表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地獄に堕ち修羅道より回帰した最強少女は運命に抗い覆す  作者: 華洛
第三章:天敵

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/44

32話 二度目の現世境


 黄泉比良坂上層――現世境。

 空は色を失ったように鈍く、乾いた地面にはひびが走っている。

 遠くの歪んだ木々の向こうで、薄い霧がたゆたっていた。


 瘴気は浅い。

 けれど、現世の空気とはやはり違う。

 肺に入るたび、身体の奥へ冷たいものが沈んでいくような感覚がある。


 私はこの空気が嫌いじゃない。

 危険は危険としてそこにあるし、敵意は敵意として形を持つ。

 地上みたいに、見えないものを見えないまま気にし続けなくていい。

 そういう意味では、黄泉比良坂の方がずっと分かりやすかった。


(太公望、また一つスキルをバックアップから復元したんだよね)


≪はい。戦闘系スキルか補助スキルか迷いましたが、今は中途半端に強い戦闘スキルよりも、補助を優先することにしました≫


(太公望がそう判断したならいいよ。で、どんなスキル?)


≪【我、境界の外より観測す】です≫


 ……ああ。あの分析・解析をするアナライズ系のスキル。

 正直、私は使いこなすことができずに死蔵していたけど、太公望を得てからは太公望が使用していた。

 見た対象を分析・解析するスキルだけど、情報量が多すぎて使い手を選ぶ。

 取捨選択を誤れば、頭を痛めるだけだ。

 しかも、このスキルは使用者自身を分析できない。

 もしできていれば、私の魂魄に潜んでいた朔影や晴明にも気づけたのかもしれない。

 ……たらればを言っても仕方ないけど。


≪【我、境界の外より観測す】で分かったことですが、輝夜の胸部に霊力による後天的増強の痕跡はありませんでした≫


「その報告、今ここで必要!?」


 太公望の頓珍漢な報告に、思わず大声をあげてしまった。

 黄泉比良坂の乾いた静けさを、私の声が不格好に引き裂く。


 しまった、と思った時にはもう遅かった。


 遠くの霧の向こうで、何かが動く。

 鳥とも獣ともつかない鳴き声が、ぴたりと止んだ。

 代わりに、ざり、と乾いた土を踏む音がひとつ。

 ふたつ。

 それから、あちこちで続いた。


「……神奈さま」


 責めるような、呆れたような、そんな目で見てくる輝夜。

 その視線の意味が、今は痛いほど分かる。


「ご、ごめん」


 謝りながら、私は腰の愛染明王へ手をかけた。

 視線を前へ戻す。


 薄い霧の向こうから、影が滲み出るように現れた。

 人の形に近いもの。

 獣じみた四肢で這うもの。

 首が妙に長いもの。

 瘴気に濁った目が、こちらをじっと見ている。


 現世境に出る妖魔としては、そこまで強い部類じゃない。

 でも、数が多い。

 しかも、音に釣られて寄ってきたのが一体や二体じゃないのは、気配で分かった。


≪神奈さま。現在確認できるだけで十一。霧の向こうにまだいます≫


(うん。知ってる)


