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華には修羅がある~修羅道より回帰した令嬢は運命を覆す~  作者: 華洛
第二章:新しい従者

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23話 説教


 閂に連れられて風臥兄さんの元へ向かう途中、私はずっと悶々としていた。

 原因は、さっき朔影から聞かされた話だ。


 まさか、輝夜に見られていたとは思わなかった。

 している最中も気配には気を配っていたはずなのに、私に気づかせないなんて、輝夜の隠形術は私の感知能力を上回っている。


≪神奈さま。単純に蒼天とのセックスに夢中で、感知が疎かになっていただけでは?≫


(そんなことは、ないよ。……たぶん)


 自分で言っていて、少し自信がなかった。

 私だって人間だ。

 食欲、睡眠欲、性欲くらい当然ある。

 でも、だからといって性欲に呑まれるほどではない。

 ……ない、はずだ。


≪神奈さまが使用する霊剣・愛染明王の元々は、煩悩――愛欲や欲望を否定するのではなく、そのエネルギーを仏の道を求める力へと昇華させると言われています。ですから、恥ずかしがることはありません≫


(普通に恥ずかしいからね!)


 心の中で叫んでも、羞恥が消えるわけではない。

 むしろ太公望に理屈で肯定されるせいで、余計に逃げ場がなくなる。


 愛欲を昇華とか、そういう問題じゃない。

 見られていた、という事実がひたすら恥ずかしいのだ。

 しかも相手が輝夜なのが、なお悪い。


 私にとって輝夜は、ただの知人ではない。

 妹分みたいな子だった。

 放っておけなくて、少し危なっかしくて、それでも真っ直ぐで。

 年下だからというだけではない。

 どこか手をかけたくなるような、そういう距離感の相手だった。


 そんな子に、見られていた。

 よりにもよって、蒼天さまとしているところを。


 思い出した瞬間、顔から火が出そうになった。

 いや、たぶんもう出ている。

 自分でも分かるくらい、頬が熱い。


 知らない誰かに見られるのも嫌だ。

 でも、それとは種類が違う。

 妹みたいに思っていた子に見られるのは、もっと駄目だった。

 何がどう駄目なのか上手く言えないけれど、とにかく羞恥心が変な方向に抉られる。


 しかも、その事実を今このタイミングで知らされたのもひどい。

 心の準備も何もないまま、いきなり過去の羞恥を掘り返されたようなものだ。


 私は小さく息を吐いた。

 考えれば考えるほど、いたたまれなくなる。


 そのうえ、胸の奥では、さっき朔影から渡された月夜見の神気が静かに揺れていた。

 冷たい夜気みたいな感触。

 まだ完全には馴染みきっていないのか、意識を向けるとそこにあると分かる。


 天照の神気とは違う。

 あちらがどこか温かく、光を孕んだ感覚だとすれば、こちらは静かで、深くて、夜の底みたいだった。

 同じ神気でも、こんなに質が違うのかと思う。


 それだけに、さっきの口づけまで思い出してしまって、私はまた顔が熱くなった。


 朔影は、悔しいけれど可愛い。

 同性から見ても、整っているとか綺麗だとか、そういう言葉だけでは足りないくらい、素直に可愛いと思ってしまう顔立ちをしている。

 しかも、あの距離で、あんなふうに不意打ちで来られたのだ。

 動揺しない方が無理だった。


(……最悪)


≪神奈さま≫


(なに)


≪今、朔影のことを思い出しましたね≫


(思い出してない)


≪嘘です≫


(うるさい!)


 心の中で太公望に八つ当たりしながら、私は前を歩く閂の背中を見た。


 閂はいつも通り、背筋を伸ばして静かに歩いている。

 足取りに迷いはない。

 けれど、その横顔は少しだけ硬かった。


 たぶん、これからの話が軽いものではないと分かっているのだろう。

 私だって分かっている。

 風臥兄さんがわざわざ呼ぶ以上、ただの説教だけで終わるはずがない。


 京都の隕石の件。

 酒呑童子の件。

 陰陽寮や京華族の動き。

 あるいは、私の今後のこと。


 考えたくないことばかり、いくらでも浮かぶ。


 そのうえ蒼天さままでいる。

 羞恥でいっぱいだった頭に、今度は別の緊張が混ざり始めた。


 蒼天さまは、婚約者候補の一人だ。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 ――少なくとも、今はそう整理するしかない。


 前世の記憶があるせいで、どうしても意識してしまう相手ではある。

 けれど、向こうが私に特別な感情を向けているわけではない。

 ただ、御三家の一人として、そして婚約者候補として、私を見ているだけだ。


 分かっている。

 分かっているけれど、だからこそ余計に落ち着かない。


 どんな顔をして会えばいいのか。

 普通にすればいい。

 たぶん、それが一番正しい。

 でも、その普通が難しい。


≪神奈さま。心拍数が上がっています≫


(うるさい)


≪羞恥と緊張が半々、といったところでしょうか≫


(分析しなくていいから)


