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地獄に堕ち修羅道より回帰した最強少女は運命に抗い覆す  作者: 華洛
第三章:天敵

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31話 よさこい稲荷神社


SIDE:素戔嗚神奈


 朝食を食べた私は輝夜と一緒に黄泉比良坂へ潜ることにした。


 一人でも良かった――というか、一人の方が気が楽だったのだけど、風臥兄さんと閂が反対した。

 そこで輝夜が名乗りを上げてくれて一緒に潜ることになった。

 ……輝夜が一緒に潜りますと言ったら、二人とも安心したような感じになるのは失礼じゃない?


≪日頃の行いなのでは?≫


 太公望が冷静なツッコミをしてくるけど気にしない。


 大和にある神社仏閣は、根のように伸びた黄泉比良坂を封じる役割がある。

 つまり神社仏閣があるところに行けば、黄泉比良坂へ潜ることができた。

 しかし全ての神社仏閣が同様の強度で封印をしているわけじゃない。

 封印で完璧に閉じてしまうと、黄泉比良坂に瘴気が溜まる。

 瘴気が溜め込まれれば、妖魔たちが強くなってしまう危険性がある。

 そのため、場所によってはわざと封印を弱めているところもある。

 そういう管理は神主や陰陽師たちが行っていた。


「……狐」


「稲荷神社だからね」


 境内を見回した輝夜は、ぽつりと呟いた。

 素戔嗚家別邸から公共交通機関と徒歩で三十分程度。

 よさこい稲荷神社は高知市内の高知城近くにある。

 特別大きい神社というわけではない。けれど、妙に印象に残る。


 朱塗りの鳥居。

 同じく赤く塗られた社殿。

 こぢんまりとした境内は木々に囲まれていて、街中にあるはずなのに少しだけ奥まった場所みたいに見えた。


 鳥居の脇や社殿のそばには、稲荷の石像がいくつも置かれている。

 狐たちは赤い前掛けを掛け、静かな顔でこちらを見ていた。

 近い距離にいくつも並んでいるせいか、境内に入っただけで妙に視線が多い。

 華やかというより、色が濃い。

 赤という色のせいか、それともここが現世と黄泉の境目に近いせいか、空気そのものが少しだけ濃い気がした。


「輝夜は狐が苦手だっけ?」


 前世の輝夜に、そんな様子はなかった気がする。


「……朔影の影響でしょうか。今は少し苦手というか、怖くなりました」


 晴明は玉藻前――白面金毛九尾狐の息子だ。

 朔影は操られた経験をしているので、その関係で苦手になったのだろう。


「……神奈さま。他の神社でも良かったのでは?」


「確かに他でも良かったよ。なんなら、土佐神社でも良かったけど……」


 土佐神社は一宮にある高知でも一番の神社。

 黄泉比良坂の瘴気が濃く、他のところと比べて少し出てくる妖魔も強い。

 ……その分手続きが面倒くさいし、外も内も人が多い。


 でも、よさこい稲荷神社は直ぐ近くに高知城がある関係で、少し他と比べて封印を弱くしている。

 何かあっても近くにいる武士や陰陽師が対処しやすいためだ。

 そのぶん入りやすい。

 その気になれば、陰陽師ではない私でも封印を解いて入れるぐらいだ。

 昔、雷臥兄さんにコッソリと教えられて、二人で一緒に潜っていた記憶がある。


「まあ、こっちの方が場慣れしているからね。それに安心して。四国には狐の妖魔も妖怪もいないから」


「そう、なんですか?」


 不思議そうな顔をする輝夜に向けて頷いた。


 四国に狐系の妖魔・妖怪がいないのは、駆逐され追い出されたからだ。

 それを成したのは、四国最大勢力を誇るヤクザ・隠神刑部組。

 また隠神刑部組組長にあたる屋島太三郎大親分。

 齢千歳を超える大妖怪。変化においては大和一の実力者。

 まだ源嵐お父様が生きていたころに会ったことがある。

 大親分は気の良い感じの妖怪だけど、善人か悪人かと問われたら間違いなく大悪人と答えられる。


「さて、そろそろ黄泉比良坂に入らない?」


「分かりました」


 輝夜は頷くと、一歩前に出て、赤い鳥居の前に立ち、静かに印を結び、空中へ手を翳す。

 鳥居に面した空間が、水面のように揺れて景色が青白く変化した。

 ひやりと、空気の温度が一段下がる。

 空気が変わる。

 ぴん、と張り詰めるような感覚。

 目には見えない膜が震え、その向こう側に別の空間が滲み出してくる。