 私は小さく息を吐いた。

 さっきまでの気まずさが、逆に綺麗に消えていく。

 こうなると、もう考えることは単純だ。


「輝夜」


「はい」


「右は任せていい?」


「お任せください」


 輝夜の声は、もう硬くなかった。

 狩衣の袖が揺れ、両手で印を結ぶ。

 私も愛染明王の柄を握り、ゆっくりと鯉口を切った。

 青白い霊力の刃が顕現する。


 乾いた風が吹く。

 灰色の空の下、妖魔たちがじりじりと距離を詰めてくる。


「焔風緋雀葬」


 先を越された。

 印を結び終えた輝夜の前方に、火と風で形作られた雀が幾羽も現れる。

 火の雀は緋色に燃え、風の雀は輪郭だけを淡く光らせながら透き通っていた。

 それらが一斉に羽ばたくと、灰色の空気を裂いて鮮やかな軌跡を描く。


≪あれは――霊力で造り出した火と風の雀を複数体相手へ飛ばし、相手に接近したところで風の雀が火の雀に重なり火力を増大させて相手を葬り去る術です≫


 そうそう。見た目は綺麗な術だけで、効果はえげつない。

 私は前世で知っているけど、太公望は知らない術。

 それを知っているということは、【我、境界の外より観測す】で分析・解析したんだろう。

 うん。分析するなら、こういうのにしてほしい。


 先頭の妖魔が、喉の奥で濁った声を鳴らした。

 次の瞬間、火の雀がその顔面へ食らいつく。

 遅れて飛び込んだ風の雀が重なり、炎が一気に膨れ上がった。

 赤い火花が散り、妖魔の頭部が内側から弾ける。


 さらに二羽、三羽。

 雀たちはただ突っ込むだけじゃない。

 左右へ散ろうとした妖魔の進路を塞ぐように回り込み、逃げ道を焼き、足を止め、群れの形を崩していく。

 火の尾が霧を裂き、風の羽音が鋭く鳴った。

 灰色の世界に、そこだけ鮮烈な朱と白が走る。


 綺麗だ。

 でも、綺麗で済ませるには殺意が高すぎる。


「でも、散ってくれるなら助かる」


 私は地を蹴った。


 乾いた土が砕け、身体が前へ滑る。

 右から低く回り込んできた四肢の妖魔が、地を這う勢いのまま脚へ喰らいつこうと口を開く。

 その瞬間、半歩だけ踏み込みをずらし、噛みつきの軌道を外す。

 すれ違いざま、愛染明王を下から斜めに振り上げた。


 青白い刃が、下顎から肩口までを一息に裂く。

 手首に返ってきた感触は軽い。

 肉を断つというより、濁った霊力の塊を切り裂く感覚に近い。

 妖魔の身体が跳ね、断面から黒い瘴気を噴き上げながら崩れた。


 間を置かず、左から人型の妖魔が腕を伸ばしてくる。

 爪が長い。

 振り下ろしじゃない。

 掴みにくる動きだ。


 私は刃を返してその手首を払った。

 青白い光が弧を描き、肘から先が飛ぶ。

 妖魔が仰け反るより早く、踏み込みを深くする。

 肩を入れ、腰を回し、今度は横薙ぎ。

 喉から首の半ばまでを断ち切る。


 濁った悲鳴。

 まだ倒れない。

 なら、もう一歩。


 前へ出た足を軸に身体を捻り、返す刃で首を完全に落とした。

 頭部が地面へ転がる前に、胴体の方が煙みたいに崩れて消える。


 後方で、ぱん、と乾いた破裂音が続いた。

 輝夜の雀だ。

 振り向かなくても分かる。

 火と風が重なるたび、妖魔の群れのどこかが焼き潰され、動きが乱れていく。


≪左後方、三。うち一体、跳躍行動≫


(見えてる)


