ノ宮の名に誓おう」


 その言い方が妙に真面目で、逆に少しだけ安心する。

 ……いや、安心していいのかは分からないけど。

 少なくとも、最悪の事態ではなかったらしい。

 蒼天さまは苦笑を引っ込めると、また真剣な表情になった。


「神奈」


「はい」


「一つ、約束してくれ」


 蒼天さまの声が、また少しだけ真面目になる。

 私は自然と姿勢を正していた。


「無茶をするな、とは言わない」


「……はい」


 それはたぶん、私が守れない。

 蒼天さまも分かっているんだと思う。

 私が戦うことをやめないことも、必要なら自分を削る選択をすることも。


「だが、一人で全部抱え込むな」


 その言葉に、少しだけ目を見開いた。


「強くなろうとするのはいい。戦うのも止めない。だが、何もかも自分一人で背負って、自分を削ることを当然にするな」


 源嵐お父様の言葉。

 太三郎大親分の言葉。

 色々なものが頭をよぎる。


 折れないだけでは足りない。

 硬いだけでは、いずれ折れる。

 自分一人で全部を抱え込むな。


 違う人たちの言葉なのに、不思議なくらい同じところへ刺さってくる。

 たぶん私は、昔からそういう生き方をしすぎていたのだ。

 自分で背負って、自分で決めて、自分で壊れる。

 それを強さだと思い込んでいた。


「頼ってくれ」


 蒼天さまは、静かに言った。


「傍にいられなかったとしても、私にできることはある。必要なら、遠慮なく言ってほしい」


 胸の奥が、じわりと熱くなる。

 前世の私は、一人で閂を助けようとして、結果として閂を殺してしまい、万華鏡雅叙苑での凶行にまで至った。

 あの時、もっと誰かに頼れていたら。

 もっと早く手を伸ばせていたら。

 違う結末があったのかもしれない。


 きっと蒼天さまは、天照の神力を通してそこまで知ったからこそ、今こう言ってくれているのだろう。

 ただ優しいからじゃない。

 ただ心配だからでもない。

 私が一人で抱え込んだ先に何があるのかを、痛みとして知ってしまったからこその言葉だ。


「はい。困ったことがあったら蒼天さまに頼ります」


 そう答えると、蒼天さまは小さく頷いた。


「ああ。……そうだ。風臥には教えていたが、神奈には教えていなかったな。私のスマホの番号」


「そう、でしたね」


 今の私の立場は婚約者候補の一人。

 それでも、実際には今世で蒼天さまと接する機会はあまり多くなかった。

 だから、蒼天さまの電話番号も知らなかった。


 私はポケットに入れてあったスマホを取り出し、電話帳を開く。

 蒼天さまが番号を告げる。

 その数字を一つずつ打ち込んでいくだけなのに、妙に緊張した。

 たったそれだけのことなのに、今までより少しだけ距離が近づいた気がしてしまう。


「中々電話には出られないと思うが、何かあればメッセージでもいい。連絡をくれ」


「はい。わかりました」


 登録を終えて顔を上げると、蒼天さまが少しだけ笑っていた。

 その穏やかな表情を見ていると、胸の奥のざわつきが少しずつ静まっていく。


 風が吹く。

 花びらがまた舞う。

 夜桜の下で、しばらく二人で黙って立っていた。

 沈黙なのに、さっきまでみたいな気まずさはない。

 むしろ、静かで心地いい。

 やがて、私がぽつりと言った。


「……修行、頑張ります」


「ああ」


「強くなって、風臥兄さんも、蒼天さまも、閂も、輝夜もみんなを守れるぐらいになってみせます」


 口にしてから、自分でも少し欲張りだと思った。

 でも、本音だった。

 守られるだけじゃ嫌だ。

 大切な人たちを、今度こそ自分の手で守れるくらい強くなりたい。


「ああ。神奈ならやるだろう」


 即答だった。

 迷いのない声だった。

 その信じ方が、嬉しい。

 無責任な励ましじゃない。

 ちゃんと私を見た上で、そう言ってくれているのが分かる。


 その時、また風が吹いた。

 花びらが一斉に舞い上がる。

 白く、淡く、夜の中で揺れる。

 綺麗だと思った。

 桜も。

 この時間も。

 たぶん、今のこの気持ちも。


 修行はきっと厳しい。

 一ヶ月なんて、たぶんあっという間だ。

 それでも、終わった時にまた電話か、あるいはメッセージで話せると思えば、不思議と怖くなかった。


 私はそっと、蒼天さまから借りた上着の端を握りしめる。

 まだ少しだけ残っている体温が、夜の冷えた空気の中でやけにあたたかかった。



読んでいただきありがとうございました。

少しでも「いいな」と思ったら、ブックマーク・評価・感想をいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