24話 進学先
彼岸樒と名乗った少女は、確かに自分で言うだけあって美少女だった。
同じ美少女でも、輝夜とはまるで違う。
あちらが儚げな月光なら、こちらは陽だまりみたいに人懐っこい。
けれど、私が気になったのは顔立ちよりも強さの方だった。
ぱっと見た限りでは、隙だらけに見える。
立ち方も、気配の置き方も、どこか力が抜けている。
なのに、その隙へ踏み込んだ瞬間、こちらが返り討ちに遭う光景だけは妙にはっきり想像できた。
不思議な感覚だった。
隙があるのに、隙がない。
柔らかく笑っているのに、底が見えない。
――強い。
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった。
「……彼岸樒さん。ちょっと手合わせしよう」
前世では会った記憶がない。
私が辿生したことで酒呑童子が影とはいえ現れた、その影響だろうか。
知らない実力者が目の前に現れたなら、戦ってみたくなる。
武士として、たぶんこれは本能だ。
「神奈、待て」
「………えー。私の従者なんですよね。なら、主として実力を把握しておきたいと思うのは仕方ないと思う」
「ただ戦ってみたいだけだろ」
まあ、そうなんだけど。
風臥兄さんは呆れたようにため息を吐いた。
「先に伝えておくことがある。戦うにしろ、挨拶をするにしろ、聞いてからにしなさい」
「……うん」
餌をぶら下げられて待てをされた犬みたいな気分だった。
目の前に気になる相手がいるのに、すぐには飛びつけない。
もどかしくて仕方ない。
「お前の進学先だ」
「私の進学先は、皇立高天原学園ですよね」
前世では、十二歳の三月までは高知で過ごし、四月からは京都にある皇立高天原学園へ通うことになっていた。
だから、今さらそこが変わるとは思っていなかった。
「確かに、何事もなければそれで問題なかった。ただ、状況が色々と変わった」
風臥兄さんは疲労を滲ませた声で言う。
「さすがにお前でもテレビは見ているだろう。晴明が平安京を中心に隕石を降らせた。平安京そのものは天皇陛下の力で守られたが、周辺の被害は大きい。それに、お前は身分を偽っていたとはいえ、京華族とも揉めただろう」
……京華族。
えっと、何か関わりがあったっけ。
《巽累です。試験でヤクザを使って人身売買をした者ですね》
(あー、いた。思い出した。あの後に酒呑童子があったから、記憶から抜け落ちてた)
つまり京華族は、巽累に関する件を逆恨みして、私に何かしてくる可能性があるということか。
面倒くさい。
正面から来るなら、私は正面から受けて立つ。
でも、京華族はそういう相手じゃない。
ヤクザを使ったように、搦手で来る。
正面から斬り結ぶのではなく、社会の仕組みごと使って潰しに来る類だ。
そういう相手は、嫌いだ。
嫌いだし、面倒だし、何より鬱陶しい。
「蒼天さまも俺も目を光らせはするが、京都は京華族のホームだ。何をしてくるか分からない。そこで、お前には関東――大和の副首都である東京へ転学してもらうことにした」
「東京……」
思わず、その言葉を繰り返していた。
京都が大和の首都なら、東京は副首都。
京都が術や霊術技術の中心なら、東京は科学技術の中心だ。
東京方面では、甲冑【毘沙門天】という霊装甲が開発され、武士への配備が進んでいると聞いたことがある。
霊玉を動力源にして装着者の霊力を補助し、高い防御力を持ち、簡易型とはいえ霊剣の発動まで可能にする。
しかも機動力も高く、短時間なら飛行すらできるらしい。
興味はある。
かなりある。
京都とは違う戦い方、違う技術体系。
武士としては、正直かなり惹かれるものがあった。
でも、それと同時に、胸の奥に小さな引っかかりも生まれていた。
高知を離れ、京都へ行くつもりでいたのに、今度は東京。