 頭上の気配に合わせて、私は身体を沈めた。

 直後、首の長い妖魔が鞭みたいにしならせた頸を叩きつけてくる。

 風圧が頬を掠めた。

 そのまま地面へ突き刺さった首が、乾いた土を砕く。


 伸びきった。

 なら、斬れる。


 私は踏み込みを短く入れ、下から刃を走らせた。

 愛染明王の青白い軌跡が、首の付け根を斜めに断つ。

 骨とも筋ともつかない抵抗を抜けた瞬間、手応えが変わる。

 妖魔の長い首が半ばから折れ、濁った液みたいな瘴気を撒き散らした。


 まだ生きている。

 なら、止め。


 前へ滑り込み、崩れた頭部の下へ刃を突き上げる。

 口腔を貫き、脳天まで一気に通す。

 妖魔の身体がびくりと震え、そのまま霧散した。


「神奈さま、右から二体!」


「了解!」


 声に合わせて視線を切る。

 右手側から、人型の妖魔が二体、間合いをずらしながら迫ってきていた。

 一体は腕が異様に長く、もう一体は腹が裂け、その奥が口みたいに蠢いている。

 気持ち悪い。

 でも、気持ち悪いだけだ。


 長腕の一撃が横薙ぎに走る。

 私は刃を立てて受けるんじゃなく、峰を滑らせるようにして軌道を逸らした。

 力を真正面から受けない。

 流した勢いのまま懐へ潜る。


 近い。

 近ければ、こっちの間合いだ。


 愛染明王を逆袈裟に振り上げる。

 脇腹から肩へ、青白い線が走る。

 妖魔の胴が大きく裂け、瘴気が噴き出した。


 そのまま刃を返し、今度は腹の裂けた方へ踏み込む。

 開いた腹の奥で、歯みたいなものが蠢いた。

 噛みつかれる前に、横薙ぎ。

 腹ごと上半身を断ち切る。

 断面から黒い霧が吹き上がり、私の頬を掠めて流れた。


 輝夜の雀が、その霧の向こうを抜ける。

 火の雀が一羽、逃げかけた妖魔の背へ食らいつき、風の雀がその背中で重なった。

 炎が羽の形に広がり、妖魔の輪郭を一瞬だけ朱く浮かび上がらせる。

 次の瞬間には、焼け崩れていた。


 やっぱり、やりやすい。


 輝夜の術は、前よりもずっと無駄がなかった。

 ただ派手に焼くだけじゃない。

 群れの厚いところを削り、死角へ回ろうとする個体を牽制し、私が踏み込む先の圧を薄くしてくれている。

 面で制し、線で通す。

 前衛と組む術として、かなり完成度が高い。


 さっきまでの気まずさが、刃を振るうたびに薄れていく。

 敵が目の前にいる方が、やっぱりずっと楽だ。


≪正面、残り四。うち一体、個体強度がやや高めです≫


 霧の奥から、ひときわ大きい影が現れた。

 人型に近いが、背中が不自然に膨れ、両腕の先が鎌みたいに湾曲している。

 瘴気の濃さも、他の雑魚より一段上だ。

 現世境の主気取りか、それともたまたま紛れ込んでいただけか。

 どっちでもいい。


 そいつは仲間が焼かれ、斬られても怯まない。

 低く身を沈めたかと思うと、一気に間合いを詰めてきた。

 速い。


 右の鎌腕が横薙ぎに走る。

 私は半歩引いて刃先を外し、返す左の一撃を愛染明王で受けた。

 甲高い音が鳴る。

 重い。

 腕に痺れが走る。

 でも、受けきれないほどじゃない。


 押し込まれる前に、手首を返して力を流す。

 真正面からぶつからず、斜めへ逃がす。

 鎌腕が私の肩先を掠め、空を切った。

 空いた脇腹へ斬り込もうと踏み込んだ瞬間、妖魔の背が膨れた。


≪瘴気放出、来ます≫


 直感に従って飛び退く。

 次の瞬間、背の瘤みたいな部分が裂け、黒い瘴気が霧のように噴き出した。

 さっきまで私がいた場所の地面が、じゅ、と音を立てて黒く焼ける。


「うわ、嫌なタイプ」


「神奈さま、下がってください!」


 輝夜の声と同時に、上空へ待機していた雀たちが一斉に軌道を変えた。

 火の雀が三羽、風の雀が二羽。

 それぞれが別角度から妖魔へ迫り、逃げ道を塞ぐように包囲する。


 妖魔が鎌腕を振るって一羽を叩き落とす。

 でも、それで終わりじゃない。

 散った火が尾を引き、次の雀の進路を照らす。

 風の雀がその隙間を縫って潜り込み、火の雀へ重なる。

 爆ぜた炎が、妖魔の頭上で花みたいに開いた。


 赤い。

 灰色の世界の中で、その一瞬だけ、戦場が鮮やかに染まる。


 妖魔は咄嗟に腕を交差して防いだけど、その一瞬で足が止まる。

 十分だ。


 私は踏み込んだ。


 一歩目で瘴気の薄い場所を選び、二歩目で懐へ入る。

 三歩目は踏み込みじゃない。

 斬るための位置取りだ。


 愛染明王を下から振り上げる。

 交差した鎌腕の内側へ刃を滑り込ませ、胸元まで一気に裂いた。

 硬い。

 でも、止まらない。

 霊力の刃が殻みたいな表皮を割り、その奥の濁った核へ届く。


 まだ浅い。

 なら、もう一度。


 着地と同時に左足を軸に身体を回す。

 腰の捻りをそのまま刃へ乗せ、今度は横一文字。

 胴の中央を断つつもりで振り抜く。

 手応えが変わった。

 骨とも殻ともつかない硬さを越え、その奥を断ち切る感触。


 妖魔の身体が、ぐらりと揺れる。


 そこへ、最後の一羽が飛び込んだ。

 輝夜の火の雀だ。

 裂けた傷口へ吸い込まれるように入り込み、内側から炎を咲かせる。

 風の雀が遅れて重なり、火勢を一気に押し広げた。


 ぼ、と鈍い音がした。

 妖魔の胸から火が噴き、次の瞬間には全身が内側から崩れる。

 黒い塊は灰も残さず、瘴気の霧となって散った。


 静かになった。

 さっきまであちこちで響いていた足音も、鳴き声も、もうない。

 残っているのは、焼けた瘴気の臭いと、乾いた風の音だけだ。

 私は愛染明王を軽く振って刃にまとわりついた瘴気を払った。

 青白い光が、わずかに揺れる。


「……終わった?」


≪周辺反応、消失。少なくとも即応圏内にはいません≫


「なら終わりかな」


 そう言ってから、私は輝夜の方を見た。

 狩衣の袖を整えながら、輝夜も小さく息を吐いている。

 大きく乱れてはいない。

 術の消耗も、まだ余裕がありそうだった。


「輝夜、今のよかった」


「え」


「雀の当て方。ちゃんと動きを止める位置に入ってた。すごくやりやすかった」


 私がそう言うと、輝夜は少しだけ目を丸くした。

 それから、ほんのり頬を緩める。


「……ありがとうございます」


 その返事は小さかったけど、さっきまでよりずっと柔らかかった。

 前世で一緒に戦った時も、やりやすいと思った。

 まあ、前世で一緒に戦ったのは朔影なんだけど。

 でも、今もこうして同じように思えるのは、少しだけ嬉しい。


 私は愛染明王を鞘へ戻し、前方の霧へ視線を向ける。

 現世境はまだ浅い。

 こんなのは、せいぜい挨拶みたいなものだ。


「じゃ、先に進もうか」


「はい」


 灰色の空の下、私たちは再び歩き出した。



読んでいただきありがとうございました。

少しでも「いいな」と思ったら、ブックマーク・評価・感想をいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