 太公望は本当に容赦がない。

 こういう時くらい、黙っていてくれてもいいのに。


 やがて、閂がある部屋の前で足を止めた。


 屋敷の奥まった場所にある一室。

 襖の向こうからは、二人分の気配が感じられた。


 ひとつは風臥兄さん。

 もうひとつは、蒼天さま。


 分かっていたのに、実際に気配を感じると、胸の奥がどくりと鳴った。


 閂が静かに振り返る。


「神奈さま。こちらです」


「……うん」


 返事をした声が、少しだけ硬かった。

 自分でも分かる。


 閂はそれ以上何も言わず、襖の前に立った。

 私はその一歩後ろで、無意識に背筋を伸ばす。

 手のひらが少し汗ばんでいた。


 怒られるかもしれない。

 叱られるのは、たぶん当然だ。

 でも、それだけじゃない気がする。

 この襖の向こうには、私の知らない話が待っている。


 逃げたい、とは思わなかった。

 思わなかったけれど、気は重い。


 閂が一度だけ私を見た。

 その目は、確認するようでもあり、覚悟を促すようでもあった。


 私は小さく息を吸って頷く。

 すると閂は静かに襖へ手をかけた。


////////


 閂が襖を開ける。


 室内には、二人の少年がいた。

 上座に座っていたのは風臥兄さん。

 その隣には、蒼天さま。


 視界に入った瞬間、胸の奥がどくりと鳴った。


 分かっていた。

 ここにいると聞いていたし、気配だって感じていた。

 それでも、実際に顔を合わせるのはまるで別だった。


 蒼天さまは、私の知る姿のままだった。

 前世の記憶にある面影と重なる部分は確かにある。

 けれど同時に、今ここにいるのは前世の誰かではなく、今を生きている蒼天さまだと分かる。

 それでも、心臓は勝手に早くなる。


 私は今、十二歳だ。

 見た目も中身も、完全に前世のままというわけじゃない。

 それなのに、前世の関係を知っているせいで、どうしても意識してしまう。

 自分でも面倒なくらい、鼓動が落ち着かなかった。


≪神奈さま。心拍数が上昇しています≫


(言わなくていい)


 私はなるべく平静を装って、二人の前へ進んだ。


「失礼します」


 そう言って座ると、風臥兄さんがじっとこちらを見る。

 怒っているというより、まず状態を見極めようとしている目だった。


「座れ」


「はい」


 正座した私を見て、最初に口を開いたのは蒼天さまだった。


「神奈」


 名前を呼ばれただけで、胸の奥がまた少しだけ跳ねる。

 困る。

 本当に困る。


「酒呑童子と戦った後だ。後遺症はないか」


 声音は落ち着いていて、必要以上の感情は乗っていない。

 ただ、確認すべきことを確認しているだけ。

 それなのに、真正面から気遣われると妙に落ち着かない。


「……今のところは大丈夫です」


 そう答えると、蒼天さまは私の顔色を確かめるように目を細めた。


「霊力の流れに乱れは」


「至って正常です」


≪酒呑童子との戦いよりも、蟄居していた時の方が酷かったですけどね。スキル【在りしへ還る】【傷、未だあらず】がなければ、霊力回路はボロボロになっていたでしょうし、霊力もどうなっていたか≫


(今は正常だから問題ないの)


「頭痛、吐き気、手足の痺れは」


「ありません」


 問診みたいだな、と思った。

 でも、こうして一つずつ確認されると、自分でも見落としていた不調がないか意識が向く。

 蒼天さまはそういうところが昔から変わらない。

 ……いや、昔から、なんて言い方は変か。

 少なくとも、私の記憶の中では。


 蒼天さまはひとまず納得したように、小さく息を吐いた。


「そうか」


 短い一言だったけれど、少しだけ張っていた空気が緩んだ気がした。


 続いて、風臥兄さんが口を開く。


「俺からも聞く。身体は本当に問題ないんだな?」


「健康そのものです。疑うようなら、稽古を一緒にしますか?」


 口で聞かれて答えるよりも、稽古をすれば相手の状態なんて自然と分かる。

 それが分からないようなら、三流と評されても仕方ない。


「……まったく、お前という子は」


 私の答えに、なぜか風臥兄さんは頭を抱えて深いため息を吐いた。


「閂からも、食欲も霊力も問題ないと報告は受けている。ただ……前よりも霊力が増しているようだが?」


「風臥兄さん。三日会わざれば刮目して見よ、という言葉があります。まあ、私は女子ですが、女子というものは男の人が思っている以上に早熟なんです」


 スキル【我、未だ完成に至らず】の影響だ。

 器を更新しているので、使える霊力が少しずつ増えている。そのため感知されやすくなっている。


 ちらりと蒼天さまを見ると、私の返答がそんなにおかしかったのか、口元に笑みを浮かべていた。

 ……なんだか無性に恥ずかしい。


「はあ……まあ、いい。本題だ」


 来た。

 私は内心で身構える。


「どうしてお前は、禁術・牛頭天王を使えた。あれは素戔嗚家の禁術だ。お前には教えていないし、術式の書物を見る機会もないはずだ」


 部屋の空気が、少しだけ重くなる。


 当然の疑問だ。

 素戔嗚家の禁術に関する書物は、本家の地下に厳重に封印されている。

 私はお盆と正月くらいしか本家に行くことがないのだから、風臥兄さんが疑問に思うのも仕方ない。


 私が一瞬だけ言葉に詰まると、太公望から助言が来た。


≪神奈さま。事実をそのまま述べる必要はありません。適度にぼかしてください≫


(適度って難しいんだけど)