行き先が変わるというだけなのに、思っていた未来が少しずつずれていく感じがした。
「それに東京には雷臥がいる。お前は健速家に居候しつつ、向こうの学校へ通うことになる」
「え、雷臥兄さんのところに?」
思わず声が弾んだ。
自分でも分かるくらい、反応が早かった。
風臥兄さんの双子の弟で、私の兄。
源嵐父さまが死んだ時、東京にある素戔嗚家分家・健速家もまた大きな被害を受けた。
本家筋に近い分家を存続させるため、雷臥兄さんが養子に入ることになったのだ。
風臥兄さんが柔なら、雷臥兄さんは剛。
二人揃えば、本当に最強と言っていいくらい強い。
雷臥兄さんがまだ高知にいた頃は、風臥兄さんに内緒で山を駆け回ったり、こっそり黄泉比良坂に潜ったりして、よく一緒に怒られたものだ。
怒られた記憶なのに、不思議と嫌な思い出じゃない。
むしろ、思い出すと少し笑いたくなる。
本当は私を健速家へ出す案もあったらしい。
でも、風臥兄さんと雷臥兄さんが揃って反対した。
私を一人にすると何をするか分からない、という熱い信用の結果らしい。
……ひどい。
でも、否定しきれないのが悔しい。
「ああ。――それと、閂にはお前に対してのみ、当主代行権限を行使できる権限を与えた」
「え」
嬉しさが、一瞬で現実に引き戻された。
「俺は当主代行として、ずっと東京にいるわけにはいかない。京都と出雲と高知を行き来することになる。そうなると、お前の制禦は難しくなる。なら、お前が言うことを聞く相手に相応の権限を持たせるのは当然だろう」
「……分かりました」
つまり東京に行ったら、閂の判断でいつでも私を蟄居させられるということだ。
……ずっと蟄居させられる未来しか見えない。
《無茶をしなければ問題ありません》
(うん。それは無理だから、閂が心配しないように、バレずに無茶をする方法を考えてよ)
《………………はい》
なんだか不満そうな返事だった。
雷臥兄さんと一緒に過ごせるのは、素直に嬉しい。
楽しみが一つ増えた気がした。
東京という新しい場所にも、少しだけ胸が躍る。
……でも、その分、風臥兄さんとは離れることになる。
その事実に気づいた瞬間、胸の奥が少しだけ静かになった。
風臥兄さんは、うるさいくらい私を叱る。
無茶をすれば止めるし、勝手なことをすればため息を吐く。
当主代行として、兄として、いつも私を見ている。
それが当たり前みたいになっていた。
だから離れると聞いて、こんなふうに胸の奥が空くとは思っていなかった。
嬉しい。
楽しみ。
でも、少し寂しい。
その全部が一緒くたになって、うまく言葉にならない。
私の感情を察したのか、風臥兄さんはそこで話を切り替えた。
「ひとまず、お前に伝えるのはこれくらいだ。――樒と闘いたいんだろう。地下練習場でやるといい」
あ、そうだ。
進学の話で、危うく忘れるところだった。
私は樒へ視線を向ける。
樒は相変わらず、ふわりとした笑みを浮かべている。
柔らかそうで、掴みどころがなくて、やっぱり底が見えない。
でも、だからこそ戦ってみたい。
「それじゃあ、試合をしようか」
樒はにこっと笑った。
「お手柔らかにお願いするッス」
その軽い返事が、逆に不穏だった。
たぶん、この子は強い。
しかも、かなり面倒なタイプの強さをしている。
胸の奥で、さっきまでの寂しさとは別の熱が灯る。
戦う前の高揚だった。
東京へ行くこと。
雷臥兄さんと暮らすこと。
風臥兄さんと離れること。
新しい従者がつくこと。
色々と思うところはある。
あるけれど――今はまず、この子と戦いたい。
そう思った瞬間、少しだけ気持ちが軽くなった。
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