「神奈さま。どうぞ。神奈さまが入った後で私も入り、入口を閉じます」


「……」


「神奈さま?」


「あ、ごめんごめん。それじゃ、先に行くね」


 気のせい――かな。

 稲荷の石像に見られていた気がする。


《此は特に感じませんでした》


 太公望がいうのなら気のせいか。

 私も晴明には前世でやられているから、朔影のように苦手意識が出ていたのかもしれない。


 輝夜が開いた黄泉比良坂への鳥居へ入り込む。

 足を踏み入れた瞬間、空気の温度が変わった。


 現世の匂いが途切れる。

 代わりに、乾いた土と瘴気の匂いが肺の奥へ沈んだ。

 視界がわずかに揺れる。

 重力の向きが一瞬だけ曖昧になり、足元が抜けるような感覚が走る。

 けれど、それもほんの刹那だ。

 次の瞬間、私は灰色の空の下に立っていた。


 黄泉比良坂上層――現世境。


 空は曇っているわけでもないのに、色を失っている。

 地面は乾いてひび割れ、ところどころに黒ずんだ草が生えていた。

 遠くには歪んだ木々が立ち並び、その向こうに薄い霧が漂っている。

 瘴気はまだ浅い。

 でも、現世の空気とはまるで違う。

 肺に入るだけで、身体の奥に冷たいものが沈んでいく。


 ……やっぱり、落ち着く。


 人の視線も、空気を読む必要も、曖昧な感情の機微もない。

 ここでは、危険は危険としてそこにある。

 敵なら斬ればいいし、罠なら避ければいい。

 分かりやすい。


《神奈さま》


(分かってる。油断はしない)


《なら結構です》


 太公望の声に、私は小さく息を吐いた。

 別に浮かれているつもりはない。

 ただ、地上よりはずっと楽だと思ってしまうだけだ。


 後ろで衣擦れの音がした。

 振り返ると、輝夜が周囲を見回しながら小さく息を呑んでいた。


 そういえば、輝夜と一緒に黄泉比良坂へ潜るのはこれで二度目だ。

 あの時は水月鏡なんて偽名を名乗っていたし、今よりずっと距離もあった。

 でも、戦いにくかった記憶はない。

 むしろ、前世も一緒に戦った経験があるためか、かなりやりやすかった。

 足運びも悪くなかったし、術式も綺麗だった。

 黄泉比良坂に不慣れな人間の動きじゃなかったのを覚えている。


「……大丈夫?」


 私が声をかけると、輝夜は少しだけ驚いたようにこちらを見た。


「はい。大丈夫です」


 そう答えてから、輝夜は周囲へ視線を巡らせる。


「前に入った時よりは、落ち着いて見られています」


「そっか」


 前より落ち着いているのは、本当なんだろう。

 少なくとも、あの時みたいな張り詰めた硬さは薄い。

 輝夜は無意識に、足場と瘴気の流れを確かめていた。

 やっぱり、こういう場所での動きは悪くない。


 私は改めて周囲へ視線を巡らせた。

 現世境は、見た目以上に足を取る。

 乾いた地面の下に空洞があったり、瘴気の溜まりが薄く膜を張っていたりするからだ。

 見た目だけならただの荒れ地に見えるけれど、慣れていないとすぐに足元を掬われる。


 遠くで、何かが鳴いた。

 鳥の声にも獣の声にも似ているけれど、どちらとも違う。

 黄泉比良坂では珍しくもない音だ。

 私は腰の愛染明王に触れた。

 刀の感触を確かめるだけで、少しだけ気持ちが落ち着く。


 輝夜は印を結んで現世との路を閉じる。

 狩衣の袖が灰色の風に揺れる。

 その所作はまだ少し硬いけれど、雑ではない。

 前よりずっと落ち着いている。

 これで再び現世へ還るには、この場所にある鳥居に印を結ぶか、帰還用の空間術式を入れた符などを使用するしかない。

 空間術式はかなり希少で、実際に買うとなると数十万から数百万もする。

 私のおこずかいじゃ買えない……。


 灰色の風が吹き抜ける。

 乾いた土がさらさらと音を立て、遠くの霧がわずかに揺れた。

 現世と地続きでありながら、決して同じではない場所。

 死の気配が薄く沈み、瘴気が地を這い、妖魔が息を潜める世界。

 それでも私にとっては、地上よりずっと分かりやすい。


「じゃあ、行こうか」


「はい」


 私がそう言うと、輝夜は小さく頷いて返事をした。

 そして私たちは、灰色の大地を歩き出した。


読んでいただきありがとうございました。

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