 心の中で返しつつ、私はできるだけ自然に口を開いた。


「……前に、ネットで似たような記述を見かけたことがあって」


 風臥兄さんの眉がぴくりと動く。

 でも、止まれない。


「その時は半信半疑だったけど、非常時だったし、他に手がなかったから……試してみたら、たまたまできた」


 言いながら、自分でも苦しい言い訳だと思った。

 けれど、完全な嘘でもない。

 今の時代、ネットの海には妙な情報が転がっていてもおかしくない。

 ……たぶん。


 風臥兄さんは無言のまま、深くため息を吐いた。

 あ、これは駄目なやつだ。


「神奈」


 低い声だった。

 怒鳴っているわけではないのに、かえって怖い。


「禁術・牛頭天王がどういう術か、どこまで理解して使った」


 私は少しだけ視線を逸らした。


「……瘴気を利用して霊力を妖力へ変換し、己を妖魔へ近づけることで飛躍的に戦闘力を増す術、です」


「そこまで分かっていながら使用したのか」


「……うん」


 私は頷いた。


「もしも、また同じ場面に遭うことがあれば、やっぱり私は躊躇わずに牛頭天王を使う。躊躇って、大事な人を失って後悔だけはしたくない」


 風臥兄さんと蒼天さま、二人の目を見て、私はきっぱりと断言した。


 蒼天さまが小さく笑う。


「良い目をしている。意思の強さは日緋色金のようだ。さすが素戔嗚の血筋だ」


「……蒼天さま。笑い事ではありません」


「笑っているわけではない。覚悟を評価しているだけだ」


 蒼天さまは穏やかにそう言ってから、風臥兄さんへ視線を向けた。


「しかし風臥。お前も、もし神奈と同じ状況で、禁術しか手がない状態であれば、躊躇わずに使うだろう?」


「…………それは、そうですが」


 風臥兄さんは苦い顔をした。

 けれど、すぐに私へ向き直る。


「だが、それとこれとは別だ」


 声音が、先ほどよりも少しだけ強くなる。


「覚悟の話をしているんじゃない。お前が妖魔化しかけた時、止める側がどれだけの代償を払うことになるかを言っている」


 私は息を呑んだ。


「牛頭天王は、瘴気を躰に取り込み、自らを妖魔に近づける術だ。一歩間違えれば、そのまま妖魔化していた」


 風臥兄さんの視線が真っ直ぐに刺さる。


「お前が戻ってこられたのは結果論だ。少しでも均衡を崩していれば、今ここにいるのは神奈ではなかったかもしれない」


 その言葉は重かった。


 分かっていたつもりだった。

 危険な術だということも、まともな手段じゃないことも。

 でも、改めて言葉にされると、その重みが違う。


「お前一人の問題じゃない。お前が妖魔化すれば、止める側にも被害が出る。最悪、討たなければならなくなる」


 討つ。

 その一言だけで、背筋が冷えた。


 もし本当にそうなっていたら。

 閂が。

 風臥兄さんが。

 あるいは蒼天さまが。

 私を止めるために刃を向けることになっていたかもしれない。


 想像したくもない。


 私は膝の上で手を握りしめた。


「……ごめんなさい」


「謝って済む話ではない」


「うん……」


 言い訳をする気にはなれなかった。

 あの場では必要だったと思っている。

 他に手がなかったのも本当だ。

 でも、それで無茶をしていい理由にはならない。


 風臥兄さんはしばらく黙っていたが、やがて何度目かのため息を吐いて言った。


「……今回の件で、お前に従者をつけることにした」


「閂がいます。――もしかして、閂を私から外す気ですか」


 自分でも驚くほど冷たい声が出た。

 風臥兄さんに向けるべきものじゃない。

 それでも、咄嗟に抑えられなかった。


「違う。閂をお前から外す気はない」


 風臥兄さんは即座に否定した。


「お前を窘められる数少ない存在を外して、暴走されては困るからな」


「……ありがとうございます?」


 閂が私の側からいなくならないようで、ひとまず安心する。


「扉間家は守護を主とする陰陽師の家系だ。守りには優れるが、攻撃手段は乏しい。だから、お前には盾だけではなく矛も与える」


 風臥兄さんが手を叩く。

 すると、私が入ってきた側とは逆の襖が開き、一人の少女が入ってきた。


「歳は……十二だ。お前と同じ年齢で、同性の方が一緒に行動しやすいだろう」


 少しだけ、年齢のところで間があった。

 たぶん見た目通りの年齢ではないのだろう。


 少女は人懐っこそうに笑って、ぺこりと頭を下げた。


「初めましてッス。私は彼岸樒。ただどこにでもいる美少女ッス。神奈さまッスね。これからよろしくお願いするッス」




読んでいただきありがとうございました。

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